- Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
- / ISBN・EAN: 9784041013380
作品紹介・あらすじ
書斎の小箱に昔からある銀の匙。それは、臆病で病弱な「私」が口に薬を含むことができるよう、伯母が探してきてくれたものだった。成長していく「私」を透明感ある文章で綴った、大人のための永遠の文学。
感想・レビュー・書評
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美しすぎる日本語。
主人公が子供の頃から大切にしている小箱。
(抜粋)
なにもとりたてて美しいのではないけれど、木の色合いがくすんで手ざわりの柔らかいこと、ふたをするとき ぱん とふっくらした音のすることなどのために今でもお気に入りのもののひとつになっている。なかには子安貝や、椿の実や小さいときの玩びであったこまごましたものがいっぱいつめてあるが、そのうちにひとつ珍しい形の銀の小匙のあることをかつて忘れたことはない。
主人公の宝物ばかりをしまった小箱の中にある“銀の匙“。そこから、小さい頃、病弱であった自分を母親代わりに大切に育ててくれた叔母さんの思い出、繊細な“私“が見てきたもの、触れてきたもの…。近所の仲良しの女の子と夕方まで遊んだ楽しい思い出。腕白な同級生にいじめられた思い出…。
脳内で私は絵本を見ているようだった。主人公の銀の匙をしまっている小箱は素朴なコルク質の木の小箱だけれど、主人公の思い出はまるで寄木細工のように美しく箱の表面を覆っているかのように思えた。
繊細なあまり、知らない人のことは皆嫌いだったが、幼児の時に出会ったお国ちゃんと小学生の時に出会ったお恵ちゃんとの友情とそこからほのかに恋心が芽生えた場面などは、まるで中嶋潔さんの絵の世界。
けれど、この主人公は弱々しいだけではない。繊細な神経は人の真実を見抜いてしまい、日清戦争で「大和魂、大和魂」と教師も生徒も盛り上がっているときに、「先生、日本人に大和魂があればシナ人にはシナ魂があるでしょう。…先生は敵を憐れむのが武士道だなんて教えておきながらなんだってそんなにシナ人の悪口ばかしいうんです」と楯突いた。そして“修身“の時間に「孝行」という言葉を百万べんも聞かされるので「先生、人はなぜ孝行しなければならないんです」と質問して教師を困らせもした。太平洋戦争の時代なら憲兵に捕まっていたのではないだろうか?この小説が発行された大正十年には大丈夫だったようだ。とにかく、こんなに冷静な見識が書かれていて良かった。
小さい頃育ててくれた伯母さんを訪ねていったとき、すっかり年老いて、目も悪くなった伯母さんが
(抜粋)
ひざのつきあうほど間ぢかにちょこんとすわって、その小さな目のなかに私の姿をしまってあの十万億土までも持ってゆこうとするかのようにじっとみつめながらよもやまの話をする。
という描写も「安寿と厨子王」の母との再会のシーンのようにジーンとくる。
灘高校で昔、橋本先生という国語の先生が教科書の代わりにこの小説だけを三年間かけて読み込む授業をされたという。
じっくり、ていねいに読んで、お口の中にキラキラと金平糖を転がすように味わって下さい。
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病弱で祖母にかじりつきの中勘助の幼少期から青年までの自伝的エッセイということになるのかな。
本当に小さな頃からの話を事細かに、その時の自身の気持ちを主軸に書かれているんだが、それがすごいのなんの。
記憶をその時その時にわけて真空パックにでもしているのかというほどありありと書かれてらっしゃる。
ずっとただの日常の話なんだけど人間味というか生活感というか…それが溢れていてとても好きな1冊になりました。
解説にも書かれてたことになりますが、他の作家の影響がなく世界観が無二だそうで、なるほど新鮮に読めた気がしたのもあながち間違いではなかったかと思いました。
そういう事なのでもしかしたら好き嫌いがわかれる作品かもしれません。 -
明治時代の子供達の生活がよくわかる小説。
何度も買っては読まずに放してしまった小説だったが、
美しい文章に今回大事に読むことができた。
老いさばらえた伯母との再会には、大変ジンとさせられた。 -
ただ、起承転結なストーリーではなく、少年の日常がかかれてるだけですが、惹き込まれていきました!心理描写、情景描写を綺麗に表現されてて、ずっと読んでいたい気持ちにさせられました。
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細やかな描写が美しいな〜なんとなく夏目漱石っぽいな〜と思いながら読了すると、本作が発表された当時漱石がベタ褒めしていたそうな。やっぱり?
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なるほど、長らく読み継がれてきた本だとの思いを新たにした。
初版が大正元年(1912年)だ。
前編と後編に分かれていて前編が幼時から小学低学年、後編が高学年から17歳までの思い出といってしまうと平凡。
病弱な神経の過敏なひとりの男の子が成長していく姿。
銀の匙で薬をひと匙、ひと匙ふくませるような文を通して語りかける子供の世界。
幼子の物語、世界であっても、ある普遍性を秘めている。
中勘助の独特の目でみたところのあまりにも、あまりのも鋭くとぎすまされた人生観がある。
昔(40年前)読んだ時は、遊びつかれた宵の月の美しさ、虫の声、など地の文にすける自然に心奪われた。しかし、今読み返してみるとここにも凝縮された社会性があるということがひたひたと心に響いてくる。
子供の目で見た子供の世界と夏目漱石が絶賛したというが、子供が虐待されているこの現代こそ、その謎解きをしてくれる本ではないかと思えたがうがち過ぎか。
ああ、でもなによりかによりきれいな気持ちになる本だ。 -
読み慣れない言葉が沢山あって難儀したけれど間違いなく読んでよかった。
涼やかで美しい、冬の明け方みたいな本だと思った。
日常をこんな風に書き表すことができるんだなぁ -
虚弱である主人公が、伯母によって育てられ、青年になる。少年から青年へと成長する、その様子がなんとも爽やかで胸が締め付けられるような高揚感のある作品だった。自分が更に歳を取ってこの作品を読み直した際に、どのように印象が変わるのか。そんなことを感じさせる作品だった。巡り会えてよかった作品。
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文学とは「何を書くか」ではなく「どう切り取るか」ということだと感じた。たとえ私が同じ半生を送っていたとしてもこんな繊細に煌めく文章は書けない。中勘助が今の自分と同年齢の時の作だと知り、色々と思うところがあった。
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美しい日本語に触れられる作品。「一つの表現に感動する」という体験が出来る。女の子との友情が芽生えていく様子を、牡丹のつぼみのほころびに例えた文章が、美し過ぎて、個人的に忘れられない。
明治時代の主人公の幼少期の何気ない日常の一コマ一コマなんだけど、時代を超えて現代にも通ずる懐かしさをも感じた。読み継がれる理由が分かる。