木曜日の子ども

著者 :
  • KADOKAWA
3.12
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本棚登録 : 235
レビュー : 7
  • Amazon.co.jp ・本 (424ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041028322

作品紹介・あらすじ

「世界はこんなに弱くてもろくて、滅ぼすなんて簡単なんだってことを……ウエダサマが教えてくれたんですよ」

7年前、旭ヶ丘の中学校で起きた、クラスメイト9人の無差別毒殺事件。
結婚を機にその地に越してきた私は、妻の連れ子である14歳の晴彦との距離をつかみかねていた。
前の学校でひどいいじめに遭っていた晴彦は、毒殺事件の犯人・上田祐太郎と面影が似ているらしい。
この夏、上田は社会に復帰し、ひそかに噂が流れる――世界の終わりを見せるために、ウエダサマが降臨した。
やがて旭ヶ丘に相次ぐ、不審者情報、飼い犬の変死、学校への脅迫状。
一方、晴彦は「友だちができたんだ」と笑う。信じたい。けれど、確かめるのが怖い。
そして再び、「事件」は起きた――。

感想・レビュー・書評

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  • 大人になってからこの本を読めてよかった。
    もしも、14歳でこの本と出会っていたら、この物語を自分の外側においておける自信がない。
    ページの間から伸びる黒い手が握るカプセルを受け取らない自信がない。
    世界の終わりの始まりを見たいという誘惑に勝てる気がしない。
    この先、ワルキューレを聴くたびに、思い出すのだろう。理解も共感もできないけれど、頭の、いや、心のどこかに光る小さな不穏な炎を。ウエダサマに惹かれるあやうい自分を。

  • 事件は、とあるニュータウンで勃発した。
    14歳の少年が給食に猛毒のワルキューレを混入させ、9名を殺害、更に多くの生徒達に生死の境を彷徨わせたのだ。
    そして惨劇から7年後が経過した今―
    犯人は同世代の少年・少女達の間でウエダサマと呼ばれ、神格化していた。

    主人公は、家庭内暴力により離婚した香奈恵と結婚を果たし、同時に14歳の晴彦の父となった所でニュータウンへ越してきた「私」だ。
    息子が元居た土地で執拗な虐めを受けていた為に離れた土地で家を購入した「私」。
    平穏な日々が始まる筈だった。
    しかし、その人生計画は間も無く大きく軌道を逸れる。
    ウエダサマと、晴彦の外見が酷似していると言うのだ。
    そこはかとない不快感が離れない中、ウエダサマが町へ戻ってきたと言う噂と共に、少年・少女、そしてウエダサマの手によると見られる社会現象が起こる。
    「私」は当時の事件を取材していた作家・沢井と出逢い、真相を突き止めようとする中、知らず知らずの内に相手の手中に嵌っていく―

    子ども・虐め・家族愛…
    重松清作品に一貫する要素が今回も余す所無く反映されている。
    しかし、何とも輪郭がぼんやりしたサスペンスであった。
    先ず、主人公が身の危険を侵してまで事件を追う動機が終盤まで理解出来ないのだ。
    動機は途中よりウエダサマに魅了された息子を護る為に転じるが、彼はあくまで市井のサラリーマンである。
    更にクライマックス直前でドラマティックな展開があるものの、情に訴え掛ける終結にも納得がいかない。
    サスペンスとして読者に退屈をさせない仕上がりは流石であるが、裏付けの部分がどうもぐらぐらしている気がしてならなかった。

  • 一章を読み終えるごとに一度本を閉じたくなるくらい深い場所に連れて行かれる感覚があった。命の大切さとか尊さとか確かに教えられてきたはずのもの。でもどこか曖昧な掴み所がないような実感からはかけ離れたものだったように思う。世界の終わらせかたを見つけた中学生の上田が起こした事件。そして7年後。自分の作り出す世界と外の世界との距離。自分の、世界の全てを支配したと思った瞬間の上田の顔。これは希望の果ての絶望なのか、諦めなのか。命を利用して世界の終わりを見ようとした先にはなにがあるのか。

  • これだけ厚いし、しっかりした内容だろうから読むのに何日かかかるだろうなと思っていたけど、気が付けばトイレも行かず、何も飲まず食わずで数時間で読み終えてた。一気に走り抜けた。心が(首も肩も)疲れた~。

    読んでる間、姫野カオルコ「彼女は頭が悪いから」と同じくらい胸っくそ悪くてイライラしっ放し。なんなんだこいつらウエダサマもそれを崇める中学生も、「私」の家族の雰囲気もうおーモヤモヤどいつもこいつも。夢中で読んでしまったじゃないか。

    ●7年前、旭ヶ丘の中学校で起きた、クラスメイト9人の無差別毒殺事件。
    結婚を機にその地に越してきた私は、妻の連れ子である14歳の晴彦との距離をつかみかねていた。
    前の学校でひどいいじめに遭っていた晴彦は、毒殺事件の犯人・上田祐太郎と面影が似ているらしい。
    この夏、上田は社会に復帰し、ひそかに噂が流れる――世界の終わりを見せるために、ウエダサマが降臨した。
    やがて旭ヶ丘に相次ぐ、不審者情報、飼い犬の変死、学校への脅迫状。
    一方、晴彦は「友だちができたんだ」と笑う。信じたい。けれど、確かめるのが怖い。
    そして再び、「事件」は起きた――。

    馬鹿なガキどもめ、と思う一方、自分も中学生の頃(ここまで過激ではないにしても)こんな感じだったな、と感じた。誰もがそうかも。世界が終わればいいのに、1997年ノストラダムスの予言の通りに、とか。同年代の子供が「ズバ抜けた悪事」を働いたらヒーロー扱いされる、なんだかそれもわかる。でも晴彦、お前もう少ししかりしろよ。お前のお義父さん、完全に巻き込まれ系だぞ。ラストは・・・・うーん、いっそ当たってしまえ、と思ってしまった。

  • ゾクゾクしたな。主人公・清水が終盤で上田=【ウエダサマ】に飲み込まれそうになっていく場面は、圧巻。奥付の後の最後の1頁の仕掛けに、残っていた体温も持っていかれるような薄気味悪さを感じた。読み応えありました。

  • 連れ子の義理の息子を通して中学生の闇を描く社会派小説。

    久しぶりの重松でほっこりしようと思ったら、黒重松でびっくりしました。
    ここ数年は家族もの、少年ものでほのぼの、ほっこり、じんわり、という感じでしたが、先祖返りではないけど、かつてのヒリヒリする感じが戻ってきていたので、よく見ると10年前の連載の加筆修正版だったようです。
    やっぱり今の重松さんにはこのような小説は書けないのかもしれませんね。
    人間関係を気付く上での、糊塗や妥協や諦観を受け入れられない少年とそれを指摘されて気に病む義父が事件に巻き込まれて行くところはすごい緊張感が味わえたのですが、ラスボスの陥落があっさりしていて、ちょっと肩透かしでした。

  • 天童荒太のムーンナイトダイバーにちょっと似てる気がする。

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著者プロフィール

重松 清(しげまつ きよし)。1963年、岡山県生まれの小説家。早稲田大学教育学部卒業。
出版社勤務を経て、フリーライターとして独立。ドラマ・映画のノベライズなどを手がけたのち、1991年『ビフォア・ラン』で小説家デビュー。
1999年『エイジ』で山本周五郎賞、2000年『ビタミンF』で直木賞、2002年『流星ワゴン』で「本の雑誌年間ベスト1」、2010年『十字架』で吉川英治文学賞、2014年『ゼツメツ少年』で毎日出版文化賞をそれぞれ受賞。
山本周五郎賞、講談社ノンフィクション賞選考委員を務める。2017年、早稲田大学文化構想学部客員教授に就任。
『とんび』、『青い鳥』、『流星ワゴン』をはじめ、多くの代表作がドラマ化、映画化されている。

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