黄金列車

著者 :
  • KADOKAWA
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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041086315

作品紹介・あらすじ

ハンガリー王国大蔵省の役人のバログは、敵軍迫る首都から国有財産の退避を命じられ、政府がユダヤ人から没収した財産を積んだ「黄金列車」の運行にかかわることになる。バログは財宝を狙う有象無象を相手に、文官の論理と交渉術を持って渡り合っていくが、一方で、ユダヤ人の財産である物品は彼を過去の思い出へといざなう。かつて友誼を結んだユダヤ人の友人たち、妻との出会い、輝くような青春の思い出と、徐々に迫ってくる戦争の影――。ヨーロッパを疾駆する機関車のなか、現在と過去を行き来しながらバログはある決意を固める。実在した「黄金列車」の詳細な資料を元に物語を飛翔させる、佐藤亜紀の新たな代表作!

感想・レビュー・書評

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  • 恥ずかしながら、第二次世界大戦末期のハンガリーとドイツ、ロシア、オーストリアの関係が整理できておらず、モヤモヤしながら読んでました。途中で調べて見ましたが、もし同じような方がいらっしゃったら、巻末の解説の前半を先に読むことをお勧めします。

    脚色が加わっているが、実在した列車の物語。ロシアから攻め込まれる前に、ハンガリー政府がユダヤ人から接収した資産を、国外に運び出すというもの。主人公は、事務担当者として列車に乗り込んだバロル。物語の随所に、バロルの妻、そしてユダヤ人の友人との過去の出来事が回想され、序盤はそれぞれの関係者、背景を理解するのに苦労した。

    当初、列車は内務省の管轄下だったが、途中で委員長が行方不明に、もともと委員会は大蔵省の監督下で生まれており、終盤では外務省が管轄を主張。混沌とする中で、任務を全うしようと奮闘するバロル。しかし、もともと誰が何を目指していたのか、何がゴールだったのか、不明なまま。史実でも、一部の資産は委員長とともに行方不明に。しかし、大半の資産は連合国のアメリカが差押さえ、これを元に、ユダヤ人の補償を行ったとか。評価額は当初と比べて大きく低下して、ここでもいろいろな力関係などが働いたと思われ。

  • 第二次大戦末期、ユダヤ人から没収した財産を詰んだ「黄金列車」に関わる財務省職員たちの物語

    あらすじや帯文を読むと、ハンガリーの大蔵省職員バログが主人公であり彼の視点で描かれていると思っていたが、視点はバログ、バログの追想、ユダヤ資産管理委員会メンバーと様々に変わるので読みにくく…。
    黄金列車の運行途中、積荷を狙う兵士や停車駅街の市長との交渉にはカタルシスは無い。積荷は「浴場」から運び出され、敗戦が決まった後では罪の証である。

    それよりも、バログの妻とユダヤ人であった友人家族との記憶の方が印象に残った
    バログの友人ヴァイスラーの息子、エルヴィンが脱出前にコレクションの切手を抱え「コレクションが動くのは動乱の時。自分が貰ったように、これを必要とする人に渡す」(意訳)という最後の会話は重く残る。
    生活と思い出の詰まった燭台を求める男(結局かなりの金額を出して依頼した理由は思い出の為だけだったのか…)、大事な切手コレクションを持ち出し次に繋げようとしたエルヴィン、バログから切手コレクションを盗み取った浮浪児たち…没収された金銀財宝よりも、傍から見ればなんてことの無い物の方が重く、記憶と価値が詰まっていたのではなかろうか

  •  第二次世界大戦末期、ナチスドイツがユダヤ人から没収した財産を、安全な場所まで運搬しようとする列車があった。「黄金列車」と呼ばれたその列車の運行任務についたハンガリー王国の役人バログが主人公。
     バログたち官僚はソ連軍の追撃が迫るなか、なんとか西へ西へと列車を進ませるが、途中で難民やドイツ軍、私利私欲で動く上官などの障害が立ちふさがり、その都度うまくかわしながら、ようやくある町までたどり着く。

     最後まで特に大きなドラマが起きるわけではない。ただ、ドイツ軍が強奪したユダヤ人の財産を運ぶという、まっとうではない任務を律儀に遂行しようとするバログの実直さを描きながら、そのドイツ軍によってユダヤ人の親友とその妻を失ったという辛い回想が途中途中で挟み込まれ、重苦しい空気が漂う。
     いわゆるお役所仕事と呼ばれる官僚の硬直性や、軍隊の厳格な命令系統すら人間的で救いに思われるほど、戦場の不条理さに直面せざるを得ないバログが哀れでもあり、愚直な態度が立派にも見える。
     本作も特殊な舞台設定だが、わずかな史実をもとに一編の物語を創造しようとする作者の力は十分に発揮されている。第10回Twitter文学賞の国内篇で第一位だった作品。

  • ユダヤ人の没収財産を積んだ「黄金列車」を運行するハンガリーの官僚たち。史実に基づいたフィクションですが、佐藤亜紀さんの取材力には相変わらず舌を巻きます。デイヴィッド・ピースの『TOKYO YEAR ZERO』を読んだときの衝撃を思い出しました。
    ユダヤ人二世だった友人一家の末路、病んだ末に自殺した妻との思い出を抱え、主人公を乗せた列車がハンガリーからオーストリアまで旅をする。ロードノベルのようです。
    軍人が牛耳る時代にあって、公文書と手続きで闘う文民は小賢しく滑稽にも見えますが、この泥臭い忍耐こそが暴力と最も対角にあるものだと言えます。
    混沌の最中では記録こそが「命令に背けない公務員」たる自身を助けるのだと、そう信じられる社会の成熟が羨ましいです。

  • ナチスドイツの敗北間近な、とはいえその諸機関はなお稼働を止めていない1944年12月、1台の列車がブダペシュトを出発する。積み荷は、ドイツ軍とハンガリー政府がユダヤ人市民から没収した多額の財宝。乗り込むのは資産を保護管理する任務を負ったハンガリー大蔵省の官僚たちとその家族、保安隊。ドイツ軍が敗走し米軍の砲撃が迫る中、黄金列車は途中で拾った積み荷にくわえて炭鉱主や浮浪児たちをも載せて長く膨れ上り、政府高官や貴族も含む多種多様なゴロツキたちによる脅迫や恐喝、襲撃を退けつつ、4か月にも及ぶ鉄路上の旅を続ける。
    巻末の「覚書」で作家が詳しく解説している通り、これは実際に存在した黄金列車の詳細な調査に裏付けられた小説である。ユダヤ資産管理委員長の地位を利用して財宝をくすねようとするトルディ大佐、前職は地方都市の市長で列車の責任者を務める次長アヴァル、ふてぶてしくも有能なミンゴヴィッツなど、主要な登場人物は歴史上実在の人物という。その中に生み出された、ごく地味な中年の事務官僚バログという人物が、この物語に複雑で奥行きのある陰影と重量をもたらしている。
    むきだしの暴力の前に、正統性がじりじりと失われていった時代だ。第一次大戦で失った領土を取り戻す機会をうかがってナチスドイツと組んだハンガリー帝国政府は、自らの内側に飢えた狼を呼び入れたことに気がついたときにはすでに首根っこを押さえられ、自国のユダヤ人市民を追い剥ぎ殺害する強盗の片棒を担がされていた。その歯車を担った大蔵省官僚たちは、敗戦に直面し正当な統治が今にも瓦解しようとする局面にあってなお、自分たちの任務はあくまでも国有資産の保護と管理であるとの建前と行政的手続きを堅持することによって、資産を強奪しようとする力に抵抗を続ける。
    横暴と、正統な権力との間の、きわめて薄くなってしまった線を守るぎりぎりの攻防。それは、渡した賄賂に対して受領証を要求するといったたぐいの馬鹿馬鹿しさをともなうものでもあるのだが、なお社会的存在であろうとする人間においての重大な闘争であることを、わたしたちは深く肝に銘じるべきであろう。正統性のない公文書の書き換えに命を賭けて抗議をした、あの日本の大蔵省官僚とともに。
    と同時に、彼らがぎりぎりで守ろうとする公的権力の正統性は、人間の別の尺度においては、もはや剝き出しの暴力と大差がなくなってしまっていることもまた真実であるのだ。なんとか正当性を維持しようとする官僚たちは、その努力によってユダヤ人市民の合法的迫害をも可能にしてきたのであり、その結果、著しく「軽く」なった親友はあっけなく人間世界を離れてしまった。列車が出発するよりはるか以前に有罪の宣告を受けているバログは、友の代わりにのしかかる巨大な重さと悲しみに引き裂かれながら、辛うじて人の形を保っているように見える。
    バログが取引をもちかけられる、不釣り合いなほど高価をつけられた安物の燭台、「赤毛」らが列車から持ち去る切手帳。それら列車に載せられた「国有資産」のひとつひとつに、一冊の本を費やして語られるべき人間の物語があったはずだ。だが今はそれらを知るすべもなく、わたしたちはバログとともに走る列車に取り残される。先の見えない暗い未来に向かって、賭けるべき細い一線を見定めようとしながら。

  • 海外のキャストで映画化すれば素晴らしいものになりそうだ。日本の文学とはことなる海外小説のような趣き。一つ一つの台詞の中に登場人物たちの人生や経験が染み出しているようで素晴らしい。著者の「モンティニーの狼男爵」と同じぐらい好きかも。佐藤先生、もっと売れていいと思うんだけどなあ。その辺の作家より格段に書くものが読み応えがある。エンタメであり、重厚なユダヤ人政策にからむ歴史ものでであり、主人公バログの濃密な人生譚でもあり、役人というものの職業小説でもある重層的な物語。役人としての倫理はまるで大西巨人の「神聖喜劇」さながらだ。

  • 2021/3/7購入
    2021/6/21読了

  • けんけん、名義で、amazonにてレビュー済み。
    はじめはなかなか読み進められなかった(多くの登場人物をひとりひとり理解すること、また戦時ヨーロッパの戦場ではない情景というのは、あまりこれまで見覚えが無かった…)が、理解していくにつれて面白いと思えるようになった。ある種ロードムービー的な…のように感じた。巻頭、登場人物、地図による解説がある点も冒険小説を読んでいる感覚になることが出来て良かったと思う。

  • 佐藤亜紀さんの作品を読むのは、初めて。

    読み始めてから全体の1/4程度まで読み終えた時、あまりにも頁をめくる手がのらなくて、だんだん苦痛に思えてきて、もうここで読むのを止めようかな、と思った。
    もう少し、あともう少しだけ読んでみようと挫けそうになるのを何度かやり過ごしていくうちに、途中から今度は頁をめくる手が止められなくなった。
    どうなる?これ、逃げ切れる?と気になって仕方がなかった。
    読み終えた今、重厚さと独特のテンポを放つ物語に脳の疲労が凄まじい。
    でも、途中で読むのを止めなくて良かったと思う。
    淡々としているし、スッキリとしたラストシーンが待っているわけでもないけれどー。
    もしも、私と同じような状況に陥った人がいるなら、あと少し読んでみようを繋げて、是非とも読了してほしいと思う。

  • ハンガリー王国の終末期、ナチスドイツの傀儡政権であり、わずか1年半の国民統一政府の時代に、政府がユダヤ人から押収した財宝を侵攻してくるソ連に奪われまいと国外に移す冒険譚だ。あらすじからして、黄金列車の財宝をめぐって緊迫の中の陰謀と駆け引き、ときに激しい戦闘を想定する。ところが、決して文民統制の裁量はないながら拍子抜けするほど任務に忠実な役人が、財宝を狙ってくる輩どもを武力ではなくあきれるばかりのお役所仕事でかわす。よく言えば見事にあしらう。勇ましくも格好よくもないし、そもそも彼らが善なのかどうかも知れない。読後もやもやするので(関係ないか)『ランボー ラスト・ブラッド』を観に行った。

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著者プロフィール

1962年、新潟に生まれる。1991年『バルタザールの遍歴』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞。2002年『天使』で芸術選奨新人賞を、2007年刊行『ミノタウロス』は吉川英治文学新人賞を受賞した。著書に『鏡の影』『モンティニーの狼男爵』『雲雀』『激しく、速やかな死』『醜聞の作法』『金の仔牛』『吸血鬼』などがある。

「2022年 『吸血鬼』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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