ゴールド・フィッシュ (角川文庫 も 16-7)
- 角川書店(角川グループパブリッシング) (2009年6月25日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (128ページ)
- / ISBN・EAN: 9784043791071
感想・レビュー・書評
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『先輩、受験頑張ってくださいね』、中学三年の夏、部活を辞めた私の前には受験勉強という真冬のような暗く厳しい日々が待っているはずでした。でも、そこに訪れたのはまさかの春でした。ふとしたことをきっかけに付き合い始めた彼女。学校帰りに毎日待ち合わせをして色んな話をして、家に帰っても深夜まで色んなことを電話で話した毎日。受ければ受けるほど下がる模試の成績は当然の結果論でした。そんなある日、担任に呼ばれた私。『二人で足を引っ張り合って何が楽しい。お前は自分だけじゃなく、彼女も不幸にするつもりか』。担任はすべてお見通しでした。彼女のことを出すのが一番効果的だと見抜いた担任は流石だと思います。毎日のデートは勉強の場に変わりました。神社の縁側、お決まりの場所になった二人の場所。彼女が横で頑張っていると思うと、自分のやる気も倍増します。二人で高め合った毎日。そして『サクラサク』『コチラモ、マンカイ』という春の到来。そんな彼女とは学校が違ったこともあって、スーッと疎遠になっていった さてさての十代前半のあの頃。中学受験が増えた昨今でも、全国的には高校受験は、今もってみんなが必ず通る道であり、多くの十代にとって人生初の試練の場だと思います。色んなことに思い悩み、漠然とした将来を不安に思う毎日。この作品は「リズム」のその先、あれから二年経ち中学三年になった さゆきの一年を描いていきます。
『新宿のアップルシティーというライブハウス』に『いとこの真ちゃんが出演するライブを、あたしは一度だけ見に行ったことがある』という さゆき。『すごいな。真ちゃん、すごいよ』と一緒に行ったテツは興奮状態。『開演の一時と同時にドラムの音と光が爆発した』、そして『ステージの上には真ちゃんの姿』。『「いいじゃーん」、となりにいたモヒカン刈りの人がつぶやいたとき、あたしはなんだかジーンときて、涙が出そうになった』という瞬間。『おれの歌をきいた人たちが、スカッといい気分になってくれたら最高だよな。それが、俺の夢。そう言って新宿へ旅立った真ちゃんの夢が叶っていく』。さゆきはステージで歌う真治の姿を見て『そう思った。そう信じた』という中学二年生の夏の想い出。そして中学三年生になった さゆき。『今年の春は、いつもとちょっと様子がちがう』という運命の一年のはじまり。『五月十三日、晴れ。十三日の金曜日で、おまけに仏滅というすごい日の放課後、ついにやってきた初の三者面談』の終了後、『あんた、今日から最低、一日三時間は勉強よ』と母親から言われる さゆき。『中学校の教師』になるという将来を決めている朋子と帰る さゆき。『さゆきは志望校、もう決めてるの?』と聞く朋子に『そんな先のこと、まだわかんない』と返す さゆき。『あーあ、今日も帰って勉強かあ。しょうがないよね』と呟く朋子に、『しょうがない、って言うたびに、なんだかあたしたち、ちょっとずつ年をとっていくような感じ、しない?』と答える さゆき。高校受験に向けて さゆきの慌ただしい日々が始まっていきます。
『受験に行く途中で穴に落ちて、出られなかった』という突拍子もない理由をつけて高校受験をさぼった真治。バンド活動をすると言い残して新宿に向かったところで「リズム」は終わりました。この作品はその続きにある世界を「リズム」の世界観そのままに展開していきます。それぞれの文章がとても読みやすく、ひらがながとても多いという特徴も全く同じ。別の作品というよりも単に章が変わっただけと捉える方が正解かもしれません。しかし、大きく違うのは全体を覆う受験生・さゆきという色合いでしょうか。五月生まれで春が好きという さゆき。森さんはこんな風に描きます。『十五を迎えた今年の春は、いつもとちょっと様子がちがう。家族の顔。友達の顔。先生の顔。桜のピンク色まであやしく濁って見えはじめた、この春はどこかおかしい』という中学三年生の春。『春のせいじゃない。あたしは受験生になっていたのだ』と大好きな春まで何か違って見えてしまうという受験生になった微妙な心の揺れが絶妙に描写されていると思いました。また、『何度もおぼれる夢を見た』という不安に駆られる さゆきは『あたしをのみこもうとする水はトマトジュースのようにぬらぬらしていて、ねばっこい。あまりの苦しさにあたしはもがくのをあきらめる。じわじわと沈んでいく』という夢を見ます。勉強をしている時は全て忘れられると机に向かう さゆき。『夢よりも、そんな夢を見てしまった自分が怖くなる。そして不安をぬぐうため、ふたたび勉強に没頭するのだ』と本来の自分を見失っていく さゆきの心の中の巧みな表現がとてもリアルに感じられました。
『テツはテツらしい夢を、真ちゃんは真ちゃんらしい夢を、叶う叶わないにかかわらず、今、しっかりと持っている』と次第に自分の周囲にいる彼らが未来を見る姿を冷静に捉えられるようになっていくさゆき。抗うことのできない十代前半の青春が越えなければならない高い壁。やらなければならないのはわかっていても、やる気が起きない時間、今を楽しく生きる方に意識が向いてしまう時間、そして終わりのないトンネルの中で自分自身を見失って、ますます不安に駆られる時間。『「自分のリズムを大切にすれば、まわりがどんなに変わっても、さゆきはさゆきのままでいられるよ」、今でも心に染みついている、大切な真ちゃんの声』を自分の中に取り戻した さゆき。悩んだ分だけ、苦しんだ分だけ、そして自分自身にしっかりと向き合った分だけその先に見えた未来はまぶしく輝く。
『あたし、テツや真ちゃんみたいに立派な夢はまだないけど、小さなこと、ひとつひとつ楽しみながらやっていきたいの』と語る さゆき。そんな さゆきは『真治くんの瞳に映っているものが見える』ようになりました。『大きな夢はまだ見えない。それはもう少し先のほう、もしかしたらずっと未来のほうに』あるんだろうと語る さゆき。『しょうがない、って言うたびに、なんだかあたしたち、ちょっとずつ年をとっていくような感じ』という現実との折り合いをつけながら、それでも未来に待っている夢、その確かな存在を信じ続ける さゆき。
「リズム」、そしてこの作品を経て描かれる十代前半という時代。大人になった我々読者にも、それぞれのリズムで確かに時間が刻まれていたあの時代。まるでタイムマシンに乗って振り返るかのような切なさとほろ苦さ、そして懐かしさを感じる読書の時間でした。
大人が読む児童文学とは、あの頃の気持ちがよみがえる、あの頃の自分に出会える、そしてそれによって今の自分を改めて見つめ直す『スイッチ』のようなものかもしれない、そんなことも感じさせてくれた作品でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
これも1時間くらいで読んでしまった。
気持ちがわかるからなのか、なんなのか、スーーーって読めてしまう。
サクラサケ
マンカイ
些細な一言で心掴まれて、涙出そうになる -
「ゴジラが火をふくように勉強してんのよ」「どうしたらいいのかしら、伊藤くん」の台詞の流れが好き。
『リズム』も読んでみたいな -
「リズム」の続編。
同じくサラっと読める短編。
少し大人になった主人公さゆき。感情表現が豊かで正直。
笑ったり悩んだり怒ったり無気力になったり。
くるくると変わる心理描写が青春ぽくて微笑ましい。
さゆきの日常を読んでいると、学校と家族と友達が全てだった頃、狭いながらも全力でその世界に対峙していた10代の頃を思い出す。
大人になってしまえば、薄れてしまうたった1コマの心情でさえ、あの頃は何事も印象深い大事な1シーンだと思っていた。
懐かしい気持ちを手繰り寄せたくなったら是非このシリーズ作品を。 -
先が知りたいと思って読み進めていたら、いつの間にか読み終わっていた。
『リズム』の続きを描いているから面白い。 -
リズムの続編。
こちらもかなり読み易く、この2作はすぐ読み終わっちゃいます。
これから夢を見つける中学生たちにぜひ読んでもらいたい!
そして、自分のリズムを作ってもらいたい! -
読む順番を間違えた。哲学書の後では、なんて青臭いのか。
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デビュー作「リズム」の続編。
登場人物が少しずつみんな大人になっていて「あぁ、そうそう、そうなんだよね」という気持ちになりながら読める。
リズムと続けて読むととても腹落ちしやすい気がします。 -
リズムから一年後が舞台。
前作の後日談的な印象がものすごく強い。
本は別々で刊行されているのだが、一冊にまとめても良かったのでは。 -
デビュー作"リズム"の2年後を描いた続編。
中学3年になったさゆきは自分のやりたいことがわからない。
思春期特有の揺れ動く感情。
夢と現実の間で苦しみながら、まっすぐに自分の道を進もうとするさゆきのことを"頑張れ"と応援したくなる。