人はなぜだまされるのか―進化心理学が解き明かす「心」の不思議 (ブルーバックス)

著者 :
  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (298ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062577328

作品紹介・あらすじ

壁のシミが幽霊に見えたり、噂話を信じやすかったり、記憶力はチンパンジーに劣ったり…そんな人間の「愚かさ」は、高度に進化した認知機能ゆえの副作用だった。心の働きを生物進化に基づいて考える今注目の進化心理学の最新知見から、人間特有の心の本質を解き明かす。

感想・レビュー・書評

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  • 進化生物学はおもしろい。目からウロコの部分と、それこそ筆写が伝える「懐疑」の姿勢をもって読まねばならない部分とがあるが、モノの見方のひとつの軸ができるのは事実。人類は進化しているようでそうでもなく、根っこには狩猟民族のころのクセが残っている。
    生物学的に適応してきたのと同様に心理面(や今でいう行動経済学)でも適応をしてきたのだ。やはり人類はおもしろい。

    ハラリ氏の「サピエンス全史」やダーウィンの「種の起源」、阪大・大竹文雄教授の「行動経済学入門」も読むと深く理解できそう。

  • 壁のシミが幽霊に見えたり、噂話を信じやすかったり。人間の「愚かさ」は、進化した認知機能の副作用。進化心理学から人間の心の本質を解き明かす。

  • 1100

    石川 幹人
    1959年東京生まれ。東京工業大学理学部応用物理学科卒。同大学院物理情報工学専攻、一般企業での人工知能研究、政府系シンクタンクなどを経て、1997年より明治大学文学部助教授。2004年より明治大学情報コミュニケーション学部教授、現在同学部長。博士(工学)。専門は認知情報論および科学基礎論。超心理学研究をライフワークとし、日本の第一人者でもある。2002年ライン研究センター客員研究員。ASIOS(超常現象の懐疑的調査の会)発起人メンバー。

    https://www.evernote.com/shard/s469/sh/a0bd2b41-bb04-79d9-4021-d4777c34960e/

    進化心理学の考え方・・・人間の身体器官が自然選択によって進化したように,心も環境の変化や生存・繁殖の競争に適応して進化してきた——というのが進化心理学の考え方だ。


     本章で議論してきた視覚の諸機能は、進化心理学にもとづくと、自然環境に合わせて進化してきたと考えられる。その環境とは、第一にサルの仲間に至るまでのジャングル、第二に人間として進化してきた草原である。人間は、五万年ほど前に居住地が世界へと広がり始めるまでは、現在のアフリカ中央部で二〇〇万年以上生活していた。そのあたりはほとんどが草原だった。私たちの祖先は、草原を走って獲物を狩り、草むらにひそむ猛獣から身を守るという日常を繰り返していたはずだ。そうした活動を的確に行えなければ、とても生き抜けない厳しい環境であった。視覚の機能は、その環境に役に立つように進化しているのです。

     チンパンジーの研究者に聞いたところによると、チンパンジーでも視線を怖がる態度を見せるそうである。ボスのオスに見つめられているとき、下位のオスは明らかに警戒の体勢をとる。しかしその体勢は、少しでもボスの視線がはずれるとやわらぐのだそうです。

    ところが、誰もいないところで日常的に指さしをしている職業がある。それは、駅員さんである。駅員さんは図2・8のように、ホーム、電車、線路など、一連の項目の安全を、順にもれなく指さしをして確認作業をしている。これは「 指差確認」と呼ばれる作業上のノウハウである。指さしをすると、自分でも指さし先の対象に対する注意レベルが上がって、見落とし率が減るのである(さらに「指差喚呼」と言って声も出す約束になっています。

     言語には、人間のあいだで概念を伝える働きがある。その働きが、しばしば記憶に影響を与え、体験した事実と異なる記憶の修飾を行うことが、これまでの例でよくわかった。では人間ほど明瞭な言語をもたないチンパンジーの記憶は、そうした修飾の可能性がなく、体験どおり記憶するのだろうか。チンパンジーの記憶を引き出すのはそれほどやさしくはないので、はっきりしたことはわからない。しかし、「そのまま憶えること」に関しては、人間よりもチンパンジーのほうが、いくつかの実験で能力が高いことが知られている。  京都大学霊長類研究所の松沢哲郎らのグループでは、チンパンジーにばらばらに並べた1から9の数字を一秒ほど見せた後に、それを四角に変えて表示しても、1から9まで順番にタッチできることを示した(図3・8)。人間ではせいぜい1から3くらいまでしかできない。瞬間記憶能力はチンパンジーのほうがはるかに高い。襲ってきた大勢の敵を、すばやく認知して対応する能力として発達したのではないかと推測です。

    ここで重要な点は、仕事に対する内的印象のほうが変容していることだ。二ドルもらったのに、二〇ドルもらったと物語を作っても心理的安定につながるのだが、そうなってはいない。これは、いくらの金額をもらったかという記憶が、外的な他者の行為がかかわっているので変更しにくいのに対し、個人の内的印象の記憶は、きわめて変更しやすいことを意味しています。

    私たちが身につけている感情の多くは、生物進化の歴史のうえで古い動物の時代に起源をもっている。中でも恐怖感情はとくにそうである。せまりくる危険を察知した段階で、恐怖はいち早く、その危険に対する準備態勢をとらせる役目を負ってきた。生命にかかわる危険があれば、それは最優先である。理性的にあれこれ考えることは後回しにせざるをえない。だから、「危険でない」という理性的な認識よりも、「怖い」という感情のほうが、力強く心の中を支配するのです。

    しかし、古い時代に危険であったものが、現代社会では危険でなくなったものも多い。だが、依然として私たちは、古い時代のままに恐怖感情を発揮する傾向があるのです。

    恐怖とは、生物が生まれながらにもっている、危険に対処する心の仕組みである。恐怖を感じる状態になれば、心臓はドキドキして、手に汗握り、他の考えは頭から一掃され、恐怖の対象に意識を集中する。たとえば、何らかの敵が暗闇から襲ってくれば、生死を賭けた判断を一瞬にしてくださねばならない。戦うか逃げるか、どちらにしても俊敏な行動が求められるので、心臓というポンプが手足に血液を送り、準備を整えるのです。

    つまり、ちょっとの危険でも敏感な「恐怖を感じやすい生物」が、生き残るのです。

    こわがり屋ばかりの集団と、冒険心をもつ人がいる集団ではどちらが強いかというと、後者であろう。なぜなら、冒険心をもつ人がいるほうが新しいことを生みだせるからである。しかし、冒険心をもつと危険なのであれば、生き残るうえでは不利になってしまう。そのままでは、生存競争の中で、冒険心をもつ人は淘汰されてしまうだろう。したがって、集団の中では、冒険心をもつ人を重んじる傾向が必要である。冒険から帰ってきて未知の土地の様子を話す冒険家は、尊敬を集めたにちがいない。こうした尊敬の念や名誉などの感情が、冒険家を重んじる働きをしていたのだろう。

     また、個々の感情の特性を把握することでも、多くの応用が考案できる。たとえば、怒り状態など、感情が高ぶった状態では、記憶力が向上することが知られている。重要な状況はよく記憶する必要があって進化したのだろうが、それを使った「感情による記憶術」が考えられます。

     意図理解がなされれば、人間は自分の属する集団でうまくふるまえる。この能力は、ごっこ遊びの中で培われるようだ。人形を並べて「おなかがすいたの? では、お料理をつくってあげましょう」と、ままごとの世界に参加する架空の人物の役割を、一人で演じる。こうした遊びの過程で、入り組んだ意図や、複雑な人間関係を想像する力が養われるのだろう。

    岩や沼に精霊が宿るといったアニミズムも、物体に対して意図を帰属させるという、社会的知能の過剰適用に発端があるのだろう。

     脳科学研究でも、模倣が注目されている。自分が食事をしているときに働く脳細胞の一部が、他者が食事をしているところを見るだけで働くことが判明し、「ミラーニューロン」と呼ばれている。ミラーニューロンは、他者の行動が自分の行動と類似しているという判定を行っている可能性がある。その意味では、「ミラーニューロンが模倣の中枢である」と考えます。

    「退化」も「進化」であるという意外な関係を、肌の色の例で考えてみよう。人類の肌の色はかなり多様である。伝統的に赤道地域に住む人は黒っぽい肌を、高緯度地域に住む人は白っぽい肌をしている。一〇万年前、人類の祖先はアフリカに住んでおり、黒い肌をしていた。強い日光から皮膚組織を守るために、メラニン色素を分泌し黒い肌になっていたのである。人間にかぎらず、この色素分泌機能を失っている真っ白な生物個体がしばしば見られ、アルビノ(先天性色素欠乏症)と呼ばれる。アルビノでは、日光から皮膚組織を守ることができず、原始社会では生き残ることが難しい。つまり、おおざっぱに言って、黒い肌は貴重なメラニン色素の分泌機能があることを示し、それが弱まって「退化」すると、白い肌になるのだ。  六万年から五万年前にかけて、人間はアフリカから移住を開始し、全世界に広がった。高緯度地域に住むようになった人は、強い日光にさらされなくなったので、メラニン色素分泌に関する淘汰圧が低下した。つまり、肌の色にかかわらず生き残れるはずだった。ところが、実際には別の事情が表面化した。人類の祖先は強い日光にさらされた環境で長いあいだ生活していたために、ビタミンDなどの、成長にかかわる一部の物質の生成過程に、日光を必要としていたのだ。そのため、高緯度地域に住むようになった人は、白っぽい肌になって日光を効率よく取り込むほうが生き残りに有利になっています。

     小規模の協力集団の中で私たちの心は、「他者の話を信じる」方向に進化した。信念共通化を行いやすいという利点があるからだ。他者は協力集団のメンバーなので、まずは信じるほうが集団として有利なのである。しかし最近では、むしろ「他者の話を信じない」ことの利益も多くなってきたようだ。見知らぬ人と交流する機会が増えてきたので、やみくもに他者を信用すると、それにつけこんだ詐欺にあう可能性が増えてきたからである。  そもそも、数百人以上の規模で交流が行われる文明社会では、社会全体にわたった完全な信念共通化は望めない。たがいに矛盾する複数の主張が対立したまま、決着がつかずに存在することがふつうなのである。そうした場合、「他者の話を信じる」態度はジレンマを起こす。対立した主張をそれぞれともに信じると矛盾を起こし、当惑して「何も信じることができない」状態になるのだ。ここで必要になるのは「ときには疑ってかかる」という、「懐疑の精神」です。

    数百人以上の規模で交流が行われる社会になってしまった以上、最低限の懐疑を身につけておかないと、社会としてもマイナスである。社会全体が独善におちいって、社会の運営がうまく進まなくなる可能性がおおいにあるからです。

     これまで述べてきたように、私たちには、「まわりの人々を模倣する」という行動傾向が、進化的に強く組み込まれている。人類の発展において、この行動傾向は大きく役に立ってきたのだ。しかし、文明社会になって、その有効性は若干低下している。それに加えて、その行動傾向を悪用しようとする人々が現れており、慎重な対処が必要なのです。

     参考書の例題で明らかになった問題点は、私たちには反対側に注目しない傾向があることだ。合格した場合のみに注目して、不合格の場合を考えない傾向がある。たぶん「他者の話を疑わない」という進化的特性から、こうした懐疑的思考が苦手になっているのだろう。この傾向にかかわる誤信念はかなり多くあり、それらもみな四分割表によって分析です。

     これらの傾向は、やはり狩猟採集時代に由来するのだろう。一〇〇人程度の集団で過ごしていた時代は、信念を疑うことなくまわりに合わせることに一定の利益があった。信念を共通化したほうが、効率よく協力できるのだ。しかし、数百人以上の規模で生活するようになった社会では、さまざまな見解が錯綜するようになった。そうした状態では、信じることに加えて、適切に疑う「懐疑の精神」が肝要なのです。

    人間はチンパンジーよりも、パターンから法則を見いだそうとする傾向が高い。だから、人間をサルと区別するひとつの基準は、法則抽出能力なのかもしれない。言ってみれば、サルの中でも「法則好きなサル」が人間に進化したということです。

     人間の性格や行動パターンは本来複雑なものだが、こうしておおざっぱにとらえることに一定の利点がある。私たちは、複雑なものを認知したり記憶したりすることが苦手なのだから、人間関係を単純化したいのだ。ときには、「誠実な人」だという他者の認識にもとづいて、実際に自分で「誠実になる」ことさえもある。  ちまたで性格診断のたぐいが流行しているのも、この理由からだ。血液型性格診断にいたっては、緻密な研究で血液型は性格診断に使えないことが明らかになっているにもかかわらず、日本で根強い人気をほこっている。人間関係を単純化したいという動機の表れなのだろう。

     チンパンジーは、過去や将来をあれこれ思い悩んだりしない。希望もなければ、絶望もないのだ。だからこそ、「今ここの世界」を精いっぱい生きられるのである。人類は、想像力を身につけ、法則を発見し、協力して働き、文明を築いたが、かわりにさまざまな苦悩も背負った。私たちは、ジャングルや草原に由来する心と、文明向きの心をともに身につけている。それらのはざまで揺れ動きながら、日々微妙な決断を続けているわけです。

  • 140-I
    閲覧新書

  • 簡単に書こうとしすぎていて読みにくいというか、かえってわかりにくい部分もあった。もう少し詳しく書いてくれた方がいいのにな。
    でも、全般的にはとても面白かった。巻末にきちんと参考文献が載っているので助かる。もっと読みたい本がでてきた。

  • カニッツァの三角形。
    チェンジブラインドネス。遅い変化には気づきにくい。
    丸憶えではなく抽象化して覚える=芋の発見の場合。体系化して覚える。
    思い出の記憶は変化しやすい。
    多様性の価値=協力するようになった。オオカミやチンパンジーなど他の動物と区別する行動特性。体系的で柔軟。

    将来の危険度を重要視しないのは、狩猟時代の先を予測しても仕方がない、という態度からきている。

  • 怒りは他人の行動を変えるために行われるとのこと。

  • vol.143
    進化心理学が明かす不思議。「退化」も「進化」である!?http://www.shirayu.com/letter/2012/000286.html

  • 進化心理学の観点から、人間の心の動き(誤解、錯覚、記憶など)について、解説したもの。
    非常に分かりやすい。

  • 進化心理学の非常にわかりやすい解説書。参考文献とか索引とかもついていて、初心者向けながら著者がしっかりと気合を入れて書いたことが伺える。

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著者プロフィール

1959年東京生まれ。明治大学情報コミュニケーション学部教授。東京工業大学理学部応用物理学科(生物物理学)卒。同大学院物理情報工学専攻、企業の研究所や政府系シンクタンクをへて、1997年に明治大学に赴任。人工知能技術を遺伝子情報処理に応用する研究で博士(工学)を取得。専門は認知科学で、生物学と脳科学と心理学の学際領域研究を長年手がけている。著書に、『生きづらさはどこから来るか』(ちくまプリマ―新書)、『人間とはどういう生物か』(ちくま新書)、『ざんねんな職場図鑑』(技術評論社)、『なぜ疑似科学が社会を動かすのか』(PHP新書)、『だまされ上手が生き残る』(光文社新書)ほか多数。

「2022年 『だからフェイクにだまされる』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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