源氏物語 巻六 (講談社文庫)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062757614

作品紹介・あらすじ

四十の賀を盛大に祝った源氏に兄である朱雀院の愛娘・女三の宮が降嫁し、絢爛を誇った六条の院に思わぬ波乱が生じはじめる。愛情の揺らぎを感じた紫の上は苦悩の末に倒れ、柏木は垣間見た女三の宮に恋慕を募らせるがその密通は源氏の知るところとなり…。

感想・レビュー・書評

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  • 「若菜(わかな)」上、下
     いや驚きました。もしかして、このままずっと、同じようなダラダラした感じでいくのかと思いきや、ここにきて、こんなザックリと切り捨てるような展開を用意しているとは、民俗学者の折口信夫が『源氏は若菜から読めばいい』というのも肯けるくらいの(実際には登場人物の心理描写の推移が分からないので、やはり最初から読むべきだとは思うが)、その波瀾の展開には、紫式部、恐るべしと言わざるを得ない。

     いくつかポイントはあると思うが、まずは、なんといっても「紫の上」であり、彼女ほど、いつまで経っても、真の安らぎを得ることの出来ない姫君もいないのではと思える、この苦悩の連続は何なんでしょうね。実質的には源氏から最も愛されているはずなのに、本人には全く実感として湧いてこない、その虚しさこそが、まさしく彼女の悲劇であり、しかもここに来て、彼女に跡継ぎの子がいないことと、「明石の女御」の台頭による、「明石の君」の存在感の増す様子に、引け目を感じてしまったことも加わることで憂鬱な日々を送るのを、源氏は見ているはずなのに、それに対して何かするわけでもなく、他の姫君よりも素晴らしいと言うばかり。本当に誰よりも愛おしいと思っているのなら、何か気の利いた行動でもしてみろよと、思いますけどね。口ばかりで行動に起こさない結果が、後の、あれに繋がったと言っても、決して過言では無いと思う。

     そして、それとも関係の深い出来事が、よもやの彼女の再登場であり、もう出て来ないと思っていただけに、これが最も怖かったかな。はっきり言って、こんな事が起こると、全ての一挙手一投足が気になってしまう程の、安心して生活出来ないレベルの話だけど、でも、自業自得だよねという感じで、本人が一番良く自覚していることでしょう。

     それと、もう一つ忘れられないのが、とある男の狂気的な恋模様であり、何より私がはっとさせられたのは、こうした男、現実にもいるよと思わせる、その生々しい描写の過程であり、まるで紫式部が、この男の心の中を実際に覗き見たかのような、人間の純情さ故の怖さが存分に発揮されているのが、何より凄く、ちょっとだけ書くと、この男、最初は自分の思いだけをつらつらと話し続けるが、相手にとっては、何の前触れもなく、いきなり現れて、意味不明な事を言っているのだから、唯々呆然と怖がっているのにも全く気付かない。そりゃそうだ、自分がどれだけ好きであるかを言うことしか、頭に入っていないのだから。そして帰るときには、何かひと言仰ってくれと頼んだことに対して、無反応にされると、「もうわたしみたいなのは死んだ方がいいですね」と、まさかの逆ギレで、彼女を抱き上げたまま部屋を出て、ちょっと怖い怖い、いったい何する気だと思ってしまう、こんな描写を平安時代にしているんですよ。紫式部、恐るべし。というか、これは貴族達の恋愛方法を、暗喩的に皮肉っているのだろうか? 私としては、彼の純情さもよく分かるんだけど、でも、相手の気持ちも考えられれば、もっと良かったのにとも思うし(まさに恋は盲目)、それは相手にしても、ああ私のこと好きだから、こんな思い切ったことしてるんだなといったことに気付かなかった悲劇もあったのだと思うが、そもそも、そんな狂気性を持った要因の一つに、姫君の姿自体を表に見せない当時の習わしもあったような気がしてならない。あまりに見ることの叶わないものは、どうしても見たくなるのが、男の性のような気もするし。

     しかし、そんな男に降りかかった出来事が、また何ともやるせなくて、そこには、他人の振り見てなんとやらで、ようやく過去のあの忌まわしい出来事を、あるまじきことだと思い知った彼の行動がまた・・・この巻は怖いことばかりだけど、これも凄まじく、ある意味、一種のパワハラかと思ってしまう、その描写は、実際の当事者の感情が分からないだけに、余計に怖く感じられて空恐ろしいものがあった。

     こんな展開に、まるで物語の世界が様変わりしたような印象は受けたが、私にとって意外だったのは、源氏に抱く私自身の気持ちであり、彼は自業自得を思わせるようなことを、本当にたくさんしてきたのだけれど、それでもここまで長く読んでくると、そんな彼にも人間らしさというか、もうあんたのことなんか知らない、どうとでもなれといった気持ちになれないものもあるというか、何だろう、これだけ長い歩みで読んでくると、一応、彼は彼で教訓的な苦い思いもしてきたし、この先、彼の身にどんなことが起ころうとも、それはそれで仕方ないよねと思いつつ、それも彼の人生なんだなとも思えるというか、人としての魅力はあるなと感じたし、それは、この巻で初めて私が共感した、この一節、『人の誉めない冬の夜の月を、源氏の院は特にお好みになるという変わった御趣味』にも感じさせられて、冬の月の何が悪いんだといった思いに、彼に対する印象が変わったのも、きっとあるのだと思い、やはり、人間は色々変わっていても人間なんだといったことを、改めて実感させてくれたようで、私は嬉しかった。

     そして最後に、瀬戸内寂聴さんが書いていた、『全篇に漂う、暗さと重さが~』に反抗したくて、私にとって一服の清涼剤となったのが、一夜限りのスペシャルユニット、女楽(おんながく)のスペシャルライブであり、もうメンバーが豪華で、明石の君(琵琶)、紫の上(和琴)、明石の女御(箏のお琴)、女三の宮(いつもお稽古に使う琴)による合奏に、「夕霧の大将」が拍子をとって唱歌(そうが)で加わり、源氏もときどき扇を鳴らして、息子と共に歌に加わる、素晴らしくも温かいものとなり、私の推しは、もちろん紫の上で、その想い出深い楽しさは本文に於いても、『言いようもないほど親しみのある、味わい深い夜の音楽の宴となった』と締められており、この時ばかりは、皆、楽しそうで幸せそうな印象を抱いたのが、たとえ一瞬のひと時なんだとしても、私は決して忘れないと思う。

    • たださん
      まこみさん
      なるほど。
      ビジュアルによって深く残る印象、分かりますよ(*'▽'*)
      「あさきゆめみし」、瀬戸内寂聴さん訳を読み終えた後で、読...
      まこみさん
      なるほど。
      ビジュアルによって深く残る印象、分かりますよ(*'▽'*)
      「あさきゆめみし」、瀬戸内寂聴さん訳を読み終えた後で、読んでみるのも面白そうですね。
      柏木の傷ついた表情、本書の文章だけでも痛々しいですよね。しかし、それにも耐え続けて思い続けるというのは、彼の持つ魅力の一つなのかもしれませんね。巻七での生き様も楽しみです。
      2023/09/23
    • Macomi55さん
      たださん
      「第7巻での彼の生き様…」そうか、たださんはまだ、あそこまで読み進んでいないのですね(;_;)
      ちなみに生まれてくる子供も父親に似...
      たださん
      「第7巻での彼の生き様…」そうか、たださんはまだ、あそこまで読み進んでいないのですね(;_;)
      ちなみに生まれてくる子供も父親に似て、ロマンチストですよ。
      2023/09/23
    • たださん
      まこみさん
      えーっ、すごく気になるじゃないですか!
      子供もそうですし、まさか、その後って・・・
      しかも、読みたいと思った時に限って、また貸し...
      まこみさん
      えーっ、すごく気になるじゃないですか!
      子供もそうですし、まさか、その後って・・・
      しかも、読みたいと思った時に限って、また貸し出し中でした(ToT)
      どうやら、私と同じペースで同じ巻を読んでいる方がいるらしくて、市の図書館に一冊しか無いとこうなるんですよね。かといって、一度に纏めて予約しても、二週間で読み切れませんし。
      まあ、その分、妄想を逞しくして備えておきますよ。
      2023/09/23
  • 巻六は、若菜上、若菜下。
    ハァー。暗い。いつものように源氏を茶化したレビューが書けないではないか。
    柏木がねえ…。かっこよかったはずなのに、ドジすぎたのよ。
    源氏が39歳にもなって朱雀院から押し付けられた(と見せかけてまんざらでもなかった)愛娘、女三の宮に柏木がぞっこんで、女三の宮に近づけないかわりに女三の宮が大事にしていた猫を手に入れて一緒に寝たり、女三の宮と結婚出来ないかわりにその姉の女二の宮と結婚したけれど「イマイチ」と思って大切にしなかったりだったけれど、とうとう、女三の宮の御簾に忍びこみ、怖がる女三の宮に訳の分からないことを口走ってそのまま犯してしまったのよ。源氏だってこういうことは若かりし頃よくしていたけれど、女の人のほうにも才覚があったし、源氏の罪が許せるほど源氏は光輝いていたから、読者には笑い話になったくらいだけれど、柏木と女三の宮の場合はただただ女三の宮はうぶで怖がりなだけで、柏木は他のことは何も見えないストーカーのようになってしまい、一度の過ちで二人共恐ろしくなって病気になってしまうのだ。しかも、その後、柏木は三の宮への気持ちをジクジクと具体的に書いた手紙を送り、それが源氏に見つかってしまったのだ。人に見られたら困るような内容を隠さずに手紙に書いた柏木、それを源氏の前から隠すことも出来なかった三の宮。こんな才覚の無い幼稚な二人に自分がしてやられたということと、妻を寝取られたということに腹が立つ源氏。しかし、そのことを他人に言えない。表向きは上品に何も知らないように見せかけておきながら、柏木を見る目が冷たい。柏木は源氏の目の前に出るのが辛くてますます病気が重くなる。
    源氏って人の妻は寝取ってきたのに、取られる側になると、マジこんなに怖い人なんだ。
    そして、三の宮が柏木の子を宿したことに気づき、ますます、三の宮のことが嫌になると同時に冷泉帝が自分と藤壺の中宮との過ちの子であることを父桐壺帝は知っておられたのかも…ということに気づき、今さらながら、恐ろしくなる。
    うんうん、お父様は知っておられたのかもね。でもそれでも源氏のことを愛しておられたんだよ。だってお父様の桐壺帝は朱雀帝と性格が似ているから。そもそも朱雀帝は源氏に朧月夜を寝取られたという苦い経験があるのに、あろうことか、愛娘の三の宮を源氏の妻にしてほしいと朱雀帝から頼むのだ。いくら、年端がいかなくて頼り無い愛娘の行く末が心配で後見人になってくれる人が必要(自分は出家するから)といっても、自分とさほど歳の変わらない、かつての恋敵に一番可愛い娘をあげるだろうか?お人好しすぎる。だけど、それほど源氏は同性で兄弟の目から見てもスーパースターで、「娘の面倒を見てもらうにはあの方しかいない」という人だったのだ。結婚相手というより、親代わりになってもらったみたいだが。
    藤壺と源氏の不義の子、冷泉帝が藤壺の死後はさほど暗い影も落とさず、目立たず、源氏は栄華を極め続けたと思っていたけれど、まさかこんな形で、お人好しの桐壺帝と朱雀院から復讐されるとは…。
    今まで罪の深さに対して不気味なくらい栄華を極め、満月のように輝き続けていた源氏。源氏の回りの女性たちは、満ちたりているように見えて、実は大きく何が欠けていることに耐えている。一番大切にされているとはいえ、自分には実子がなく、正妻といえる身分でもなく、常に源氏の浮気に耐えている紫の上。明石の地で思いがけなく源氏に見初められたために、東宮妃となる子を産んだ明石の君は、表だった母親役は紫の上に取られ、自分はいつも影に回っている。それに、自分の幸せは娘の幸せを祈り生き別れた父親の犠牲の上にある。
    源氏の回り人たちはどんどん出家していき、自分も出家したいが、ここまで、“光”の部分だけを極めた男をそう簡単に気楽な出家生活に向けさせてくれない。これからはその光全部を覆うような“影”を作らなくては、物語としては面白くない。ってとこかな?

  • 若菜上下の第六巻。昼メロの趣があった。心情描写が多い為か読み進めやすいように思う。

  • 《目次》
    ・「若菜 上」
    ・「若菜 下」

  • 若菜(上・下)の2帖が収録.源氏最後の(という表現が現代からすると凄まじい力を持っているが…)妻である女三宮が登場し,将来の転落への布石が打たれる.本書の物語は,朱雀院の娘として何不自由なく甘やかされて育った彼女が,様々な生々しい人間関係の末,自身を客観視するに至る成長の過程でもあり,やがて訪れる彼女の息子薫の懊悩に至る構図は,本書までで描かれる源氏という栄華を誇るパーフェクト超人の,世間,特に家族にもたらす負の側面を描く上で,紫式部にとって無くてはならないプロットだったのだろう.瀬戸内源氏は,源氏物語未履修の方向けに敢えて表層的に淡々と描かれているが,物語のアクセントである和歌の現代語解釈は,登場人物達の心の機微に触れられる別な扉になっている.

  • 葵の上が倒れ、さらに柏木と女三の宮との密通に、苦悩が深まる源氏。しかし、藤壺の時に同じような事をやらかしましたよね、巡り巡って自分に降りかかるとは。しかし、柏木は源氏よりも繊細なのか、気が弱いのか、このピンチを脱出できそうもない…

  • 若菜の上下。今までで一番好きな巻かもしれない。
    皇家から正妻が降嫁してきたことで、紫の上の不安定な立場が改めて顕在化し思い悩んだ末に死にかけてしまったり、しかもその正妻が寝盗られてしまったと色んなことが起きた帖だった。
    若い頃の源氏が天皇の妻を寝盗ったことも重なるのが上手。

  • ここで源氏はいたいめにあう。最初あまり乗り気でなかった女三の宮との結婚を受け入れる。何人目の妻であろうか。しかし、病に伏せる紫の上のそばにいる間に、柏木に女三の宮をめとられてしまう。しかも、子どもまでできてしまう。そのことを、不用意にしまい忘れられた柏木からの手紙で知らされる。ここで、自分が藤壺に対してしたことを思い出す。桐壺院は知っていて知らぬふりをしていたのだろうか。源氏は柏木に対して「いけず」をする。しかしまあここでは女三の宮につく小侍従がこにくたらしい。ひょっとすると、こうした問題が起こることを見て楽しんでいたのかもしれない。いつの世にもそういう人はいる。柏木も柏木で、あれだけ嫌がられているのに、自分の思いだけでつきまとい、あげくのはてに源氏にばれたことを気に病んで死んでしまう。何とも情けない男だ。この巻で、いったいだれに感情移入ができようか。

  • 2007/08

  • この帖を読まずして『源氏物語』は語れないんだそうな。六条の院という桃源郷を築き、40歳を迎える源氏は、いくら好色多情ったってもう新規開拓はなかろうと思いきや、とんでもない。

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著者プロフィール

1922年、徳島県生まれ。東京女子大学卒業。63年『夏の終り』で女流文学賞、92年『花に問え』で谷崎純一郎賞、11年『風景』で泉鏡花賞を受賞。2006年、文化勲章を受章。2021年11月、逝去。

「2022年 『瀬戸内寂聴 初期自選エッセイ 美麗ケース入りセット』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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