かあちゃん (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 2033
感想 : 175
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  • Amazon.co.jp ・本 (544ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062772303

作品紹介・あらすじ

同僚を巻き添えに、自らも交通事故で死んだ父の罪を背負い、生涯自分に、笑うことも、幸せになることも禁じたおふくろ。いじめの傍観者だった日々の焦りと苦しみを、うまく伝えられない僕。精いっぱい「母ちゃん」を生きる女性と、言葉にできない母への思いを抱える子どもたち。著者が初めて描く「母と子」の物語。

感想・レビュー・書評

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  • 母と子を描いた物語。
    夫の起こした事故の罪を背負い続ける母、虐められ自殺を図った子の母と虐めた子の母。
    母にも色々あり、母と子の関係もそれぞれだ。
    私にも私の母との関係がある。
    そんな関係を見直す、見つめ直すことのできる優しくなれる一冊。

  • 家庭の数だけ、母がいる。
    自分だけの、お母さん。

    一人の男の子のいじめに関わる人たちのお母さんたちの短編集です。
    読み終えたときにはすっきり、心が軽くなったような気がします。

    正解の親子像なんてないけれど、自分を想ってくれて信じてくれるお母さんがいれば、それだけで幸せになれる。そうなるまでに遅すぎるなんてないんだと思います。

  • 作者の重松清さんのあとがき曰く「ゆるす/ゆるされる」という人間関係を描いた3部作の1つだそうです。

    全8章で様々な母子関係が登場します。
    全編でメインとなる「かあちゃん」が瀬戸内方面の方言だった為、どことなく懐かしく感情移入してしまいました。

    「産まれてきた瞬間に一番そばにいてくれる人は、どんな人間の場合も母親なのだ…
    その深い記憶を忘れずにいるかぎり、ひとは、どんなに寂しい毎日を送っていてもひとりぼっちではないのかもしれない。」

    長編小説ですが、人生の大半を償いに欠けた「かあちゃん」と、その生き方に影響を受けた人々の、時に逞しく、時に切なく、そして温かい人間模様が心に響きました。

    本作を読みながら亡き母を偲び、何度も涙が出ました。次の里帰りの時に、私の知らない若かりし頃の母の話を、父に聞いてみようと思います。

  • 理屈では分かっていてもそうは出来ない事や自分でもどうしてそんな事をしてしまったり言ってしまうのか分からなかったり。けして解決してすっきりするわけではなくても、寄り添う気持ちを忘れずにもてればそれで人は進んでいけるのかもしれない。人の居場所を奪うのはいじめ、本当にそう思う。

  • 『精いっぱい「母ちゃん」を生きる女性と、言葉にできない母への思いを抱える子どもたち。』(紹介文より)
    母親の立場で読んでいたり、子供の立場で読んでいたりしていた。
    自分自身の母親と重なってしまう部分もあって、泣かされました…。
    子どもたちの心理描写はさすがです。

  • 同僚を巻き添えに、自らも交通事故で死んだ父の罪を背負い、生涯自分に、笑うことも、幸せになることも禁じたおふくろ。いじめの傍観者だった日々の焦りと苦しみを、うまく伝えられない僕。精いっぱい「母ちゃん」を生きる女性と、言葉にできない母への思いを抱える子どもたち。著者が初めて描く「母と子」の物語。

  • 「母は、わたしとあなたのお母さんを会わせなかったんです。わたしにひどいことを言わせなかったんです。あなたのお母さんというより、わたしを守ってくれたんだと思うんです」
    友恵さんは啓太くんを振り向き、「最近わかったの」とわずかに笑って言った。啓太くんは黙って目をそらしたが、友恵さんはそのまま私に続けた。
    「立場が逆転にならないとわからないことってありますよね。あのときあなたのお母さんに言わないで良かった、母に止めてもらって良かった…」(50p)

    語り手が章ごとに代わる連作方式。一章ごとに様々な立場の母と子の関係、許し、許される、或いは、許さず、許されない、関係が描かれる。

    「とんび」の父子関係でもしこたま泣かされたが、コレにはそれ以上ヤられた。特に最後の7、8 章は要注意である。決して人前で読んではいけない。

    内容と全く関係ないが、母のことを思い出した。
    私の母親は、死んだ一、二年間 は望んでも夢で出てくる事はなかったが、それ以降は当たり前のように元気な姿で出てくる。登場回数は多分私の周りで一番高いと思う。決して怒らない人だった。唯一怒ったのが、私が六歳のとき、わが家の建て前で大工さんや親戚一同が飲んでいる時に、兄ちゃんと一緒に残ったグリコのキャラメルの箱の「おまけ」を全部開けた時である。残り物だから、開けてもいいさ、と兄ちゃんが言うから私は嬉しくなったのだ。どんなものが出てきたか、私は全然記憶が無い。ともかく、気がつくと私と兄は母親の前でずいぶん長い間正座させられ、ずっとベソをかいていた。母親は生涯で多分一番怒った。ずっと泣きながら、怒った。「こんな情けない子に育てた覚えはありません」ずっとそんなことを言っていた。あの時ほど、母親が怖く、そして悲しかった事は無い。でも、あの時の事は、未だ夢ではかすりもしない。

    さて、ここでは、26年間夫の巻き添えで死んで仕舞った同僚の家族のために笑顔を封印し働きづくめに年取った母親が出てくる。頑固である。相手側から非難される事は、一切無いけど、決して許されると思っていなかったのだろう。そして、イジメに加担した友恵さんの息子も同じようにある「覚悟」する事になる。頑固になる。イジメをし、自殺未遂に追い込んだことを決して忘れない。それを肯定的に描いたのがこの小説だ。

    これは、著者重松清本人も同様だ。彼の場合はイジメられた側かもしれない。ずっと彼の文庫本を買っているが、何があったか知らないが、初期のあるときから、彼は文庫本の解説を一切拒否するように なった。もう既に20年近くになるのではないか。彼の作風や言動からは、窺えない「何か」がある。それが、おそらく人間ということで、面白い。

  • 「誰もが、誰かの子供である」
    「この世に生を受けるのには、全ての人に母と言う存在が居る」

    個人差はあるでしょうが、産まれてきた子供が一番最初に触れるのは、母の温もりなのではないでしょうか。
    でも、生きていく日々の中で人は段々と その温もりを忘れて行き、身勝手に周りを傷つけ、自分自身を傷つけていく。そんな世界に対して重松氏らしい表現で強いメッセージを送っている一冊だと思います。

    「借りた方は忘れるが、貸した方は覚えている」と言う表現は、金銭の貸し借りに対して よく使われる表現です。また、誰かを傷つけた際に「加害者は忘れるが、被害者は忘れない」とも言われたりもします。
    生きていく中で陳謝する場面は、大なり小なり必ずあるもの。その中で(きっと良くないのに)「もう良いよ」と赦される言葉を受け取ることも珍しくは無いでしょう。でも、その様な言葉を貰ったとしても「忘れないでいること」が何よりの贖罪であり、自分で自分自身に罰を与える事になる。人を傷つけるのは、それくらい大きな事。そんなことを、改めて心に留める一冊になりました。

  • よかった。家族ものを書かせたら、本当にすごいな、重松さんは。
    いろいろな母ちゃんを読んで、母ちゃんに正解はなし、と思った。そしてどの母ちゃんも、誰よりも子どもを愛しているということが、改めてわかたた。

     お母さんでも、ママでもない、母ちゃんというのがこの本にはピッタリだったと思う。

  • 重松さん作品の中で1番好きだったとの思い出があり、6年ぶりに再読。序盤から涙ながらに読みました。色んな母と子の物語が緩やかに繋がる構成です。
    事故やいじめ、被害者が一生背負い続けることになる罪、被害者も一生背負うことになる事実に向き合わせてくれる作品です。

  • 母の偉大さだったり,母だからこそだとか母だけにだとかそれぞれのショートストーリーが最後にしっかりまとまるお話で,すごく学び多き作品だと思います。
    当然テーマとなるいじめなどについてもすごく感じるべきところが多々あるように感じますね。

  • かあちゃん。
    重松清さん。

    素晴らしい作品でした。
    涙。涙。
    名言がたくさん。
    星5つ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐︎

    みんなに、読んでほしい。


    忘れずにいる勇気。
    背負いつづける勇気。
    罵られることすら叶わない罪。
    自己満足だと切り捨てられて終わる償い。

    いじめを認めたくない。
    認めてしまうと、
    その瞬間、
    「いじめられている奴。」になってしまう。
    絶対にいじめられたくないから、泣きたい思いでいじめてきたのに。
    いじめの加害者になっても、被害者になっても、母を悲しませてばかりいることが、いちばん悲しい。

    自分の心をきちんと言葉で表現できるくらいなら、誰も苦労しないよ

    あいつにはおびえない。勝てなくても負けない。たとえ負けても、もう逃げない。

    ばれる嘘をついてるうちなら、まだ間に合う。

    ガンバレ
    と、アスパラガスとグリンピースでつくった文字が、凍ったカレーの上に並んでいた。母の笑顔が浮かんだ。

    負けたことのある教師のほうが、生徒には必要じゃないか?

    どんな子どもも、ひとりぼっちでこの世に生まれてくることはありえない。生まれきた瞬間にいちばんそばにいてくれるひとは、どんな人間の場合でも、母親なのだ。

  • 同僚を巻き添えに自らも交通事故死した父の罪を背負う母。母を精一杯生きる女性と、その子どもたちの物語。
    重松さんが初めて描く「母と子」の物語。笑うことも幸せになることも禁じる母の姿は、亡くなった同僚の家族への贖罪の意識だけでなく、父親を失った子どもたちへのメッセージも込められていると思う。母性という深い愛情が自らを戒め、そして無言ながら子どもに『人』として生きる価値を伝える。

  • 償い続ける事の重さを教わった。どんな事があろうと償い続ける、かあちゃんの姿。こんな風に私には出来ない。最後、もちろん号泣でした。笑顔を捨てた長い時間、私には想像出来ないです。

  • 「ゆるす/ゆるされる」「ゆるさない/ゆるされない」人間関係を主題に作品を描いていた頃の作品。
    あとがきで著者がそう解説しているが、その作品の題名が「かあちゃん」である理由が、涙腺を震わせる。かあちゃんに許されてきたから、私たちは気付かぬうちに人を許さぬ人間になってしまっていて、人に許されたいと願う時、初めてかあちゃんに許されていたことに気がつくんだ。人をゆるすには無償の愛が必要で、そこには自己犠牲ももちろん伴う。でもその分、許されるということに込められた愛を最大限の感謝で受け取るんだ。
    心と頭を洗いたい人、必読書です。

  • 許す。
    許さない。

    それを超えた「忘れない、思い続ける」ということ。

    この話にはいくつもの心の救済が描かれていて、自分自身にもある過去の「忘れてはいけないこと」を改めて見つめ直させてくれる。

  • 最近重松清さんの本にハマっているのですが、この本にはいじめられている方も、いじめている方も最終的には苦しくなってしまうのだな、と思いました。親が失望してしまうのも、わかる気がします。でも、それでも優しくしてあげる事が大切なのではないかと思います。
    私が親になったら、子供に優しくしようと感じさせました。
    重松清さんの本はいろいろな大切なことを教えてくれました。

  • かあちゃん。お母さんのことになると泣けてしまう。

  • それぞれの人物の視点から見た母親
    ないし、母親自身の物語。連作短編形式で
    繋がっていく物語。最初の話で涙。
    忘れないでいること、十字架を背負っていくことが主題になっているが、いじめ問題を扱っているので、子を持つ親として
    共感ばかりできる内容ではなかったが、
    いじめの被害者になってないかと心配することはあれ、加害者になってないかと
    心配することは確かに皆無であることに気付かされた。
    いじめたことを忘れないでいることで、許されるわけがない。何かを終わらせるためにではなく、何かを始めるために
    加害者が被害者に会いに行く?ふざけんな!としか思えない。
    しかし、ぬくぬくとなかった事にして生きて行かれても許せない。
    子供達のいじめ問題をことごとくテーマに扱う作者の作品を、より多くの人達が触れることで、少しでも不幸な子供がいなくなれば幸いです。

  • 子供、父母、祖父母、それぞれの立場のそれぞれの悩みや成長が詰まった、人生の縮図のような本です。

    自分の成長を振り返りながら、そして未だ知らぬ将来の視点を体験しながら、親子の温かさを感じることができました。

    全編を通しての『許す/許される』というテーマは想像以上に深く、見頭が熱くなる場面も多かったです。

    おすすめの一冊。是非一読して貰いたいです。

  • いやぁ、いいお話でした。いろんな「かあちゃん」と子どもの、苦くて甘い物語。視点の変わる小さな物語が繋がった大作です。親の気持ち、子どもの気持ち、それぞれの事情をよくぞこれほど細かく描いてくれた、重松さんすごい!償いと赦し、中学生のいじめ(の構造)が大きなテーマです。「ひとをいじめるということは…あとから、どげん謝ってもすまんのと違いますか?ケンカやったら『ごめん』で仲直りできても、いじめはそげな言葉ですまんでしょう?」どんなに愛していても母の思いと子の気持ちはこんな風にすれ違うのですね。

  • 『「たいせつ」には理由なんてない。理由を説明しろと言われたら困ってしまうし、どんなに国語が得意な奴でもうまく説明しきれないのが「たいせつ」なんだと思う。』

    物語はひとつのお話として続いていくのだけど、一章ごとに主人公が変わる。同じ物語でも目線が変わる。そして、その物語のそれぞれの主人公のかぁちゃんたち。

    『思いだすことすらできない人生のいちばん最初の記憶に、母親がいる。その深い深い記憶を忘れずにいるかぎり、ひとは、どんなに寂しい毎日を送っていても、決してひとりぼっちではないのかもしれない。』

    わたしもお母さんにたくさん連絡をしたくなった。

    • ilovekinさん
      母の愛って深いですね。
      母の愛って深いですね。
      2013/04/25
  • 重松さんが初めて描く「母と子」の物語。500ページを超え読み応えたっぷりでした。話は短編なんだけど、一つの話を軸に全て繋がっていて、全部に色んなお母さんが出てくる。お母さんの年代も様々で色んな考えのお母さんが色んな愛し方を持っていて、子供を持つ自分と重ね合わせながら共感出来るところもたくさんあった。ゆるす、ゆるさないが軸になるテーマで人間関係の細かなもつれや、心情表現が上手く描かれてて、最初から最後まで優しい文章が心地良く入ってくる。最後はやはり、涙は出ちゃうんだなぁ。重松清は、天才。

  • かあちゃんってすごいよな。。
    ひさびさに重松さんの作品を読んだ。やっぱ、いい。
    この人の書く人物がともかくあったかいんだなぁ~

  • 天才重松清読了。この人ホント家族もん書かせると天才だよね。
    重松清ランキングの中ではそんな上位には入らんけど、良き本でした。

  • 様々な家庭の『母』がみせる親子関係に、惹き込まれました。
    『償いとは何か』、『優しさとは何か』。
    各章で描かれる母親の姿に胸を打たれました。

  • かあちゃんを軸にした、赦すこと/赦されることの短編8作。そしてイジメをテーマにした作品でもある。説教臭くもなくご都合主義でもない、まっすぐ心に届く。こういう作品を教科書に載せてほしい。

  • 学生時代、私は孤独だった。そんな時、担任の先生のコレクション本の中で出会ったのが「重松清」先生だった。
    孤独を紛らすように熟読した。うまく言葉にできないけれど好きだった、友だちに何冊か進めた。
    大人になり彼の描く物語の偉大さがやっと分かり始めてきた。

    この本も何十年か振りに再読した。
    内容は覚えていないのに指で文字をなぞるごとに記憶から呼び出された登場人物達が動き始める。そんな不思議な感覚だった。
    重松さんがこの本のテーマだと語ったのは「ゆるす、ゆるされない」とはすなわち「ゆるさない、ゆるされない」こと。そして、それは「けして忘れない」ことなんだと思った。
    物語には"うまく言葉にできないけれど大切なこと"が実際にそのような言い回しで何度も出てくる。
    そう、そういうことなんだよな、と思う。
    言葉にしてしまうと嘘っぽいし綺麗事になってしまう、でもそれが現実なんだ、と登場人物から読み手に直で届けられる。
    そういうもどかしさを誇張もカッコ付けもせずそのまま描き切るのが重松さんが読み手を置き去りにしない物語を作る所以なのだろう。

    たいせつなもの、一瞬にして失うときもあれば徐々に失ってしまうとき、失ったことすら気づかないものだって沢山ある。
    失うことで、何かを得る。それはかあちゃんのように償いの人生、かもしれない。いじめがあったから失われたものもある、そして、たいせつなものとは失えば二度と戻らないからたいせつであったと気付く。
    物語の基盤になっているのは「かあちゃんの償い」だ。かあちゃんは償うことと引き換えに自分自身を捨てた、いや自分を保つために捨てるしかなかったのだろうか。
    たいせつなものを得ると、なにかを失わなければならない、そして失ったかわりに得たものでまたなにかを失っていく。繰り返して、繰り返して、なにも無くなってしまわぬよう、だから、忘れないようにするんだろうな、と思った。償いに生きたかあちゃんは正しいのかもしれないし、正しいようで違うことだって沢山ある。たいせつなものは難しい。でも、やっぱり忘れてはいけないのかもしれない。

    "いじめをした"側の物語がある。
    その中で「誰も信じてくれないと思うけど。」というワンフレーズがある。それがとても印象的だった。ポロッと出た本音が、そのいじめっ子の正体だったのだと思う。

  • ・色んなかあちゃんがいるなぁ。一人一人、人としてより『かあちゃん』として物語が構成されると、なんかグッとくるのは何なんだろう。『かあちゃん』は偉大って事?

    ・いじめがテーマの話が多いけど、こういうの教科書で取り上げれば良いのにっていつも思う。もう取り上げられているのかな??海外では、“いじめる側”が精神病院で診て貰えるって聞いて、もっともだと思った。この話だって、“いじめる側”に精神が参ってる事描写されてるもんね。しかしながら、いじめがテーマになると、『かあちゃん』がガクンッと弱くなる。気がする。

    ・一番グッときたのは『こたつ』かな。

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著者プロフィール

重松清
1963年岡山県生まれ。早稲田大学教育学部卒業。91年『ビフォア・ラン』でデビュー。99年『ナイフ』で坪田譲治文学賞、『エイジ』で山本周五郎賞、2001年『ビタミンF』で直木三十五賞、10年『十字架』で吉川英治文学賞を受賞。著書に『流星ワゴン』『疾走』『その日のまえに』『カシオペアの丘で』『とんび』『ステップ』『きみ去りしのち』『峠うどん物語』など多数。

「2023年 『カモナマイハウス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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