琥珀のまたたき (講談社文庫)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065139967

作品紹介・あらすじ

壁に閉ざされた別荘、
家族の奇妙な幸福は永遠に続くはずだった。

私の内側の奇跡の記憶を揺さぶる、特別な魔法の物語。
――村田沙耶香
最後の数ページの美しさには、息をのむほかない。
――宮下奈都

魔犬の呪いから逃れるため、パパが遺
した別荘で暮らし始めたオパール、琥
珀、瑪瑙の三きょうだい。沢山の図鑑や
お話、音楽に彩られた日々は、琥珀の瞳
の奥に現れる死んだ末妹も交え、幸福に
過ぎていく。ところが、ママの禁止事項
がこっそり破られるたび、家族だけの隔
絶された暮らしは綻びをみせはじめる。

感想・レビュー・書評

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  • 姉はオパール、下の弟は瑪瑙、真ん中の男の子は琥珀。
    「こども理科図鑑」の中から選ばれた新しい名前がつけられたのは、それまで住んでいた家を引き払い、昔パパが仕事用に使っていた古い別荘へ引っ越した時だった。
    すべてのはじまりは、妹が死んだこと。
    妹のいない世界を生き抜くための、帰り道のない旅。
    たくさんの図鑑に囲まれた生活。
    オパールはダンスを踊り、瑪瑙は歌をうたう。
    ママはツルハシを担いで仕事に出かける。
    最も大事な禁止事項は「壁の外には出られません」

    とても普通ではない、風変わりな状況なのに、ここでの生活のひとつひとつが愛おしく思えて仕方がない。
    品位を失うことなく語られてゆく閉ざされた世界を、思わず息を潜めながら読んでいた。

    琥珀の描く「一瞬の展覧会」とは何だったのだろう。

    あの古びた別荘で、きょうだいが一緒に過ごした7年余りの間のささやかな風景が、おとぎ話のように深く心に刻まれてしまうような、ほんとうに美しい物語だった。

  • 静寂の中で読みたい一冊。

    小川作品の中でも無音、静寂が一番似合う。
    その環境で読みたい作品。

    現実から見れば仄かな狂気の世界。

    それをくるっと小川ワールドに裏返すと瞬く間に自分の世界を慈しむ人の美しい世界へと変わる。

    息づかい、瞬きの音や微風さえも感じとれそうな閉ざされた場所でオパール、琥珀、瑪瑙は確かに自分たちなりの輝きを放ち、限られた場所でもささやかな幸せを見つけその幸せに心を守られていたと思う。

    突然の終わりが来ようとも瞬きで会える思い出のかけらたち。

    これは小川さんが本に閉じ込めた、愛と家族の証を紡いだ物語

  • 温泉地にある別荘に暮らす3人の子供たち

    彼らには決して破ってはならないルールがある

    家の外に出てはならない
    誰かと会ったり話したりしてはならない
    「外の世界」で使っていた名前を言ってはならない

    名前を忘れるため3人の子供に与えられた鉱物の名

    一番上の女の子、オパール
    真ん中の男の子、琥珀
    末子の男の子、瑪瑙

    学校に行くことも  TVも携帯も
    友達と遊ぶこともない3人だけの世界
    それは耳をすませないと聞こえてこない小さな世界


    全てを飲み込む沼の中に
    膨大な数の図鑑の余白に
    音のならないオルガンの音に
    彼らのいた証はひっそりとたたずんでいる

    彼らの愛らしい遊び
    繊細な感情の襞の一つ一つに
    心を動かされる
    愛おしい一瞬の命の瞬きが確かにそこにある

    それは彼らの「監禁生活」の中で生まれた


    ママの心理描写はほとんど出てこない
    ただ、彼らと亡くなった末娘を心から愛している事は痛いほど伝わってくる

    こんなに美しく、残酷な物語を私は知らない
    小川洋子さんにしか描けない世界

    琥珀の目線で語られるこのストーリーの顛末は
    凄まじい切なさで胸が苦しくなる

    脱帽としか言いようがない

  • この本の世界観が独特で全く意味がわからなかったが、解説を読んでなんとなくわかった。
    時間が止まっている表現であったり、この閉塞感、視点の移り変わり、すべてが難しいが読み終わった感想としては、その人の境遇だけで決めつけることをしないということ。

  • 私は、何を求めて、この本を読んだのだろうか。
    ひとつ言えることは、美しくて繊細でとても静かな物語だということ。
    極めて特殊な環境で育ち、その分特殊な感性をそれぞれに養っていった3人の子どもたちの過ごした時間は、外から見ればそこに虐待の影のある抑圧的な暗い色付けをついしてしまいがちだが、ところが実際は、それに反して極めて静謐かつ美しく幻想的な色合いただそれのみを有している。その世界はたしかに豊かだ。しかしただ美しく静謐に始まった物語は、美しく静謐なまま終わりを迎える。
    一筋縄では決して捕えられない、あまりに特殊なセッティングだが、にもかかわらず物語のテンションは微動だにせぬほど静かなままで、そこに何か色々なものを回収できなかったような気持ちを覚えるのは、果たして私の俗な部分がざわつくからだろうか。
    そこになにかの意味はおそらく求められない。
    アンバー氏に会いたくなったら、あるいは琥珀の左眼の奥に広がる宇宙を感じたくなったら、おそらくこの本をまた開くのだろう。

  • オパール、琥珀、瑪瑙の三人が過ごす世界は「壁の内側」と名付けた、森の奥の別荘の部屋と庭だけ。小鳥の囀りよりも静かに囁きながら、彼らの想像力が紡ぎ出す世界は、どこまでも微細な結晶のように美しく、宇宙のように果てしなく広がってゆく。庭を舞台に踊るオパールのバレエ、壊れたオルガンを伴奏に歌う瑪瑙のささめき、図鑑の空白に描かれる琥珀の絵。オリンピックごっこ、事情ごっこ、シグナル先生、猫のカエサル、ひっつき虫、アイルランドの沼、ロバのボイラー、よろず屋ジョー。そして、知らないことはなんでも図鑑が教えてくれる。しかし、子どもたちの世界にはいつしか綻びが生まれ、瑪瑙のほとんど音のない歌と共に滅びていく。ひとたび壁の外に住む人間の目にふれたとき、無邪気で天使のようだった瑪瑙の姿は、みすぼらしく、いびつなものに変わってしまう。作中アンバー氏は「私たちは、図鑑の中でしか生きられません」と語っている。それは壁の内側でしか、彼らが真に生きられなかったことと結ばれる。つまり、図鑑は彼らの家であり、また家は彼らの図鑑でしかない。閉ざされた世界の中で、琥珀の左目の地層が「一瞬の展覧会」という独自の世界を生み出し、見事な芸術となっていく。オパールは幸せに暮らしているのだろうか。子猫のカエサルの肉球を優しく包む瑪瑙の小さな手が、切なく愛しくいつまでも胸に残る。

  • 小川洋子さんの書くお話は、「現実のようだけどどこにもない話」が多かったような気がするのですが、これは「非現実のようだけど、どこかにありえそうな話」にも感じ、そこが不気味で怖くて、でも大好きです。
    幻想的で美しく、儚く頼りない日々の物語。

    あと、この表紙がとても素敵。
    オパールに琥珀に瑪瑙。崩れそうな本からのぞく「あの子」の姿。この本の世界のすべてがあるようで、見とれてしまいます。

    個人的な印象ですが……。
    このお話が好きなら服部まゆみさんの『この闇と光』が好きな方とかも好きなんじゃないかなと思います。

  • 壁の内側で暮らした3きょうだいの話。

    ため息が出るような美しさ、
    身動ぎひとつで台無しにしてしまうほどの静けさ、
    うすら寒い不気味さ、喪失後の生の残酷さ……
    彼らの全てになった閉じた世界は、
    どこか狂っている。

    壁の内側ではママの言いつけが法律だ。
    でも、彼らは少しずつ
    ママへの内緒事を作ってしまう。
    閉じた世界も少しずつ崩壊していく。

    内緒ごとと崩壊の理は、
    超個人的な経験を持って痛感していて、
    豊富ではない恋愛経験の中のひとつが
    そうだったなと思い出す。

    保身のための小さな嘘を守るために
    内緒ごとが増えて、
    そうなってからは長くは続かなかったんだっけ。
    嘘をついてまで守りたかった関係だったんだと、
    風化した切なさと共に思い出した。

    閉じた世界が崩れ去ったあとも、生は続いていく。
    残酷だ。
    鉄が酸化して錆びるみたいな不可逆の変化を経て、
    消えない傷を抱えてなお、
    死ぬまでは生きるしかない。

    琥珀が描く一瞬の芸術には
    彼が失った大切な人達が登場するけど、
    彼はそうすることで思い出に浸っている、
    というわけではないと感じた。
    そういう短絡的な発想ではなくて、
    心を世界に置いてきてしまったから、
    それしか描けなかったんじゃないかなあ。

    主人公が3きょうだいの真ん中の男の子というのも
    上手く機能している。
    姉ほど利口で毅然としてなくて、
    弟ほど奔放で純粋ではなくて、
    基本的には観客とか同伴者という立ち位置だ。
    だからこそ1番全体を俯瞰できたのだろうし、
    実は彼が1番変化を恐れる頑固者だ。

    彼の頑固さを感じていちばん怖かったのは、
    行方知れずになったオパールを
    「ママが殺して沼に埋めた」と証言したこと。
    よろず屋というヨソ者が
    彼女を連れ去ったというのは
    受け入れがたかったのだと思う。
    彼の世界はとびきり厳重に閉じられていたのだ。

    客観的に見れば、閉じた世界はおかしい“悪”で、
    ママは“悪者”で、3きょうだいは“被害者”だ。
    でも、当事者である琥珀はそうは思っていない。
    真実は、それが世界の捉え方によるものなら、
    人の数だけあるものだ。

    救いのない苦しい話とも言えるし、
    実際そういう側面もあると思うけど、
    残酷で美しい、各々の目で歪んだ世界を
    淡々と語る作風が好きだし、
    個人的にはそれって、
    本当の世界に近いんじゃないかな、と思う。

  • 現実世界で起これば母親は親としての在り方を非難されるに違いないが、小川洋子の世界の中では誰も糾弾されることはない。いろんな人にとっての真実がただそこに存在している。

    他の作品でも登場人物や小川洋子の世界観が強く存在していることは多々あるが、この作品は他のどの作品よりも絶対に自分は入り込めない、触れてはいけない世界だと感じた。
    そして、その世界、家族の在り方は宗教に通ずるものを感じた。ムスリムの友人は宗教で自由になれると私に語った。ある視点から見れば戒律に縛られた自由のない世界。別の視点から見れば従うものがあるからこそ迷いなく守られながら自由でいられる世界。そんなものを彼らの壁の内にも感じた。

    化石としての琥珀がそうであるように、彼の瞳は外部ではなくその内側に深く潜む彼らの記憶を見ている。では、オパールと瑪瑙は?考えてみたが、いまいち腑に落ちる解釈が浮かばなかったのでまたいつか再読してみたい。

  • 小川洋子さん、いつも目に見えない心の中を深く伝えてくれます。末娘を失った母親の狂気、外との世界を遮断し母の望むように生きようとする三姉弟。
    オパール、琥珀、瑪瑙。名前の言葉選びも奥深い。母との関係を精算した父が作った百科事典。その中で生きる末娘。琥珀の目に映る世界は幻想か希望か。百科事典の中で生きる家族だけは永遠であり続けて欲しい。

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著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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