SNS天皇論 ポップカルチャー=スピリチュアリティと現代日本 (講談社選書メチエ)
- 講談社 (2022年4月14日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
- / ISBN・EAN: 9784065271346
作品紹介・あらすじ
生前退位から令和改元フィーバーの陰で、この国では何が起こったのか?
スマホの中の象徴天皇制を問い、「生前退位」から令和改元の言説空間を鋭く分析する、日本でもっともビビッドな表象文化論!
SNSでは皇太子とのツーショット写真が投稿され、天皇は時に「かわいい」キャラクターとして愛でられる一方、スピリチュアリティへの欲望をかき立てている。
そうした時代に明仁天皇は、「おことば」の発信によって「弱者政治【マイノリティ・ポリティクス】」という言説戦略をとった。
誰もが表象の消費者であり、同時に表象の生成者ともなり得る「ポスト・グーテンベルク」時代に、わたしたちは天皇(制)とその表象をいかにして問うことが可能なのか。本書はその試みである。
[本書の内容]
序章 表象の集積体としての天皇(制)研究―その可能性と限界
第一章 「おことば」の政治学
1映像表現としての「おことば」を読み解く
2語りの戦略性―「弱者」としての自己表象と「寄り添い」のディスクール
3語り手の欲望―アリバイとしての宗教的超越性の語りと永続性への欲求
第二章 狂乱と共犯―令和改元におけるメディア表象をめぐって
1政府による「政治的利用」の成功
2皇室による異議申し立てとその欲望、実質的共犯
3政府と皇室の共犯関係
4マスメディアの狂乱と不安、SNSの充満とノイズ
第三章 ポップカルチャー天皇(制)論序説
1皇室によるポップカルチャー消費―ゆるキャラ・初音ミク・アイドル
2ポップカルチャーによる皇室消費―現代天皇小説・天皇マンガ考
3 monstrum としての『シン・ゴジラ』
第四章 「スピリチュアル」な天皇をめぐる想像力―瑞祥・古史古伝・天皇怪談
1令和「瑞祥」と規範逸脱の可能性
2雑誌『ムー』における「オカルト天皇」言説
3現代天皇怪談、その異端性と批評性
第五章 「慰霊」する「弱い」天皇の誕生―一九九四年小笠原諸島行幸啓の検討から
1慰霊の宛て先
2訪問意図の読み替え
3「弱い天皇」の誕生
終章 SNS時代の天皇(制)を問うこと
※第四章の一部は、青弓社刊『〈怪異〉とナショナリズム』(怪異怪談研究会監修、茂木謙之介ほか編著、2021年)を基とする。
感想・レビュー・書評
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「すずめの戸締り」きっかけで読んだ。
ポップカルチャーにおける表象だけでなく、SNS時代の双方向的なメディア言説の流通にも分量が割かれていて、読み応えがあった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
『#SNS天皇論』
ほぼ日書評 Day627
副題にある「ポップカルチャー = スピリチュアリティと現代日本」に関する広範な知見を基に、まだ30歳代の著者が圧倒的なスピード感で書き連ねたエクリチュール、アラカンの評者には拾い読みするのも難儀するレベルだ。
かように、読者を選ぶ一冊ではあるが、それはそれとして非常に面白い。
牽強付会とも思える「深読み」で、特に先般の平成から令和への改元を読み解く箇所は、確かに同時代を生きた記憶はあるものの、そんなこともあったのか…と驚かされること然り。
本書で触れられる数多くのテキストの中で『箱の中の天皇』は、狐につままれた感を覚えながらも読んだ。多種多彩に紹介されるコミック、ラノベの類は初耳。
最もポピュラーなのは『シン・ゴジラ』か。同作において、既に天皇制は存在していない設定だと言う。公文書に年号の記載がなく、ゴジラによる放射能汚染の最寄地にある皇居について、一顧だにされておらず、のラストシーンでゴジラが凍結させられ立ち尽くす場所は、大手町、あの平将門の首塚のある場所。「新皇」を自称した将門と重ね合わせる等。
最後に、どうも筆者は「炙」の字が好きなのではないかという気がしてきた。どうでも良いことだが、最近の本ではあまり見かけない熟語複数に使用している。
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昭和天皇が皇太子時代のブロマイドが女子学生に人気だったという事を考えると、天皇の大衆化は20世紀初頭から既に始まっていたと考えられる。戦後は象徴制によりその表象がポイントになってくるが、マスメディアが果たした役割は大きく様々な研究がなされてきた。本書では21世紀以降のネット社会の進展に伴うSNSの隆盛による双方向的な観点から表象の生成を問うものである。
マスメディアにおいては所謂「閉ざされた言論空間」と呼ばれるGHQによる規制の影響がまだ残っており、天皇に関して必ずしも自由な表現が可能であるとは言えない。他方、そういった規制のないネットメディアは「開かれた言論空間」と言えるだろうし、サブカルチャーやポップカルチャーとの親和性も高い。という意味において、本書のような研究は現代的な意義があるものと言える。
本書で印象的なのは「弱い天皇」である。これがある種の生存戦略的なものかどうかはハッキリしないが、確かにそう解釈できる部分はあるし、昭和から平成への大きな変化であると言えるだろう。しかしながら、著者のいう「解釈ゲーム」が過剰化しており、深読みが過ぎるのではないかという印象を本書全体を通じて感じる部分もある。とはいえ、現代天皇論はこういう方向にならざるを得ないのではないかという気もするし、さらにはこういった風潮がナショナリズムとどのように結びついていくのかを考えてみたいという気持ちにもなる。読み物としては大変面白く、示唆に富む一冊ではある。 -
茂木氏の視野の広さを認識させられる一冊。小笠原への行幸についても深く考察されています