母という呪縛 娘という牢獄

著者 :
  • 講談社
4.05
  • (443)
  • (661)
  • (270)
  • (42)
  • (6)
本棚登録 : 8543
感想 : 648
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065306796

作品紹介・あらすじ

深夜3時42分。母を殺した娘は、ツイッターに、
「モンスターを倒した。これで一安心だ。」
と投稿した。18文字の投稿は、その意味するところを誰にも悟られないまま、放置されていた。
2018年3月10日、土曜日の昼下がり。
滋賀県、琵琶湖の南側の野洲川南流河川敷で、両手、両足、頭部のない、体幹部だけの人の遺体が発見された。遺体は激しく腐敗して悪臭を放っており、多数のトンビが群がっているところを、通りかかった住民が目に止めたのである。
滋賀県警守山署が身元の特定にあたったが、遺体の損傷が激しく、捜査は難航した。
周辺の聞き込みを進めるうち、最近になってその姿が見えなくなっている女性がいることが判明し、家族とのDNA鑑定から、ようやく身元が判明した――。
髙崎妙子、58歳(仮名)。
遺体が発見された河川敷から徒歩数分の一軒家に暮らす女性だった。夫とは20年以上前に別居し、長年にわたって31歳の娘・あかり(仮名)と二人暮らしだった。
さらに異様なことも判明した。
娘のあかりは幼少期から学業優秀で中高一貫の進学校に通っていたが、母・妙子に超難関の国立大医学部への進学を強要され、なんと9年にわたって浪人生活を送っていたのだ。
結局あかりは医学部には合格せず、看護学科に進学し、4月から看護師となっていた。母・妙子の姿は1月ころから近隣のスーパーやクリーニング店でも目撃されなくなり、あかりは「母は別のところにいます」などと不審な供述をしていた。
6月5日、守山署はあかりを死体遺棄容疑で逮捕する。その後、死体損壊、さらに殺人容疑で逮捕・起訴に踏み切った。
一審の大津地裁ではあくまで殺人を否認していたあかりだが、二審の大阪高裁に陳述書を提出し、一転して自らの犯行を認める。

母と娘――20代中盤まで、風呂にも一緒に入るほど濃密な関係だった二人の間に、何があったのか。
公判を取材しつづけた記者が、拘置所のあかりと面会を重ね、刑務所移送後も膨大な量の往復書簡を交わすことによって紡ぎだす真実の物語。
獄中であかりは、多くの「母」や同囚との対話を重ね、接見した父のひと言に心を奪われた。そのことが、あかりに多くの気づきをもたらした。
一審で無表情のまま尋問を受けたあかりは、二審の被告人尋問で、こらえきれず大粒の涙をこぼした――。
殺人事件の背景にある母娘の相克に迫った第一級のノンフィクション。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 何ヵ月か前にテレビで紹介されていた作品。作品は事実に基づいたノンフィクションのドキュメンタリー。

    想像以上の物語というのが第一印象。
    実話という事実も相まって息の詰まる様だった。

    この母娘にとって救いとは何だったのだろう?と何度も感じさせられた。
    フィクションならば感情移入して娘の行動を肯定できる様な感じがするが、実際あった事件ならばやっぱり何か違う気がする。
    何が違うのか?
    倫理的かつ道徳的なもののような気がしているのだがそれも違うかもしれない。
    わからない。

    この事件に安直に自分の意見は出せないだろうということになる。
    娘の目線からの母親像や家族像、境遇は痛いほどよく分かったのだが、一方で母親には母親にしかわからない事も多かったのだろうと感じてしまう。
    他人が口出しする事ではない事を重々承知で、やっぱり2人の救いって何だったのだろうと感じてしまう。
    この母娘だけの共通の「愛情」、母から娘への「愛情」、娘から母への「愛情」と三種三様でバラバラ。
    時と場合でグチャグチャすぎるし。根本にある「愛情」の形が歪すぎて表面上の言動行動が理解不能だった。精神的な物なのかもしれないが、逆に母娘という依存的な物にとらわれてしまったのかも?とも感じる。
    寒気すら暖かいような、リアルさが生々しくて所々に残酷すぎるほどだった。

    今現在も同じような境遇の方もいるかもしれないとも考えられる。
    やはり親と子の関係の中でもお互いに一線をひき、いくら多様性の世の中とはいえ頑ななしつけや強要は一般的な枠組み内での「愛情」であるべきだろうと感じた。
    この事件を、この作品を機に思いとどまる親子関係の方々がいることを強く願う。



  • フォロワーさんの感想を読んで気になり、本屋さんで探していたのだが、何故だか見つからず。

    3店舗回ってみたが見つからず(^^;;

    フォロワーさんがイイヨ!と言っている本は、大抵平積みされて、何処からでもかかってこいやー!状態で置かれているのだが、この本は見つからなかった。

    積読が何冊かある為、私の方もそこまで真剣に探していたわけではないのだが(^◇^;)

    大きな店舗に行きタブレットで検索してみると、ノンフィクションのところを示していた。

    え?ノンフィクションなの??

    母を殺害し、
    「モンスターを倒した。これで一安心だ。」
    と投稿した娘。

    母親を殺し、死体を切断し遺棄した娘。
    ある日母親の胴体が発見され、容疑者として娘が逮捕される。

    母親は所謂教育ママで、幼少期からあかりを教育虐待していた。
    母親の期待に応えようと、また母親に半分洗脳されていたこともあり、中高一貫の進学校に通う。

    まだそこまでは良かったのだが、(いや、そこまでも本書を読むと異常な部分が多いが)母親は超難関である国立大学医学部への進学を強要する。
    そしてあかりは9年にも渡り浪人生活を送る。


    もうこの母親の全てが異様に感じる。
    しかしこれはフィクションではなく、ノンフィクション。
    こんな恐ろしいことが実際に起こっていたのか!

    小説慣れしている私には、もうちょっと脚色したら面白くなるのに、、、なんて思ってしまったが、実際こんなことが起こっていたと思うと、面白がるのはどうかしている(~_~;)

    そのくらい悲惨な日常が記されていた。。。

    しんどい話なのだが、読み始めると止まらなくなるほど引きつけられてしまう。
    これが、怖いもの見たさなのか??

    あかりさんが母親を殺したわけだが、私の心情としては、「モンスターが居なくなって、本当に良かったね」である。そのくらいこの母親の行動は不可解だ。

    • bmakiさん
      naonaoさんのブクログは、そのまんまエッセイとして売れるのでは!?と思うほど作り込まれていますよね(^-^)

      ファンが多いのだろ...
      naonaoさんのブクログは、そのまんまエッセイとして売れるのでは!?と思うほど作り込まれていますよね(^-^)

      ファンが多いのだろうなぁ〜って思っています。
      読み物としての価値がありますよね(^_^*)

      私は読書感想文がとても下手なのですが、 naonaoさんの感想は、もうそれが人生であって、一つの物語であって、いつも凄いなあーって感心します(*^^*)
      2023/03/18
    • naonaonao16gさん
      bmakiさん

      ありがとうございます!!

      遺言に残しておきます笑

      もっといろんなツールで見ている人に届いてほしいと思いつつ、めんどくさ...
      bmakiさん

      ありがとうございます!!

      遺言に残しておきます笑

      もっといろんなツールで見ている人に届いてほしいと思いつつ、めんどくさくてブクログだけにしちゃってるんですよね~
      たまにTwitterでレビュー載せますけど、滅多にしてないんですよね、、
      今の時代はたぶん、もっと短くてライトなものの方が好まれている気がして。
      2023/03/19
    • bmakiさん
      naonaoさん

      遺言に(笑)いいですね!!

      Twitterユーザーは、長い文章読めない人が多いのかもしれないですよね。

      ...
      naonaoさん

      遺言に(笑)いいですね!!

      Twitterユーザーは、長い文章読めない人が多いのかもしれないですよね。

      ブクログユーザーは長文得意ですよね、絶対!
      そして、 naonaoさんのような感想って求められる感想じゃないかなぁって思います(^_^)
      2023/03/19
  • 作品紹介がとても長い!笑


    事前に情報を仕入れたくないタイプの私は
    作品紹介を読んだらダメだと思って
    何も知らずに読み始めました


    最近毒親系の話多いなーと
    普通に読んでたら


    ノンフィクションなんですね


    驚きました



    これが本当に起きていたのかと思って読むと
    改めてゾッとします。
    本当に囚人のような生活を
    あかりさんはしてきたんだなと思いました



    ここまでは行かなくても
    親のエゴを押し付けてしまうことは
    ありますよね

    反面教師として胸に刻みながらも
    自分も母親とあまり折り合いが良くないので
    娘目線としてもいろいろ思いながら読んでました



    お母さんの気持ちを聞くことができないのも
    ノンフィクションだからなんだけど、
    どんな気持ちだったのか
    ちゃんと聞いてみたいな…



    こういう話に言えることは
    もっと他の人を頼ってたらなってことですよね。

    別れたお父さんにもっと頼ってたら
    違う未来があったのかも



    自分も追い詰められた時
    誰かに助けを求めようと思います



  •  作者の齊藤彩さんは、共同通信社記者からフリーライターを経て、本作デビューとのこと。緻密で膨大な取材に基いた構成と文章に引き込まれました。

     辛くやるせない気持ち、悲痛な思い以外の言葉が見つからない重い読後感でした。読みながら、さらに読後も、様々な疑問が拭いきれません。
     ・なぜこんなことが起こってしまったのか?
     ・なぜ娘は母親を殺さざるを得なかったか?
     ・なぜ母親はこんな親になってしまったのか?
     ・母の呪縛の根源は何だったのか?
     ・どこかでこの事態を避ける術はなかったのか?
     ・家族とは? 親子のあるべき姿とは?
     読後も正解は見つかりません。母も娘も憐れです。母が娘を呪縛したというよりも、母が自分自身を呪縛していたのではないか? とも思います。

     もしかしたら、今同じ境遇下にある、或いはかつてそうだったという人にとっては、全く他人事ではない話だったと思います。世の中には、人知れず不遇の生活を強いられている人もいて、狂気沙汰を紙一重で回避しているのかもしれません。
     そんな人に、本書が何らかの解決の糸口や救いを与えられたら幸いですね。周囲の気付きと具体的な支援が欠かせないだろうと、漠然と考えました。

     大阪高裁裁判長の「罪と向き合って反省した後、大変なことに負けずに、自分の選んだ道を歩むことで更生してほしい」という説諭が全てで、そう願うばかりです。

  • まだ、記憶に新しい事件である。
    滋賀で母親を殺害、遺棄した娘との面会や手紙のやりとりをまとめたものである。

    母親から長年にわたって執拗な干渉と虐待を受ける生活を強いられ、高校卒業後9年にもわたって母の監視下で「監獄のような」浪人生活を送っていた。

    母の罵声は、「詰問」「罵倒」「命令」「蒸し返し」「脅迫」「否定」とパターンがあり、いつも立ちすくむしかなかった。

    いずれ、私か母のどちらかが死ないなければ終わらなかったと現在でも確信している。

    とあり、読み進めるのも苦しいものがあった。
    母親の気持ちが、よくわからない。
    誰もが子どもの教育においては、ある程度の干渉はあるとは思うが、果たしてここまで…となると異常に思える。
    人それぞれ子どもに対する考え方は異なるわけで、どれが正解なのかは未だにわからない。
    だが子どもを自分の意のままに指図するのは違うと思う。
    子どもにも人格があり、個性があるから自分とは違うということ。
    自分ができなかったことを押し付けるのも違う。
    自慢の娘であってほしいの望んでのことだったのか。
    だがすべては母の呪縛ということになるのか。



  • 母と子どもの関係は、家族それぞれ。
    しかし、こんなに苦しく、閉じ込められた関係があっていいのだろうか…

    しかもこの話はノンフィクション。

    え?本当に?と思うような描写がたくさんあり、読んでいるこちらもつらい。
    でも、引き込まれる文章で読まされる。

    こうやって世に出るまで 誰からも知られないところで、試練と闘っていたあかりの孤独に心傷む。

  • 「モンスターを倒した。これで一安心だ。」

    31歳。看護師勤務の女性が 母親を殺しバラバラにして遺棄した。「モンスターを倒した」-女性は母親を殺害後 ツイッターにこう投稿している。

    嘘でしょう…と
    なぜ、どうして?と

    どうしてこんな事件が起きてしまったのか?という疑問ではない。

    娘にモンスターと呼ばれたこの母親が、小説の中の人物ではなく実在していたことの驚きと、何が母親をモンスターにしたのかという疑問が残った。

    母親の娘に対する教育虐待。母親は娘の幼少期から娘が医師となることを切望する。女性は医学部医学科に合格するために厳しく教育されたが不合格の連続で、9年間浪人して医科大学の看護学科に合格する。この9年間を女性は「母の監視下のもと、『監獄のような』浪人生活」と言っている。

    「ちゃんとした」子どもに育てたい
    「子どもの将来ために」いい学校に進んでほしい。
    その為には勉強を!と思う親も少なくはないと思う。

    しかし、この母親は病的だ。いや、本当に何か病んでいたんじゃないだろうか。でなければ 実の娘にあんな酷い仕打ちが出来るはずない。「親の理想の子どもに育てる」そのことが母親を狂わせたのか?「娘に何度も期待を裏切られた。嘘をつかれた。」母親も精神を病んでいく。

    【過干渉】親の願望を子どもに押しつけたり、子どもの人生をコントロールしたりする。

    「徹夜で叱責 罵倒された。もう やるしかないと思った」
    「いずれ、私か母のどちらかが死ななければ終わらなかったと現在でも確信している」



    それにしても、この家族。父親とは別居だったとはいえ 本当に父親の存在が薄い。こうなるまでに何もしてあげられなかったの?( •̥ •̥ )







    • おびのりさん
      なんだろうね。占い師やってる友人は、悩み相談で昭和5年くらいから13年くらいに生まれた女性に対する悩みが多くて、その辺の時代研究しようかと言...
      なんだろうね。占い師やってる友人は、悩み相談で昭和5年くらいから13年くらいに生まれた女性に対する悩みが多くて、その辺の時代研究しようかと言ってたよ。戦後の混乱期を生きたのにわがまま。兄弟多くて、自分はなんの責任も負わないのに、子供には負わせる。
      うちの母親、有給休暇が理解できなくて、珍しく休んでたら、金がいる時に休んでやがるくらいのこと言うから、仕事ない時も定時に家を出て、スーパーの駐車場で寝るとかね。従姉妹も姑がうるさいから、とにかく制服着て外出するって子が居た。みんな苦労してるんよ。
      この親は酷いけど、学費は出そうとしてるじゃない?ネグレクトやヤングケアラーとどっちが辛いか?三択の人生だったら、学費欲しかったりする。
      うち若い時から母親身体弱くて、ケアラー気味だったのよね。それで、平均寿命で介護までって、どっちかにして欲しかったね。
      さあ、遊ぶよ。
      2023/09/09
    • ゆーき本さん
      この母親、自分の義父が歯医者でとにかくお金持ちで 家の購入や学費の援助がすごくて それで自分の娘も医者になることに執着したんじゃないかって作...
      この母親、自分の義父が歯医者でとにかくお金持ちで 家の購入や学費の援助がすごくて それで自分の娘も医者になることに執着したんじゃないかって作者さんがインタビューで答えてた。子どもを自分の所有者のように扱う親がいることは何となくわかる気がする。けど、子どもが「存在する」だけで憎悪を抱くのってどういう心理なのかな?って考えちゃう。

      そうよ!遊ぼー!
      楽しもー!
      2023/09/09
    • ゆーき本さん
      所有者→所有物だ
      所有者→所有物だ
      2023/09/09
  • 【まとめ】
    0 モンスターを倒した
    高崎あかり(仮名)は30年以上に及ぶ共同生活のすえ、母・妙子(仮名)を殺害した。
    あかりは小学校時代から成績優秀で、妙子は娘のあかりを医師に、それも国公立大の医学部に入学させたいという強い希望を持っていた。あかりも期待に応えようと勉強を続け、医学部受験を目指していた。
    あかりは2005年に県内のキリスト教系進学校を卒業し、母の希望通り医学部を目指し受験を繰り返したが果たせず、2014年に医科大学の看護学科に進学した。その間、なんと9年もの浪人生活を送っていたことが明らかになった。

    あかりは、犯行後の2018年1月20日、ツイッターに、「モンスターを倒した。これで一安心だ。」と投稿した。


    1 犯行動機
    あかりは母親から長年にわたって執拗な干渉と虐待を受ける生活を強いられ、高校卒業後9年間にもわたって母の監視下で「監獄のような」浪人生活を送っていた。
    医大の看護学科を卒業し、ようやくその束縛から逃れようとしたところで、今度は助産師学校を受験するように強いられ、「とても耐えられそうにない」と思ったが、そのストレスを、誰にも相談することができなかった。
    事件の一ヵ月前の2017年12月20日ごろ、母との連絡用以外の別のスマートフォンを密かに隠し持っていたことが母に見つかり、激しい叱責を受けた。母・妙子はスマホを叩き壊し、あかりに土下座して謝罪するよう強いた。

    「そのとき、私は、スマートフォンだけでなく自分の心まで母に叩き壊されたような気持ちになりました」
    後にあかりは弁護士にそう話している。あかりはこのころから、母親に対して、明白な殺意を抱いた。

    あかりが控訴審で提出した陳情には、犯行に至った動機が切々とつづられている。
    ――母は私を心底憎んでいた。私も母をずっと憎んでいた。「お前みたいな奴、死ねば良いのに」と罵倒されては、「私はお前が死んだ後の人生を生きる」と心の中で呻いていた。ところが、母を寝かしつけて一息ついた静かな夜、虚しくなる。哀しくなる。終わらせたくなる。母が死んで、「もう、憎むことも憎まれることもなくなった」とホッとし、身体の力が抜けた。
    ――「娘が看護師として就職することを断固反対し、内定を蹴って助産学校に入るよう母親が強制してくる」という、私ですら理解しきれない苦悩を、父に、祖母に、大学の級友や教職員に、病院関係者に、誰に何を切り出して相談すれば良いのか、まったく思い付かなかった。母とすら信頼関係を築けなかった私は、自分以外誰も信頼出来なかった。(中略)何より、誰も狂った母をどうもできなかった。いずれ、私か母のどちらかが死ななければ終わらなかったと現在でも確信している。

    母の存在は、娘を強く呪縛していた。


    2 教育という名の虐待
    母・妙子は幼少期から躾に厳しく、あかりに自分なりの英才教育を施そうとし、あかりの答えに満足がいかないと、激しく叱責した。
    5歳ごろになると、近所の英会話教室に通わされるようになった。学校でトップクラスの成績を収めるよう求められ、部屋には買い与えられた参考書が積み上がっていった。妙子には単に「教育ママ」というのにとどまらない、独特の厳しさがあった。「テストの問題は授業で習ったことしか出ないんだから、真面目に授業を受けてきちんと復習すれば、満点が取れて当たり前!取れないということは、努力していない証拠」「お母さんは人に言われなくても、塾に通わなくても自分の意志で努力して良い成績を取ってきたのだから、お母さんよりずっと恵まれてるあかちゃんはできて当然。できないのがおかしい」

    学力テストは100点満点の90点が最低ラインで、そうでなければ「事件」が起こった。小学校二年のときには、得意科目の国語で89点をとり、叱責されている。
    ――「何この点数。いったいどうしたの!?」
    母は心底驚き呆れていた。
    「こんな点数じゃ、附属なんて行けないよ?バカ学校にしか入れないよ?」
    「……ごめんなさい」
    「ごめんじゃなくて、どうしてこんな悪い点数を取ったの!?いつもお母さん言ってるでしょ。テストっていうのは、学校で習ったことしか出ないの。しかも、範囲も決まってるの。だから、ちゃんと勉強していれば100点が取れて当たり前。どうしてあかちゃんはそんな当たり前のことができないの!?」
    どうして、と詰問されても、分からない。ひたすら泣いて謝るしかない。

    勉強時間は非常に長く、平日は2〜3時間、休日になると4〜6時間も机に向かっていた。勉強の進捗をチェックするため、勉強した教科、内容、勉強時間を表に書き込むように言われ、ノートを提出するよう求められた。

    中学進学では、妙子が以前から「バカ学校」と蔑んでいた公立中学への進学を徹底して忌避し、国立や私立の名門中学への進学を望むようになった。あかりはカトリック系の私立校に進学を進めた。

    小学校のときは成績優秀な優等生で、あかり自身そのことにプライドを持っていたが、中学では徐々に難しくなる授業内容に戸惑い、成績は伸び悩んだ。とくに英語・化学・数学への苦手意識が強くなっていった。
    思わしくないテスト結果を持ち帰ると、しばしば「罰」を与えられた。法を犯した者に刑罰が下るように、母にとって悪い成績を取ることは「罪」だった。

    中学二年生のとき、あかりは定期考査の結果を改竄したが、それが妙子に見破られ、熱湯を太腿にかけられた。
    ――「ぎゃーっ!!」驚きと激痛で叫ぶ。熱湯をかけられた皮膚がでろん、と溶ける。
    「……今後は挽回しなさいよ。……病院に連れて行ってあげるから、勉強中にうっかり飲み物をこぼしたって言いなさい」
    痛みと恐怖でしゃくりあげる私に、冷ややかな母の声が突き刺さる。

    あかりはブラックジャックにあこがれて医学部を目指すことを決意した。しかし、娘の憧れに母親が憑依し、母娘で引き返せない道を歩みはじめることになってしまった。
    「娘を医学科に合格させたい」という欲求は、いつしか母の思考、行動すべてにびっしりと根を張り、その根は年を追うごとに深化して母本人さえも呪縛するようになる。

    あかりの偏差値は58で、志望校である滋賀医科大医学部医学科の偏差値は68。不足している偏差値は10。その分だけ、「罰」が与えられた。
    帰宅後に成績表を見せ、夕方から夜まで数時間の罵倒、説教の後、刑罰が加えられる。
    ――「持ってきなさい」
    やっと終わった。今日は真夜中にならなくて良かった。明日学校行くまでに寝られる。使わなくなった洋箪笥の戸を開くと、直径3cm、長さ5cmほどの鉄パイプが外された状態で立てかけられている。私はそれを手に取り、平静を装いながら母に渡す。
    「68引く58は、10。10発ね」
    「はい」
    「馬鹿が」
    母に背を向け、四つん這いになり、声を出さないように歯を食いしばる。
    「いーちっ」 バシッ
    「にーっ」 バシッ
    「さーん」バシッ
    「しー」バシッ
    「ごー」バシッ
    「ろーく」 バシッ
    「しーち」 バシッ
    「はーち」バシッ
    「くー」バシッ
    「じゅー」 バシッ。
    「さっさと着替えて勉強しなさい」
    「ありがとうございました。ごめんなさい」
    熱さと痛みと恐怖で涙が出そうになる。頬の内側を噛んで目を見開く。まばたきをしてしまうと涙がこぼれる。涙を見せると母の怒りが再燃してしまう。今夜は眠りたい。制服を脱ぐ。母の目を盗んで全身鏡に背中を映してみる。赤黒かったり青紫だったりの細長い痣が広がっている。
    やっと前のが消えかかってたのに。
    脱いだ制服をハンガーにかけようと腕を伸ばすと、背中がずきりと痛む。また何日間か寝返りを打つたびに痛いんだろうな。嫌だな。嫌だなあ…….。視界がぼやける。

    あかりは、受験したすべての私大、国立大に不合格となり、翌年以降の医学部合格を目指して浪人することになった。携帯電話をチェックされ、毎晩母娘二人で入浴し、母の目の届く一階に勉強机を移して監視される生活は、囚人のような堪え難さだった。

    一度、あかりは母に黙って就職のための面接を受けたことがある。そのときの様子を、あかりは手記で次のように綴っている。
    ――「さっき、△△工業さんから電話があってね、申し訳ないけどお断りしたの」
    「えっ、何でそんな」
    「だってあかちゃんは、来年医学科に入らなきゃいけないでしょう」
    「え、でも」
    狂ってる。逃げなくては。
    「あかちゃんは未成年でしょ。親の許可がないと就職はできないの。でも、お母さんは絶対に許しません。お父さんが仮に許しても、お母さんが許しません。そんな人会社は雇ってくれると思う?あかちゃんは、お母さんと約束した通り、来年医学科に合格するの。お祖母ちゃんに京大の学費出してもらって、それで予備校に通わせてあげるから、頑張って勉強しなさい。あかちゃんがいくら逃げても、お母さんはどこまでも追いかける。絶対に逃がさない。合格するまで、ずっと」
    そうなのだ。母の手からは逃れられない。これからもずっと。
    「私はあんたを生んだときから、医者にすると決めていたのよ。逆らうんなら、いままでの学費1000万円を払ってね」
    母からは、そう通告された。


    3 再度の悪夢と凶行
    9年に渡る浪人生活の末、あかりはようやく医大の医学部看護学科に合格した。
    母との関係は良化し、しばらくは普通の母娘の関係に落ち着いたこともあったという。

    しかし、ふたたび母が激しい強要を始めるようになったのは、助産師過程選抜試験に不合格となってからだった。助産師になると母と約束し看護学科への入学を決めたのだが、あかりが興味あったのは手術室看護師だった。当然、母はその道を認めなかった。
    あかりは母の強要を受け、ふたたび助産師学校受験準備に追われることとなる。だがあかりは助産師学校に進む気はなかった。4月から、附属病院の看護師として採用されることはすでに内定していたからだ。

    助産師学校の入学試験を控えた2017年末、二人は次のようなラインをやり取りしている。

    2017/11/7
    母 帰るとこがないので今夜も仕方なく帰ってくるのでしょうが、はっきり言って帰ってほしくなどありません。今の荒んだ家庭、不幸せを招いた悪党娘を許せる訳ないし、十数年にも及ぶ苦労と、大事にしてきた思い全てめちゃくちゃにした恨みつらみしかなく、前歴者の娘なんて死んでくれたらどんなにスッキリ…するかと思います。冗談ではなく、そう思います!!
    でも、悪党な奴ほど他人を傷付け苦しめ、たとえ生き地獄に突き落として、自分だけは欲望を果たし、のうのうと生きる道を選ぶのです。あなたは平気で人を裏切る恐ろしい怪物です。
    悔しくて悔しくて悔しくて仕方がありません!!!
    地に落ちた信頼はもう回復できない。それでも荒れた家庭を破壊し尽くすか修繕するかはアンタ次第!!それでも好き勝手にするなら警察沙汰のリスクを負う覚悟で!!

    娘 荒んだ家庭、不幸せを招いてしまった責任を痛感し、どうにか修繕したいと考えております。

    2017/12/24
    母 あんたにごちゃごちゃ言われて、何もかも嫌になった。助産も何もかも、もうどうでもいい。暫く一人になりたい。もう苛々したくない。
    あんたがどんなに立派な言葉を吐いても、この4年間ろくに勉強もせずサボりにサボり、今こうして母を不幸のどん底に叩き落している言い訳にはならない!

    母 あんたも好き勝手して、もう十分なはず。あんたに利用され誠意を踏みにじられ泣いて悔やんで、まるでドブに捨てるような無駄な時間を過ごすことにもううんざりしている!以上!

    娘 助産師になるための方法を視野を広げて模索したことが、このような結果に至るとは想像できず、残念です。

    母 助産の事が全てを白紙にする理由ではない。あんたの身勝手さが諸悪の根源なのだ。立ち直る機会も何度も与えた。それを無視してきたあんたが悪いのだ!自分の都合よく解釈するな!あんたが諸悪の根源なのだ。

    娘 そうですね。私が諸悪の根源です。申し訳ございません。失礼しました。

    助産師学校の入学試験に落ちた翌日1月20日未明、あかりは妙子を殺害した。
    その後ツイッターに、「モンスターを倒した。これで一安心だ。」と投稿した。

    2020年11月5日、あかりは控訴審の初公判に臨んだ。あかりは弁護側の杉本弁護士の質問にこう証言している。
    ――殺害に至るまでの、私の長年の、私と母の確執を事細かに、まるでずっと私の横にいたかのように認定されてるのが、すごく精緻に認定されてて、理解されるんやな、理解されてるなっていうこと、殺す前の逡巡とかも読み上げてるのを聞いて、殺そうって考えてるところとかも、何かカメラで撮られてたんかなと思うぐらい、すごく精緻な分析がされてたのと、あとは、嘘をつきつづけている私に対しては、「あなたはいままでお母さんに敷かれたレー ルを歩まされてきたけれども、これからは真摯に罪と向き合って、罪を償い終えた後は、あなた自身の人生を歩んでください」っていう温かい説論をしてくださったのを聞いて、他人であっても、私が嘘をついても、私が母との苦しみであったり、そういったことが理解されるんだなっていうことが分かりました。

  • 2018年に発生した滋賀医科大学生母親殺害事件をご存知ですか?
    30代の女性看護学生が母親を殺害後、遺体をバラバラに解体し遺棄した事件です

    本書はその殺人事件の背景にある母娘の相克に迫ったノンフィクション

    殺人は許されることではない
    それは当たり前のことだが、本書を読んでいるとその当たり前のことを許してあげてもいいんじゃないのか…
    殺すのも無理はない、やむを得なかったのではないかと加害者に同情してしまう…

    母親の娘に対する異常なまでの束縛、愛情、執着…、これらは一体なんだったのだろうか
    これらが正しい方向に向いていればこんな事件は起きなかっただろうに…

    • ゆーき本さん
      ノンフィクションなんですね!
      「母娘問題」 よく小説の題材になりますよね。
      読んでみたい_φ(・_・
      ノンフィクションなんですね!
      「母娘問題」 よく小説の題材になりますよね。
      読んでみたい_φ(・_・
      2023/04/29
    • 1Q84O1さん
      ノンフィクションなんですよ!
      この母親なりの娘への愛情があるのかもしれませんが、ここまでいったら異常ですね…
      ノンフィクションなんですよ!
      この母親なりの娘への愛情があるのかもしれませんが、ここまでいったら異常ですね…
      2023/04/29
    • ゆーき本さん
      図書館予約しました('0')/ハイ!
      図書館予約しました('0')/ハイ!
      2023/04/29
  • 衝撃的な怨恨のこもった事件という印象でページを開いたら、予想外にまさかの感動的なラスト。
    現代親子の過干渉的距離感や彼らが発するSOSに、もっと親身になれる社会にするにはどうしたらいいのだろう。

    • チーニャ、ピーナッツが好きさん
      ゆっきーさん、お帰りなさ〜い
      ヽ(=´▽`=)ノ
      忘れてないですよ♡
      引き続いて体調に気をつけて下さいね〜
      こちらこそヨロシクです♪
      ゆっきーさん、お帰りなさ〜い
      ヽ(=´▽`=)ノ
      忘れてないですよ♡
      引き続いて体調に気をつけて下さいね〜
      こちらこそヨロシクです♪
      2023/10/16
    • Manideさん
      ゆっきーさん、こんにちは。

      ほんとですね〜
      ゆったり読書できるといいてますね。
      無理のないようにしてくださいね。
      ゆっきーさん、こんにちは。

      ほんとですね〜
      ゆったり読書できるといいてますね。
      無理のないようにしてくださいね。
      2023/10/29
    • ゆっきーさん
      Manide様
      体調すぐれず読書できない期間を経て、読書を楽しめることがどんなに幸せなことかを実感しました(><)
      ありがとうございます!
      ...
      Manide様
      体調すぐれず読書できない期間を経て、読書を楽しめることがどんなに幸せなことかを実感しました(><)
      ありがとうございます!
      無理なくマイペースに読んでいきます♪
      2023/10/29
全648件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

最終学歴:お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科 博士(人文科学)
現職:お茶の水女子大学基幹研究院助教
専門:特別支援教育,障害のある子どもとその家族への支援に関する研究

「2022年 『小児期の逆境的体験と保護的体験』 で使われていた紹介文から引用しています。」

齊藤彩の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×