「戦前」の正体 愛国と神話の日本近現代史 (講談社現代新書)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065321294

作品紹介・あらすじ

神武天皇、教育勅語、万世一系、八紘一宇……。
右派も左派も誤解している「戦前日本」の本当の姿とは?

神話に支えられた「大日本帝国」の真実。
「国威発揚」の物語を検証するーー!


「筆者はここで、同じく昨年、凶弾に斃れた安倍元首相が唱えた「日本を取り戻す」「美しい国」というスローガンを思い出さずにはおれない。それはときに戦前回帰的だといわれた。
 だが、本当にそうだっただろうか。靖国神社に参拝しながら、東京五輪、大阪万博を招聘し、「三丁目の夕日」を理想として語るーー。そこで取り戻すべきだとされた「美しい国」とは、戦前そのものではなく、都合のよさそうな部分を適当に寄せ集めた、戦前・戦 後の奇妙なキメラではなかったか。
 今日よく言われる戦前もこれとよく似ている。その実態は、しばしば左派が政権を批判 するために日本の暗黒部分をことさらにかき集めて煮詰めたものだった。
 つまり「美しい国」と「戦前」は、ともに実際の戦前とはかけ離れた虚像であり、現在の右派・左派にとって使い勝手のいい願望の産物だったのである。(中略)
 このような状態を脱するためには、だれかれ問わず、戦前をまずしっかり知らなければならない。」 (「はじめに」より)


【本書の構成】

第1章 古代日本を取り戻す   明治維新と神武天皇リバイバル
第2章 特別な国であるべし   憲法と道徳は天照大神より
第3章 三韓征伐を再現せよ   神裔たちの日清・日露戦争
第4章 天皇は万国の大君である 天地開闢から世界征服へ
第5章 米英を撃ちてし止まむ  八紘一宇と大東亜戦争
第6章 教養としての戦前    新しい国民的物語のために


【本書の主な内容】

・「新しい戦前」と「美しい国」の共通点
・「神武創業」に新政府がこだわった意図
・「建国記念の日」が生まれた背景
・君が代はなぜ普及したのか?
・明治維新は「中世キャンセル史観」
・神武天皇に似ている「あの人物」
・フェティシズムとしての教育勅語
・女子天皇・女系天皇を排した井上毅
・忘れられる神功皇后と理想の女性像
・神社参拝は軍国主義的なのか?
・「東京」の名付け親・佐藤信淵
・天地開闢とイザナミ・イザナギ神話
・「弱小国家コンプレックス」が生んだ妄想
・戦意高揚に貢献した北原白秋と山田耕筰
・実証なき物語は妄想、物語なき実証は空虚   ……ほか

感想・レビュー・書評

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  • 明治維新から太平洋戦争敗戦まで77年。戦後から2022年まで77年。戦前と戦後が並び、現代史が近代史を凌駕しようとしている、われわれはいま新しい時代のとば口に立っているのだ、と始まる。ああ、そうなのか。なにかというと、「戦前は・・」という言葉が躍り、よかった、悪かった、人それぞれの思い込みで「戦前」を語っている。そこで、一体「戦前」とはどういう実態だったのか、それを説く。

    明治新政府は自身を正当化し西洋近代社会に追いつくため、それ以前の中世から近世武家社会を否定するところから始まった。それには天皇を押しいだき、「日本神話」から連なる、という、天皇の系譜を利用したという。

    しかし政府だけが神話をもとに旗振りをしたわけではなく、それに乗り儲けようとするジャーナリズムや民衆の力もあったのだ、とする。たとえば、軍歌などは、「プロパガンダをしたい」当局と、「時局で儲けたい」企業と、「戦争の熱狂を楽しみたい」消費者、三者が絡み合ったという。

    やがて国体論というネタがベタになり、政府をも拘束するようになった、この「神話国家の興亡」こそ、戦前の正体だった、というのが氏の見立てである。その構成要素の教育勅語や軍事儀礼をバラバラにみて、「日本スゴイ」、「戦前回帰だ」というのは生産的な議論ではない。

    戦前の物語にあえて点数をつければ65点だという。100かゼロの視点では、マイナス要素が出ると瓦解する。

    日本神話を「日本書紀」「古事記」からわかりやすく説明してくれたのもよかった。ほとんど分かっていなかったのがわかった。


    メモ
    宗教の否定は醜悪な疑似宗教を生み出す(フランス革命における最高存在の祭典や、ソ連におけるレーニンの遺体保存やスターリンの個人崇拝)ように、物語の否定は戦前的な物語の劣化コピーを生成する。物語は排除ではなく、上書きされるべき。

    また教育勅語は「忠孝の四角形」が根底にあり、それを踏まえるべきという。歴代の臣民(国民)は、歴代の天皇に忠を尽くしてきた、当代の臣民も当代の天皇に忠を尽くしている。またこれまでの臣民は自らの祖先に孝を尽くしている。また当代の天皇も過去の天皇に孝を尽くしている。

    この忠孝の四角形は日本にしか永続しておらず、他の国は君主が倒され臣民が新しい君主になっていて、忠が崩壊している。日本は忠孝が保たれているので、万世一系が保たれている、という世界観を教育勅語は「国体の精華」と呼んでいる。


    2023.5.20第1刷 図書館

  • 昨今、警告のように言われる戦前への回帰。
    「教育勅語」や「八紘一宇」という言葉に秘められた理念を、敗戦によってその真の価値が歪められたものとして、復活を叫ぶ人たちもいる。
    筆者はその意見に与するでもなく、また頭ごなしに批判するでもなく、その言葉がどのようにして生まれ、どのような目的のもとに発せられたのかを解き明かす。

  • 昭和40年代半ば(1970年代)に小学生だった私の感覚では、戦争とは「第二次世界大戦」のことであり、それ以前のことは歴史の教科書やドラマなどで印象的なものは知ってるつもりだったけれど‥先ずは「戦前」の「戦」がどれなのかを定めないと話が混乱するし先に進まないという大事なことに気付かされる。それにしてもいい大人になるまで天皇と神話の関係を深く考えた事もなく、近・現代史をいかに学んでこなかったかに気付いて愕然とするばかり。(本筋とは違うのだけど)本書を読んだら、ますます町田康さんの『古事記』読むのが楽しみになってきた。

  • 筆者が得意とする「歌」を引用した部分が、民意への影響として大変分かりやすい。「国体」について、そうだったのか、と思わされるところが多く、非常に勉強になった。

  • 本書では明治維新から大東亜戦争まで、日本の神話がどのように利用されてきたかが解説され、それに関連するエピソードも紹介されている。そうすることで日本神話の入門書となり、また近現代史書にもなっている。さらに昨今の神話プームではびこる神武天皇実在論に対しても誤った考えであることを示唆する。

    国体の精華と教育勅語
    日本では、天照大神が「天壌無窮の神勅」および「宝鏡奉斎の神勅」により、忠孝の道を打ち立てた。歴代の天皇および臣民は、この忠孝の道徳をしっかり守り、忠孝の四角形は一度たりとも崩れなかった。そのため、易姓革命は起こらず、天皇家は万世一系を保っている。
    教育勅語の背景にはこのような国体思想がある。

    以前自民党右派の政治家が、教育勅語を肯定する発言をしたが、ただ前述の一部分を切り出してきて、「親孝行の部分は現代にも通じる」などと論じても意味がない。

    敗戦受け入れを決めるかどうかにあたり、当時の昭和天皇が国民の命のことより、三種の神器の無事を優先させて決断しようとしていたのは意外だった。
    またその三種の神器は、古事記、日本書紀には皇位の象徴とは書かれておらず、その言葉の初出も壇之浦の戦いで安徳天皇が入水したことを伝える「平家物語」であることも。

    明治維新に、それまでの江戸時代の政治体制の在り方を、完全に否定して、早く人臣を統制させるために神話を取り込み、いわばマインドコントロールしてきたか、そしていつの間にか、コントロールしていた方が、目に見えないものにコントロールされるに至ったか と言う風に思えた。

    未だに復古主義的な政治家やジャーナリストがいることには注意も必要かな。

  • 明治〜昭和初期にかけての、日本書紀や古事記を元にした引用が、読み辛いなと流していた。
    戦前〜戦中にかけて、分かりやすく勇ましく、読みやすくなって怖くなった。
    良い本だった。

  • 題名に強く惹かれ、入手して紐解き始めると、なかなかに愉しかった。出逢えて善かったと思える一冊だ。
    研究成果や論考を、幅広い読者に向けて判り易く説くという、「新書」らしい感じの一冊だ。題名から受ける、少し厳めしい感じでもない。6つの章が在るが、各章での話題は何れも面白い。
    第2次大戦の前後で「戦前」、「戦後」という言い方を広くしていると思う。両者は、何となく「別」であるかのように感じさせられているかもしれないようにも思う。「戦前」の範疇に産れた人達の人生が「戦後」にも続いている例は多く、「戦前」に定着したようなモノが「戦後」に在り続けている例も多いであろう。更に「戦後」の中だけでも、様々な変遷が在って、「そう言えば以前はもっと様子が異なった?」も多々在るのだと思う。漫然とそういうような問題意識も在ったので、本書で取上げている話題は何れも非常に興味深かった。
    明治期以降、「中世」を「キャンセル」して、神武天皇に起源を有する古い時代の「神話」を半ば創出し、それに依拠した考え方を推し進めたと言える面が在るのだと本書は説く。そしてその「神話」の扱いを巡って様々な展開が在る。色々と言われるように、国家が様々な事柄を主導しようとした一面は在るが、「下からの」とでも呼ぶべき、民間から起こった動きが国家の中に採り入れられたというような事柄も在る。「国家が打ち出した物語」とでも呼ぶべき「神話」が時代を牽引していたような様子を「戦前」とすべきなのかもしれない。そういう柱で、幾つかの話題が展開しているのが本書であると思う。
    「戦前」というモノは、強い批判という目線で取り沙汰される場合も在れば、大いに賞賛、称揚するという目線で取り沙汰される場合も在る。が、両者の何れにしても、少し考えてみると「本当は?」というような、考える余地が大いに残るかもしれないというのが、本書で論じられている数々の内容だ。言わば「大いに誤解されているのかもしれない“戦前”なるもの」というようなことが、一口で言う本書の主題かもしれない。
    或いは、本書のようなテーマを考えてみるということが、「歴史を学ぶ」という上で有益であり、求められることなのかもしれない。非常に興味深い一冊なので、広く御薦めしたい。

  • 大日本帝国を宗教国家として見た時の、奇妙な天皇崇拝はどうやって形作られたのか?
    明治からの政府が作った上からの宗教と、草の根的な下からの宗教が結びつく流れが面白かった。
    木村鷹太郎、通称キムタカのオカルトとしか言いようのない日本書紀はそもそも世界の話をしていたという解釈は、抱腹絶倒するほどに面白いと同時に、これだけ賢い人がオカルトに傾倒してしまうというオウム真理教の様な怖さがあると感じた。

  • タイトルから少し怪しいイメージをしていたが、読んでみたらしっかり分析してあり勉強になった。

    初代神武天皇など昔は祀られていなかった人が国威高揚の為、祀られるようになったと言うのが驚きだった

  • 博識で広範囲の史料からよく拾ったと思うが、ただそれだけで、国家の無能や責任に対する言及は薄く、命を落とした人々に寄り添う内容とは言えない。

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著者プロフィール

辻田真佐憲(つじた・まさのり)
1984年大阪府生まれ。文筆家、近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業。同大学大学院文学研究科中退。
2011年より執筆活動を開始し、現在、政治・戦争と文化芸術の関わりを研究テーマとしている。著書に『日本の軍歌 国民的音楽の歴史』、『ふしぎな君が代』『大本営発表』『天皇のお言葉 明治・大正・昭和・平成』(以上、幻冬舎新書)、『空気の検閲~大日本帝国の表現規制~』(光文社新書)『愛国とレコード 幻の大名古屋軍歌とアサヒ蓄音器商会』(えにし書房)、『たのしいプロパガンダ』(イースト新書Q)などがある。歴史資料の復刻にも取り組んでおり、監修CDに『日本の軍歌アーカイブス』(ビクターエンタテインメント)、『出征兵士を送る歌 これが軍歌だ!』(キングレコード)、『日本の軍歌・軍国歌謡全集』(ぐらもくらぶ)、『古関裕而の昭和史 国民を背負った作曲家』 (文春新書) などがある。

「2021年 『新プロパガンダ論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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