〈精神病〉の発明 クレペリンの光と闇 (講談社選書メチエ)

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  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065330241

作品紹介・あらすじ

臓器と違って目には見えない精神の疾患を、はじめて分類・体系化し、〈精神病〉を発明したエミール・クレペリン(1856-1926年)。無意識を発見したフロイトと偶然にも同じ年に生まれ、フロイトと並んで現代精神医学の基礎を築きながら、その名は忘却され、彼が築いた分類と体系だけが、所与であるかのように、世界中で広く使用される診断マニュアルの土台となっている。冷酷非情である一方、純粋で情熱的な面もあわせ持つ複雑な人物の半生を辿り、葛藤と煩悶を繰り返して生み出された体系の功罪を描き出す。知られざる精神医学誕生の歴史!「汝が名は忘却の淵に沈めども その業績は永遠なり」――。クレペリンが眠るハイデルベルクの墓碑にはそう刻まれている。心臓や肝臓などの内臓の疾患は、その器官の病変や症状から、病を特定し治療にあたることができる。しかし、どこでどのような異常が生じているのか目で見ることのできない精神の疾患は、何をもって同じ病、あるいは違う病であると診断し、治療にあたるのだろうか。同じ症状を呈しているからと言って、同じ病とは限らず、まったく違う症状でも同じ病ということもありうる。そもそも分類自体が可能かどうかさえ疑問だった時代に、悩みながらもそれらを分類し、体系化した人物こそエミール・クレペリンにほかならない。その成果は今、日本はもちろん世界でも広く使用されているDSM‐5やICD‐10と呼ばれる精神疾患診断マニュアルの土台となった。目に見えない精神の病を分類・体系化することで、言わば「精神病」を発明したともいえる。奇しくも無意識を発見したフロイト同年に生まれ、フロイトに匹敵する影響を残しながら、フロイトとは対照的に、皮肉にも墓碑銘のとおりその名が忘却されたクレペリン。その「発明」は葛藤と煩悶のうちになされ、晩年には、それまでとまったく違う方向を模索しさえしていた。またドイツ留学中の斎藤茂吉を冷たくあしらい傷つけたクレペリンは、ユーモアを介さない陰鬱な人物として語られてきた一方、その自伝をひもとけば、少年のような純粋さと情熱も秘めている。今や自明のもののように扱われている診断基準は、一体どのような人間がいかにして創り上げたものなのか。クレペリンの半生をたどりつつ描かれる、知られざる精神医学誕生の歴史。【本書の内容】はじめに――なぜ、いま、クレペリンを問うのか序第1章 誕生と助走(一八五六―九一年)第2章 創造と危機(一八九一―一九一五年)第3章 静かなる浸透(一九一五―二六年)第4章 〈精神医学〉制作あるいは〈精神病〉発明の途上にて(一九二六―八〇年)おわりに

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  • 〈精神病〉の発明 クレペリンの光と闇 (講談社選書メチエ)

    クレペリンという名前は有名であった。だがこの精神科医の真実の思考と心情、ないし彼の苦悩に
    満ちた情念と思想は完璧に忘却されていた。ー九八〇年頃から現在までの約四〇年間、われわれは
    "シジフォスの神話" の如きクレペリンの仕事を骨黄品扱いし、中身を無視し、DSMないしICDというピカピカの新品目録の登場を歓迎し、これを全的に称賛していたのである。

    われわれはもう一度、クレペリンなる人物の心の内奥と謎、心情と感受性の特见性、情念の動き
    はじめにと思惟方法を想起すべき時期にきているのではないだろうか? クレペリンの帮神学はそれくらい豊饒かつ多彩な源泉ではなかったか? 「< 精神病> の発明」という出来事を考えるためには、まっさきに< 人間クレペリン> の発見が為されなければならないのではないか?

    制作・発明された< 精神病> 分類体系は、それくらい人間臭い(物的証拠によって確証できない、科学以前の、だが、やはり一種の)学問なのだ。

    21世紀になって二〇年以上の歳月が経過するが、現代の粘神医学は、その土台も体系もクレペリンによって造られたと言っても間違いではない。存在自体が大きい医学者であるのに、無知と誤解に包囲されたひとであるゆえ、われわれは、<人間クレペリン> と<クレペリン精神医学> との相互干渉を、錯綜した精神医学史の中で慎重に見てゆかねばならない。

    クレペリンという人間の特殊性は、「熱い情念( 研究の鬼) 」と「冷酷なる対人関係」の併存、「人間嫌いの冷めた孤独癖」と「大自然に溶け込む歓喜恍侬の境地」の交代、「妥協を知らぬ真理愛」と「露骨な人種差別意識」の融合……など、互いに矛盾し合う異頁な気質傾向が絡み合っている奇妙な事実に存する。

    じっさい、精神医学の世界では、クレペリンは冷酷、陰饅、頑迷、非社交のドイツ・プロフェッサ
    —として知られ、これが常識になって没後の一世紀が経過している。だが、最近になって、これが彼の表面的外観に過ぎないと思われるようになってきた。彼の裏面に潜む奇妙な熱気と情念は、21世紀になって私が初老期に入ってから気づかれるようになったのだが、わがクレペリン像は、明瞭になるどころか、却って、いっそう混沌としてきてしまった。人格の明暗・矛盾・変容が激し過ぎて、眩暈がしてくるとでも言おうか。

    単一精神病学説、疾患単位学説、症候群学説という三つの学説ないし概念に媒介されてはじめて造形され制作されてくる<精神病> は、発見されるのではなく、発明> されるのだ、多くの概念を介して間接的に<発明> されるのだ、ということである。<精神病>は複数の学説と概念によって制作され<発明> される。隱れていた未知の実在が直接的に発見されるという経緯で単純に露出してくるのではない。

    クレペリンとフロイト、この二人の努力によって、われわれを生かしてくれている現代精神医学の基準・地盤が発見された、創造された、と言っていい。だが、二人に対する世界の反応はまるで違っていた。フロイトは、「無意識の発見者」として、人類史上最大級の思想家と見なされた。新たなパラダイム革命者として、コペルニクス、ダーウィン、アインシュタインらに匹敵する革命的な存在、稀有のパイオニアと見なされてきた。


    人文科学全体が、そして社会大衆のほとんどが、フロイトの発見に驚き、これを受け容れた。フロ
    イトの科学革命はコペルニクスの科学革命に匹敵する衝撃力を持っていた。フロイトに関する書物は厖大過ぎてとても読み切れないし、フロイトの人物と業績は、 その細部まで知られるようになっている。

    フロイトと比較するなら、クレペリンの名前とその仕事の意味は、知られていない。あるいは忘却
    の彼方に去ってしまった。ハイデルベルクにある墓所の碑銘の通りである。精神科医ですら自身の臨床営為を支えてくれている精神医学体系の構成者たるクレペリンの人物像や業績の真義を考えない。フロイトと較べるなら、クレペリンにまつわる評伝のたぐいや解説書、さらには原著翻訳などの情報量が余りにも少ないからであろう。

    六五年に近い『回想録』非公開の理由は、ひとつ、冷淡なほど寡黙で威風堂々たるクレペリン教授像が既に出来上がってしまっていたこと、ひとつ、民族主義者、差別主義者、 反ユダヤ主義者であったことを示す明白な文面があること、ひとつ、家族、親族しか知り得ないような陶酔と放蕩の瞬間、自然動物ないし腕白少年のような悦楽の瞬間、内面の祝祭性の激しさを示す瞬間、麻劇と笑いのさなかに忘我の境地に至る瞬間などが、かなり豊富に告白されていること、ゆえに、威厳に満ちた大学者、ドイツのプロフェッサーという彫像の如きイメージが随所で壊れてしまうという遺族の懸念、であろうか?

    ネオ・クレペリニアン的と称していい< 精神病> 発明の試みが世界中に充満する現在、黙殺されつつある「癲癇性精神病」概念、あるいは「癲癇」を重視するクライスト一派と満田/ 安永/ 木村の流れを汲む精神病構成論への挑戦の重要性は、改めて熟慮されていい。「痛癇性」と呼称される深淵から垂直に湧出し続ける「生命それ自身」への直観と感受性は日本において特別に豊かだからである。

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著者プロフィール

1949年、茨城県生まれ。東北大学医学部卒業(医学博士)。都立松沢病院、東京医科歯科大学、栗田病院、稲城台病院などを経て、現在、いずみ病院(沖縄県うるま市)勤務。専門は、精神病理学。
主な著書に、『シュレーバー』(筑摩書房)、『死と狂気』(ちくま学芸文庫)、『〈わたし〉という危機』(平凡社)、『20世紀精神病理学史』(ちくま学芸文庫)、『祝祭性と狂気』、『フロイトとベルクソン』(以上、岩波書店)など。
主な訳書に、ジークムント・フロイト『モーセと一神教』(ちくま学芸文庫)、ダニエル・パウル・シュレーバー『ある神経病者の回想録』(講談社学術文庫)など。

「2018年 『創造の星 天才の人類史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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