鯨人 (集英社新書)

著者 :
  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087205787

作品紹介・あらすじ

インドネシア東ヌサテンガラ州に属するレンバタ島のラマレラ村は、銛一本で鯨を仕留める伝統捕鯨で知られている。写真家である著者は約一九年にわたりこの村の様子を取材。世界最大の生物に挑む誇り高き鯨人達の姿と、村の営みに深く根ざす捕鯨文化の詳細を記録し、ついには捕鯨の水中撮影を敢行する。だが、この村にもまた、グローバリゼーションの波は押し寄せていた。…。岐路に立つラマレラ村とその捕鯨文化を雄渾に活写する、比類なきネイチャー・ドキュメンタリー。

感想・レビュー・書評

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  • インドネシアの多島諸島の最東端、レンバタ島の農作物も出来ない入り江に約2000人ほどの漁村がある。写真家の石川梵さんは92年から今までずっとその村ラマレラの伝統捕鯨に魅せられ、取材を続けて来た。1997年に写真集「海人」、2011年にその取材過程を記した本書、2021年には「くじらびと」というドキュメンタリー映画までつくった。確かにホンモノだけが見せる魅力が、本書には随所に散りばめられている。

    私はどうしても、ラマレラ捕鯨に古代日本の捕鯨を想像しながら読んでしまう。万葉集にある「いさなとり」は捕鯨という意味であるが、実は日本でも縄文時代から鯨を食べていた証拠が諸所に残っている。私は韓国の蔚山で組織的捕鯨を記録した壮大な壁画(新石器時代)を見たことがある。ラマレラは、手造りの帆掛船で鯨を追い、銛1本を投てきするのではなく自ら飛び込んで突くというもっとも原始的な方法だった。当然海に落とされるが、直ぐに船に戻ってまた銛を突き、最後は包丁で滅多刺しにして絶命させる。一瞬の油断が命取りだ。それを可能にする村の民俗は、私の想像を超えていた。

    村のインフラは極めて素朴。水道もなければガスもない。調理には薪の火、鯨の脂でランプを灯す、塩田を作って塩を確保していた。表紙の写真を見ればわかるが、銛持ちは極めて大柄で筋肉質、彼らの主食は白米にとうもろこしを混ぜたご飯。鯨を獲ることに成功すれば、関わった舟全てに鯨肉が分配される。一頭の鯨で家族を二ヶ月賄うことができると言われる。命をかけた捕鯨だからこそ、共同体の怪我人老人含めての福祉補完システムはキチンと完備されていた。女たちもとれた鯨肉は、直ぐに売ったり干し肉にして後で売ったりして、食料や金に交換経済で換えてゆき、男たちの人生を支えている。

    やはり銛撃ちが少年の1番の憧れであるとか、船や漁具の作製、祈りも、そうだろうな、というひとつひとつ説得力があった。もちろん、古代と多くの部分で違うが、想像できる部分は沢山あった。

    だからこそ、縄文、弥生前期にかけての、鉄器が普及していない時代の捕鯨が何処までラマレラ式なのか、疑問がむくむくと湧いてくる。石器の銛で果たして脂肪30センチのマッコウクジラを仕留めることができるのか?そもそもそんな大きな銛は、遺物で展示されていたことがあったけ?入り江に迷い込んだ鯨をたまたま仕留めただけではないのか?鯨は古代人の人生では忘れることのできない大事件だった。だからこそ壁画に描かれたのかも知れない。しかし、日本の絵画土器には(おそらく)ひとつも登場していない(サメの絵は多い)。宿題がまたひとつ出来た。

    その他興味深い処のメモ
    ・マンタとはオニイトマキエイ(5メートルほどの体長)。年間10頭の鯨に対し、マンタは100頭ほどとれている。この漁の発展形が捕鯨だったのかも知れない。
    ・イルカよりもシャチやサメの方がよっぽど獲るのは楽。
    ・一番の銛撃ちは、一撃で鯨を突き殺した者。
    ・櫂を漕ぐ時の歌に「象牙を生やした水牛よ、どうか私たちを村へ連れていっておくれ」というのがある。古代から鯨が牛や馬などと同じ仲間であることを知っていた。
    ・1番銛には心臓が分け与えられる。香辛料代わりのタマリンドという臭い消しを入れ、煮込み料理にしていた。鯨肉丼は案外美味しいらしい。


    NO Book & NO Coffee NO LIFEさんの鯨月間レビューで、こんなノンフィクションがあるんだ、と知りました。ありがとうございます♪

    • NO Book & Coffee  NO LIFEさん
      kuma0504さん、こんにちは

      『鯨人』読まれたのですね。
      「私はどうしても、ラマレラ捕鯨に古代日本の捕鯨を想像しながら読んでしまう」
      ...
      kuma0504さん、こんにちは

      『鯨人』読まれたのですね。
      「私はどうしても、ラマレラ捕鯨に古代日本の捕鯨を想像しながら読んでしまう」
      全く同感です。
       『鯨神』『巨鯨の海』を読むほど、遠く離れたラマレラの捕鯨法は、日本古来のものと相通じる部分が多い気がしました。
       kuma0504さんの考察に、大いに頷いたところです。
       私は下手の横好きで、学術的に追求する気はなく、成果が出ましたら、是非ご教示いただければと思います。
       今後ともよろしくお願いします。
      2022/11/21
    • kuma0504さん
      NO Book & NO Coffee NO LIFEさん、こんばんは♪
      古代捕鯨は鯨の骨も各地で見つかってるし、縄文も弥生も普通にしている...
      NO Book & NO Coffee NO LIFEさん、こんばんは♪
      古代捕鯨は鯨の骨も各地で見つかってるし、縄文も弥生も普通にしているもんだと思っていましたが、これを読んで考えを改めてました。
      沖合の鯨を獲るためには、弥生前期までの石銛では、ハルクみたいな超人が一撃で鯨を突き殺さないと無理だということがわかりました。つまりあり得ないんです。
      銛だけじゃない。解体も無理です。
      古代もスクレーバーはありますが、巨大な黒曜石は、鯨のためだけに用意するには、あまりにもコストパフォーマンスが悪い(ただし、長崎県からは大型の銛が単体で見つかってるし、壱岐の島からは鯨の絵が見つかってる。ホントに超人がいたのかもしれない)。
      組織的捕鯨は、鉄の登場を待たないと無理だと思う。
      それに、マッコウやミンクや数種類以外の鯨ならば死んだならば海に沈むことがわかりました。だとすると、鉄だけじゃない。チームワークを如何に作るか、知恵も培わないといけない。
      ‥‥というような具体的なことがわかりました。

      面白い本の紹介、ありがとうございました♪
      2022/11/21
    • NO Book & Coffee  NO LIFEさん
      こんばんは!

      ははぁ〜、全くもって奥が深いのですな。
      kuma0504さんの学識の深さに敬礼!

      それにしても、人間やその文化の進歩・進化...
      こんばんは!

      ははぁ〜、全くもって奥が深いのですな。
      kuma0504さんの学識の深さに敬礼!

      それにしても、人間やその文化の進歩・進化には感心するばかりですが、頑なに守り伝える伝統・文化も当然大切にされなければなりませんね。

      ご丁寧にありがとうございました。
      2022/11/21
  •  『〝クジラ〟強調月間始めました!』10

     第10回は、石川梵さんの『鯨人』です。
     インドネシア・ラマレラ村では、銛一本での伝統捕鯨が行われており、写真家の著者が7年にわたり取材した、渾身のノンフィクションです。2011年の作品ですが、10年後の2021年に著者自身が監督で映像化し、映画『くじらびと』が公開されています。

     誇り高き鯨人たち、村の営みに深く根ざす捕鯨文化が、実によく活写されています。
     それは多分、鯨人たちの古くからの慣習や文化、鯨の神聖さなどを丸ごと理解しようとする誠意があるからなのでしょう。
     鯨との闘いは、野蛮・残酷なのではなく、神聖・崇高で、このことは背景が分からなければ、到底理解されないものなのだろうと感じました。
     紛れもない、人間と鯨との間で交わされてきた敬虔と言うべき運命・定めが伝わってくる良質な作品でした。
     余りにも想像上の絵が脳裏に浮かび、気になったので、映画『くじらびと』をDVDにて鑑賞しました。読了直後だったこともあり、大いに感銘を受けました。

     また、取材開始から7年間の記録をまとめた写真集『海人』が、本書に先立ち97年に出版されており、物好きの虫が騒ぎ出してきました。

  • 映画くじらびと 鑑賞後に再読し監督のヤバ味を再認識した事をご報告♪
    銛一本で巨鯨を狩るラマレラの人々を追う素敵なレポートが狂気の様相を帯びるのは物語の終盤。
    "海の上の物語は撮れた"海の中のドラマを提示してこそ完全なものとなる"
    と写真家は鯨と人の死闘の海にダイブし、血の海なかで海の王の今まさに瞑目せんとする眼をレンズに捕捉しフィルムに焼きつけんと巨体に突き立つ銛に手を掛け、海中に引きずり込まれながらシャッターを切りまくる。
    憑かれ物狂い王の死に迫り撮る様は本作の白眉。
    活字を追って総毛立つ経験は忘れられない。

  • クレイジージャーニーに出演されていた
    石川梵さんの作品ということで購入。
    番組では漁の迫力やラマレラ村の人たちが
    どのような暮らしをしているのかを
    見ることができたが、こちらではより詳細に
    村の文化や一人一人がどのような思いを
    持っているのかを知ることができる。
    鯨を殺すことが悪いことだと
    思われてしまいそうになってきている世の中で
    鯨を食べることで平和な生き方を実現している
    人たちがいることを知ることは
    誰にとっても必要だと思う。

  • 読んでから映画を観ようとしてますが、上映期間が終わってしまう。

  • 生きる為には人は鯨と闘う

  • 確か『週刊ブックレビュー』で紹介された本の再読。
    こういうのを読むと捕鯨にまつわる所謂先進国の主張はちょっと浅いかなと思ってしまう。自然の中での厳然たる生命連関に声を挟める資格のある者などいないかと。
    ただこの島にも時代の波は押し寄せており、結局は西洋の論理に飲み込まれるのかも。でもキリスト教を巡るしたたかさで上手くやるのかもしれないな、そこに生き、生かされる島人は。

  • 捕鯨と聞くと政治的な香りがする今日だが、このルポを読んで、純粋に鯨と人と生き様をありありと思い描けるようだった。これはインドネシア、とある漁村の海の文化史だ。

    インドネシアのとある島でかつて続けられていた捕鯨。太古の手法の面影を残しているその捕鯨方法を、19年に渡って取材したカメラマンのノンフィクションだ。もともと、先に写真集が出ていたらしいが、その写真集を知らなかったので、衝撃的であった。まさに、鯨と人の生死をかけた闘い。貧しい土地が故に、捕鯨がなくては生きていけない村。捕鯨に行けば死の危険も伴う。それでも捕鯨を目指して酷暑の海に出る、祖先はクジラだという海人の男達の素顔。
    ようやく著者が捕鯨の瞬間に出会えたとき、文字通り血の海の中から見えた、鯨の目。解体された10mもある鯨は、著者曰く「私の人生でこれほど見事な生き物の食べカスを目にするのは初めてだった。」。この言葉が忘れられないのだ。
    最後に昨年著者が13年ぶりに訪れた現地は、捕鯨を巡って国際的な環境団体の介入、現代技術が普及しつつあり、大きく村は変わっていたのだった。


    写真がほとんど掲載されておらず、いくつかの写真もモノクロの通常の紙に印刷されているので、風景が見えてこず、少し物足りなかった。ミニ写真集的に出版してくれたらもっと良かったのになぁ。

    ちなみに著者のtweetによると、本書が出版されたのは、漫画「ワンピース」の影響が大きいそうだ。集英社新書である。

  • 鯨のキーワードでAmazonで検索。
    表紙に魅かれて。

    インドネシアで伝統捕鯨を続ける辺境の村での
    七年に及ぶドキュメンタリー。

    非常に興味深く、最後まで一気に読めた。

    生きるために生き物を殺し、共同体にその生を与える。
    宗教観や考え方も朴訥として潔く強い民。

    現代捕鯨やWWFの取り組みに関する記述、
    千葉勝山や太地町での伝統捕鯨・事故に関しても
    時折触れており興味深い。

    写真は写真集で見ろということの様で掲載写真は少なめ。
    それでも素晴らしい写真。

    写真集が観たい。

  • インドネシアの島の中で、銛一本で鯨に立ち向かい、生きてきた人たちに密着した七年間の記録。その営み。
    2010年、著者は再び村へ向かう。短いエピローグだけど、とても印象的。彼らと僕を隔てるものは何か。
    写真集、海人も観る。

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著者プロフィール

写真家、映画監督。
1960年大分県生まれ。AFP通信社東京支局カメラマンを経て、フリーランス。祈りをテーマに世界60か国以上で撮影。写真集『海人』(新潮社)で日本写真家協会新人賞、講談社出版文化賞写真賞、写真集『The Days After 東日本大震災の記憶』(飛鳥新社)で日本写真協会作家賞受賞。ネパール大地震をテーマにした初監督映画「世界でいちばん美しい村」が記録的ロングラン。2021年には新作「くじらびと」公開予定。
主な著書に、写真集『伊勢神宮 遷宮とその秘儀』(朝日新聞社)、『時の海、人の大地』(魁星出版)、『鯨人』『伊勢神宮 式年遷宮と祈り』(集英社)など。

「2021年 『くじらの子』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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