よだかの片想い (集英社文庫)

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  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087453614

作品紹介・あらすじ

顔に大きなアザがあるため、世の中に居心地の悪さを感じている大学院生のアイコ。ルポ本の取材がきっかけで映画監督の飛坂に出会い、恋をして……。瑞々しく切ない恋と成長の物語。(解説/瀧井朝世)

感想・レビュー・書評

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  • あなたは、自分の”顔”に何か思うところがあるでしょうか?

    “バランスが悪い”、”目が垂れている”、そして”鼻が低い”などなど。アンケート結果の上位を占める、人が不満とする部位は”顔”に集中しています。思えば証明写真含め、その人を表す部位はなんといっても”顔”です。右腕だけ、左足だけを撮った写真を見せられても、果たしてそれが誰かを言い当てることは難しいと思います。『顔は人間が最初に出会う部分です』というように、人は物心がついた時に、まず鏡の中に映る自分の”顔”を見て、自分自身というものがここに確かに生きていることを認識します。その初めての瞬間には”顔”がどうという考え方自体ないはずです。そこに映っているその存在、それがあなたそのものだからです。しかし、人はそんな自分を他人と比較する生き物です。他人と比較して、自分の”顔”を不満に思う、そこに自分の”顔”を意識する瞬間が訪れます。

    さて、ここにそんな自分の”顔”に特別な思いを抱く一人の女性がいます。『赤ん坊の頃にうっすらと青く浮き上がって、左目の下から頬にかけてだんだん濃く広がった』というアザと共に生きてきたその女性。『左頬を隠すためにうつむいて』生きてきたその女性。この作品は、そんな女性がアザに何を思い、何を考え、そしてその先に何を見つけることができるのか、アザと共に生きる女性の確かな成長を見る物語です。

    『私の顔には生まれつきのアザがある』、『うっすらと青く浮き上がって、左目の下から頬にかけてだんだん濃く広がった』という赤ん坊の頃を語るのは主人公の前田アイコ。『今ほどレーザー治療も進んで』おらず『アザはそのままいすわった』というそれから。『小学三年生の社会の授業』、『日本一大きな湖は』と問う教師に『前田のアザ、琵琶湖だっ』、『本当だ、琵琶湖そっくりだな』と口々に言い合う男子。そんな時『なんてひどいことを言うんだ!』と『教卓を拳で殴った』教師を見て静まり返る教室。そして『遠巻きに私の横顔を見』るクラスメイトたちの『目には今までになかった恐れと遠慮が滲んでい』ました。アザを意識するようになり『髪をおかっぱにして、頬が自然と隠れるようにした』アイコ。そして『中学校に上がると、男の子たちはアザとは無縁の女の子たちとばかり仲良くしたがった』と『彼らを憎み、遠ざけることで目をそらそうとした』アイコは、そんな男子の会話を偶然耳にします。『コンビニでA組の女子と会ったんだけど。あのー、顔にでかい青アザのある。並んでるのに気が付かなくて、横入りしちゃったら、すげえ睨まれちゃった』、『…想像すると、マジで怖いな』という会話に『そんな言い方したら、気の毒じゃん…可哀想だって』という会話を聞いて『反射的にドアを蹴飛ばしていた』アイコ。『可哀想だって』という言葉を反芻し『たくさんの涙が流れるのを感じた』アイコは『私はなにも可哀想なんかじゃないのに』と思います。『高校に入ると、地元の友達が少なくて、知らない子だらけだった』のを見て『もう”可哀想な子”じゃないと思った』アイコ。しかし、カラオケに誘われたアイコは待ち合わせの場所で自分のことが話されているのを耳にします。『微妙なの?』、『少ーし顔に大きなアザ?ぽいものがあるっていうか』、『てか、ほかにいなかったの?』という会話を聞いて引き返したアイコ。そんなアイコは、担任の勧めもあって物理部に入部します。『いざ始めてみると、部活は楽しかった』という物理の世界に魅せられ、『雑念を追い払うように勉強し』、『国立大学の理学部物理学科に合格できた』というアイコ。そして、『ほかの子たちのように恋や遊びに費やすこともなく、勉強ばかりしていた』というアイコの大学生活。そして大学院へと進んだアイコ。そんなアイコに中学時代の友人で出版社に勤める まりえからメールが届きました。『今度、顔にアザや怪我のある人たちのルポルタージュを作ることになりました』というそのメール。『偏見のない社会を目指したい』、『ぜひ参加してもらえませんか?』というその内容に『こんな私でも少しは誰かの役に立てるかも』と考えたアイコはインタビューを受けることにしました。そんなインタビューの後『じつはもう一つお願いがあるんです』と言う編集者は『インタビューを受けて下さった方の中で、表紙になってくれる方を探していて』と切り出します。『私が本の表紙に、ですか?』と心が高鳴るアイコはその申し出を受けることにしました。そしてアイコが表紙になった『顔がわたしに教えてくれたこと』という本が出版されたことをきっかけに、運命の人との出会いを経て、アイコの人生が大きく変化していきます。

    『私の顔には生まれつきのアザがある』というインパクトのある冒頭から始まるこの作品。『左目の下から頬にかけて』『太田母斑』というアザが赤ん坊の頃からあるという前田アイコの視点で物語は進んでいきます。人が自分の存在を意識するのは何歳くらいからなのでしょうか?鏡に映るその姿を自分自身だと認識する瞬間が誰にでもあったはずです。赤ん坊の頃からアザがあるアイコは、そのアザがある自身の顔を当たり前のものとして生きてきました。物心がついた後に後天的にできたものであれば、どうしてもその前の状態と比較するという発想が浮かびます。しかし、アイコの場合はアザがあるのが当たり前、それを含めて自分自身という認識がありました。だからこそ、小学校の授業で自身のアザのことを男子が話題に出してもそのことについて反応することはありません。それよりも『勉強ができて女子に人気の吉井君』が『興味深そうに私を見つめた』という瞬間に『とても恥ずかしくて、だけど内心ちょっと嬉しかった』とさえ感じています。しかし、次の瞬間『なんてひどいことを言うんだ!』という教師のひと言で全てが変わってしまいます。教師にとっては、アザのことを持ち出す男子生徒を注意する意図だったはずです。しかし、それによって『今までになかった恐れと遠慮』を滲ませてアイコを遠巻きにするクラスメイトの心の中には恐らくアイコとの間に境界線の存在を感じたのではないでしょうか?さらにアイコ自身も『ひどいこと。ひどいこと』と教師の発言を頭の中でリフレインします。教師にも男子生徒にも、ましてやアイコ自身にも何ら悪気がなかったにもかかわらず、この瞬間を起点にアイコの中にアザを意識する感覚が生じてしまいます。中学校、高校、そして大学とアザを意識するアイコの人生。しかし『刺だらけの現実が追いかけてきた』というその人生の中でもアイコは強い信念を持っていました。それが『生まれつきのものを可哀想だと言うのなら、私は一生否定されることになってしまう』というその考え方。人は自分自身を意識した瞬間、その身体的特徴の全てを自分自身と認識します。そして、次に他者との比較という瞬間がやってきます。その一方で、生まれながらに持っているアザのことを話題にすることは『ひどいこと』であり、アザを持つことは『可哀想』なことだと決めつける周囲の人たち。そんな人たちに悪意がないことがアイコを余計に傷つけることになるのは皮肉としか言いようがありません。『好奇心や恐怖の視線に気付くようになった』アイコはやがて『一生研究室にいるかもしれない。それもいいかもな』と『このまま変わらずにいることを受け入れ始めてい』きます。

    そして、アイコに『本の表紙になるなんて。そんなことが自分の身に起きるなんて』という機会が訪れます。さらに『その本が映画化されることが決まった』ことで、映画監督の飛坂と運命の出会いを果たすことになったアイコ。その先に待っていた人生は、『このまま変わらずにいることを受け入れ始めてい』たアイコの人生を大きく動かしていきます。『ちっとも思い通りにならなくて残酷で、悲しいこともつらい気持ちも気付かれないで過ぎて行く』という現実の中に『置き去りにされる女の子の気持ちを、拾い上げてくれる人がいた』ことに胸がいっぱいになり『飛坂さんに恋をしてしまった』という瞬間の到来。『たとえ言葉を交わさなくても、好きな人をすぐそばで見ていられる。こんな幸福が自分の人生に訪れるなんて想像したこともなかった』と極めて前向きなアイコの人生が描かれていく物語中盤は、前半のアイコの苦悩を知る読者の心をもほっとさせる瞬間です。

    そんな中で語られるのが宮沢賢治の童話「よだかの星」。『一方的にまわりから罵られて、汚いと言われて。でも、そんな痛みを知っている よだかでさえも、もっと小さな生き物を殺して食う』というその現実。『だから自分はなにものも傷つけずに燃えて星になりたいと願う』よだか。そんな『すごい繊細さと崇高さ』に溢れた童話にアイコの想いを絶妙に重ね合わせるこのシーン。そんな物語は、映画監督の飛坂と付き合うアイコの心の変化を結末に向かって丁寧に綴っていきます。その中に見られるアイコの感情の変化と気付きの瞬間の訪れ。それは『私はずっとこのアザを通して人を見てた』という、まさかのアザの存在がアイコの人生の核にあったことに気づくアイコ。そして、力強く、確かな一歩を踏み出したアイコ。『もう前の私には戻れない』というアイコの力強い歩みを見るその結末は、中盤に感じたほっとする瞬間を超えて、アイコが掴んだ本当の幸せを読者がともに感じる瞬間でもありました。

    『今回は主人公の成長を書きたかったんです』と語る島本理生さん。そんな島本さんがアザのある女性を主人公に描いたこの作品。それは、アザのある顔を自分だと意識した女性が、アザを隠し、世の中に後ろ向きになる逃げの人生を送る中で、『私はずっとこのアザを通して人を見てた』と、自身のアイデンティティに気づいていく様を見る物語。それは『遠い星を見つめ』る主人公・アイコの極めて前向きな、そして納得感のある結末を見る物語でした。

    「よだかの片想い」というこの作品。主人公・アイコが抱く想いのその先に、空いっぱいに瞬く星空を見上げる幸せで胸がいっぱいになった、そんな素晴らしい作品でした。

  • 2012年
    顔に生まれつき大きな青いあざのある大学院生。
    彼女は、自分のアザを個性と受け止めながらも、恋や交友から離れた生活をしてきた。
    そのアザのある女性としての生き方を雑誌に取り上げられたことで、知り合うはずもなかった映画監督と関わり始める。彼女は、彼の隔たりない性格に惹かれて、彼も彼女のひたむきな強さに惹かれる。しかし、映画監督として生きる世界の常識から抜ける事はしない。
    彼女は、その価値観の違いに耐える事はできず、初恋に別れを告げる。
    彼女のアザという弱い部分から得ていく清さを心地よく読みました。
    宮沢賢治の「よだかの星」からのタイトルです。よだかの様に、その外見に周囲から冷ややかな対応をされてきた彼女が、そのアザの部分も含めての自分で生きていく方を選び、そんな彼女を受け入れてくれる次の男子が現れます。ちゃんと見てくれている子はいるんです。

    • おびのりさん
      かいしさん、コメントありがとうございます。
      嬉し恥ずかしです。
      今、島本さんを集中読書中です。
      何かちょとでも気になっていただけたのなら、良...
      かいしさん、コメントありがとうございます。
      嬉し恥ずかしです。
      今、島本さんを集中読書中です。
      何かちょとでも気になっていただけたのなら、良かったです。^_^
      2023/09/08
    • ゆーき本さん
      「よだか」ってそういうことだったのかぁ。
      マンガで『宇宙を駆けるよだか』って 外見にコンプレックスある女の子の話し。「よだか」ってなんだろ?...
      「よだか」ってそういうことだったのかぁ。
      マンガで『宇宙を駆けるよだか』って 外見にコンプレックスある女の子の話し。「よだか」ってなんだろ?って思ってた。ちゃんと内面みてくれる男子。いいやつ。
      2023/09/08
    • おびのりさん
      よだかは、鳥さんです。
      次の宮沢賢治の文学忌には、よだかの星読みます。
      よだかは、鳥さんです。
      次の宮沢賢治の文学忌には、よだかの星読みます。
      2023/09/08
  • 顔にアザのある大学院生のアイコが、「顔にアザや怪我を負った人」をテーマにした本の取材を受け、表紙に出たのを機に、初恋と失恋を経験する。
    子どもの頃から、アザのことで嫌な思いも、逆に周囲の愛情や本物の友情を感じることもあったアイコ。そのあたりの機微も描かれていて、アイコは幸せだなと思うと同時に色々考えさせられた。

    アイコは本の映画化に向け、その監督の飛坂と対談をし、恋をする。
    「気まぐれだし、思ったようにしか動けないから。付き合うと大変だし、苦労するよ?」と言われて、「大丈夫、私、頑丈ですから」と付き合い始めるが、最後は、「約束は守ってほしいし、私と会うことを一番楽しみにしていてほしい。相手にもこちらが想うのと同じくらい、好きになってほしい。付き合っているのに片想いみたいな状態じゃなくて。」と感じ、別れることを決める。
    この切ない気持ち、共感しかない。

    一歩前に進んだアイコに、研究室の後輩、原田くんとの明るい未来が待っていそうな予感に満ちた終わり方がよかった。

  • この本を読んで、誰でも自分に何かしらのコンプレックスがあると思うが、それを受け入れてくれる人がいるのは貴重なことだと気づかされた。
    いつのまにか、主人公のアイコとかつての自分の初恋の思い出を重ねて読んでいて、最後には涙した。
    映画公開日が待ち遠しい‥・早く見たい!

  • 初読みの作家さんだったが、タイトルの“よだか”とは宮沢賢治の『よだかの星』から採られているのだろうと想像しながら手にした。意外と感情移入して引き込まれたのは自分でも驚いた。生まれつき顔にアザがある理系女子大生・アイコのまっすぐさが初々しく力強く感じられる作品だった。アイ子の頑なさは一風変わっている。当然アザを隠そうとするものだろうが、アイコは敢てアザを隠さないことを選んでいた。たぶん、彼女の矜持から来たのだろうが・・・。恋愛やミュー先輩のやけど事件などを経て「化粧で隠してもいいんだ」というところへたどり着く所が興味深い。恋した映画監督・飛坂の繊細さも私が許容できる範囲内に納まっていたのも嬉しかった。
    呪縛からの解放は彼女が自ら勝ち取った成長だろう。
    アイコが迷っていたレザー治療を止めた理由。
    「私はずっとこのアザを通して人を見てた。でも、だからこそ信頼できる人と付き合ってこられたんです。ミュウ先輩もその一人です」
    映画化もされていて、そちらも観てみたい。

  • 身体的なコンプレックスを抱える者には共感できる内容。タイトルから終わりは想像できたが...。弱さの受容と依存、強さの社会性と自己防衛。人はそんなに器用には振舞えないし、分かってもらえるとも考えていない。そんな葛藤とストレートな恋情が描かれた良作。読後感も良です。

  • このお話大好きだった。

    島本理生さんの小説って重い内容が多いけど、これは決して軽い訳ではないけど、割とサクッと読める。

    実写化するみたい、これは見たいな。

  • 「人間なんだから、強いところもあれば弱いところもある」……「あなたが思っているほど、多くの人は深刻にも真剣にも生きていないんだから」……の言葉に惹かれました。

    たまには真剣に物事に向き合い自分の強みと弱みを味わい生を感じていかないとな〜

    読んで楽しかったですよ。

    ぜひ〜

  • 良くも悪くもコンプレックスとかって、他人に気付かされるものなんだなと思った。
    この本に出てくる女性は、生まれつき顔にアザがあり授業中に同級生からそのアザをみて、琵琶湖そっくりだと言われる。それを聞いた先生が、何でひどいことを言うんだと怒りみんな謝る。彼女にとってそれまで何とも思ってなかったアザが、これは恥ずかしいものなんだと認識してしまうことが、女性が生きづらくなる発端となった。
    それから男性に恋をして、他人の気持ち、行動などの機微や心情を考えれるようになっていく。

    自分では気にしていなかったことが、他人からすると気にすべきことって確かにけっこうあるな、みんな何かしら経験してきたんじゃないかと思った。生きていくうえでこれはどうしようもないけど、気にしない人間になりたい。

  • 主人公のまっすぐで素直な感覚が
    今の自分には一周回って新鮮に感じた
    懐かしさなのか羨ましさなのか
    出会いは人を成長させてくれるものだと
    自分のことを振り返りながら思う

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著者プロフィール

1983年東京都生まれ。2001年「シルエット」で第44回群像新人文学賞優秀作を受賞。03年『リトル・バイ・リトル』で第25回野間文芸新人賞を受賞。15年『Red』で第21回島清恋愛文学賞を受賞。18年『ファーストラヴ』で第159回直木賞を受賞。その他の著書に『ナラタージュ』『アンダスタンド・メイビー』『七緒のために』『よだかの片想い』『2020年の恋人たち』『星のように離れて雨のように散った』など多数。

「2022年 『夜はおしまい』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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