鄴の兵糧焼きが成功して焦る趙軍
王翦が李牧に対して「二人で新たな国を作ろう」と勧誘する
しかし、趙の命運を握ってる李牧はこの話を断る
王賁がギョウウンを討ち取る
ギョウウン「振り上げた刃は、必ず最後まで振りおろせ」
デンリミ軍とソウオウ軍が秦軍の右翼軍と一緒に
李牧軍本陣を挟撃する
対して李牧軍も
フテイ軍とバナンジ軍と一緒に挟撃し返す
金毛軍が河了貂軍を襲う
反撃にあう金毛軍が敗れる際に、河了貂に訴える。
「ここは国を背負う大人達の戦いの場だ。戦場で夢を見るガキ共がいるから戦争はなくならない」
でもそんな金毛に対して河了貂は反論
「戦争が無くならない理由は趙軍にある。でもそういう意見も否定しないが決して子供じみたものではない。だからぶつかり合うのは仕方がない。
でも信がいつも言うセリフがある」【お前の思いも俺たちが背負っていく】
本陣まで攻め入った秦軍
龐煖が登場
羌瘣が戦闘に入るも返り討ちに遭う
信がブチギレる
李牧曰く
「龐煖は、我々“人”の代表です」?
戦で山に逃げ延びていた李牧は求道者こと龐煖と出会う。
李牧を見た龐煖は“地”の声を聞いて「自分の道を答えに“導く者”」だということを知る。
求道者の道とは《人の救済》
人の苦しみを救うには偏愛がある限り、争いが生まれるから「無い」ことがわかった。
思いがあるからこそ人であるが、求道者もまた人であることで矛盾が生まれる。
そこで祖先の求道者達は深山に入り人の世から離れ、自分たちが人を超える“模(武神)”を示すことを目指した。
そんな龐煖にとっての“道”とは
自分が争いを止められるほど最強であることを誇示して暴威を振るうことで、人の存在を超え苦しみの世から開放される、と信じている。
つまり【苦しみを解決する方法を、武神の自分がくだす】考え方
しかし王騎の存在が龐煖を揺るがしていた。
「自分が最強であるはず」という、人に敗れた矛盾が生じ、その“答え”を導くために戦う
信もまた人の代表。そしてその答えと対極した人の力を持つ者。
個で戦う武神と、関わる人たちの思いを紡いで束にして戦う人。
だけどそうした“鎖”そのものが争いの元となる誤りだから龐煖も戦う。
しかし李牧は言う「誰がどう足掻こうと、人が人を超える存在にはなり得ぬ。所詮人は人でしかない」という天からの残酷な“答え”です」
道を極めし武力に抗う信を見て、そもそもの人の“道”が間違っていたのではないか、と疑う。
そして、人の救済と豪語していた龐煖が信に敗れる。
武神の道が人を救済できないことを悟らされる。
嬴政は中華統一というやり方で人を救おうとしている。そのことに李牧は反対する。