- Amazon.co.jp ・本 (257ページ)
- / ISBN・EAN: 9784093878777
作品紹介・あらすじ
端正洒脱な芸風、酒を好んだ日常。志ん生を父に、志ん朝を弟とし-江戸の粋を伝えて早世した、昭和の名人の決定版評伝。多くを語らなかった名人の貴重なエッセイ、玄人はだしの絵や川柳も収録。
感想・レビュー・書評
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客席がピンク色に染まり、老若男女とわず、幸福のため息で一杯になる。そんな志ん朝の高座を経験している。それでもなお、自分が一番愛してやまないのは、CDでしか知らない馬生なのだ。いぶし銀の名人と言われてはいるが、父志ん生、弟志ん朝の陰に隠れた地味な存在のためか、馬生にスポットを当てた本はなく、寂しいと思っていたところの本書である。馬生の弟子の対談、娘の池波志乃、娘婿の中尾彬へのインタビュー、談志のインタビューなど、ファンにはたまらない。何よりも嬉しいのは、馬生の大ファンであったという末廣席亭の暖かい熱のこもった馬生賛歌ともいえる寄稿文である。自分は馬生の噺に出てくる人間がキュートで可愛いこと、噺のトーンがしみじみ、ほのぼのと暖かく、包容力があり、胸にしみいるところが大好きなわけであるが、あまり正当に評価されているとは思えず(燻していないし、地味でもない!フレッシュだし、色でいえば温かい薄いオレンジ)、寂しいと思っていたところの末廣席亭の馬生賛歌である。溜飲が下がる思いがした。なお、馬生は周囲の証言からしても、逆境の中、愚痴もたれず、人に対して非常に公平な大人だったようである(奥さんも素晴らしい人であったらしい)。人柄が悪くても、噺がよければそれでよいと思うが、自分の好きな馬生がそのような人であったことを本書で知って、何だか嬉しく思った。馬生に興味のない人には意味のない本だし、もう少し馬生の噺の分析や評価などあってもと思う。ただ、ついでにしか語られることのなかった馬生に寂しい思いをしていたファンにとっては、何ともたまらない一冊である(この本が出たことをつい最近知ったことがファンとして申し訳なく悔やまれる)。
【馬生ベスト】
1 笠碁(もう本当に隅から隅まで大好きである。ダントツ)
2 目黒の秋刀魚(殿様も家来も皆可愛い!)
3 王子の狐(これも楽しい)
4 抜け雀、八五郎出世、二番煎じなど -
こういう本が2010年にでることがびっくり。馬生はよいです、ほんと
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馬生の落語がなぜよいのか。現存する音源と映像からわかること以外に補いたく、読んでみた。志ん生の長男としての多くの苦労と、江戸の芸人気質を持っていたこと。志ん生・小さん世代と志ん朝・談志世代の中間に位置すること。早逝した馬生が長生きすれば、現在の落語地図が大きく変わったであろうこと。などが関係者の証言からわかる。談志と喬太郎のインタビューが印象的。
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先代馬生になるわけだが、やはり志ん生のフラは馬生のほうがよく継いでいたと思う。弟子が「うちの師匠はすごい、すごかった」ばかり言ってるのは他の師匠弟子ネタでもそうだが鼻白む。弟子が大物にならないと単に身内びいき。
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古今亭馬生についての本。
これはいい本でした。
弟子や家族が割と遠慮なく馬生のことを語っているため、為人が窺えます。
ただ、亡くなった時や晩年の話が多いのでもっと若い時の話も読んでみたいです。 -
十代目金原亭馬生。志ん生を親に持ち、志ん朝を弟に持ちながらも、決して派手過ぎず、目立ち過ぎない、しかし多くの愛好家に支持された、前代と現代のはざまに生きた最後の噺家。芸事、酒、噺、その生き様を関係者たちが語る。
志ん朝より馬生のが好きな私です。図書館で見かけて目次見てみたら、どうやら金沢でやってた落語会に縁故があったみたいで、ヘェー知らなかったなあ、馬生のこと知りたいし借りてみようかなと借りまして、ゆっくり読んでました。
馬生のが好きとかいいながら、音源はあんまり持ってなくて、聴いた回数も少なくて。前に「落語家大看板列伝」(だったかな?)を読んだ程度で(不勉強~)どういう人だったのかなーへえ、こういう人だったんだなあといろいろ勉強になりました。すごく私好みの人だった。掴みどころがない感じ。芸談をあれこれ偉そうに語るわけじゃないけどきちんとした考えもってて、芸術にはお金の糸目つけなかったり、お弟子さんからすごく慕われてて、ちゃめっけも勿論あって。でもお酒ばっかり呑んで小食だったせいで食道がんになって、声帯を取れば助かるかもしれなかったんだけど、やっぱり噺家だから、「喋れない馬生に意味はない」って手術を拒否して、ひどい状態の高座を続けても最後まで噺家であろうとした。この辺り、談志に被りますね。
なんていうか、この本の中で言ってるんだけど、志ん生や文楽のグループ(前時代)でもないし、かといって自分や志ん朝のグループ(現代)でもない、中間地点、境目にいる感じの人で、その立ち位置がものすごく独特なんですね。まさに境界線そのものだったような人なのかな。そういうタイプの、最後の人だったみたい。馬生は。たしか最後の著者と寺脇氏の対談で、馬生師匠が亡くなった頃から、金さえあればなんでも、っていうバブル景気が来たんだけど、馬生がいないことで、いなくなったことで「なんかちょっとマズイんじゃないか」ってことを談志は感じ取ったのでは……って言ってたんですけど、それはあるかも。
馬生師匠が亡くなった夜の池袋の主任が談志だったの知らなかった。しかも「今日落語をやりたくないんです」って降りたのも知らなかった。当然か。なんも調べてなかったし。しかもそれを今をときめく喬太郎さん(当時学生)が見てたって言うんだから、なんかすごいものを感じた。ああ、時代が変わったのかしら…と。
これから馬生の音源集めて聴こう~ それと馬生、あえて十八番は作らなかったけど、すごいいっぱい持ちネタあるんだね。まだ知らない噺があったー金原亭のお家芸的なものもあるんですが、調べてみよう。 -
志ん生親子を聴くようになって初めてではないだろうか。馬生に関する文献を読んだのは。志ん生とも違う志ん朝とも違う、独特の雰囲気は馬生ならではのもの。というものの未だ映像では見たことが無く、「耳で聞くだけじゃなく実際目の前で聴くのが良いんだよ」と誰かがいうと是非とも見てみたいが未だお目にかかれない。私生活の師匠はというと、もう落語の語り口の通り穏やかで、物静かで弟子ですら怒鳴られたことがないという。お酒さえあればよかったみたい。落語以外にも舞踊、絵、俳句、川柳など全てプロなみの才能を発揮して、プログラムの挿絵や手ぬぐいの図柄などでしばしば見かける。談志曰く「一体何になりたいんだ?」とはこういう多才さから言わしめたのか、単なるやっかみか(談志は志ん生の息子にあこがれたらしい)ぜんぜん話が変わって、馬生のお弟子さんって、金原亭以外に五街道とか吉原とかいろいろあるんだけど、何を名乗ってもいいのかな?
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2010/06/18
無性に馬生が聴きたくなった。
親父とはまた別のタイプの「ぞろっぺい」だったんだね。
つくりは感心しないが、中身の面白さは格別。
読むべし、聴くべし。 -
足しげく寄席に通うでもなし、上方と東京の落語家すべてをフォローしようとやっきになって精進するでもなし、たとえば父が高校生の頃の1970年代前後にあったという、桂米朝落語研究会という名の月例一門落語会などに熱心に参加するでもなし、どうせ私は所詮はアルバイト落語愛好家、中途半端で半可通で生意気で意固地な未熟者です。
落語に関しても年季の入れようが違う父に、馬生を知らないといったら呆れられました。
父親が故・5代目古今亭志ん生で、弟が亡くなった3代目古今亭志ん朝、それに娘が池波志乃。残念ながら、弟の志ん朝より19年も早く54歳で亡くなっています。まだ聞き始めたばかりで私にとって未知の人ですが、『お直し』と『稽古屋』に限ってはかなりのもので、どうやら気に入りそうです。
志ん朝とはまた違った情緒を醸し出す人で、捜し出して全部聞き込んでみようと思います。
それで、人となりを知るため手にしたのが本書です。読後また書きます。
この感想へのコメント
1.ぽんきち (2010/06/05)
こんにちは。いつも感想拝読しております。
落語通にはほど遠い自分ですが、馬生さん、好きです。『千両みかん』という話を本で読んだときには、やるせない話だなぁとどちらかと言えば嫌いだったのですが、後に馬生さんが演じたのを聞いて、番頭さんの行動にも納得させられたし、何より、くすりと笑ってしまったのが自分でも不思議でした。『百年目』もよかったです。
酒好きで喉頭癌で亡くなったんですよねぇ。
2.薔薇★魑魅魍魎 (2010/06/05)
いつもご贔屓に。恥ずかしながら私は出自が上方落語なので、米朝・文枝・松鶴・春団治・枝雀・露乃五郎などは詳しいのですが、東京落語ではかなりのCDを聞いたのは志ん生・圓生だけで、談志と志ん朝はもっか勉強中で、あとはTVで『落語者』とか『日本の話芸』などを逃さずチェックしている位。時間と余裕がなく寄席にはなかなか行けません。
あっ、よろしければ、ぜひぜひもっと、ご存知の名人・奇人をお教え下されば幸いです。