バカに唾をかけろ (小学館新書 く 6-2)

著者 :
  • 小学館
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  • Amazon.co.jp ・本 (269ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784098254026

作品紹介・あらすじ

自称知識知人の無知・無見識をあぶり出す。

「最も危険な論客」が衆愚社会を撃つ!自称知識人たちの無知・無見識を容赦なくあぶり出す“劇薬”。
たとえば話題になった「表現の不自由展」については、こうして一刀両断。〈議論の中心にあるのは慰安婦を象徴する「少女像」だが、これ、いつ表現が不自由になったのか。少女像はソウルの日本大使館前に二〇一一年から堂々と設置されている。しかも公道にである。(中略)こうした少女像のどこが「表現の不自由」なのか。津田大介ら破廉恥な運動家連中がわざわざここで表現の不自由を作り出したのだ。ありもしない交通事故を作り出す「当り屋」商売と同じである〉(本文より)
返す刀で保守派に対しても、〈何を「保守」すべきかといえば、まず伝統だろう。しかし、伝統の意味を誤解していては話にならないし、昨日今日の流行を伝統だと思い込んでいては大恥だろう。ところが、現実にはそういう論者が多いのだ〉と手厳しい。
そしてこう嘆く。〈大衆も知識人もバカまみれ、バカ汚染である。こんな時代に心ある人のできることは何か。バカを痛罵することだ。バカに痛罵をかけろ。バカに唾をかけろ〉


【編集担当からのおすすめ情報】
『週刊ポスト』で連載していた「現実のバカ」に新たに補論を加え、さらに長文評論「人権を疑え」を加筆した、著者の集大成的評論集です。ベストセラー『バカにつける薬』から30年余り、ますます劣化した自称知識人と衆愚社会に向けた「狂暴なる言論」は、それでもなお知識や教養を求める人たちにとっての最後の救いなのかもしれません。

感想・レビュー・書評

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  • 『週刊ポスト』に隔週連載された時評コラムの書籍化第2弾。
    3年前に出た第1弾『日本衆愚社会』も読んだ。

    私は呉智英の著作は八割方読んでいるが、全盛期(私は『サルの正義』『危険な思想家』『バカにつける薬』あたりだと思う)に比べると、さすがに寄る年波には勝てないというか、この『週刊ポスト』のコラムは総じて精彩を欠く印象。

    悪くはないし、一部のコラムには卓見もある。が、昔ほどのキレはない。
    右も左も斬りまくる筆鋒の鋭さは変わらないが、昔のほうが文に芸があった。悪口ですら洗練されていて面白かった。

    本書には、2000年刊の『人権を疑え!』(新書y)に呉が寄稿した小論2本が再録されている。

    21年前に書かれたその2本を読むと、「呉智英節」ともいうべき芸が冴え渡っている。
    なので、最近のコラムとの落差がいっそう際立ってしまうのだ。

  • 久しぶりの呉智英もの。
    相変わらずで面白く勉強になる。

  • 呉智英さんが週刊誌に掲載していた論考をまとめたもの。知識人の主張に見られる矛盾や変節、誤解、間違いなどを指摘するとともに、こういった知識人の主張をありがたがる一般大衆に対する批判・警告の書となっている。「「表現の不自由展」で取り上げられる予定だった少女像。韓国やアメリカ等では堂々と設置されており、どこが表現の不自由なのか。検閲も禁止もないではないか。」。どれも、確かにそうだなあと思わせるものであり、同時にそれをいっちゃあおしまいよ、という感がなくもない。いずれにしても、著名人や声の大きい人の意見に左右されることなく、本質的、自分ごととして物事を捉え、評価し、判断することが重要。新たな切り口に気づかせてくれる一冊。

  • ●三島由紀夫が事件の4ヶ月前、産経新聞に寄稿した小論「果たし得ていない約束」
    「私はこれからの日本に対して希望をつなぐことができない。日本はなくなって、その代わりに、無機的な、空っぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、ある経済的大国が極東の一角に残るのであろう」
    ●大学受験では「暗記」を問うのではなく「思考力」を問うべきだ、などと良識家が言う。しかし画数の多い漢字でも無理矢理丸暗記しなければ、思考力さえつかない。18歳人口の半数が大学に進む時代とは、漢字の丸暗記さえできない大学生を作る時代と言うことである。さらに言うと、高額な授業料払って名門私立校に行かなければならない時代であることも意味する。
    ●「命題」を「命のように最も大切なテーマ」と誤用する例が多い。題を命る、と言う意味である。つまり単に題を述べると言うことだ。
    ●形而上学とは、個々の実在物を超えた心理を研究する学問といった意味だが、その真理になるものの真理なる所以は証明できるわけではない。証明できない真理を前提にして構築された妄想体系と言うことになる。俗に言うイデオロギーである。朱子学が形而上学である事は思想史上の常識だが、人権思想が形而上学である事は隠蔽され続けている。
    ●人権は単なる「取り決め」に過ぎない。死刑などと言う人間性に反する刑罰は速やかに廃止されるべきである。そして死刑に代わるものとして、殺人などの凶悪犯罪の被害者遺族による「復讐権」の行使を認めるべきである。人間は生まれながらにして復讐権を持っている。それは生物として当然であり、どの民族も歴史の初めにはみなそうであった。復讐は不条理な人間の尊厳を保証する。

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著者プロフィール

評論家。1946年生まれ。愛知県出身。早稲田大学法学部卒業。評論の対象は、社会、文化、言葉、マンガなど。日本マンガ学会発足時から十四年間理事を務めた(そのうち会長を四期)。東京理科大学、愛知県立大学などで非常勤講師を務めた。著作に『封建主義 その論理と情熱』『読書家の新技術』『大衆食堂の人々』『現代マンガの全体像』『マンガ狂につける薬』『危険な思想家』『犬儒派だもの』『現代人の論語』『吉本隆明という共同幻想』『つぎはぎ仏教入門』『真実の名古屋論』『日本衆愚社会』ほか他数。

「2021年 『死と向き合う言葉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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