ホス狂い~歌舞伎町ネバーランドで女たちは今日も踊る~ (小学館新書 428)

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  • 小学館
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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784098254286

作品紹介・あらすじ

私は今日も、担当に愛を課金する―― 「彼がわたしの王子です」きらびやかなシャンデリアの下、薄化粧をした男性の隣でこのうえなく幸せそうな微笑みを見せる彼女は、今晩“王子”のために、いくら課金するのだろうか――緊急事態宣言中でも県をまたいで週5で歌舞伎町に通い詰める人妻、「好きで好きで仕方なかった」という動機で同い年のホストを刺した女、虐待といじめを受け、地元から逃げ出して「ホス狂いシェアハウス」に居場所を作った少女、圧倒的な美貌と財力を武器に人気ホストの“彼女”の座を手にした女王。「シャンパンタワー代はママにカンパしてもらいました、もちろんパパにはナイショです」とはにかむ「実家通勤ホス狂い」。パパ活で、風俗で、AVで・・・・身を粉にして稼いだ大金を、彼女たちはなぜホストに捧げるのだろうか。お金も時間も労力も体も、人生のすべてを賭けてホストクラブに通う女性たちは何を得ようとしたのか。そして行き着く先はどこなのか。日本一の歓楽街に入り込み、見つめ続けた歌舞伎町ノンフィクション。 【編集担当からのおすすめ情報】 週刊誌記者の著者が歌舞伎町に住み込み、夜な夜な訪れる「ホス狂い」たちに取材を重ねて書き上げた渾身のルポ。コロナが蔓延しても、夫に止められても、ホストから「もう会いたくない」と言われても、それでも彼女たちが大金を手にホストクラブに通い続ける背景に、丁寧な取材で迫った1冊です。

感想・レビュー・書評

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  • 作者は歌舞伎町を「アジール」(避難所)だといい、そしてホス狂いする彼女達の危うさをとても分かりやすく書いてある。
    歌舞伎町は生と死の間にいる異世界の様な場所なんだなと思った。歌舞伎町ネバーランド。

  • お金、時間、体力を消耗して「ホス狂い」を自称する4人の女性とホストたち。
    著者自らが歌舞伎町に住み、彼女たちの人生や夢を探る。
    ホストの「死ね」の一言で自殺未遂する女性を生む歌舞伎町。ハードな「マッチングアプリ」の街の正体をも描くルポの力作

  • 自殺未遂事件、人妻、ユーチューバー…
    ホストという金銭と飲酒の絡んだ疑似恋愛。
    ホストに金を払う女性たちにとって、それはとても楽しそうだ。
    だから、住む世界が違うな、と感じてしまう。
    お姫様になりたい、誰かの特別になりたい、そんな思いは特別な人だけが持っているものではない。
    担当のために何百万も使いたい、とか、一番にしたい、というのはなんとなく理解はできる。
    私にも推しがいるからだ。
    その違いは些末なのだろうが、私自身は、支えさせられるのはごめん被りたい……。
    彼女たちが「沼る」のは簡単にいうなら承認欲求の問題だ。
    支払った分の見返りがあるのが当たり前…なんだか薄氷の上にいるような居心地の悪い考え方だ。
    人は自分の支払った対価分だけ返してくれるわけじゃなかろうに(それが悲劇につながることもあるのだが)。

    ただ、そのような生き方をよしとするのも彼女たちの過去があってこそ。
    行き着く先が決して明るくないとしても、
    今日を生きるために安くないお金を払わなければいけないとしても、
    それが世間からは正しいとは思われなくても、
    本人が満足なら他人が口を出せるのは最低限。
    良いものとは全く思わないが、批判するのも違う気がする。
    一歩引いて見る、それがとりあえずの、私の付き合い方かな……。

  • 狂ってるとしか言いようがないホス狂いの女性達
    私には理解しようと思っても理解できない世界だが
    ホストは彼女達にとっての麻薬であり、彼女達自身も麻薬であることをわかっていて依存している。
    この中毒患者を作り出すシステムを考えた人は悪魔か天才か

  • 読みにくかった。
    でも、リアルではなかなか会わない人達の話が書かれていて最後まで読まずにはいられない。

  • 私はホストには通っていませんが、水商売をしています。否定されるのかと思いながら読んでいましたが、そんなこともなく、「ホス狂い」の女のコたちの言葉と著者の言葉で、自分を整えることが少しだけできました。

  • 693

    これ読んで今まで何でホストなんかにハマるの?みたいに面白おかしく思ってたんだけど、ホストにハマる女性は、普通に愛されてなかったりとか、中学生の頃に実のお父さんを探し続けて家出した子とか生い立ちがやっぱり普通じゃないんだよね。凄く可哀想だなと思った。子供の頃に普通に満たされていればこういうのにハマらなかったわけだから。私は子供にごく普通の愛を与えられなかった親を憎んだし、怒りを覚えた。

    ホストクラブって最初は破格に稼ぐ芸能界にいる女性たちが客だったんだけど、それに普通の稼ぎしかない客として一般の女性が入り込んだことによって、トーヨコ売春問題とかになったらしい。

    宇都宮直子
    ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は二〇年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
    『アイスダンスを踊る 集英社新書』より


     そもそも、十数年前には、地位や名声がある女性がホストクラブに通うことは、一種の「ステイタス」として見られていた。しかし、反面、影では「あの人、ホスト好きじゃん……」とヒソヒソささやかれてもいた。そういった傾向は、現在でもまだ変わっておらず、ある大物女優がホストクラブで豪遊したことはすぐさまニュースとなった。しかし例えばもし、元ジャニーズの手越祐也ら男性タレントがラウンジやキャバクラで遊んだところでニュースとはならないだろう。  つまりはそれほど、未だに、女性がホストクラブで男性に大金を払って接客を受けるということは、まだ世間的には「特殊なこと」として扱われているのだ。ましてや、それが「コロナ禍の歌舞伎町」とくれば、関係者の口が堅くなるのも、当然のことだろう。

     大きく変わったのはビジュアルだけではない。以前、ホストといえば、街で声をかける「キャッチ」を糸口として客を 摑 んでいくのが主だった。だが、2003年に、当時の石原慎太郎都知事により進められた「歌舞伎町浄化作戦」によって、表だってのスカウトやキャッチは禁止となった。それでも、ホストや外販による「声かけ」は絶えなかったが、「家にテレビがない」という若者が増え、YouTubeが市民権を得るようになり、やがてネットとテレビの広告費が逆転した 年、世相を反映するかのごとく、ホストたちもYouTubeやツイッター、TikTokなどを駆使するようになった。彼らの営業の主戦場はSNSへと移っていったのだ。この変化により、歌舞伎町から遠くはなれた地方に住むコや、まだ店に入ることができない中高生の未成年たちも、ホストたちのYouTubeなどを見て「このホストに会いたい!」「卒業したら指名したい!」と、「会いに行けるアイドル」感覚で、初回指名で来店するというように、営業形態も大きく変わってきている。

    やはり、想像してしまうのは、ホストと客の行き着く先は結局「恋愛関係」なのではないかということ。実際ホストクラブには半世紀以上前の黎明期から、「枕」という言葉がある。「客と肉体関係を持つ」という意味だ。歌舞伎町に足を踏み入れてから、よく耳にしたのが「初回枕」という言葉。「初めて店に来たその日に〝寝る〟」という、そのままの意味だが、こうした単語が日常化しているほど、ホストと客は、〝そういう〟関係になることが当然のようだ。そのほかにも「本命の恋人のふりをする営業」という意味の「本営」、「営業抜きにして趣味で付き合う」、「趣味客」、果ては、ホストが営業後に客の自宅に「寝に」行く「家庭訪問」など、ホストクラブでのみ使われる「専門用語」は多々あるが、それらはどれも、ホストと客が「男女の関係」であることを前提としている。

    の意味だが、こうした単語が日常化しているほど、ホストと客は、〝そういう〟関係になることが当然のようだ。そのほかにも「本命の恋人のふりをする営業」という意味の「本営」、「営業抜きにして趣味で付き合う」、「趣味客」、果ては、ホストが営業後に客の自宅に「寝に」行く「家庭訪問」など、ホストクラブでのみ使われる「専門用語」は多々あるが、それらはどれも、ホストと客が「男女の関係」であることを前提としている。

    「ホス狂いユーチューバー」そして「歌舞伎町案内人」を名乗るあおいさんにぜひ、話を聞きたいと思った私は、彼女が経営するバー『プププらんど』に向かった。

    あおいさんは1996年、静岡県熱海市で生まれた。鍼灸院を営む父に、専業主婦の母。両親は彼女が生まれて間もなく離婚。親権は母親が持ち、あおいさんは、母親とともに母方の祖父母の元で暮らすはずだった。しかし、その母は出奔した。あおいさんが引き取られた頃にはすでに末期がんを患っていた祖父は彼女が3歳の頃に死去し、祖母との二人暮らしが始まった。祖母は悪い人ではないものの、生粋のパチンコ好きだった。そのうえ片付けも苦手だったのか、自宅はゴミ屋敷だったという。

    幼いあおいさんは、日々、朝から晩まで、ひとり公園で過ごすことが多くなった。そのため、すぐに児童相談所が介入し、福井県に住む実父か、子供のいない実母の兄夫婦か、どちらかが引き取ることになる。しかしいざ、あおいさんのこれからを決めるという話合いの当日もまた、母親はこなかった。蒸発中のため、連絡が取れなかったのだという。母親不在のままにあおいさんの「未来」は決まり、彼女は、苗字も変わり、養子となり、伯父夫婦のもとに身を寄せることとなった。小学校1年生の時だった。

    小学校4年生の時、9歳にしてついに、初めての家出をする。 「自力でお父さんを捜しに行きました。もともと、伯父夫妻は私の父と連絡を取っていたから、お父さんの電話番号や住所、連絡先は知っていました。鍼灸師だったお父さんは私が家出をした時、本当に偶然に、熱海の介護福祉施設にいて、会うことができたんです」

    あおいさんには中学時代の相談室登校の頃から、自殺願望があった。衝動的にリストカットをしてしまうこともあったというあおいさんは、ネットで自分と同じように「自殺したい」子たちを探すようになる。伝言板に貼られたメッセージを見て、〝仲間〟を捜し、死にたいという心情を吐露し合ったり、暇つぶしのようなおしゃべりをしていたという。

    福井からひとり、東京にでてきたあおいさんには友達もおらず、とにかく、寂しかった。声をかけてきたミカさん(仮名) とは、すぐに仲良くなり、一緒に「ホスクラ通い」をするようになる。 「当時は中野坂上に住んでたんですけど、坂上から新宿までは、地下鉄丸ノ内線で2駅です。歌舞伎町がめちゃくちゃ近いから、そこまで行って飲むようになって、ミカさん以外にも、どんどん友達が増えていった。歌舞伎町にいけば、いつも誰かしらいる。とにかく寂しかったから、同年代の女のコの知り合いが増えていくのが楽しくて。あっというまに生活の中心は歌舞伎町になったんです」

    「18 歳の時でした。タクミくん(仮名・当時 21 歳) は、黒髪のさわやか系の大学生。自分の話はほとんどせず、いつも、私の話をたくさん聞いてくれる。とても優しい人で、私のちょっとした体調のことや、その日あったこまごまとしたこと、感情の変化などを気にかけてくれた。これまで、私のことを心配してくれる人なんていなかったから、めちゃくちゃ嬉しかった」

    両親の離婚の時と、 16 歳で単身、家出をした時。あおいさんは、2回母親に〝捨てられて〟いる。東京に出てからは、母親とも連絡を取るようになり「わだかまりもなくなって、お母さんの得意な料理を教えてもらって、お惣菜が上手に作れるようになった」と笑うあおいさんだが、心の底では、「自分のことを親身になって考えてくれる人なんていない」という気持ちがずっとあったとしても不思議ではない。タクミくんには、 18 歳から 21 歳までの3年間、ハマり続けた。

    だが、あおいさんは、どうしようもなく、自分が生ききれなかった福井から逃げ出してきてからずっと、歌舞伎町でのみ過ごしてきた、いわば「歌舞伎町の中のコ」だ。街にはその街のルールがある。実際私も歌舞伎町に来た5月、この街には結界があるみたいだと感じていた。もちろん、借金をして、そのままいつ返すか見えないという、「借りパク」を疑われる行為をしたあおいさんは、決して擁護できるものではない。だが、「歌舞伎町の外」にいるコレコレ氏が、 13 万人を前にして、〝街のルール〟と空気を読むことで生きのびてきたまだ若い彼女の人格まで否定するほどの詰問をするというのも、また、どうなのだろうか。

    そういいながらもふっとした時に、口にするのが「歌舞伎町でできた女友達を信用しちゃダメ」ということだ。彼女は一度、自分たちのための「居場所」を作ろうとして手痛い失敗をしている。そのため、物理的にすごく近い距離にいながらも、急に「あの人は、色恋営業をしかけられているのに、本当の両想いだと信じ込んでいる。今気付かなかったら一生、気付きませんよ」と〝友人〟をバッサリ切り捨てることもある。

     ねねさんは、かなりの上客だ。それを切る、というのはなかなか聞かない話である。しかも、「絶縁」を言い渡された月は、ちょうどカレのバースデー月だ。「少なくとも、客でいるかぎりは、 繫 がっていることができる。バースデーイベントという、1年に1回のホストにとって特別なイベントがあるうちには、客である私を切るはずはない」と細い糸にすがるような気持ちだったねねさんの最後の糸も、紫陽くんの手で断たれてしまったのだ。  ショックのあまり、ねねさんは、自宅マンションの浴槽で自殺を図る。台所から包丁を取り、浴槽にお湯を張った。命を絶つと決めた時、思ったことは「最後は自分が一番幸せだった時の映像を見ながら死のう」ということだ。選んだ動画は、レオくんとの、あの結婚式の披露宴みたいな、シャンパンタワーの動画だった──。 「でも、死にきれなかったんですね。包丁を首にあてたところで、死んだらどうなるんだろう、ということをリアルに考えてしまい、怖くなって、やめてしまった。臆病ものです」と、力なく笑う。  もちろん、このことをカレにいうつもりはなかった。そのまま、カレの前から姿を消すつもりだった。しかし、心配した友人が、カレに、ねねさんが自殺を図ったことを伝えたのだった。  そんなねねさんに対し、紫陽くんがかけた言葉は「もうLINEもブロックする。店には一生くるな。死にたいなら死ね」という、辛辣きわまりないものだった。

    お金を稼ぐのって大変じゃないですか。だからこそ、私たちは、死ぬ思いで稼いだお金を、〝愛のカタチ〟として、捧げるんです」

    紫陽くんの本カノになりたいねねさんは、彼を「うちの人」と呼ぶ。いちごチェリーさんも、最初こそホストと恋人関係にはなりたくない、と言っていたが、徐々に「良人くんやキラオくんは私のことを好きだと思いますか?」と聞いてくるようになっていた。「ホス狂い」の女のコたちは、最初のうちは「私はカレを応援したいだけ」「カレは恋の対象ではなく推し!」などと言ってはいるが、じっくり話を聞いていくうちに〝本音〟が飛び出してくる。それは「担当の〝本当のカノジョ〟になりたい」という、切実な思いだ。どれ程お金を積み、そして性的関係を結んでいても、実際、本当のカノジョなのか、と言えば、おおむね答えは「否」。

    ホストは、キャバクラとちがって、『なんでこんなのが……』って首をかしげるようなコも多いじゃないですか。ホストは、顔やスタイルだけじゃない。ほんと変な顔でも、話がうまかったり、それこそ、とことん共感してくれたり。これだけホストがいれば、その中には、そのコにピタリと合うホストもいる。歌舞伎町という街全体が〝マッチングアプリ〟みたいになってるんです。歌舞伎町は、女の子にとっては、お金がなくなったら働く場所もあるし、良くも悪くも、『女のコのための街』なんです」

    「透とは、本当は結婚したかったんです。私は来年で 30 歳になります。小さい頃から 30 歳で結婚するって漠然ときめていた。透は、私に、内縁の妻としてカードも作ってくれていたし、一緒に住んで、生活費も全部もってくれていた。でも〝結婚する〟って話していたのに、じゃあ、入籍は? とか式はいつ、どこでとか、具体的な話が彼の口から出ることは、最後までありませんでした。  透には正直、億はつかったと思います。でも、後悔は一切していません。むしろあるのは、感謝ですね。私、自己肯定感がめちゃくちゃ低いんですよ。出会った頃の透は、自信とプライドのカタマリで、よく私に『俺についてきたら、俺が見ている光景を、エミカに見せてあげる』と言っていた。私も、透が見ているキラキラした光景を一緒に見たかった。彼がいる場所に並びたかったんです」

    「ホストにハマる子って、死ぬ、死ぬ、と言っているけど、でも、実は死なない、って子が多いと思われがちじゃないですか。でも、本当に死んじゃう子がいるんだって。それは『当たり前の事』や『ありふれた事』ではなく周囲に大きなダメージをあたえる。それを、どこかで報じてほしいって、思ってたんです」  ねねさんのことが頭をよぎった。彼女には独特の明るさがあり、自らの経験のすべてを「ネタ」にしている部分もあるため、どこかで、何があっても、なんとか生還してくるのだろう、と思っていた。エミカさんに、痛いところをつかれた気がした。

    高岡が初公判で明かしたように、誰にも内緒で「本当に、辛くて、みじめで……」と感じながらも、デリヘルやパパ活で稼ぎ、琉月さんの店に通っていた2か月は、本人にとっては地獄でありながらも、どこか、出るに出られない「ぬるま湯の行水」のように温かな場所でもあったのではないか。ぬるま湯は、そこから外に出れば、浸かる前よりはるかな寒さを感じる。しかしぬるま湯の中にいれば、ずっと温かいままだ。だから傍から見れば、どのような地獄であろうとも、浸かっている人間にとっては、温かく、そこから出ることのほうがよほど〝地獄〟なのだ。

  • 著者は多摩美出て出版社勤務後、フリーライターという異色の経歴。
    人そのものに興味があるのだろう。
    しかしやっぱり読んでも理解できない世界。

    最初は、こういう人って寂しさからハマって病んでぬけられなくなるのかと思ったけれど、逆も多いのかも。元々事情がある人やメンヘラ気質というか。満たされないものを何故かホストという他人を通しての自分の価値に全力投球してしまうのが不思議だ。
    ホスト側にとってもネバーランドという表現はしっくりくるのかもしれない。

     見てくれが命なのは若いうちだけだと思ってたけどそうでもないんだよなぁ。
     エミカのような誰もが振り返る美人で普段チヤホヤされてた人でもやることは同じなのかと驚かされる。

     年1千万単位の課金。推しというのには憚られる額だ。ひとりの負担が大きすぎる。
    自分の能力を超えて稼ぐには危険な風俗やAVに行くしかない。ほんともったいない。
    傍から見れば性的搾取に洗脳されたのだと思う。
    金銭感覚が麻痺している。
    新興宗教のよう。
    私には自分の課金でその店のNo.1にしたいとかいう気持ちもわからない。
    私には、推しがいないので。
    顔が好みなのがなんぼのことなのかも。
    だって人は年を取ったら容貌も変わるのが自然なのだから。

    昭和だからかなぁ。
    ねねの母親とか絶対に理解不能、意味不明。びっくりした。

    エミカが30近くになってちょっとひいて見れるようになったというが、
    派に衣着せず言えば
    昭和のバブル時代
    昔芸能人や、社長夫人など裕福な女性が、昔取った杵柄を回顧するような豪遊する場所から、一部を除いて一般的収入の若い女性が夢見る場所となっている事が、頑張りという「無理」の歪みを生んでいるのでは?と思う。


  • 作者すごい行動力ある

  • 岡田斗司夫が何度も読むくらい

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著者プロフィール

ノンフィクション作家。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。なかでもフィギュアスケートの取材・執筆は20年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している。『人間らしい死を迎えるために』、『ペットと日本人』、『猫を看取る シュガー、16年をありがとう』、『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』、『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』ほか、著書多数。

「2019年 『スケートは人生だ!』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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