ピンチランナー調書 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (544ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101126111

感想・レビュー・書評

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  • 正直訳わからない作品だが、その訳わからなさがメチャクチャ面白い。難解は難解なんだけど、大江流の独特な文体で、これはコメディなのかと一瞬思ってしまう。
    テーマは核開発、反原発なんだけど、親子の在り方が、大江さん親子との繋がりを意識すると、その宇宙的な在り方もありだと思う、実は難解に見えてとてもユーモアな面白い作品。
    というかこちらもなに言ってるのか訳わからなくなるが。

  • 本作品「ピンチランナー調書」は雑誌「新潮」に、3カ月に渡って連載されたものを1976年10月に書籍化したものである。私は、高校生の頃から、大江健三郎の初期の作品を中心に読んでいた。この「ピンチランナー調書」が発行されたのも、私が高校生の頃であるが、実際にこの本を読んだのは、大学生の頃だったと思う。当時の私には、この「ピンチランナー調書」は難解すぎるものであったし、ストーリーとしても、当時の私には、決してわくわくするようなものではなく、むしろ、退屈な話に感じられ、途中で読むのを断念した記憶がある。そういう意味では、今回、私にとっては、この「ピンチランナー調書」を読むことは、それから40年以上を経ての再チャレンジであった。今回は最後まで読み通したが、しかし、決して読むことを楽しんだとは言えない。相変わらず難解であったし、ストーリーに魅力を感じることはなかった。

    この作品は、「大江健三郎全小説」では、第5巻に収められている。そして、尾崎真理子が書いている「大江健三郎全小説全解説」では、「個人的な体験」と本作品がセットで触れられている。
    1963年に生まれた大江健三郎の長男、光は、脳に障がいを持っていた。大江光は後に作曲家となるが、しかし、知的障がいを抱えたままで成長する。「個人的な体験」は、光の誕生の翌年、1964年の作品であるが、それは、主人公である「鳥(バード)」が、脳に障がいを持って生まれた赤ん坊を、父親として受け入れて生きていくことを決意する物語である。
    そして、1976年、光の誕生から13年後に書かれた、この「ピンチランナー調書」は、「個人的な体験」のその後の物語として書かれたものとして理解できるのである。

    障がいを持った、とある小学校の小学生の父親である小説家「光・父」は、光の同級生である森の父親である、「森・父」および、その子供の森の冒険談を「調書」の形で記録していく。その語りが、本作品「ピンチランナー調書」である。森と、森・父には、「転換」が起こり、森は8歳から28歳に、森・父は38歳から18歳になる。
    私の本作品の理解は下記の通りだ。全く的外れなのかもしれないが。
    ■小説家「光・父」はもちろん大江健三郎がモデルだろう。光・父は、森と、森・父の冒険談を記録する役割をこの小説の中で与えられているが、その冒険談は、森・父のものであってもおかしくない。森・父と森が行動者で、光・父が記録者であるというのは、厳密に考える必要はない。
    ■森は、核爆弾を道具とした「親方(パトロン)」の企みを阻止することを、天命(宇宙的意思)として与えられている。森は、それを、全ての人類に「代わって」行う者として位置づけられる。すなわち、森は人類にとって、希望という得点を得るための「ピンチランナー」なのである。
    ■そして、森をサポートする森・父は、森の奮闘に「リー、リー、リー・・・」といった、かけ声をかけて応援する(子供の頃に野球をしたことのない人には分かりにくいが、子供の野球で、ランナーが出た場合、同じチームの子どもたちは、ランナーに対して、そのようなかけ声で応援する。「リー」は「リード」。次の塁を陥れるために、出来るだけ大きなリードをとろうぜ、というくらいの意味)。
    ■「親方(パトロン)」の企てを阻止できたかどうかは、あまり重要ではない。小説の最後の場面での、森・父の語る、下記の場面が、この小説のクライマックス。
    【引用】おれはいま見たものへの感動におののいたよ。あのようにも颯爽たる森の行動を、一瞬なりと見てとるためにこそ、おれはかれを生き続けさせ、育てあげてきたんだと・・・(略)・・・そして胸も喉も破けんばかりにさ、リー、リー、リー、リー、・・・と喚きたてたんだ。【引用終わり】
    ■すなわち、森は、従って、光は、森・父が、従って、光・父が、要するに大江健三郎が本当には理解し得ない、人類の希望となるかもしれない何事かを成し遂げる天命を帯びている可能性がある。そして、それを、父親である大江健三郎は、「リー、リー、リー」と応援する。そして、もしかしたら、光の「颯爽たる」姿を、いつの日にか見ることが出来るかもしれない。

    「個人的な体験」で、脳に障がいを持って生まれてきた赤ん坊の父親になることを受け入れた大江健三郎は、父親として、更に、彼を応援し続けることを引き受けた。そして、それが正しいことであったと深く感じている。
    このように理解したが、どうなのだろうか?


  • 自身は一般的に言われている程難解ではないと感じた。
    “転換”という要素も、作者が息子との関係に求めたifの一部分に過ぎない気がする。
    息子の光氏が題材にされている作品群の中でも、SFや動きを加えた大江流エンタメ小説として読むと割合違和感を感じず楽しめる。

  • 大江が辿ってきた道に何も言えずにいる
    作品に関しては、最も映画的な展開のされ方だと感じた。

  • 大江健三郎作品を読むと日本語の可能性を感じる。
    同時に、『宙返り』までの大江健三郎作品には、戦後的暗さを感じる。
    この本自体が一つの革命調書のようになっている。

  • 1回目はスラップスティックについていけず、再読して漸く面白く読めた。
    まず、われわれの子どもについてを巡る対話が面白い。「私小説ではない」のだか、こういった挿話はまさにリアルな感情に根差していると感じられる。転換のドタバタはまさに道化の語りだが、ピンチランナーという言葉に込めた祈り、決意は、この長大なアンチクライマクスの物語を作り上げる作家の祈り、決意そのものであり、敬意を禁じ得ない

  • 知的障害をもつ子どもを持つ親の思いと核開発あるいは原子力発電に関する反対活動とそれに連なる安保闘争の考え方が主なテーマである。

    そして、著者がゴーストライターとして記述するという形式で述べることで、大江健三郎とは別人格の少しフワフワした形になることで、喜劇調を醸し出しているのだろうか。

    また「転換」という現象で、親子の関係が変化することがまたおもしろい。そこは変化でも交代とも違う転換ということで親子の関係性は保ちつつ、息子は一気に成長した姿を、父親は若々しい肉体を手に入れ、思うとおりの活動に踏み出していけるのだ。

    それは著者の願望なのか、それとも世間への訴えなのか?いずれにしろしろ息子は息子としての、父親は父親としての役割を果たしていく、果たしていける世界は素晴らしいと思う。

  • なかなか読み進められなかった。森の父と子が入れ替わる話。そして、パトロンのいる組織で核を保有し、革命を企てる。ha ha!と文章に良く出てくる。

  • 『同時代ゲーム』でも感じたが、大江のあまりに濃密な文章は作中に入り込んだSF的要素を一切の違和感なく読者に認めさせてしまう。原発や「転換」について様々に述べるところはあるが、愚かな一読者として、この文体に浸れることの幸せ、もうha、ha!が頭から離れないのだけれども、それだけは声高にいいはりたい。

  • 大江氏独特の、荒唐無稽なストーリー展開。さらに、数ある大江作品の中でも、かなり奇妙な文章構造をもった作品。
    8歳と38歳の親子が、それぞれプラス20、マイナス20ずつ年を変更する(二人で一組とすれば、合計の年齢は変わらない)
    そして、友人の手紙をもとに、記録調書のようにして書いた文章という小説の構造。
    複雑怪奇だが、核兵器をテロリストが都内で製造する懸念、という設定は、十分に現代性があるように思う。

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著者プロフィール

大江健三郎(おおえけんざぶろう)
1935年1月、愛媛県喜多郡内子町(旧大瀬村)に生まれる。東京大学フランス文学科在学中の1957年に「奇妙な仕事」で東大五月祭賞を受賞する。さらに在学中の58年、当時最年少の23歳で「飼育」にて芥川賞、64年『個人的な体験』で新潮文学賞、67年『万延元年のフットボール』で谷崎賞、73年『洪水はわが魂におよび』で野間文芸賞、83年『「雨の木」(レイン・ツリー)を聴く女たち』で読売文学賞、『新しい人よ眼ざめよ』で大佛賞、84年「河馬に噛まれる」で川端賞、90年『人生の親戚』で伊藤整文学賞をそれぞれ受賞。94年には、「詩的な力によって想像的な世界を創りだした。そこでは人生と神話が渾然一体となり、現代の人間の窮状を描いて読者の心をかき乱すような情景が形作られている」という理由でノーベル文学賞を受賞した。

「2019年 『大江健三郎全小説 第13巻』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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