八月の銀の雪 (新潮文庫 い 123-13)

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  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101207636

作品紹介・あらすじ

憂鬱な不採用通知、幼い娘を抱える母子家庭、契約社員の葛藤……。うまく喋れなくても否定されても、僕は耳を澄ませていたい――地球の中心に静かに降り積もる銀色の雪に。深海に響くザトウクジラの歌に。磁場を見ているハトの目に。珪藻の精緻で完璧な美しさに。高度一万メートルに吹き続ける偏西風の永遠に。表題作の他「海へ還る日」「アルノーと檸檬」「玻璃を拾う」「十万年の西風」の五編。

感想・レビュー・書評

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  • その雰囲気が捨てがたかった「月まで三キロ」の作者さん。皆さんの★もまずまずだったので手にしてみた。

    コミュ障で就活連敗中の大学生、天涯孤独なシングルマザー、役者への夢破れた不動産管理会社の契約社員…、そんな主人公たちが思いがけない出会いからもう一度自分の生き方を見つめ直していくお話。
    それぞれのお話自体も良かったが、それ以上にそこで語られる地球内部の構造や音に包まれるような鯨の歌、磁場を“見ている”という鳩の帰巣能力の話などが興味深かった。
    それらは物語ともうまくマッチしていて、とりわけ表題作では、地球の中のもう一つの銀色に輝いている星の上に鉄の結晶の小さなかけらが雪のように降り積もる情景が目に浮かぶようで素敵な気持ちになった。

    最後の話は、凧の話から放射能の発見や風船爆弾の話に発展し、多少説明がくどい話ではあったが、再び原子力発電に回帰しようとしているこの国の政策やいつの間にかウクライナやガザでの戦火が日常になった世界の姿など、本が書かれた当時にはなかった憂いを感じ取れる、とても締まった話だった。

  • サイエンスを織り混ぜた5つの短編。「月まで三キロ」と同様、面白かった。科学蘊蓄がストーリーの全面に出ないところがいい。

    「八月の銀の雪」
    就活で全く芽の出ない、内向的・コミュ障系の大学4年生・堀川と、ベトナム人コンビニ店員(実は博士課程研究者)・グエンの交流。地球の中心に浮かぶコアに鉄の雪が降るイメージが幻想的。

    「海へ還る日」
    生活に疲れ果てたたシングルマザーが、ふとした縁で、幼い娘と共に博物館を訪れた。クジラの生態の神秘に触れ、癒されていく。

    「アルノーと神様」
    老朽化したアパートの住民立ち退き交渉を担当する正樹。頑として立ち退きに応じない白粉婆・須美江。迷い込んだ伝書鳩〈アルノー19号〉。

    「玻璃を拾う」
    綺麗なガラス細工の写真をSNSにアップしたら強烈なクレームが。『珪藻アート』を巡るトラブルと新しい出逢い。

    「十万年の西風」
    茨城の海岸で、凧揚げをしていた元気象庁研究者と、福島原発に赴く途中の原発保守点検企業元社員が偶然出会った。話は、旧日本軍の気象兵器「風船爆弾」の開発経緯に及び…。

  • すべての話が、最後はぼんやりと終わる感じながら、良い余韻を残している。
    不幸を抱えている人が多く出て来るが、暗い感じにならなくて、科学のかたい話しがちりばめられるが鬱陶しさを感じることなく、心地よく読めた。

  • 今回も外れなく面白かった。 中でもやっぱり表題作 "八月の銀の雪" そして "海へ還る人" が好きかな…
    単行本の装丁が素敵だったことも思い出す。探してみようか…

  • 科学が関係するヒューマンドラマ短編集
    まぁ、いつもの伊与原新さんです

    以下、公式のあらすじ
    ----------------------
    「お祈りメール」の不採用通知が届いた大学生は、焦りと不安に苛まれていた。
    2歳の娘を抱えるシングルマザーは、「すみません」が口癖になった。
    不動産会社の契約社員は、自分が何をしたいのか分からなくなっていた……。
    辛くても、うまく喋れなくても、
    否定されても邪慳にされても、
    僕は、耳を澄ませていたい――地球の中心に静かに降り積もる銀色の雪に。深海に響くザトウクジラの歌に。見えない磁場に感応するハトの目に。珪藻の精緻で完璧な美しさに。高度一万メートルを吹き続ける偏西風の永遠に――。
    科学の普遍的な知が、傷つき弱った心に光を射しこんでいく。表題作の他「海へ還る日」「アルノーと檸檬」「玻璃を拾う」「十万年の西風」の傑作五編。
    ----------------------


    ・八月の銀の雪
    人類が宇宙に行く時代となっても、身近にあって未知の存在という地球の内部
    地球の内部の話は胸熱だよなー
    どうなっているのかは断片的な情報から推測するしかない

    所詮人類が把握できているのは、卵の殻程度のスケール
    そんな表面ですら深海の最深部にま未到達ですしね

    あれだけ熱く語れる人だから研究者になれるというのは実感としてよくわかる


    ・海へ還る日
    クジラは、水棲哺乳類という不思議な存在
    肺呼吸なのに、常時呼吸ができるわけではない海に帰った経緯に興味がある

    本当に不思議な存在ですよねー

    知能に関しての話も興味深い
    人間は自分達の基準で物事を判断しようとするが、クジラ達はそれとは違った文明を持っている可能性

    町田そのこ「52ヘルツのクジラたち」を読んだときも思ったけど
    異なる周波数の声は、仲間たちに本当に聞こえてないんですかね?
    人間が把握できないコミュニケーション方法とかの可能性あると思う


    ・玻璃を拾う
    自然の生み出した美
    世の中には自然の中に潜む規則性があったりする
    フィボナッチ数列なんて種や花弁の合理的な生え方だし、黄金律なんてそこかしこに隠されていたりする
    それと同様に、人工的に不純物を含まない物質を作るのが困難でも、自然化にはそれを容易に作る生物がいたりするからねぇ
    それがミクロの世界でも起こっているという事実
    そしてそれを見つける事ができるのも科学という構造が胸熱だよなー


    ・十万年の西風
    科学者倫理について
    表題作ではないけど、私にとってこれが一番のテーマに感じた

    科学の立ち位置って時代や使われ方によって如何様にも変わる
    自分の研究している事がどう使われるのかまで科学者が考える必要があるのか?という命題

    科学技術に善悪があるわけではなく、使う人間に悪人がいるという考えもあるけど
    果たしてどこまで科学者本人が想定しなければいけないのか

    ノーベル賞だって、ダイナマイトの発明が発端ですからね
    掘削工事に利用すれば平和的だけど、使い方を変えれば戦争で人を殺す武器にもなる

    今作の研究は、気象の観測によるジェット気流の発見が、遠くの大陸への爆撃に使われるなんてどう予測しろという話ではあるんだけどね

    科学技術がどう使われるかは別問題と切り捨てるのは分かりやすいけど、果たしてそれでよいのだろうか?
    科学に限らず、何かを研究する人には哲学がなければいけないし
    それに伴う倫理観も同時に求められるべきだと思う
    そこを手放してしまうのは無責任でもあり、ある意味でもったいないとも思う
    基礎研究とか、自分の興味の赴くままに探求するという姿勢でもいいけど、そもそも何故それを研究するのか?それがわかるとどうなるのか?という大局的な視点は本来の研究にも役立つ思考なはずなので

    私が研究者の隅っこの端くれだった分野だと然程悪用されるようなものではないけど
    生命倫理とか、遺伝と種の関係を人類に当てはめると、民族間の優劣や差別に繋がる研究とも言える

    人間も生物の一種であるわけで、根源的な存在理由や目的は他の生物と変わるものではない
    私のボスだった人やその分野の常識として、野生動物の原理と人間の原理を混同してはいけないという主張だったけれども
    個人的には上記の通り人間も生物なわけで、多種には見られない高度な社会性があろうが、結局は生物としての特性に従っていると思っている
    それを前提に、私個人の行動や生き方はそんな原理を理解した上で歯向かおうとしているという面倒くさい存在なのだろうなと自覚している


    いやぁ、それにしても伊与原新さんの物語は、科学に携わった経験のある人にとっては響くところがある話ばかりですねぇ

  •  全て専門的な話が含まれており、知識が広がった。
    普段読むジャンルとは違う味わいのある、興味深い話でした。
     授業だと頭に入らない自信があるが、小説だからなのか、スルスルと頭に入ってきました。
     良い読書体験でした。

  • 「八月の銀の雪」「海へ還る日」「アルノーと檸檬」「玻璃を拾う」「十万年の西風」

    伊与原さん2冊目。クジラの歌やハトの帰巣本能のことなど、今回も学びが多かったです。
    それに加え各話の読ませる力!それぞれの主人公がある人と出会うことによって、行き詰っていた場所から踏み出す過程がいいですね。

    中でも「玻璃を拾う」の話が素敵でした。
    珪藻と聞いたら「珪藻土のマット」しか思い浮かばず、、珪藻アートというものがあるんですね。
    最悪な出会いをした瞳子と野中の関係性が変わっていくのも良かった。
    休眠胞子こと野中が選り分けた珪藻を見てみたいです。

  • 科学という切り口と、喪失による主人公たちの気持ちが合わさった時、こんなにも素晴しい物語を生み出すなんて…。
    人はこれまで知らなかった知識や出来事に触れると感動するものだけれども、それが自己再生へと繋がる流れは、伊与原新さんの作品以外に見たことがない。もちろんこの手法だけで読者の心を揺さぶることはできないはずで、やはり文体の優しさ、物語の温かさが相まって感動するのだと思う。編の短編からなる本書だが、参考文献の多さに驚かされる。裏付けされた科学と優しい物語にとても癒やされ、前向きになれる。

  • 単純にいい作品だったなあ、としみじみと心に残りました。現代社会の生きづらさや閉塞感を力で無理矢理壊そうとするのではなく、繊細にそっと寄り添ってくれるような、優しい作品集だったと思います。

    収録作品は5編。いずれの作品でも、地学や生物学、原子物理学など、科学のエピソードや知識を交えて話が展開していきます。

    この手の作品って、下手な作品だと知識とストーリーの結びつけが中途半端で、どっちつかずになってしまうイメージがあります。短編だとなおさら難しいと思うのだけど、この短編集は5編とも結びつけが素晴らしかった。科学に対する面白さや興味、そして登場人物たちの物語、どちらも引き立てる。

    時に科学は数字、実験、化学式のイメージが先行して、そこに人の営みが感じられないこともあります。しかし、この本を読んでいると、科学のエピソードが、時にロマンチックに、時に血の通った物語として機能していく。個人的に表題作『八月の銀の雪』の地質学者のエピソードの読み解き方と、地球の核のエピソードはめちゃくちゃロマンチックで好きでした。

    そうした科学を読み解く視点というものが、登場人物たちに対する優しい視点にも現れているようにも思います。

    また『八月の銀の雪』の話になりますが、就活生に対する視点の新しさと優しさが印象的だった。就活=無個性、社会のレールに従ってる、と悪いイメージで語られがちな気がするけど、そこの視点を鮮やかに切り替える。そして科学者のエピソードが、表面から分からない人間の真の部分を解き明かす手がかりとなっていく。

    『八月の銀の雪』が本の初めに収録されていますが、これを読んだ段階で、素晴らしい一作だと確信できました。

    無機質になりがちな科学に命を吹き込み、登場人物たちを導く光へ変える。科学と人間ドラマを巧みに結びつけ、読者に深い感動を与える傑作でした!

  • 東京大学大学院理学系研究科博士課程修了の著者が描く、サイエンスに魅了された人々の話

    大きな事件などは起きない、静かな物語
    しかし、その静けさの中に輝くものを見つけた気がした

    地球の内側、鯨の生態、凧による気象観測など、これまで知らなかったことを知ることができてとてもよかった

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著者プロフィール

1972年、大阪府生まれ。神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻し、博士課程修了。2010年、『お台場アイランドベイビー』で第30回横溝正史ミステリ大賞を受賞し、デビュー。19年、『月まで三キロ』で第38回新田次郎文学賞を受賞。20年刊の『八月の銀の雪』が第164回直木三十五賞候補、第34回山本周五郎賞候補となり、2021年本屋大賞で6位に入賞する。近著に『オオルリ流星群』がある。

「2023年 『東大に名探偵はいない』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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