- Amazon.co.jp ・本 (341ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101293516
感想・レビュー・書評
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もう1年ほど前になるでしょうか、山崎豊子女史の「沈まぬ太陽」が映画化され、この本のテーマである「日航123便墜落事故」についての記憶が蘇ってきました。
あれは大学2年生のときに友達と与論島に旅行に行っていたときに、記憶を失ってしまうほど飲んだ後にその飲み屋さんからの帰り道に、車のラジオから聞いたのを覚えてます。
当時のニュースでは、飛行機の整備ミス(修理が完全では無かった)ということでしたが、あの事故の原因はなんだったのでしょうか。
この本では、あの事故で奇跡的に助かった合計四人のうちの成人2人の証言が意図的に事故報告書に載せられていないので、それを載せられない理由があったのではということを論点にしています。
また、事故発生から救助にむかうまでに相当時間がかかっていて、これは地理に詳しい地元の人の情報を無視したせいで、これも何らかの意図があったのではということ(p92)も述べています。
事故の原因になった「隔壁破壊」はあり得ないということで、その証明に日航を退職された後にかなりの時間をかけて取り組まれているようです。
飛行機の事故に遭遇する確率は宝くじに当たるよりも十分に低い、と言われますが、海外出張が多く飛行機に乗る回数の多い私にとっては、飛行機に乗るときはいつも緊張しているような気がします。
事故の原因を「しがらみ」を除外して追求したうえで、より安全な飛行機を設計して、パイロットのみなさんも安全な操縦を心がけて欲しいと思いました。
また、この考え方は、今話題になっている原子力発電所の設計や運転についても同様だと思います。
唯一掲載されている写真(p223)は、事故を起こしている機内でのものでした。皆さん落ち着いて酸素マスクを装着して、客室添乗員さんは立ったままつけています。事故にあわれた方皆様のご冥福をお祈りします。
以下は気になったポイントです。
・事実が書かれていない報告書は世界広しといえども、日本以外その例を聞かない。報告書は将来の改善のために書くもので、事故調査と犯罪捜査は並行して進められるものではない(p56)
・事故から2時間あまりの現地では、米軍により救助を開始できる状態にあった、ところが日本側が救助に向かっているとのことで中止命令がだされた(p83)
・地元の人間に案内を依頼しておきながら、彼らの主張するスゲノ沢のようには案内させず、見当はずれの御座山に案内させたので、意図的に事故現場に近づけさせたくなかったのでは(p92)
・客室を地上の気圧近くに保ち(与圧)、さらに温度を調節して快適な環境を保っている、そのために胴体の壁には1平方メートルあたり6トンの力が加わっている(p128)
・報告書通りに穴が開いたとすると、5秒間で約2000立方メートルの空気が機外に吐き出されたことになる、秒速200メートル(通常の強い風で20メートル)で想像を絶する風である(p132)
・急減圧が発生すれば、大きな騒音、突風、気温の低下等が必ず発生するが、証言によれば、穴が開いて空気が吐き出されて、機内が減圧されたとは考えらない(p136)
・123便は与圧なしで18分間以上も高度2万フィートを飛行しつづけた(p174)
・ボーイング社が修理ミスを認めたのは、落ちた飛行機のみの原因になるからで、他の飛行機までに及ぶ原因としたくなかった(p235)
2011/6/20作成 -
JAL123便墜落事件について知りたくて読んだ。
著者の藤田日出男氏は元日本航空のパイロットであり、JAL123便が墜落してすぐに現場に行った。
本書は2003年に発刊された単行本の文庫化で、2006年に発刊されている。藤田氏は2008年に亡くなっているから、この文庫版の後書きが公表した最後の文章になるだろうか。
すでに青山透子氏の本を読んでいるので、驚くべきことはあまりない。あくまで科学的に納得がいかないところをきちんと示している。
収穫だったのは次の2点である。
①事故直後に墜落の原因が自衛隊の誤射であるという怪文書が流されていたこと。どんな形であっても真実を世の中に知らしめようとした人がいたのではないか。
②運輸省の官僚の中にも内部告発をする勇気のある者がいたこと。内部告発によって、藤田氏はかなりの情報を得ている。その情報をもとに書かれたのが本書であった。
その上で本書はあくまで機体の構造的な欠陥を明らかにせよというスタンスで書かれており、「フラッター説が有力」と結ばれている。自衛隊による誤射の可能性については冒頭部分に少し書かれているだけである。
その上で何点か疑問が浮かぶ。
①青山透子氏の本の中で藤田氏のことに触れられていないのは何故か。
②青山透子氏の本の中でJALの調査員が残骸に番号を付けていたとあるが、それは藤田氏のことか。
③藤田氏が保管していた内部告発の文書などは今はどうなっているのか。 -
事故調査委員会の発表、尾部隔壁破壊からの垂直尾翼破壊は事実と異なる点について指摘している。
急減圧はなかった。
後世に再調査を託したい。
恋人をなくした女性が飛行機のことを学び自己原因に迫る姿に心動かされる。
運輸省航空局が事故直後に原因を推測し安全情報を出したのは、正しいしごとをしたと考えます。 -
去る12日は、あの日航機墜落事故から丁度30年目を迎へたといふことで、報道各社も特集を組んでゐました。
来年から施行される新国民の休日・「山の日」は、当初この8月12日が有力だつたのが、あの悲しい事故が起きた同日に設定するのはいかがなものか、といふ意見に配慮して最終的に8月11日になつたのださうです。最近は何でもかんでも、過剰に「配慮」する風潮ですが、この件については適切な処置だつたと存じます。
拙ブログでも、先達て『墜落遺体』といふ書物について述べましたが、これは元群馬県警の飯塚訓氏が、その遺体確認に特化して詳述した一冊でした。敢へて事故の詳細や事故原因については触れられてゐません。
一方、本書『隠された証言』は、当時日航機パイロットであり、日航の内部組織である「航空安全推進連絡会議」メムバアであつた藤田日出男氏が、その事故原因をとことん追求する一冊です。
事故を起こした当事者側である日航の人物が、果たして客観的な視点で書けるのか? との指摘もありましたが、本書を読み進めるうちに、さういふことは全く関係なく、事実を掘り起こさんとする著者の姿勢に惹かれてゆくのであります。
事故発生後、運輸省(当時)の事故調査委員会は、その調査結果を公開いたしました。その原因は、圧力隔壁の破損と推定し、その破損が起きた背景として、以前大阪空港で発生した「しりもち事故」の際に、修理を担当した米ボーイング社の作業に不具合があつたらしい。ボーイング社は当初否定してゐましたが、後に一転、認めてゐます。
で、圧力隔壁が破壊された際に、機内では相当な減圧(急減圧)が発生したと述べてゐるのですが、この「急減圧」について、著者の藤田日出男氏は疑問を呈してゐます。といふか、本書はこの「急減圧」は発生しなかつたことを証明するためだけに発表されたと申しても過言ではありますまい。
とにかく、事故調はなぜ「急減圧」に拘るのか、何かを隠蔽してゐるのでは......そもそも、事故現場の発見がなぜあれほど遅れたのか......実際には早期に分かつてゐて、故意に隠したのではないか.......生存者が4名ゐたが、それ以外の520名は全員即死であつたといふが、それは本当なのか......疑問が次々と湧いてくるのであります。
実際、生存者の証言では、墜落直後は、かなりの人が生きてゐたといふことです。中中救助が来ないので、耐へ切れず息を引き取つた人が多いと。
そして事故調は施行が迫つた情報公開法を理由に、多くの情報を廃棄処分にしてしまひます。存在してはまずい証拠を闇に葬り去らうとの意図がなかつたか?
疑問を抱へた著者の前に、一人の内部告発者が現れます。田中氏(仮名)といふ人物で、事故原因究明に当つてゐる藤田氏に情報を提供せんと、友人を通じて接触を図りました。田中氏情報は、藤田氏が疑惑に感じてゐたことを裏付けるもので、廃棄処分寸前の資料まで提供してくれたのであります。
各種の資料や証言、実験をもとに、藤田氏は「やはり急減圧はなかつた」と結論付け、事故調に再調査を求めるのですが......現在に至るまで、再調査は実現してゐません。
毎年8月12日がやつてくると、マスコミでも慰霊登山をする方々が報道されますが、セットで「事故原因の再調査」を要求する団体も紹介されたりします。かかる背景が分かると、なるほど再調査を求めたくなるのは当然だなと思はれるのであります。
しかし藤田氏もその後2008年に鬼籍に入り、現実には難しさうですなあ......
http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-570.html -
著者は元日航の機長であり、日航の航空事故調査員でもあった。
1985年8月12日に起こった日航機墜落事故の事故原因について、旧運輸省官僚による内部資料をもとに事故調査委員会の報告による「後部圧力隔壁の破壊」に対し異を唱える。
章立ては以下の通り。
序章 内部告発者―3度目の接触
第1章 墜落現場
第2章 ドキュメント「日航123便墜落」
第3章 内部告発者―最初の接触
第4章 事故調査委員会
第5章 内部告発者―2度目の接触
第6章 あり得ない「隔壁破壊説」
第7章 急減圧は、やはりない
第8章 18年間の出会い
第9章 事故原因
終章 内部告発者との別れ
読みどころはやはり6章と7章だろう。
事故調の説明は以下の通り。
123便の墜落原因は、垂直尾翼が破壊されたためコントロール不能になったため。では、垂直尾翼がなぜ破壊されたのか、それは圧力隔壁が壊れたからである。圧力隔壁が壊れる原因となったのは、同機が1978年6月2日に伊丹空港で起こしたしりもち着陸事故後の、ボーイング社の修理が不適切だったことによる。で、圧力隔壁が壊れた証拠として、「急減圧」を挙げる。その「急減圧」は、生存者の一人である落合さんから事情聴取した際の証言に拠る。
しかし、機長経験者でもある著者にしてみれば、急減圧が生じたというのに、機長等がマスクをしていない点等を挙げ、矛盾を指摘する。この点は、急減圧の実験結果等を通じて、実際に急減圧は起こらなかったとする説を強化することになる。
さらに前述の落合さんの証言について、内部告発者の資料により、急減圧がなかったことが明白になる。
また、もしも本当に圧力隔壁が破損したというのならば、飛行機の尻尾部分のみが破壊されて、垂直尾翼は壊れないようにフェール・セーフが働くはずである(200頁)とする。
では、なぜボーイング社は修理ミスを発表したのか。本書ではその理由として、隔壁破壊であれば、事故機だけの問題で済む。しかし、垂直尾翼そのものの欠陥となると、当時使用されていた600機以上のジャンボ機全体への影響が避けられず、ボーイング社は大損害を被るからだろう、としている。
結局、政府はボーイング社の話を鵜呑みにして結論ありきで事故調査を終え、現在に至るまで再調査をしないわけで、著者としては、是非とも再調査すべきだと主張する。その通りだと思う。
となると、次に政府とボーイング社との関係について、あれこれ疑問を抱くわけだが、これは本書が扱う範囲を超えているだろう。
他人にお願いしてはいけないけれど、気骨のあるジャーナリストに是非とも調べてほしいテーマである。
また、本書では内部告発者による資料提供が重きをなしたが、このような方々に頼るしかないというのも辛い。
なお、尾翼の構造図などがあれば、旅客機に詳しくない読者にも理解の一助になったと思う。この点だけ残念である。 -
日航機墜落事故の事故調査に疑問を呈する1冊。
事故調査報告で示された事故原因は本当に正しいのか?
著者は様々な証言や実験から、その報告に重大な欠陥があると主張する。
航空事故調査には「終了」はないという。
もしご遺族がこれを読んでいたなら、どう思われるだろうか。
もう一度検証しなおしてほしいと思うのだろうか。それとも、もうそっとしておいてほしいと思うのだろうか。 -
ちょっと冗長すぎる感じがしました。
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YouTubeのフライトシュミレーション映像から興味を持ち、購入。
藪の中に埋もれてていいのか、この事件。
やっぱキナ臭いぞ。 -
世界航空史上単独では最大の犠牲者を出した日航123便の事故。
いまだ完全に解明されていない事故原因。
なぜ日本では完全に解明し、後世へ生かすことができないのでしょうか?
いくもの関連の書籍を呼んでいますが、常に憤りを感じざるを得ません。