- Amazon.co.jp ・本 (349ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101347226
感想・レビュー・書評
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上巻よりも良かったという印象。
スピード感かな。
下巻が始まって早々に1つ目の見せ場がくる。
雄一郎が、組長の秦野と手ホンビキを興じるシーン。
終始緊張が張りつめていることが伝わってくる。
「それはもうどこを切っても市井とは無縁の、構成員二千人の広域暴力団を抱える男の顔と身体だった。修羅場の上に純白の布を広げたような、残忍な感じのする獣の静けさだった。」
いやいや…土井を追い詰める為とはいえ、雄一郎自らここまで足を踏み入れるなんて。
大丈夫なんだろうか。
読んでいるこちがヒヤヒヤしてしまった。
けれど後に雄一郎のこの踏み入れは、ある程度は報われることとなるのだけれど。
雄一郎も達夫も、これまでの自分とは逸脱した方向へと向かっていることを自覚している。
達夫。
「いったい美保子を始め、みな似たようなところのある女ばかりに巡り会うのは、自分がその手の自虐と破滅に惹かれているということに違いなかったが…」
「…達夫はその空のように自分という人間が刻々と明るみに出されてゆくような感覚を味わい、興奮を覚えた。これまで深く塗り込められてきた欠陥や無秩序や乱雑が、いまや被うべくもない克明な素顔を現しつつある、と思った。」
雄一郎。
「これでもう、こころは死んだか。余計な自省や逡巡は死に絶えたかと自問し、…」
「雄一郎はあらためて冷え冷えとし、喜代子にも佐野美保子にも、野田達夫にも元義兄にも背を向けたいような心地で、ただぎりりと身体を固くした。」
そして第三章「転変」内で、文字通り自体は大きく転じる。
じっくりじっとりの1巻に比べて、2巻は転がり落ちるようにあれよあれよ…だった。
ああ、まただ。
この前読んだ『冷血』の時も感じたが、何故こうなってしまうのだろうという虚しさ。
順風満帆とは言えなくとも、懸命に積み重ねてきた日常が、些細な出来事を切っ掛けにガラガラと崩れてしまう恐ろしさ。
それはきっと、何が起きているのか本人にも分からない程のスピードだ。
「…達夫の人生の川がいま、氾濫してめちゃくちゃになっていることは手に取るように分かった。」
P336からの小学生時代の雄一郎の走り書きの件は、なんだか本当に悲しかった。
子供同士の些細な出来事が、巡り巡ってこんな結末になっていること。
改めて合田雄一郎と野田達夫という人物像を振り返らずにはいられない。
P342でついに涙してしまった。
元義兄からの手紙で、私も救われた。
そう、雄一郎がまともに美保子と対面したのはたったの3分なのだ。(映画館は除いて)
それなのに読者である私まで佐野美保子という人物に惑わされてしまっていた。
狂うような夏の暑さと照柿という臙脂色。
対比するように持ってくる青色。
追い詰められ、混乱する脳内を形にするかのようなキュビズムの絵画。
惑わされ彷徨う男に対して用いられたダンテの神曲。
この重厚な読み心地。
やっぱり高村薫さんは上手いなぁ。
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下巻では、壊れていく人間の心の内側がとても心に残りました。
合田が語っていたように、達夫は人とはちょっと違った視点を持っていて独自の考えで世界を捉えていたように思います。
だから強さと弱さが人一倍大きな波となって現れ、自らに襲い掛かり、それに自分が潰されていってしまう。
生々しい描写による、殺人をテーマにした作品なのに不快感がないのが不思議。
そして、ラストの2人のやり取りには何故か涙が出ました。
この作品の感想は簡単に言葉にできません。
とにかく重く強い作品でした。
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一目惚れして執着したり賭博にハマったり、どうしちゃったの合田雄一郎、、と戸惑うばかりだったが、最後の加納の手紙でそれもこれも次に進むためのものだったのかもしれないと思って納得した。
題名も色の名前だが他にも様々な色が出てきて、その度に文章が頭の中で映像化される。イメージ映像のような感じではあるけれど、人が狂っていく過程を描いていくこの作品の重さ暗さに不思議なリアルさを与えているように思う。
中年に差し掛かる時期、穴に落ちるかのように思いがけない経験や思考に嵌るというのはなんとなくわかる気もする。
社会的な責任は重くなってきたのに自身の所在なさ覚束なさだけはそのままで、それを埋めてくれるような何かを求めたりするのかもしれないし、中途半端に残る若さの吐き出し口がいるのかもしれない。
それでも普通は失うものの大きさを考えて大概のところで踏み止まるものだが、この作品の男2人は程度の違いはあれど徐々に道を踏み外して行く。
それが美保子のせい、大の男にそうさせるほどの力が美保子にあったということなら、所謂悪女、ファムファタールの何と恐ろしいことか。
テレビ版では美保子役を田中裕子がやったらしい。ぴったりの配役だと思う。 -
これが夏のうだるような暑さがそうさせたのか。
救われない悲劇なのか。 -
初作家さんで、自分では選ばないタイプの本だった。
うだるような暑さ、工場勤務、少しずつ日常にズレがしょうじていくような感じ。
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読むたびに印象が変わる高村薫の本作は、マークスの山にあったようなある種の軽妙さは消え、息苦しくどんよりとした重たい作品になっている。
この鉈のような鈍い切れ味の作風は松本清張のようで、もはやミステリーというよりも人間ドラマがメインだ。
もちろんそれは悪いことではない。ただこの辺は好みの問題で、謎解きよりも会話や登場人物たちの交歓を楽しみに読んでいる私であっても重たい内容だった。
また酷寒の真冬に読んでいてすら、大阪のうだるような夏がありありと感じられる点もその重たさを助長している。と、貶しているようだが、決してそのようなことはなく相も変わらぬ力作である。73 -
凄い迫力。
読むのは大変だけど、ページをめくる手が止まらない。
高村薫文学。
ここまで心の描写を文字にするのは凄すぎる。 -
絵画的な色。大阪の街並み。炉。
それぞれの描写が作品に重みを持たせて、
高村薫ワールドに誘う。
「照柿」の、タイトルが素敵。
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始まりから、少しずつ酸素が薄くなっていくような感覚。
寒い冬に読んでいるというのに、自分のまわりだけ温度が上がっているかのように、息苦しいむっとする暑さを感じるオープニング。
人が少しずつ壊れていく様を、事細かく丹念に書かれた文章で読み続けることの苦しみと魅惑。もうやめよう、何度もそう思ったのだが、結局最後まで読んでしまった。
そして、この最後。
上下巻にわたる長い小説だが、それがすべて最後の数十ページにつながる序章であったと思える終わり方。
私が言うのもなんだが、見事だなぁと思う。
人誰もが持っているであろう心に秘めたどす黒い感情の、その負の部分をこの作者の筆力で表現されると、読む際にはこちらにもそれなりの胆力が必要である。
さらりと読めるタイプの作品ではない。
が、言い過ぎかもしれないが、ひとつ違う人生を経験したぐらいの思いができるのではないだろうか。 -
これだけ毎日難しい事ばかり考えていたら大変だろうに。でも周りの皆もこんな感じで難しい事を考えてるのかと思うと、ちょっと自分もやばいな、などと思ったり。