歴史を考えるヒント (新潮文庫)

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  • 新潮社
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レビュー : 77
  • Amazon.co.jp ・本 (222ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101356617

作品紹介・あらすじ

日本、百姓、金融…。歴史の中で出会う言葉に、現代の意味を押しつけていませんか。「国名」は誰が決めたのか。「百姓=農民」という誤解。そして、聖なる「金融」が俗なるものへと堕ちた理由。これらの語義を知ったとき、あなたが見慣れた歴史の、日本の、世界の風景が一変する。みんなが知りたかった「本当の日本史」を、中世史の大家が易しく語り直す。日本像を塗り替える名著。

感想・レビュー・書評

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  • ことばから日本史を探った良書。

    網野さんの歴史観は大変面白い。勉強になる。
    例えば、日本という国名。日本の国名が決まったのはいつか?正確に答えられる人がいまの日本にどれほどいるだろう。日本という国名が決まったのは、浄御原令(きよみはらりょう)という法令が施行された689年。この時期は同時に藤原京の造営を始めた頃である。それまで「倭」という国名を使い、隋以前の大陸に朝貢していたヤマトの支配層が、このころ朝貢国からの脱却を試み、自らの帝国を作るのだという姿勢を明確に打ち出した。「日本」は当時のヤマトの支配層が中国大陸に対抗意識を燃やし定めた国名であり、大陸から見て東の方向、つまり日出づるところ=「日本」と名を定めたという。
    663年の白村江の戦いで、日本は唐・新羅連合軍に百済とともに敗れ、朝鮮半島での地位も失った。しかし、これが契機となり漢語圏からの独立気運が高まり、日本は独自にかな(仮名)文字を発明する。こういった他国に対する劣等意識や敗戦体験などの負のエネルギーが、国のかたちを作るきっかけになる。ここが日本のおもしろさであり、日本史の肝所だろう。


    一番おもしろい、興味深いのが「市場」ということば。中世の日本で、市場(いちば)は「市庭」と表記された。相場も「相庭」。これは「庭」という文字は私的関係を超えた特異空間を指す言葉だったという。つまり共同体を超え、物と物を交換する場を示す言葉だった。
    人々が市を立てた場所は、みな人間の力を超えた聖なる世界と世俗の世界との境(お寺)であった。お寺は祈るだけでなく、世俗の縁の切れる場所=無縁の場でもある。(そういや縁切り寺というのもあるしねえ・・。)人も物も縁が切れた状態、つまり神仏の世界(聖なる世界)に属し、誰のものでもなくなる。人の力を越えた場所に物を投入することで、人は物を神に委ねる。委ねるがゆえに縁が切れ、切れるがゆえに誰でもないモノになり、交換できる。
    ここからお寺がオークション会場や金融の役割も果たすようになる。信仰の中心地が金融セクターも兼ねていたとは驚きでもあるが、おもしろい。最近の金融危機を考えると人間は市場を制御できるのか、という難しい問題に直面するけど、こうした歴史は思考の補助線として役に立つ。


    日本史を読み解くなかで、ことばをその時代に使われていた文脈に即して捉え直し、過去を探る。その営みを続ける者を歴史家というのだろう。と、読後の感想。

  • 落ちる=世俗との関係が切れて無主物となる。(落書き=匿名投書)
    支配=割り当てる、配分する

    「募る」が多義的で、「権威を笠にきる」「贖う、充てる」を、同じ「募る」で意味する理由が上手く説明出来ない、云々とあったが(P189)、記載されている用例だと、いづれも、temporary use という語感で統一的な印象。

  • 「百姓」「自由」などの言葉の意味を、字面から判断したら見誤る。歴史を見つめる私達の視線は、現代的価値観によって作られたもの。それを常に頭に置いておかなければならない。言葉の奥底に込められた本当の意味を知れば、新しい中世日本が見えてくる。そんな「歴史を考えるヒント」が満載の本。

  • 網野善彦は、独創的な「網野史観」を生み出したことで知られる中
    世史家です。網野史観の特徴は、それまで誰も相手にしてこなかっ
    た漂白の民や被差別の人々の存在に光を当てて歴史を読み直した点
    にあります。農民以外の多様な主体が自在に生きたダイナミックな
    社会として中世を描くことで、農民中心=農本主義的な従来の社会
    観・歴史観に挑戦したのが、網野史観でした。

    過ぎ去った過去を描く歴史の方法は、言ってみれば全てが仮説であ
    り、フィクションです。勿論、古文書などの史料を踏まえたもので
    すから、全くのフィクションではありません。でも、同じ史料でも、
    何を読み取るかは、その人次第。かなり先入観に左右されます。そ
    れに、そもそも史料に残っていないものについては、存在しなかっ
    たものとされます。既存の歴史学は、そうやって農民中心の歴史観
    を作り上げてきたのです。

    その限界に気付いていた網野氏は、できるだけ虚心坦懐に史料と向
    き合うことから始めます。そして、同じ史料の中でも誰も注目して
    こなかった部分、そもそも史料にすらほとんど残されてこなかった
    ものに目を向け、「なぜこれはこのように描かれているのか」「な
    ぜこのことは描かれなかったのか」と問いを立てていくのです。そ
    れは、史料を残した人の心を読む作業と言い換えてもいいでしょう。
    できるだけ先入観を排し、史料を通じてその時代を生きた人の心の
    中に分け入ることで、今まで見えていなかったものを浮かび上がら
    せていく。そうやって網野氏は、これまで誰も描かなかった「もう
    一つの日本」を描いてきたのです。

    網野氏の著作がどれも刺激的なのは、この「見えないものを見る力」
    に触れることができるからです。今まで見えていたのと別の日本が
    立ち上がっていく。それは、とてもスリリングな体験です。

    言葉を手がかりに、歴史を読み直そうという狙いで書かれた本書も
    また、そんなスリリングな体験ができる一冊です。

    ふだん何気なく使っている言葉。その背後には必ず歴史があります。
    それを丹念に辿っていくと、言葉がいかに時代の中で、意味内容を
    変化させてきたかがわかります。なぜ、いつ頃から「日本」と呼ば
    れるようになったのか、いつから「百姓」は「農民」と同義と見な
    されるようになったのか。或いは、「自由」や「自然」がLiberty
    やNatureの翻訳語とされたことによって、何が失われたのか…。

    網野史観が魅力的なのは、その大本に自由の希求があるからだと思
    います。先入観を排して日本列島の歴史を見てみると、とても多様
    で豊穣な世界が見えてくる。中世は封建制の暗い時代ではなく、非
    人や非農民が自在に生きた世界であるのです。この列島の原型には、
    そういうとても多様で自由な世界があります。それを取り戻したい
    というのが網野氏の願いなのでしょう。「もう一つの日本」の探求
    は、多様性や自由に溢れた日本の探求でもあったのだと思います。

    日本や日本人に対する見方が変わること請け合いの網野氏の著作、
    是非、読んでみて下さい。

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    ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

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    日常、われわれが何気なく使っている言葉には、実は意外な意味が
    含まれていることがあります。あるいはまた、われわれの思い込み
    によって言葉の意味を誤って理解していることもしばしばあるので
    す。歴史の勉強をしていると、そういうケースに直面することが少
    なからずあります。

    言葉を正確に捉えるという仕事は実に面白いですし、それによって
    意外な世界が見えてくる可能性も秘めています。

    日本人のように、国名が誕生した時を明確に答えることができない
    国民は、世界でも珍しいのではないでしょうか。

    この国号(日本)は中国大陸の帝国を強く意識した国名であり、自
    主性のない名前だという言い方もできるのです。

    「日本」に関して何も知らないで「愛国心」を強調するよりも、
    「日本」についてもっともっとよく知ることの方が重要ではないか
    と、私は強く強調したいと思います。

    何よりも最も問題なのは、我々がほとんど全く意識しないまま、
    「日本」をあたかも天から授かった国名のように、今もぼんやりと
    使い続けているということではないでしょうか。

    これは、日本列島を、通常とは異なり南北を逆転させて、大陸から
    見る形にしただけの地図ですが、これで見るとよくわかるように、
    日本海はほとんど湖同然の内海です。その周囲の列島は、実は全部
    狭い海で繋がっていると考えることができます。

    この地図を見ると日本列島は実際には、アジア大陸の南と北とを結
    ぶ架け橋のような存在だったと考えられます。この橋を渡って、北
    からも西からも南からも、あるいは東からも人や物が出入りしてい
    たことは、疑うことのできない事実だと思います。

    「百姓」の語には本来「農民」の意味はなく、古代から近世にかけ
    ての史料を綿密に読んでいくと、「百姓」の実態は決して「農民」
    だけではなくて、さまざまな生業に従事する人が沢山いたことが明
    瞭になってきます。

    今後の歴史学の大きな課題は、これまで切り落としてきてしまった
    農業以外の分野に目を向け、それに関わる学術用語を大胆に創り出
    し、これまで全く薄かった分野の研究を推進し、豊かにしていくこ
    とだと私は考えています。その空白を埋めない限り、逆に本当の意
    味での日本列島の社会における農業の重要性、水田の大切さも、わ
    からないのではないでしょうか。

    日本でも中世、とくに十三世紀後半からは、信用経済といってもよ
    いほどに、商業・金融が発達し、さまざまな手工業が広範に展開し
    ており、近世を通じて、商工業は高度の経済社会といってもよいほ
    どに発達していたことは間違いないと思われます。
    そのことを証明しているのが、商業に関わる言葉や、実務的な取引
    の用語には翻訳語がないという事実です。(…)「小切手」「手形」
    「為替」などは中世から古代にまで遡ることができる古い言葉なの
    です。
    一方、経済学の用語は、資本、労働、価値などほとんどが翻訳語で
    す。

    それだけの伝統があったからこそ、江戸時代の社会が近代の西欧の
    商業・金融と接触した時に、直ちに自分たちの言葉で対応し、処理
    することができたのであろうと、私は考えております。

    (「自然」は)『古語辞典』では、「人力で左右できない事態を表
    して」「万一のこと。不慮のこと」の意味が生じ、副詞として「万
    一。ひょっとして」の意で用いられたと説明されていますが、まっ
    たくその通りだと思います。
    ところが「じねん」と読む場合には、「おのずからそうであること」
    という現在の意味に近い語として用いられています。(…)
    「自然」がそのような「おのずから」という意味を一面で持ってい
    たことを考慮に入れると、英語のネイチャーの翻訳語として「自然」
    が使われたのは、不適切ではなかったと考えることもできます。し
    かし、現在の「自然」という語から、「万が一、もしも」という言
    葉が消えてしまったことも間違いのない事実です。このように、欧
    米の言葉を翻訳する際、それに対応させたがゆえに、かつて日本の
    社会の中に存在した言葉の多様な意味が消えてしまった場合が実際
    に少なからずあるのです。日本語の持つ豊かさを理解するために、
    このことをわれわれは十分に考えておく必要があるのではないでし
    ょうか。

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    ●[2]編集後記

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    竜巻で被害が出たり、大雨で新幹線が止まったり、何だか大荒れの
    天気が続いています。

    竜巻の被害がニュースになっていますが、考えてみれば、いつもど
    こかで誰かが大変な目にあわれているんですよね。病気や事故や被
    災や家族の死は、当事者にしてみれば大事件です。自分の身に降り
    かかるまでは、いつだって他人事で、自分がそんな目に遭うなんて
    想像だにしないのですが。

    そういう我が家も何だか今週は大変な一週間でした。10月に2歳に
    なる息子が、急に喘息の発作が出たり、蕁麻疹がひどくなったりで、
    一昨日は、夜中に救急外来に連れていきました。

    一月前に気管支炎で入院した息子。それまではずーっと病気知らず
    だったのですが、ここにきて色々と出てきています。

    でも、まあ、子供の病気って、多くは家族、というか夫婦の問題だ
    ったりするんんですよね。夫婦の関係がギクシャクしていると、必
    ず子どもに問題が出てくる。これは、どの家族も不思議とそうです。
    システムというのは、一番弱い部分に、ひずみが出やすいのですが
    家族の場合、それが子ども、というわけです。子どもは「炭鉱のカ
    ナリア」と一緒で、家族の危機のバロメーターなのでしょう。

    実際、ここのところ夫婦の関係がギクシャクしていたのです。やり
    直さないとまずいよね、と話し合っていた矢先の息子の発作でした。
    「ちゃんとやってよ」と息子は身を以て訴えているのでしょう。
    か弱き存在に迷惑をかけてしまい、ほんと反省です。

  • 日本の国名が決まったのはいつか、百姓とは何をする人か、などなど、ちょっとした豆知識が増える本でした。(知識、というよりは筆者の解釈、ですが) お気に入り豆知識→「昔、虹が出た場所に必ず市を立てるという慣習があった。虹はあの世とこの世、天の世界と人間の世界との架け橋であり、その下で交易を行うことによって神を喜ばせなくてはならなかった」

  • 言葉の起源から当時の生活を読み解くという、日本史版の白川静みたいな本
    日本や関東、関西の由来、百姓=農民ではないこと、商業用語は古くから日本にあることなどどれも興味深いし、農村社会以外の側面に光を当てるアプローチとして言葉を用いるセンスは秀逸

    一つこのコロナ時代になって思ったのは、差別がケガレからきているということと感染症との関係について
    忌籠などの習慣はまさに感染対策そのものではなかったのかと思った
    差別部落は関西で強く、関東では緩やかであり、沖縄や北海道ではない
    もともとケガレを清める集団は差別されていなかったのにいつからか差別されるようになった
    このことと、例えば感染症の流行や東西の人口密度の差なんかが影響しているのではと考えてしまうのはコロナの影響受けすぎだろうか?
    また、新たな感染症の流行が新たな差別を生む原因になるのではないかという心配もあるかと思った

  • 0044 2018/07/27読了
    国名とか百姓とか意味や成り立ちまで考えたことがなかった。
    歴史の用語としてしか覚えていなかったな。
    百姓については誤解したまま覚えてたけど、歴史の中でも誤解されていたらしい。
    被差別部落については、確かに関東だとあまり気にしたことなかった。自分の周りになかっただけ?あまり知らずに生きていたなあ。

  • 言葉の意味から真実を読む

    所蔵情報
    https://keiai-media.opac.jp/opac/Holding_list/detail?rgtn=B12265

  • 網野さんの本を初めて読みました。
    2001年に発刊された新潮選書が2012年に文庫化されたもの。
    網野さんは2004年に亡くなっています。

    歴史上「日本」という国名はいつから使われるようになったのか、という問いから話は始まります。
    多くの日本人がその問いに答えることができないのは驚くべきことではないか、と。

    そして、日本国の範囲の話、「関西」と「関東」の話。
    我々が現代の感覚で捉えている日本という国の概念がけっして歴史上絶対のものではなかったという、考えてみれば当たり前のことが改めて思い知らされます。

    本著のメインは「百姓=農民」という捉え方が誤解であることの解説。
    江戸・明治以降に形作られた農本主義的な史観が、現代の歴史教育に根深い影響を与えている、と。

    その他、被差別民に関する考察など、なかなか一般にはタブー視されてお目に懸らない論考にも触れることができるのが興味深いところ。

    一般の人にとって歴史観というのは学校教育を通じてしか身につかないものなので、思い込みに基づいていても気がつかないもの。
    もちろん、この本に書かれているのも史観の一つにしか過ぎないけど、相対的な視点を持つことは重要と思います。

  • 読了

    網野善彦は、初めてではないので、別のとこで出てた話がたくさん出てたけど、やっぱ面白い

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著者プロフィール

1928-2004年。東京大学文学部国史学科卒業。名古屋大学助教授,神奈川大学短期大学部教授,神奈川大学特任教授を歴任。専門は日本中世史。主な著書に『蒙古襲来』,『中世東寺と東寺領荘園』,『日本中世の民衆像』,『日本中世の非農業民と天皇』,『日本の歴史をよみなおす』,『「日本」とは何か』,『網野善彦著作集』全18巻+別巻がある。

「2019年 『中世の罪と罰』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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