- Amazon.co.jp ・本 (436ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101369471
作品紹介・あらすじ
ざまをみろ。父を殺したとき、そして、刺客を討ち取ったとき、北見重興が発した言葉。元藩主とは思えぬその言動に、どんな因果が秘められていたのか……。名君と仰がれた今望侯の狂気。根絶やしにされた出土村。城下から相次いで失踪した子ども達。すべての謎は、重興の覚醒とともに真実へと導かれる。ミステリー。サスペンス。そして、歴史。あらゆる技巧が凝らされた「物語の到達点」。
感想・レビュー・書評
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宮部みゆきの「作家生活30周年記念長編」、上中下三分冊のうちラスト3冊目、下巻です。
ネタバレになりそうなことが出てくるので、またいらんことを書いておきます。
中巻の「いらんこと」に3分冊の1冊ずつが薄すぎる、ステルス値上げじゃないの?って書いてるうちに、文庫本の値段が気になってきました。
最近、文庫本が高くなったなあって思っています。同じ文庫本を何冊も買うことは普通はしないので(自分はたまにやらかしますが)、はっきり以前は○○円で買えたのに今は△△円になっちゃった!っていうわけではなく、これくらいの厚さだったら1,000円超えなかったよなあくらいの感覚ですけれど。
手元に古い版の宮部作品があるので、ちょっと比べてみました。
魔術はささやく
平成7年2月10日 19刷
544(560)円 ※消費税率3% 406ページ
ISBN4-10-136911-9
令和4年2月 ?刷 ※amazonのデータ
750(825)円 ※消費税率10% 406ページ
ISBN4-10-136911-9
レベル7
平成7年1月20日 10刷
738(760)円 ※消費税率3% 665ページ
ISBN4-10-136912-7
令和4年2月 ?刷 ※amazonのデータ
1,050(1,155)円 ※消費税率10% 665ページ
ISBN4-10-136912-7
返事はいらない
平成6年12月1日 初版
427(440)円 ※消費税率3% 284ページ
ISBN4-10-136913-5
令和4年2月 【改版】?刷 ※amazonのデータ
590(641)円 ※消費税率10% 311ページ
ISBN4-10-136913-5
模倣犯(一)
平成17年12月15日 2刷
781(820)円 ※消費税率5% 584ページ
ISBN4-10-136924-0
令和4年2月 ?刷 ※amazonのデータ
850(935)円 ※消費税率10% 584ページ
ISBN4-10-136924-0
わかったこと
・ 平成5年~の初期作品は本体価格で40%弱、消費税込みで50%弱ほど値上げされている。
・ 平成15年~の中期の作品は本体価格で10%弱、消費税込みで15%弱ほど値上げされている。
・ 「改版」されるとページ数が10%弱ほど増える(字が大きくなっているのだと思われる)。
・ 改版された初期作品の値上げ幅は改版されていないものとほとんど変わらない。
・ amazonの検索は余分な本がヒットしすぎてとても使いにくい。
・ ヨドバシ.comがおすすめ。必要十分な本がヒットし、「販売終了商品を表示しない」のチェックを外すとamazonでヒットしないアンソロジーでもちゃんとヒットする。「改版」した本は「改版」がタイトルについている。
ということで、古いものだと50%近い値上げになっていることが分かりました。好きなものには適正な対価を支払うべきだと考えていますので、値上げされること自体は(嬉しくはないけれど)受け入れますが、上げ幅が思っていたより大きいですね。
そう言えば昔は500円でお釣りが来る文庫本が結構あったもんなあ…。
乗り掛かった舟で、消費者物価指数の統計を見てみました。
書籍は、2020年を100とすると、
書籍 教養娯楽サービス
1990年 56.9 84.1
1995年 75.9 93.7
2000年 83.5 95.4
2010年 88.6 93.7
2020年 100 100
1995→2020年で指数は133%になっていて、上の本体価格40%弱の値上げとだいたい一致しているようです。
1990年から2000年にかけて顕著に上がっているのはなぜでしょう…。消費税の関係で税込み価格に1円の端数が出ないように価格を改定して、ついでに値上げしたんでしょうかね。
ちなみに「教養娯楽サービス」と比べるとずいぶん上昇率が大きく、本は例え文庫本であっても身近なものからだんだん手が届きにくい贅沢品になりつつあるような気がします。
そう言えば「図書館に新刊書を置くな」という議論を見かけるようになりました。また、先日、普段からよく利用している大きな書店で文庫本(ラノベではない)がシュリンク包装されて棚に並んでいるのを見かけて、個人的に大きなショックを受けました。
確かに本が売れなくて困っているのかもしれませんが、価格が高騰し、図書館に新刊書が入らず、書店で立ち読みすることもできなくなると、本を手に取ろうと思う人は減る一方なのではないか、と思います。
ついでに言うと立ち読みできないんだったらわざわざ書店に行かずともamazonで本を買うことが増えそうです。
あと、「同じ本を2冊買うことは無い」からいわゆるステルス値上げのようなことをする必要はないのか、改版をしても通常の上げ幅の値上げが行われているだけで、ページ数の増分は価格増には反映されていないように見えます。まあ、サンプルが1冊だけなので確たることは言えませんけれど。まあ、堂々と値上げしてくれればいいんじゃないかな。
長々と書きましたけれど、言いたいのは「値上げしてもいいから変に分冊数を増やすとか、書店店頭で文庫本にシュリンクかけるとか、図書館と出版社が喧嘩するとかみたいなことはやめてくれ」ってことです。
閑話休題。
宮部みゆきの作品って、とっても豊富な引き出しから引っ張り出された数多くのパーツを精緻に組み合わせて作られた華やかな製品であるように思えます。
登場人物が一番わかりやすくて、「勝気な美人」「武士なのに文弱なうらなり、でも有能」「不幸な過去を引きずる少年少女」「身分が高いはずなのに驕らず、親しみやすい老人」「サイコパス」「劇場型犯罪者」…。そんなキャラクターが、映画だったり、「ハヤカワのポケミス」だったり、「マイクル・リューイン」だったり、捕物帳のフォーマットだったりといった設計図に従って組み合わされ、いじめであったり、バブルであったり、不全家族であったりするバックボーンがあって、超能力だったり、催眠術だったり、恋愛だったりといった味付けをされて作品が仕上がる…。
作品を書くのに綿密にプロットを組みあがるようなことはしないとインタビューで読んだ覚えがありますが、「キャラクターが勝手に動き出す」タイプの作者って、キャラクターとその言動とその結果紡ぎだされるプロットのパターンを無数に持っていて、それを瞬時に、無意識に組み合わせられるんだろうなあなんて想像しています。
「作家生活30周年記念」のこの作品は、敢えてそこから踏み出してみた形跡が感じられて、押しも押されもせぬ圧倒的な実績を積み重ねてきた作者の30年目の挑戦に瞠目しました。
上巻・中巻まででは大名家のお家騒動というバックボーン、(元)藩主という主要キャラクター、多重人格や異能バトルと言った要素が目立ち、そしてこの下巻まで読み進んで、ときどき挟まれる倒置法、バトルシーンでの絵面が目に浮かぶ劇画的な描写など、文体にまで新しさを感じるようになりました。
繰り返しになりますが、事前情報なしで読み始められたことのありがたさを痛感します。
だけど、新しい試みには、まだ馴染まなさが残っているようです。
中巻ラストで大立ち回りの末、下男になりきって苑に紛れ込んでいた妖しげな術使いが討たれました。
宮部作品の通例であれば、ラスト近くに大立ち回りがあって、その後サラッと謎を解き明かして大団円、というパターンを踏襲していることがほとんどなので、本作も下巻でもう一度急展開、ひょっとするとどんでん返しがあるに違いないと思いながら読み進めましたが、ちょっと肩透かしを食らった感じです。
3分冊の下巻だけが厚めになっているから余計です。
全体像が明かされる過程は時系列が行き来する中、18年かけて成就直前だったおぞましい復讐がていねいに解きほぐされていて胸に落ちやすかったと思います。
面を用いた「呪」も今風に言えば催眠術です。(そう言えば新潮文庫の1冊目「魔術はささやく」も催眠術モノでした。30周年目に同じネタを持ってきたのは敢えての原点回帰というところでしょうか)し、懸念していた「御魂繰り」もミステリとして矛盾が出ない範囲に上手に味付けされています。
だけど、です。
謎解きの過程が静的すぎてちょっと冗長な感があります。
探偵役が主体的に考え、推理して動き回り、真相に近づいていく(何ならその過程でピンチに陥ったり、恋が芽生えたりする)、読み慣れたミステリと違い、この探偵役は過去の話を知っていそうな人に話を聞くだけです。
作者はかつて「夢にも思わない」で中学生を探偵役に起用して大失敗しています。中学生1年生に刑事事件の捜査ができるわけもなく、担当の刑事から話を聞くだけの展開が延々と続くこの作品は、犬や財布を探偵役に起用してきた宮部みゆきでも扱いにくい主人公の属性があるんだなあなんて感心したりしました。
本作は謎の根源自体が藩主の閨で、それも過去に起きた出来事ですので、誰が探偵役でもそもそも捜査自体が難しいと思います。
侍医(の弟ですが)や引退した元家老はなるほどこの呪いの聞き込みができる稀有な存在でしょうが、もともと物証があるわけでもない昔の出来事ですから、できることはやっぱり話を聞くことだけ。
読者は伏線もなしに、都度都度証言のためだけに登場する人物の話を聞かされるだけ。真相がかなりショッキングな内容なので興を削がれることはありませんが、そうは言っても「置いてけぼり」感を覚えます。
加えて、もっと巨大な力が介在しているのでは(通常のミステリで言えば、一番怪しいのは主君押込で得をした新藩主尚正ですよね)と疑って読み進めたら動機は「狭間」(「御庭番」的な、「甲賀」的な感じの言葉として使われています)の親娘2人の私怨、実行犯も超人的な能力を持っているとは言えこの2人。そもそも、その私怨自体も、狭間と「陰廻」(これも「御庭番」的な、「伊賀」的な感じです)の統合がそこまで深く恨みに思うようなことなの?(しかも結局反対にあって流れています)と考え込んでしまいました。
何と言うか、これまでの作品では稀な、不慣れ、不手際でさえも、(すごく「上から」な言い方で本当に恐縮なんですが)ああ、不慣れなシチュエーションを頑張って書いてみたんだなあって思いながら読み進む原動力になりました。
「多重人格」の解消についてもそう。
下巻では18年前から続く一連の不幸な因果の全体が明るみに引きずり出されます。その過程で重興は隠しておきたかったことを赤裸々に語ることでゆっくりと自分の中の別人格と向かい合い、一松はもう琴音らに頼る必要がなくなるのです。
「24人のビリー・ミリガン」でも思いましたが、多重人格を回復過程まで描くのは、人格ごとにていねいな対話が必要でなかなか大変です。
そこを、先を急ぐことなく、一松から追い出すのではなく、琴音がもう自分が必要ないことを悟って出ていくところまで書き切ってみせてくれました。
自分の中の別人格との対話なので、やっぱりちょっと長いなあって思っちゃうところはありました。多重人格を扱う以上は避けられないとは思うのですけれど。
そして、30周年の作者の頑張りがもう一つあります。
恋愛要素。
「本作は宮部作品初の恋愛小説」なんて紹介をしているレビューもありますが、そんなことは無くて、淡いボーイミーツガールが出てくる作品は枚挙にいとまがありません。「小暮写眞館」では「通過するだけの恋愛」を書きたかったそうですし、何なら「ペテロの葬列」でNTRまで書いて見せています。
切り口を変えて「一人のヒロインを複数の男が取り合う」パターンであれば、確かに初めてかもしれません。
ただ、初めて書いてみた恋のさや当て、書きなれていなさ過ぎて、ちょっと安っぽくなっちゃってます。
3つ年下の従弟と、沈着冷静な医師を振って、超イケメンの藩主と結ばれる…。
初読の時の印象は「ハーレクインみたい…」でした。
(ハーレクイン好きな方、ごめんなさい…)
ということで、30周年にして初々しい宮部みゆきを読むことができましたが、それでも上中巻に比べ、不慣れさがマイナス方向に出て冗長に感じてしまった下巻でした。
でも、こなれてきたらすごい作品が読めそうですよね。
恋のさや当てが異能バトルで決着するとか。読みた過ぎますw。 -
上・中・下巻を通して
この時代背景にこの設定…。面白くてあっというまに読んでしまった。恥ずかしながらあまり読んでいない宮部みゆき作品、ほかも読みたい。
個人的には田島様がいい味だしていてよかったなあ。 -
しんしんと雪が降り続ける、どこまでも深く永い冬の夜。その夜が多紀をはじめとした登場人物たちの暖かさで少しずつ明け、そして春のあけぼのを白々と迎えるような。そんなイメージが読後に浮かんできました。
宮部さんの作品ではこれまでも度々、説明のつかない尋常ならざる人の悪意と、それに冒され消耗していく人々、というテーマが描かれてきたように思います。
今回の悪意も一応動機はあるのですが「それにしても、ここまでやるか……」と思ってしまうような説明しがたいものでした。そしてその悪意と、そこから生まれた闇は、一人の人間を完全に壊す手前まで追い詰めます。
そしてこの悪意や闇は、周りの人間にも影響を与えます。あのときああしていれば、という後悔。そんなことが起こるわけがない、という逃げ。信じてきたもの、尊敬していたものが突き崩される衝撃……。過去を知る人物たちの心は大いに揺れます。
闇を明かすためには、灯りを持って闇の中に飛び込み、そして灯をともしていかなければなりません。それは、自分が見ないふりをしてきた、あるいは見たくない闇すらも照らします。それは悪意を向けられた本人である重興も同じで、忌まわしい、恥ずべき過去の闇に自ら飛び込み、見たくないものを自ら照らしていく作業になるのです。
徐々に明かされていく闇は、底なしに深く感じられます。でもそれは、闇に立ち向かう人自身の勇気、その人を支える周囲の人間たちの勇気や優しさ、そして善意の証でもあるのです。結局のところ、人の悪意や闇に対抗できるのは、人が持つ明るい部分なのだということを、改めて強く感じました。
終盤の多紀と重興の会話の部分は、宮部さんの作品の中でも指折りに美しいのではないかなあ。このシーンを読んでいて、これまでの冷たい闇の部分が一息で吹き飛ばされるような感覚を覚えました。正直、ここまでの流れって少し冗長なところもあったかな、とも思うのですが、それも全てどうでもよくなるというか。終わりよければ全てよしというか。
あと、お鈴ちゃんも可愛かったなあ。自分がおじさん化してきたからか分からないけど、下巻のある一部分が、とにかく微笑ましくて「よかったねえ」と言いたくなりました(笑)
レビューを書いてるときに表紙を見ていて、ふと思ったのですが、下巻の表紙って初めは雪が舞っているように見えたのですが、これって桜の花びらも一部混じっているのかな? もしそうならカバーを描かれた藤田新策さんもニクいなあ。
底なしの闇と悪意に対し戦い続けた重興。そして多紀を始めとした周囲の人たち。彼らが灯してくれた、かすかな灯に導かれて、最後の光景にたどり着けたような気がします。自分を導いていくれた登場人物たちと、彼らを生み出してくれた宮部さんに、心から感謝です。 -
文庫本3巻1079頁の長編も、たちまちに読み終えた。
この小説を読み終え、著者の物語への構成力、想像力、さらにそれぞれの人物設定の巧さ確かさに、改めて畏敬の念を抱かずにはいられない。
重興と多紀も落ち着くところへ落ち着き、めでたしめでたし。 -
★4.8。
宮部みゆき新作長編江戸ミステリ。
素晴らしい。
最後までスピード落ちずに、あー読み終わっちゃうもったいない、という感じでした。
登場人物の魅力度。人情味と闇。謎の深まりと解明のテンポ。
御年60歳ですってよ。信じられます?
化け物のような信じられないくらいの人の悪意、みたいなものをこの人は毎回書くけど、それでも人間の善意や心根を、根底のところでは信じているようなので、読者も、ズシリと重く堪えるけど、最後には毎回救われます。
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明君
湖
呪
読後感良かった