子規の音 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (543ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101390246

作品紹介・あらすじ

三十五年という短い生涯ながら、明治期、俳句に短歌に果敢な革新運動をしたと評される正岡子規。彼が詠った詩句のなにげない情景は、いまなお読む者の五感を喚起する。松山から上京、神田、本郷、上野、根岸と東京を転々としたのち、東北旅行、日清戦争の取材を経て、晩年の十年を病に苦しみつつ「根アカ」に過ごした全生涯を、日常を描いた折々の句や歌とともにたどるユニークな正岡子規伝。

感想・レビュー・書評

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  • 谷根千、上野あたりにゆかりの文学者について書いてきた森まゆみ氏だが、最後に子規を書きたい、一番、親愛と共感が深いからとのこと。
    私事だが、夏井いつき著の「子規365日」を読んで、子規その人に興味を持ち、子規本人の「仰臥漫録」を通り、最後にこの本に辿り着いた。

    正岡子規は幕末に松山の貧乏士族の家に生まれ、大志を抱いて上京、最後に根岸に10年間住んでそこで死去した、その一生が書かれている。思い残すことはないというほどに。

    子規といえば「病気なのに大食漢」「病気なのにネアカ」
    生涯の親友、夏目漱石の「神経衰弱で胃弱」と、良く対比される。
    性格の違いだろう。
    生涯、バイタリティーにあふれ、何にでも興味を持ち、興味を持ったらやってみる人だったことが分かる。

    ・松山にて立身出世を望み、松山中学は自分のような大志を抱く者がいるところではないと罵倒して退学。
    母子家庭だったため叔父を頼って上京した。
    ・まだ、藩士の子弟を藩が面倒を見る時代だったため、育英制度を利用し、ついに帝国大学へ入学する。
    この頃俳句を始める。
    大学では生涯の友・夏目漱石とも出会う。
    真面目な漱石はきちんと卒業したが、自分のペースで興味のあることを極めたい子規に、ひとコマずつ教科が変わる学校という制度は合わなかったようだ。
    ・旅ばかりして、野球にも熱中。
    しかし、生涯の病を得て喀血。
    一生付き合うことになる病だが、創作の糧でもあった。
    ・子規の病をひどくした理由の一つは、病をおして従軍記者として大陸へ行ったことだろう。
    武士の血を引く人。戦後の私たちとは考えが異なる。
    新聞社の皆が戦地へ行くのに、自分だけ行けないのは男として情けない、と嘆かれ、誰にも止められなかったという。
    ・帰国して入院。ここで滋養のあるものを食べるよう言われ、家族や友人が食料を調達に走ったのが、後の子規の大食いのはじまりかもしれない。

    ・うつる病にもかかわらず、大勢の友人知人門人が子規の家を訪れた。
    子規自身、人が来ないと寂しがった。
    自分が遠からず死ぬことが分かっている。
    死者が一番恐れることは忘れられることだ。
    病気と果敢に戦い、何でも文章に記し、精力的であったが、自分の死後のことを考え、その後は力及ばないと焦ればこそ、妹にさんざん文句を言い、弟子たちに長々しい説教の手紙を書きもした。
    痛い、痛いと声をあげて泣いた。

    ・ひじょうに人間くさい。
    そんなところが愛されたのだろうか。
    もういけない、というほど病状が悪化すると、弟子は子規の看病のために家族で近くに引越し、友人知人たちも3日に一度のローテーションを組んで交代で子規の家族を助けて看病をした。
    何という人間関係だろう。

    「子規の音」とは、体の自由を奪われ、かわりに研ぎ澄まされた感覚の一つ、彼の耳が病床で聴いた、かの日の東京の音である。
    森さんも、子供の頃は聞いていた音。
    今は様々な近代的騒音にかき消され、遠くに押しやられてしまい、または廃れてしまった、懐かしいもののひとつである。

  • とても読みごたえがある一冊でした。
    作者が子規が辿った道を訪れていて私もやってみたいなと思いました。時代が流れ、まだその場所に残ってる店があるのはとてもありがたいですね。

    病床の子規のもとにいろんな人たちが訪れ、看病し、句会したりしてるのは当時の病気の観点から言えば近寄りたくないのでは?と思いましたが人柄なんでしょうか。色んな人に支えられ、また影響を与え、必死に生きた子規。子規の周りはとてもあたたかい。

  • 読み応えのある一冊だった。

    森さんの『鴎外の坂』が大好きだ。
    見ることのできない明治の街並みが浮かび上がるような文章に強く惹きつけられた。
    「逝きし世の面影」を見るというか、幻の明治の東京を幻視するかのような体験だった。
    その後、『千駄木の漱石』も読んだ。

    本作も、この人のそういう系統の仕事なのだろうと思った。
    ただ、『子規の音』というと――病床の子規が町の音、家の中の音に耳を立てていたことを句の中に見つけていくような内容か?と予想ができてしまう。
    明治期の東京のサウンドスケープを再現するということなら面白いだろうけれど…。

    予想がある程度当たったのは事実だ。
    が、この本は、子規の生涯を追う。
    若いころの句や作品も引用される。
    子規というと、野球、漱石、大食漢で脊椎カリエス。
    しかし本書は、それにとどまらない部分をたくさん見せてくれる。

    興味深かったのは、子規の人柄。
    家族に対するあの我儘放題。
    あれだけの仕事をしたとはいえ、攻撃的な文章も残っていることから、戦闘的なタイプかと思っていたが…。
    割と身勝手な人かと思っていたが、人を惹きつけるようなユーモアややさしさを持っていたことがわかった。
    虚子と碧梧桐という二人の弟子に、盛んに勉強を勧め、怠惰に流れがちな二人に苛立っているのは、まるで親のようだった。
    東北の大津波の報に示した痛切な哀悼の気持ち。
    隣家の陸羯南の娘たちを可愛がったことも、ここで初めて知った。
    漱石とは世間話もできない気がするけれど、子規ならできるかもしれない…という気になる。

  •  森まゆみという人は昔読んで感心したことがあった。たしか鴎外の話だった。その著者の手になる子規の評伝。いや評伝ではないなこれは。子規の生涯を上京してからを中心にその交友関係や根岸界隈の地誌を縦横に織り交ぜて綴った私的覚え書きか。私的なので著者の感懐や思い入れも存分に詰め込まれている。てっとり早く子規の生涯を追いたいのなら、「ノボさん」あたりの方がこなれていてずっと読みやすい。あちらは小説仕立てだから。こちらは重厚で枝葉末節が事細かに書き込まれていて、文壇史というか時代史じみたものになり、繁雑で見通しが効かない。そのうえ著者の私情が随所にはさまれるので、時折り辟易させられもする。畢生の史伝なのかもしれないが、読み手にはちと荷が重い。

  • 季刊の地域誌「谷中・根津・千駄木」を創刊した森まゆみ氏の正岡子規伝。35年という短い生涯の中で俳句や短歌に革新運動をしたと評される正岡子規、彼の作品を数多く紹介しながら、辿る子規の世界。

  • 子規の息遣いが聞こえる
    一緒に 年を重ねる 素敵な正岡子規伝
    筆者の土地に対する想いは 余分 伝記を妨げる

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著者プロフィール

1954年生まれ。中学生の時に大杉栄や伊藤野枝、林芙美子を知り、アナキズムに関心を持つ。大学卒業後、PR会社、出版社を経て、84年、地域雑誌『谷中・根津・千駄木』を創刊。聞き書きから、記憶を記録に替えてきた。
その中から『谷中スケッチブック』『不思議の町 根津』(ちくま文庫)が生まれ、その後『鷗外の坂』(芸術選奨文部大臣新人賞)、『彰義隊遺聞』(集英社文庫)、『「青鞜」の冒険』(集英社文庫、紫式部文学賞受賞)、『暗い時代の人々』『谷根千のイロハ』『聖子』(亜紀書房)、『子規の音』(新潮文庫)などを送り出している。
近著に『路上のポルトレ』(羽鳥書店)、『しごと放浪記』(集英社インターナショナル)、『京都府案内』(世界思想社)がある。数々の震災復興建築の保存にもかかわってきた。

「2023年 『聞き書き・関東大震災』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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