朔太郎とおだまきの花

著者 :
  • 新潮社
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感想 : 6
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  • Amazon.co.jp ・本 (157ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103168072

感想・レビュー・書評

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  • なんて残酷な生い立ちなのか‥

    梯久美子『この父ありて』を読み
    萩原朔太郎の子
    萩原葉子のことを知った
    図書館で本を探して
    まずこの本を借りて読んでみた


    前橋文学館も朔太郎記念館も
    行ってみたいと思いました





  • 自らのための備忘録

     萩原葉子が『蕁麻の花 三部作』を上梓した頃に構想され、亡くなる年に書き上げゲラ確認中に著者急逝により遺稿となった作品です。
     本書の書き出しは、次のようなものでした。

    《朔太郎は名医と言われた医者の長男として明治十九年十一月一日に生れた。一日(朔日)の男だから、朔太郎と名付けられた。群馬県前橋北曲輪町六十九番地である。/朔太郎の父親は密蔵と言い、大阪府八尾の代々続く開業医家十代目玄隆の二男で、長男ならば家業の医家を継がなくてはならないが、次男なので、十一代は兄にまかせ、十二代の医家を自力で築いた努力の人物だった。新しい地で第一代目を起すために、捨て身の勉強をし、東大の医学部を卒業、群馬県立病院で修業。その地で働き、地位を築いていった》

     萩原葉子が、父・萩原朔太郎と正面から向かい合おうとしたのがひしひしと伝わってくる書き出しです。
     『蕁麻の家 三部作』のうちの「閉ざされた庭」で、主人公の夫が主人公の父親(もちろんモデルは朔太郎)に嫉妬する様子が描かれていましたが、主人公の夫ならずも、萩原葉子の父親への憧憬、尊敬が伝わってきて、圧倒されました。
     改めて長女の目を通して見た萩原朔太郎の生涯を読んでみると、医者の息子としてこの世に生を受けてしまった者のつらさ、苦しさが伝わってきます。
     医者という「職業」は、不思議なことに絶対的に世襲が求められており、令和の今日でも、医者と結婚すること=すなわち男子を産んで医者にさせる使命とされていて、私の身の周りにも、この絶対的掟を守り通すことができずに苦しんでいる人が少なからずいますが、令和どころか明治時代に、医者になる素質がまったくないどころか「詩人」としてしか生きていけない長男と、立身出世を是とする開業医との確執は如何ばかりだったかと思いました。

     これ以降は、ネタバレどころか引用そのもので、長女葉子の目を通して見た詩人・萩原朔太郎です。

    《父は、神様がこの世に「詩人」として母親のお腹に宿されたのです。運が悪かったのは開業医の長男という重い壁を背後に背負わされていたからです。それに身体がひ弱く、特別の神経質で、感受性が強く、裸電線を抱えているような性格でした。/父親も母親も揃って現実に強い人でした。それに先祖にも父のような特別デリカシーの強いアーティストはいないのです。/幼い時から、医務室の世にも恐ろしい屍体の解剖というこの世の地獄を見せられ、名医といわれる医者になり、病気の患者を救うために通らなくてはならない、関所を見せられました。祖父は勤勉努力の人だったからです。/神様が、父上に試練を与えたのは、それなりの理由があったのでしょうね。/医者にはならないと、子供心にも決め、苦悶を抱えて、さ迷いながら『月に吠える』という詩集で、吐き出すことが出来たのですね。/苦悶が大きかっただけに、詩の内容も濃く、それ迄になかった新しい自由口語詩を確立させた新人と大きな反響があったのです。(中略)/満年齢で三十歳、母親に三百円借りて詩集が出たのですが、むろん返せる筈もなく、父親に八ツ裂きにされ、燃やされ、灰にされてしまった(今や古書店で三百万くらいでも無い、貴重な詩集となった)が、白痴の子供が書いたものにしか見えませんでした。でも父にとって、切開手術で、母子共に生命がけで産み出した赤ん坊でした。それが、父上の宿命だったのですね。神様からもらった宿題を果たしたのでした》(p.141-2)

     ところで、萩原朔太郎にとって、恋愛とはなんだったのでしょうか。他の書物もあたってみたいとは思いますが、妹との関係は一種の恋愛だったのでしょうか。本書の中に《情けない自分にあいそがつき、やけっぱちで無責任な、プライドも外聞も一切捨てた「結婚は性欲のためにする。性のドレイになってくれる女ならば、誰でも良い」という意味の文章を長々と書いたのです。力強くリアリティに満ち、堂々とした文章の迫力がありますね》(p.143)との葉子の引用がありますが、《初夜から父は姿をくらまし》(p.144)、《夫となる人は待てど暮せど、姿も見せない日が続いた》(p.46)とあるくらいですから、「性欲」が特別強かったとも考え難いし、経歴をみてもこれと言った恋愛の形跡も(籍を入れなかった再婚相手・大谷美津子を除けば)ないのです。妹ユキとの近親相姦的な関係に触れたやり取りも公表されていますが、真相はよくわかりません。あるいは恋愛などしている場合でないほど、生きること、詩を書くことにすべてを注いでいたのでしょうか。
     若き日の萩原朔太郎の姿を描き出した萩原葉子の絶筆を読み終え、萩原葉子を堪能したと思いました。萩原朔美の『死んだら何を書いてもいいわ』のあとがきで、本書を紹介してくださって、本当に有り難いと思いました。
     尚、たまたま世田谷文学館で「月に吠えよ、萩原朔太郎展」が開催中であることを知り(2022年10月1日〜2023年2月5日)、本日行ってきました。朔太郎を読み直し、機会を見つけ萩原葉子も再読してみたいと思いました。

  • やっぱりどうしようもない人だったんだな…朔太郎…
    いや、なんていうか…もうしょうがない人だったんだなって…

  • 朔太郎の幼少期、月に吠えるを出版するまでの過程、結婚生活、
    死の瞬間が、彼の娘である葉子さんによって綴られています。
    この1冊で朔太郎の人物像や人生を把握できます。

  •  萩原朔太郎の家族的プライヴェート。

     大変な、腹立たしく苦しい環境で育ちながら、葉子はそれを淡々と書いてらっしゃいます。

     身勝手自分勝手な彼女の身内を読み、大人たるもの、我を通さず私利私欲に走らず分を弁えるべきである と感じました。

  • 朔太郎は詩人としては先進的で凄い人なんだろうけど どこかが壊れていた気がしました。

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萩原葉子の作品

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