- Amazon.co.jp ・本 (268ページ)
- / ISBN・EAN: 9784103197218
作品紹介・あらすじ
誇大妄想にとりつかれたホームレス、どうしようもなく狂気に惹かれる14歳。さびれた巨大団地の隙間で、二つの孤独な魂が暗い光を放つ。第21回日本ファンタジーノベル大賞大賞受賞作。
感想・レビュー・書評
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すごい作品だと思った。感動。面白い。
過去と妄想に取りつかれている浮浪者と、父親の暴力という逃げ場のない苦しみの中にいる少年が出会う話。
実際あったのではと思えるほど生々しく感覚に訴えてくるような描写。うねる物語。それでいて丁寧に伏線は回収される。
『本にだって雄と雌があります』が素晴らしく面白かったからこの作品も読んだけど、『本に~』の読後感が陽性だったに対し、これはめちゃめちゃ暗い。
教室や公園の隅っこに居るアウトサイダー達の話。
それでいて「孤独なアウトサイダーのための小説だ!」と共感しようとすると突き放される構成になっている。そう言う自分の弱さ、すけべ根性、ナルシズムを突かれる。
誰得?と思ってしまうw人生を謳歌してる人はそもそも暗い小説なんて読まないだろう。で、謳歌してない人が読んでも共感を拒まれる。
でもそれが作者の表現に対する誠実さなのだと思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
昨年度の「日本ファンタジーノベル大賞」受賞作だ。
これがデビュー作とはとても思えないほど、じつに素晴らしい文章を書く作家である。魅力的な比喩の連打で彩られた、鮮やかなイメージの奔流。文章が濃密なので速読は不可能で、ゆっくりと味わいながら読み終えた。
古びたマンモス団地を舞台に、妄想に取り憑かれたホームレスの中年男と、酒乱の父親から虐待を受けている男子中学生の物語が並行して進行する。やがて、孤独な魂が共鳴するように2人は出会い、ささやかなカタストロフィに向かって歩を進めていく。
「増大派」とは、中年男が抱きつづける妄想のキーワード。男の心には、この世界が「人間の精神を戦場として、エントロピーの増大的な要素と減少的な要素が二大勢力に分かれてせめぎ合っている」場として映っている。
エントロピーが増大していくように、「増大派」はつねに多数派で、「減少派」は滅びゆく少数派だ。自身が「減少派」だと確信している男にとって、日々の暮らしは「増大派」との絶えざる闘争なのである。
……とまあ、そのような妄想を抱いている人は世にたくさんいるわけだが(ネットの世界にも、その手の人たちが妄想をくり広げる痛々しいサイトがよくある)、ありふれた妄想が、才能ある作家の手にかかるとこんなにも残酷で美しい物語に昇華されるのだ。後味のよくない、極彩色の悪夢のような陰鬱な作品だが、まぎれもない傑作。
これぞ小説だ、と思う。映画化もテレビドラマ化も不可能な、小説でしか描けない世界が展開されているから。
私が付箋をつけた箇所をいくつか引用する。読者を選ぶ作品だが、この引用を読んで「お、よさそうだな」と思えた人にはオススメ。
《男が言うには、戦争に行って生きて帰った人間の魂は皆死んでしまっており、その魂の死を断固として拒んだ勇敢な人間たちは皆肉体が死んでしまったのだそうだ。つまり戦争というものは行けば誰一人として生きて帰らないのであり、男もまたフィリッピンの密林の中で魂を失った、人間の抜け殻なのだと言う。
男はフィリッピンで迫撃砲の弾の破片がまっすぐ眼に飛びこんでくるのをはっきり見たそうだ。あんまり速う飛んでくると瞼も間に合わん、と男は幾度も練習を重ねたとっておきの台詞のように言った。そして、頼みもしないのに義眼を出し入れするところを彼に見せてくれた。それは目玉というよりも、目玉のふりをして天敵を脅かす南洋の宝貝のようだった。それをぺろりと飴玉のようにねぶってから、小さな口のような眼窩にぐにゃりと押し戻すのだ》
《もし神が人間から嘘をつく能力を奪ったとしたら、人類は一年ともたずに滅亡するだろう。薄い皮膚の下に辛うじて閉じこめられていた全人類の諸々の悪感情が溢れ出し、濁流となって世界を駆け巡るだろう。どんな慈愛に満ちた方舟もけっして浮かび続けられないような濁流だ。が、もしかしたらほんのひと握りの人間だけは生き残るかもしれない。神にすら嘘を奪えなかった天性の嘘つき。悪の泉から直接その能力をすくいとった真の嘘つき》
《クスノキにはショウノウという成分が含まれていて、タンスの虫除けにも使われており、虫を寄せつけない。だから、その根元に埋められた死体はけっして腐ることがなく、死んだばかりのようにいつまでも綺麗なままなのだ。そこに眼をつけた未練がましい人間たちが、夜陰に乗じて愛する者たちの死体をこっそりと埋めた。ときおり掘り返しては、土まみれになった白々と冷たい死体と愛を交わすためだ。クスノキはそんなふうに深く愛されすぎた死体の魂をいくつもいくつも吸い上げて巨大になるのだという》
メモしておきたいような比喩表現も多い。
「死んだことにまだ慣れていない死体のような足どりでぐらりぐらりと歩いている」とか、「地球の裏側に広がっているはずの夜が透けて見え始めたかのように地面はどんどん黒くなっていく」とか……。
引用した箇所はいかにもダーク・ファンタジー調だが、全体を読むとファンタジー色はわりと薄い。もう少し書き方を調整すれば、このまま純文学として出せるくらい。
著者略歴に「好きな作家」として挙げられているのは、『すべての美しい馬』のコーマック・マッカーシーと、『悪童日記』のアゴタ・クリストフ。このへん、いかにもという感じだ。
著者の資質は、ファンタジーよりもむしろ純文学に向いていると見た。これほどのスキルがあればどんなジャンルの小説もそつなくこなすだろうが、次はゴリゴリの純文学でブレイクを狙ってほしい。すごい新人だと思う。 -
ファンタジーノベル大賞とのことですが、どこまでも現実的な話です。
面白いし、読みやすい。けど、ラストがなぁ…。
救いようがなさ過ぎて、読み終わって呆然としました。
最後のページまで、それが例え欺瞞でも、希望のある終わり方をすると思っていたのに。
14歳は、脆く、残酷ですね。
ラストシーンから後の、果てしない絶望感。少年の今後を思うと胸が痛いです。 -
両目を閉じた後片目を開けると、一瞬闇は完全に消え去ったように見えるが、閉じた眼に意識を集中すると暗闇が見えてくる、というはじまりの文章が面白い。
簡単に言えばイカレたホームレスと家庭環境に問題のある少年との交流なんだけど、そういう書き方をしていないところが新鮮。
客観的に見れば、汚らしい犬を連れ、周波数の合わないラジオを持ち歩き、いつもぶつぶつ言っている、広島カープ野球帽を被った眼つきのあやしいホームレス。でもホームレスの一人称の語りを読むうちに、この男の心情がわかる気がしてくる。父親に虐待されている少年との間に友情に近いものが生まれるかと思わせるが、最後に残酷な結末を迎える。
「日本ファンタジーノベル大賞」を受賞した作品というから、ファンタジーっぽい展開があるかと思って読んでしまい、そういう意味では大いに裏切られたが、純文学として、価値ある作品だと思う。
ホームレス一人ひとりにも当然人生があり、外見だけで敬遠するのは良くないと改めて思ったし、家庭にも学校にも居場所のない少年の心の荒み具合はリアルで、胸が痛んだ。 -
残月記と禍を読んだ後で読みました。序盤はなかなか難解やったけど中盤から分かってきて、おもしろくなっていきました。やはり独特の世界観、不思議な感覚があります。
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ろくでもない親を持ち、逆に不良にもならずにマジメ君を目指すもやはり血は争えず、というか周りの環境もあって朱に交われば赤くなり、、という、ありがちといえばありがちな、世の中でも普通にありそうな、小説でもよくありそうな。
言ってしまえばそうだけど、後はどういう風に面白いかですわな、小説なんだし。
というわけで、わしゃ結構好きでしたわ、こういうなんかうまく行かねーな的な展開に、やっぱ現実はこうだよな、という安心感を持てるのか、それとも舜くんの父親が言うように、下には下がいるわという意味で安心するのかもしれんけど。
なにしろどうにも中二病としか言いようのない舜くんだけど、しかし男子たるものここを乗り越えねばならぬのだ、他人事ながら頑張って欲しい。 -
42頁で挫折。図書館で借りた。もうちょっと読み進めればおもしろくなるのかもしれないが、返却期限が来たのでここで終了。
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ファンタジー大賞受賞作ってことで。あまりファンタジーっぽくはないけど、妄想世界を見事に描き上げた、ってところが評価されたのかな。現実とのつなげ方も秀逸で、確かな文章力のおかげもあって、読み心地は良かった。最後のやるせなさも、アリかな、と。
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く、くるしい……
ファンタジーノベル大賞だからと、ついその目線で読んだだけに、攻撃された気持ち……