木挽町のあだ討ち

  • 新潮社 (2023年1月18日発売)
4.25
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本棚登録 : 5012
感想 : 715
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  • 本 ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103520238

作品紹介・あらすじ

疑う隙なんぞありはしない、あれは立派な仇討ちでしたよ。芝居町の語り草となった大事件、その真相は――。ある雪の降る夜に芝居小屋のすぐそばで、美しい若衆・菊之助による仇討ちがみごとに成し遂げられた。父親を殺めた下男を斬り、その血まみれの首を高くかかげた快挙は多くの人々から賞賛された。二年の後、菊之助の縁者という侍が仇討ちの顚末を知りたいと、芝居小屋を訪れるが――。現代人の心を揺さぶり勇気づける令和の革命的傑作誕生!

感想・レビュー・書評

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  • 永井さんの作品を手にするのは「女人入眼」に続き、2作目。章ごとにあだ討ちの真実に迫る引き込み方もうまく、また各話自体もどれも心に響くものになっており、最終章で明かされる秘密も、それなりに予測できるものではあったが、ここまで多くの読者に評価されるのは、オチだけではなく、そこにつなげるまでの生き生きとした魅力的な登場人物によるものだと思う。生き方と男女の駆け引きを描く「第五幕 枡席の場」が特に良かった。
    時代ものの割にはだいぶ読みやすいため、普段あまり読んでいない方にもお勧めしやすい作品。 ★4.0

  • 壮大な歴史映画を見終わったような感覚を持った。そして、読了した際には良かったなと呟いていた。私にとって久しぶりの歴史小説を読了した。最後の章で明らかになっていく構成を心地よく感じた。初めての永井紗耶子さんの作品であり、直木賞受賞作ということで、期待を持ってワクワクしながら読み進めることができた。時代小説なのに、その世界が想像しやすく感じた、魅力的な登場人物と状況描写が、想像世界を広げることができた。6章の構成になっている。5幕と終幕という構成である。仇討の背景を探りにインタビュー形式で話が進んでいく。この構成も新鮮で語り口調で楽しくわかりやすく進んでいった。それぞれの幕の人物が繋がっているのも最後の幕で明らかになっていく。その理由がわかると思わず唸ってしまうほどだった。見事だな。ずっと疑いもせずに読んでいたなと感嘆した。

    冒頭に「木挽町の仇討」の概要が記された鬼笑巷談帖が掲載されている。これで、この仇討は、菊之助が父の仇、博徒である作兵衛を討ったという話だと大筋を掴んで読み始める。

    第一幕『芝居茶屋の場』でのインタビュー相手は一八、木戸芸者。インタビューする側は、18歳の武士。訊きたい内容は、木挽町の仇討の件。一八は、作兵衛が身の丈6尺の大男で、悪い噂の絶えない三十路の強面だと語る。一八によると、睦月の晦日に、作兵衛が一人で佇む娘に近づき腕を引き寄せると、振袖を脱ぎ捨てて現れたのは白装束を纏った15、6歳の美少年、菊之助だったという。刀を合わせる音が鳴り響き、次第に作兵衛の息が上がる。すると、菊之助が揮った刀が作兵衛を斬り、血飛沫が飛び散った。そして、菊之助は止めを刺し、首級を掲げたという。残虐なシーンに恐ろしさと仇討の刹那を感じた。親の仇とは言え、この時代の凄まじさを想像する。少年が親の仇を討つ、それが日常だったということなのだろうか。そこから、その若い武士が、一八の人生について尋ねる。そして、この幕の最後まで、一八が若い武士に語る体裁で物語が展開していく。

    一八の母は、当時の遊郭である吉原の女郎だったので、一八もそこでできることをしながら暮らしていたが、なかなか仕事となるような何かをするというものは見つからなかった。どこに生まれたかよって生き方が決められていた時代。何か息苦しく感じるな。そういう時代だったのだろうけれど。

    十二になった時、置屋の女将さんに、50歳ほどになる幇間の左之助に引き合わされる。そこで、左之助は一八の面倒をみると言葉にする。幇間とは男芸者のことで、宴席を盛り上げる役目だった。それから5年が経過する。なかなか贔屓の旦那がつかない一八に、左之助はその心構えを説く。師匠と弟子という関係では、師匠の振る舞いと言葉によって伝わっていくのだろうな。一八にとっては、モデルとなるような人と出会えたといことだろう。幇間になりたかったわけではなかった一八が、出会った人の魅力に触れ、その人の姿から学び成長していく。それは、どの時代でも同じなのかもしれないな。一八にとっては運命の人とも言えるだろうな。

    そのような中、一八は代々続く味噌屋の二十代の若旦那に茶屋に呼ばれ、花魁の朝霧を呼ぶように告げられる。そこで、若旦那の朝霧と自分への暴力や横柄な態度に、一八は我慢できずに、若旦那に暴力で抵抗する。このことをきっかけに、左之助は一八に吉原を離れることや幇間をやめるように話す。そこには、一八の生い立ちや母との関係から想像する心根について想像した佐之助の優しさが溢れていて、胸にグッときた。

    そこから、一八は吉原を出て、人の縁で木挽町の芝居小屋、森田座に紹介される。話は進み、一八は木戸芸者の道に進む。これが一八の生業となる。数奇な運命を辿りながらも、人の縁で自分に合った道を歩めた感じがする。自分を偽らずに、そのまま人と接していくことで、人と繋がり自分のやりがいと結びつくものと出会えた。良かったなと思いながら、心地よく読み進めた。

    そして、木戸芸者として過ごす中で、芝居小屋で仕事がしたいと申し出る武士の菊之助に出会う。しかし、菊之助の目的は父親の仇を討つ、仇討だと知る。そして、時は流れ、仇討の場面を一八は見たという。しかも、その仇討の場面は、大勢の人たちの前で起こった出来事だという。そして、インタビューの最後に一八が仇討ちについて話せる人として紹介するのは与三郎。聞けば、芝居小屋での菊之助の殺陣の指南役だったという。物語が繋がることを予感しながら、一幕を読了した。

    第2幕『稽古場の場』でのインタビュー相手は与三郎、芝居小屋の立師、30歳。立師とは、芝居の中での戦いの場を演じるにあたり、役者たちに振りをつける役目。この話の中で、インタビューする側は、菊之助の縁者であり、菊之助から包み隠さず話すようにと書かれた文を持っていることが明らかになる。菊之助は稽古場に遊びにきていたところ、その状況を見て、与三郎に剣の指南を願い出たということだった。仇討ちを成し遂げようとしていた若き武士、菊之助からしてみれば、剣術を磨きたいという思いは強かっただろうな。それが、芝居小屋の立師にというところは面白いなと思うけれど。仇討ちのの状況を聞いた後に、またしても若い武士は、与三郎の人生について尋ねる。このような展開を繰り返すのだなと想像しながら、この物語全体にどう影響していくのだろうという思いも持った。面白い展開だなとも感じた。

    与三郎は、江戸住まいの御徒士の三男。御徒士はさほどの俸禄はなく、家を継ぐことができるのは長男のみだった。ゆえに、与三郎は自分で身を立てなければならなかった。今は、自分で身を立てることは、多くの人がそうであるので当たり前のように思うが、時代ゆえの生活を想像し、なかなか困難な状況だなとも思う。

    13歳の時に、剣の腕があった与三郎は道場に移る。そこで、同年代や年下の指南をすることになる。時代とはいえ、13歳で家を離れるとは、この時代において生きること、生活することの難しさを想像する。18歳の時に、御大家の指南番を求めているという話が舞い込む。身を立てる必要がある与三郎にとって、ぴったりの話である。良かったなと思ったのもわずか。暗雲が立ち込める。それは、同じ道場にいる2歳上の浩二郎の存在だった。浩二郎は、与三郎よりも剣の腕は低く、素行も悪かった。しかし、浩二郎も指南番に志願した。どちらが相応しいか、剣で決めることになる。だからこそ、与三郎は自分がならなければならないという思いを強くしていた。相手のことを気にしすぎると本当にしたいことがはっきりしなくなることもある。ここは、冷静に自分のなりたいものを目指して欲しいなと思いながら読み進めた。そこで、事態は思わぬ方向へと動いていく。決戦前に、与三郎の目の前で、浩二郎は何の罪もない老爺を斬る。ひどいことをするな。これが武士の時代なのかな。それにしても理不尽だなと率直に感じる。一方で、与三郎にとって運命の出会いが重なる。それは、老爺の知り合いだという三津が居合わせていたこと。三津の優しさ、純粋さ、強さが、浩二郎への叱責の言葉となって突き刺す。その言葉は、与三郎にも突き刺さる。何としても、浩二郎に勝たないといけないという意を強くする。与三郎の優しさ、純粋さ、強さも感じる。

    この後、予想外の展開の中で、与三郎は芝居の中で役者が立ち回る剣の指南をすることに意志が傾く。さらに、三津との関係も進展する。与三郎の人生についての話も興味深かった。それぞれの人生があり、それが出会いで変化していく。人との関係の運命を感じる。ラストは、次の登場人物の予感を持ちながら読了した。

    第3幕『衣装部屋の場』でのインタビュー相手は、二代目芳澤ほたる、四十路の女形。また別の顔として、端役の役者たちの衣装担当。まずは、仇討ちのシーンについて。ほたるは、菊之助に女形にならないかと薦めていた。菊之助の容姿や振る舞いへの想像が広がる。武士でありながらも、繊細さや美しさを兼ね備えているのかなと、人物像を想像することも楽しくなっていく。

    菊之助からほたるへの申し出もあった。それは、廃棄しようと思っている華やかな女物の衣装があれば欲しいとのこと。その赤い衣装も仇討ちの場面で重要な役割を持つ。そのことが繋がっていく展開に永井さんの構成の面白さと巧みさを感じる。

    そして、ほたるの人生についてのインタビューが始まる。ほたるは、信濃の小作人の家に生まれた。貧しさの極限を味わい、家族を失い、子供でありながら両親を失い、孤独になっていた。そこで、先代のほたるに出会う。先代ほたるは、2代目となる当時の飢餓状態のほたるに優しく接する。後に出会うことになる二人の運命を思う。そこから、2代目ほたるは、棺桶を焼く焼き場の火の番である隠亡のところへ。その後、隠亡の爺さんが亡くなって、そこでお経をあげたお坊さんのお寺へ。さらに、10歳になってお寺のお坊さんから薦められて仕立屋の職人に。転々と居場所や職を求めて移っていく。時代だからといえばそうなのだろうけれど、過酷で孤独だなと想像する。そして、その仕立て屋でもいざこざが起こり、自ら出ていくことにするほたる。そこから、運命は新たな方向へと動いていく。

    それは、木挽町の芝居小屋を通りかかったとこところから始まる。先代のほたるとの出会い。さらに運命は動いてく。ほたるの口利きで、芝居小屋で働くことになる。しかも、これまでの仕立屋の経験が生かされ、衣装部屋での繕いなどをすることになる。さらに舞台にも立つことに。自分の力だけではなく、周りの人の誘いや支えによって人生が動いていくことはあるだろうな。そこには、その人が積み上げてきた経験が繋がってはいるのだろうけれど。人と人との関係は、その時々によって、生活や仕事への影響において良くも悪くも進む。だからこそ、最後は、自分の意志による選択にはなるのだろうな。どんな結果になろうとも。2代目ほたるにとっては、先代ほたるとの出会いによる選択が、その後の人生の好転につながっていった。それは、読んでいて、心が温かくなったし、嬉しい気持ちにもなった。先代のほたるは、2代目のほたるに書付をし、自分の跡を託していた。そのシーンには、胸がぐっと熱くなった。

    ほたるが語る仇討ちまでの菊之助の話に戻る。2代目ほたるになって20年が経ち、菊之助が芝居小屋に現れたという。菊之助は、一八や与三郎といった芝居小屋の人たちから好かれて、そこでさまざまな仕事を手伝う黒子として働くことになったということ、仇討ちをしたいのに複雑な様子だったこと、亡き父への想いが整理できていないこと、様々なことをほたるに語っていた。

    そして、見事に仇討ちをした時の様子もほたるは語った。少しずつ明らかになる菊之助の姿と想い。菊之助のことを知れば知るほど、切なくやるせない気持ちは膨らんでいく。この話のラストは、次のインタビュー相手の紹介があり、読み進めたい気持ちを膨らませながら読了した。

    第4幕『長屋の場』でのインタビュー相手は、久蔵と妻の与根。久蔵は芝居小屋の小道具を作っていた。小道具とは、燭台、矢立、文、刀など。久蔵は無口で多くを語らないタイプであった。対して、妻はよく語り、積極的にインタビューに答えた。そして、菊之助が作兵衛を討つシーンを鮮明に語る。まるで芝居の1シーンのように感じた。首を掲げる残酷なシーンのはずなのに美しささえ感じていた。それは、永井さんの繊細な状況描写によるものなのだろう。

    そして、久蔵と与根、夫妻の人生についてのインタビューが始まる。久蔵と与根は、夫妻になって20年が経っていた。馴れ初めは、木彫り職人である与根の父に久蔵が弟子入りしたこと。久蔵は17歳、与根は10歳だった。与根は両親の勧めから久蔵と夫妻になることを決める。久蔵は24歳、与根は17歳になっていた。1年して子供を授かる。政吉と名付けた。そこから、久蔵の腕を買われて芝居小屋の小道具を作る仕事もしていった。3人で暮らすには十分な稼ぎがあった。幸せな家庭の様子が伝わってくる描写が続く。しかし、この後、状況は大きく変わっていく。久蔵にはさらに大きな仕事が舞い込む。それは、江戸市中の大藩の御屋敷の欄間を彫る仕事である。そのことにより、しばらく家を空けることになる。そのような中、5歳になっていた政吉の体調が悪くなる。そして高熱が続き、食事もとれなくなり、痩せていった。3月以上経って戻ってきた久蔵。そして、久蔵は政吉に声をかける。それが、政吉の最期になってしまった。久蔵と与根、それぞれの後悔の言葉が、胸にぐっとくる。久蔵は、政吉の死の責任を感じ自分を責める与根に温かく優しい声をかける。胸が熱くなる。

    悲しみに暮れる二人の生活が過ぎていく中、新たな仕事が舞い込む。芝居小屋の小道具であった。それが、何と芝居で使う切り首だった。しかも、子供の。何という展開なのだろう。芝居に必要かもしれない、久蔵は腕がいいのかもしれない、だとしてもこの状況の中で、あまりにも酷ではないだろうか。そんな思いを抱きながら読み進める。しかし、久蔵はその仕事を請け負う。そして一月かけて彫り上げる。その完成品を見た与根は、可愛く穏やかな表情の作品を抱えて、声を上げて泣く。与根の心中はいかほどだったろう。熱い想いが込み上げてくる。

    このことが縁となって小道具作りを生業とすることになる久蔵。久蔵と与根が穏やかな暮らしを過ごしている中で、突然現れた菊之助。そして、菊之助の状況を知った久蔵と与根は、菊之助を家に招き入れた。久蔵と与根にとっては、張りのある楽しい生活が始まった。そのような中で、菊之助は仇討ちに至る出来事を、久蔵と与根に話していた。そこには、菊之助と父と作兵衛の壮絶で刹那なやりとりがあった。菊之助は仇討ちをしてしまっていたが、やりきれない状況を想像し、どうすることが一番良いことだったのか分からなくなっていた。この話のラストは、またまた次のインタビュー相手の紹介があり、次の話も楽しみにしながら読了した。

    第5幕『枡席の場』でのインタビュー相手は、篠田金治、50歳の戯作者。仇討ちのシーンの説明は、今までの話と同様であった。そして、金治の人生についてのインタビューが始まる。金治は、旗本の生まれで、本名は野々山正二、野々山家の次男であった。17歳の頃、新橋、深川、吉原で芸者遊び、舟遊びなど様々な遊びを楽しんでいた。そんな道楽をして過ごし、正二は26歳になっていた。正二には、里田家の17歳になるお妙という許嫁がいた。しかし、正二が遊んでいる間に、お妙には多くの縁談の話が来ていた。ところが、当のお妙は、正二を婿にしたいという思いを譲らなかった。そのような中、お妙に大名家の若侍からの求婚があった。その若侍は正二に会い、お妙に対する思いを率直に告げる。清々しい純粋な思いだった。その若侍の颯爽とした姿と純粋な思いを聞いた正二は決断をする。許婚を解消しようと。その後、お妙はその若侍と結婚し、子供を授かったという話が、正二の耳にも伝わってきた。しかし、ここから新たな展開が待っていた。登場人物のつながりに驚きも感じながら、どうなっていくのだろうとこの先の展開に関心が高まっていく。

    お妙の子供が菊之助だったと明らかになる。しかも、菊之助の父であり、お妙の夫である清左衛門は、御前様の命令により、お上からの死者の饗応役になった。そのことで、帳簿を調べていると、過去の饗応のための支度金の一部が、消えていたことを突き止める。これは、着服ではないかと疑う。しかし、このことで逆に清左衛門が疑われることになる。読みながらも、どうしてこのようなことになるのか理解が追いつかない状態となった。そのような中、清左衛門は息子である菊之助を斬ろうとするが、逆に家臣の作兵衛に斬られる。さらりと描いているこのシーンには無情を感じる。そういう時代だったといえば、そうなのだろうけれども。

    時は流れ、清左衛門とお妙の息子である菊之助が、仇討ちを目的に作兵衛を探していたところ、木挽町の芝居小屋でお世話になることになる。これは、今までの話の中で描かれていた作品世界であった。そのような中で、篠田金治こと野々山正二とも関わっていたことが、この話の中で明らかになる。正二とお妙の関係もあり、話の展開にドキドキしながら、興味深く読み進めていく。菊之助は、金治こと正二のことを知っている様子であった。菊之助と話す中で、正二は菊之助に芝居小屋に残ることを提案する。しかし、菊之助は国に残している母、お妙のことを思い、その提案を断り、戻ることを告げる。そのためには仇討ちを成し遂げなければならない。15歳の菊之助の複雑な心境を想像すると、胸にグッとくるものを感じる。正二は菊之助に問う、武士とは何か。哲学的な問い。それに堂々と答える菊之助。その芯の強さと覚悟に胸を打たれた。そして、物語はいよいよ最後の話へ。

    終幕『国元屋敷の場』。冒頭にインタビューをしていた武士の名は、総一郎だと明らかになる。中心人物は菊之助。菊之助が総一郎に語る内容として、この話は展開していく。ここからの話こそが、この物語の真髄となる。読みながら胸がざわつき、ドキドキし続けていた。このようなラストが待っているとは想像していなかった。その分、登場人物たちの語りが見事だったと、それを描いた永井さんの描写と構成に心が動いた。最期にこのような清々しい気持ちで読了するとは、想像していなかった。久しぶりの歴史小説であったが、物語がスッと入り込んできて、想像世界が鮮明に広がっていく感じがした。永井紗耶子さんの作品を初めて読了した。読み応えがあり、爽快感を味わい、楽しく読めた。また、次の作品を読むことが楽しみとなった。

  • 2023年上期直木賞受賞作品
    2023年山本周五郎賞受賞作品

    極楽征夷大将軍に続いて本年上期の直木賞を読破しました。同じ時代小説ですが両作は好対照でした。今どきはジェンダーレスな社会ですから怒られるかもしれませんが、極楽は男性作家らしい骨太な作品ですが本作は女性作家らしい繊細な人情味溢れる作品に仕上がっています。
    ちなみに作者の永井さんは初読みで、私と同世代の方です。

    何と言っても冒頭から登場人物の語りで一気に引き込まれました。まるで舞台演劇を見ているかのようでした。語りかけられているので私は作中の一人になったかのような錯覚を覚えました。

    ではでは、ネタバレしない程度に本作の見どころ(読みどころ)を紹介しておきましょう。
     
    雪降る夜に江戸は木挽町の芝居小屋の裏道で、若侍菊之助が、父を殺した男に仇討ちした。数年後、菊之助の知人という調査員的な侍が「あだ討ちのことを詳しく知りたい」と複数の目撃者のもとを訪ね歩く。現場前の芝居小屋で働く人々の目撃談によって、少しづつ真実が明らかになります。

    本作は6編から成る連作小説で、芝居小屋に関係する人々が、調査員侍に語りかける形式で進みます。この語り口の軽妙さがなんとも言えないんです。一人称のしゃべり口調が斬新で素晴らしかった。

     作中に調査員侍に語る芝居者たちは癖ある人たちばかり。吉原で生まれ育った木戸芸者、故郷長野で親を亡くしみなし児となった女形、元旗本のストーリーテラーなどなど個性豊かな人ばかりです。いわゆるアウトサイダー的な人たちばかりですが皆が人生を豊かに楽しんでいる感じがしました。

    彼ら語り部を通して現代社会におけるLGBT、格差社会、職業差別、人権問題などに警鐘を゙鳴らしているのかなと感じました。 

    まとめですが、本作はミステリー、人情話、芝居話の三つを融合させて、それぞれの利点をうまくまとめた新しさを感じさせる傑作と言っておきましょう。







  • 永井紗耶子さん著「木挽町のあだ討ち」初読みの作家さん。主に時代小説を執筆されているとの事。
    2023年度の直木賞と山本周五郎賞のW受賞、とても楽しみにしていた。

    時代小説は米澤さんの「黒牢城」からはまり、今村翔吾さんの作品も数作品読んだが基本的に戦国時代の物が多かった。
    今回、戦いのない江戸時代の時代小説を読むのは初めて。そういう意味では凄く新鮮だった。

    物語は父親を殺された武家人の息子が江戸に仇討ちの為に上京し見事仇討ちを遂げたのだが、その2年後その真相がどういう物だったのかを当時江戸で縁のあった6人に聞いて回るという物語。
    その6人は仇討ちのあった現場の側の芝居小屋に携わる人々。各々の別のエピソード等も聞きながら、見た事、知ってる事等を各々順々に聞いていく。

    途中でおおよその見える結末があった。皆が芝居に携わっている為、仇討ち自体をフィクションにして演じているのでは?
    そういう思いで読み進めていたが、最後は完全に自分の想像の上をいく物語だった。
    各章で小話的に語られていた各々の素性みたいな物が完全に伏線になっており、一体どこまで繋がっていくのか?凄すぎると感じ、終盤は圧巻だった。
    なるほど「仇討ち」ではなく「あだ討ち」とはお見事。

    情緒風情溢れる人情物の作品なのだが凄くミステリー要素のつまった凄い作品だった。

    直木賞と山本周五郎賞のW受賞する訳だと納得。素晴らしかった。

  • 第36回山本周五郎賞受賞作。

    江戸の木挽町の芝居小屋、森田座のすぐそばで、二年前のある雪の降る夜、仇討ちがあり、作兵衛という下男を父を殺された仇だといって菊之助という少年が首をとったのです。仇討ちは人が大勢見ている前で行われました。

    菊之助の父、清左衛門は最初、菊之助に斬りかかったところ作兵衛が菊之助を庇って清左衛門ともみ合ううちに刺してしまい、その場から逃げ去ったので菊之助が仇討ちをしようと江戸へ。

    といういきさつで、菊之助は本心では作兵衛を慕っていたのに、なぜ仇討ちをするに至ったかが第一の読みどころです。

    その二年後、菊之助の縁者を名乗る侍が森田座を訪れ、そこで働く人々に仇討ちの詳細を尋ねにきます。

    六章に渡って、それぞれの登場人物が語ります。
    芝居小屋に倣って第一幕は木戸芸者の一八(いっぱち)。次に殺陣の指南をしている与三郎、衣装係のほたる、小道具の久蔵さん、そして筋書きの金治さん。
    江戸の芝居小屋の面々は皆、あたたかいこころの持ち主ばかりでした。そのひとつひとつの家族らとのエピソードがいいのです。



    苦手な時代小説でしたが、評判がよいので読みました。
    芝居小屋、他の人々のキャラクターが皆、素晴らしいと思いました。

    ラストシーンはそういうあだ討ちだったのかと納得しました。これ以上ない最高のあだ討ちでした。

    • みんみんさん
      これ読みたいんです〜‼︎
      なかなか予約が。゚(゚´Д`゚)゚。
      これ読みたいんです〜‼︎
      なかなか予約が。゚(゚´Д`゚)゚。
      2023/05/23
    • まことさん
      みんみんさん♪
      早く順番が回ってくるといいですね!
      最高でした!
      みんみんさん♪
      早く順番が回ってくるといいですね!
      最高でした!
      2023/05/23
  • これぞ、人情!
    ままならないこともあるけれど、芝居を観て浮世を忘れ、ご贔屓を追いかける(これって今でいう推し活ですよね(*≧∀≦*))
    これで明日からも頑張ろうって思える。
    色々あった末に辿り着いた芝居小屋。だからこそ、新たに流れ着いた人を拒むことなく受け入れる。
    武士から見たら悪所と言われる芝居小屋だけれど、頭も心も柔らかい小屋の人々が武士を助ける様がかっこいい。
    途中でほぼ謎は解けてくるのですが、逆にそこからが読ませるところですよね。時代劇ってだいたいラストは分かっているもの。分かっているからこそ安心してその世界に入り込んで温かい涙も流せるってもんです。
    粋な、あったかいお話でした。

    • こっとんさん
      一休さん、思い出して〜٩( ᐛ )و
      一休さん、思い出して〜٩( ᐛ )و
      2024/09/15
    • つくねさん
      こっとんさん、こんにちは!

      芝居小屋の面々、情に脆くって温かい人たちでしたね。
      仇討ちは、ギャラリーの多いところでするとか作法がある...
      こっとんさん、こんにちは!

      芝居小屋の面々、情に脆くって温かい人たちでしたね。
      仇討ちは、ギャラリーの多いところでするとか作法があること
      知りませんでしたww
      2024/09/19
    • こっとんさん
      つくねさん、こんにちは♪
      コメントありがとうございます╰(*´︶`*)╯♡
      仇討ちの作法‥‥ホントですよね。そういえば時代劇で、さっさと切れ...
      つくねさん、こんにちは♪
      コメントありがとうございます╰(*´︶`*)╯♡
      仇討ちの作法‥‥ホントですよね。そういえば時代劇で、さっさと切ればいいのに自己紹介してたような気がします(≧∀≦)
      それにしても令和の世で良かったーと思ってしまうわ。合法的に仕返しされちゃうなんて怖いわー(^^;)
      2024/09/19
  • 耳慣れなかった江戸の語り口調に馴染んできたころにはすっかり魅了されていました。みなさんが絶賛高評価なのも納得です。

    各パートで仇討ちを目撃した人に聞いて回るとゆうスタイルで個性あふれる各人の一人語りが江戸の世知辛さを映し出す。皆、芝居小屋の関係者なんですけど。
    「あんた、あの子のなんなのさ」って聞き返したくなるノリでしたw
    2年前の冬の夜、芝居小屋の前で起こった仇討ち事件だけあって役者がそろってたんだなあって、聞き込みの順番も、客引きの木戸芸者に始まり、殺陣師に、衣装係に小道具、そして筋書き師と小出しに見えてくるミステリーの真相と各人の生立ち、次男以降は家督を相続できず口減らしで流れ流れていく様に生きずらさを感じるし、底辺まで落ちた人たちの心根の暖かさは格別でした。
    ボトムにある江戸の風俗、習慣、人情の世界にドロップインできた心地がしました。

    • かなさん
      私、この作品も好です!!
      あだ討ち!!
      チームワークとか、連携プレイとか
      大事なこと、いっぱい詰め込んで…
      あと、情景がきれいに描か...
      私、この作品も好です!!
      あだ討ち!!
      チームワークとか、連携プレイとか
      大事なこと、いっぱい詰め込んで…
      あと、情景がきれいに描かれているのも
      いいな〜って感じましたよ(*´∀`*)
      2024/09/08
    • つくねさん
      かなさん、こんにちは♪
      予約して7ヶ月かかりましたけどようやく読めました。江戸の粋な庶民の暮らしぶりとか臨場感バリバリ感染しました。
      あだ討...
      かなさん、こんにちは♪
      予約して7ヶ月かかりましたけどようやく読めました。江戸の粋な庶民の暮らしぶりとか臨場感バリバリ感染しました。
      あだ討ちの作法とか詳細がわかったのもよかったです。
      2024/09/08
  • ★5 登場人物の生き様が魅力的すぎる!覚悟と決断が眩しい時代小説ミステリー #木挽町のあだ討ち

    ■あらすじ
    江戸の木挽町、芝居小屋の近くで、あだ討ちが発生した。
    その出来事を芝居小屋の面々に聞き取ることで、どんな背景であだ討ちが成されたのか語られる時代小説ミステリー。

    ■きっと読みたくなるレビュー
    面白い!★5
    人物、構成、謎解き、エンタメ性、バランスも抜群で小説としても高品質で文句なし。素晴らしい作品でした。

    大河ドラマのようなスケールの大きな時代小説もいいですが、庶民の暮らしや人情が分かる小説が大好きなんですよね。本作がまさにそんな作品。

    江戸の町で生きる彼らの顔や風貌が目に浮かんでくるようで、まるで芝居小屋に足を踏み入れてしまった感覚。全員が全員、熱い奴らで、みんな人としての魅力が満点なんですよね~、きっとあなたも胸キュンしちゃう奴らです。

    〇芝居小屋の集客、木戸芸者「一八」
    江戸の芝居小屋の活気がリアルに伝わってくる!いいキャラクターですね。仕事をしていて楽しくてしかたがないのでしょう。

    若かりし頃、訪問販売の仕事をしていたことがありました。給料は良かったのですが、人に「売りつける」ことへの疑問が大きくなり、辞めたことを思い出しましたね。

    〇殺陣師「与三郎」
    武士道と剣術の腕前で生きる男、カッコイイ!男が惚れる男ですね。人生の岐路に立ち、大きな選択を覚悟をもって決断していく。人の縁というのは何物にも代えがたいですね。

    〇衣装係で女形「ほたる」
    人の恩義、師弟愛が美しすぎて号泣… 貧富、階級、ジェンダーなど、どの時代にも差別はありますが、人が人に惚れる美しさと奥深さに痺れました。

    〇小道具作り「久蔵」と家族
    江戸の長屋で夫婦が手を取り合って生きている姿が目に浮かんでくる。なにも天下統一や大金を稼がなくとも、家族を守って全うすることこそ人生の目的ですよね。

    〇脚本家「金治」
    「私は何をやりたいんだろう?どんな職業につきたいんだろう?」誰でも一度は考える悩みです。楽しく人生を過ごしたいと思うなら、何が必要なのか… 私もここに書かれていることが正解だと思います。

    〇武士「菊之助」
    亡き父のあだ討ちを決めた、本作の主人公です。人生経験が少なく、世間知らずの若者が、多くの人たちに出会って成長していく。時代も身分も関係なく、覚悟をもって問題に立ち向かうことこそが、未来への扉を開ける鍵になるのでしょう。

    また本作は謎解き要素も、味わい深くて大好きです。
    なぜあだ討ちがされたのか? 人が本気になったときの眩しさが、あまりにも強烈でした。

    ■きっと共感できる書評
    生まれた家柄や経済状況、受験戦争、就職、結婚…人生には様々な選択する場面がある。すべてがうまくいくわけではなく、おそらく失敗することのほうが多い。頭では覚悟をもって再チャレンジすればよいと分かっているのですがが、なかなか難しいんですよね。

    覚悟を持たせてくれるのは、きっと隣にいる人間なんです。家族や友人や仕事仲間など、人との縁は宝物であることを思い出させてくれる作品でした。

  • 11人の読み友さんが既読。時代物はあまり読まないけど、この作品は直木賞受賞作、且つ復讐もので楽しみにしていた。読んだ方なら分かるのですが、小説の意外性、小説を読む楽しみを実感できる作品だった。討ち取る者と討たれる者の描写、あだ討ちに至る動機が復讐心を掻き立てるのだが、討ち取る者は皆に愛されており、はて?その動機を探すのだがなかなか見当たらない。が、真っ赤な振袖に白装束、また真赤な血飛沫、さらに討ち取られた者の首級、この作品に色を添えた。さらに歌舞伎を通した江戸の生活や人情、風俗もこの作品の見どころだね。⑤

    直木賞受賞選評 https://prizesworld.com/naoki/senpyo/senpyo169.htm  伊集院静「小説には、読む愉しみがある。」

  • 第169回直木賞、第36回山本周五郎賞、W受賞作

    とても読みたかった作品。
    やっと図書館から回ってきた♪

    期待値だいぶ上がってたけど、それ以上にめっちゃ面白かった〜!

    2年前、木挽町であったあだ討ちについて、若い侍がそれを詳しく知る人達に話を聞いて回る、という一幕ごとに語り手が変わるリレー方式の構成。
    この構成が秀逸!
    主になる話もさることながら、語り手それぞれのこれまでの人生の話がまた良くて泣ける〜

    この侍はいったい誰なのか?みたいなミステリーっぽい部分もあるし、時代小説っぽい人情味あふれる部分もあって、両方味わえて存分に楽しめた◎

    最後の展開は、まあ読めてしまうので、帯にあった「驚愕の真相」とはならなかったけど、最後までとても面白かった〜!!

    読めて良かった!大満足♡




    • チーニャ、ピーナッツが好きさん
      ( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \
      朝から笑い過ぎちゃう〜!!

      楽しい1日になりそうです
      笑笑
      ( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \
      朝から笑い過ぎちゃう〜!!

      楽しい1日になりそうです
      笑笑
      2024/02/13
    • mihiroさん
      わーい♪チーニャさんも参戦してくれた〜٩(๑>∀<๑)۶
      ほんま一休さん笑かしてくれますよね〜!!(๑˃̵ᴗ˂̵)
      今日も楽しい1日にしまし...
      わーい♪チーニャさんも参戦してくれた〜٩(๑>∀<๑)۶
      ほんま一休さん笑かしてくれますよね〜!!(๑˃̵ᴗ˂̵)
      今日も楽しい1日にしましょうね〜✌︎(๑˃̶͈̀◡︎˂̶͈́๑)✌︎
      2024/02/13
    • チーニャ、ピーナッツが好きさん
      楽しい1日になりましたm(_ _)m♪
      楽しい1日になりましたm(_ _)m♪
      2024/02/13
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著者プロフィール

永井 紗耶子(ながい・さやこ):一九七七年神奈川県出身。新聞記者・フリーライターを経て二〇一〇年「絡繰り心中」で小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。二〇年『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』で新田次郎文学賞・細谷正充賞・本屋が選ぶ時代小説大賞、二三年『木挽町のあだ討ち』で山本周五郎賞・直木三十五賞を受賞。『秘仏の扉』など著書多数。

「2025年 『東海道綺譚 時代小説傑作選』 で使われていた紹介文から引用しています。」

永井紗耶子の作品

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