- Amazon.co.jp ・本 (305ページ)
- / ISBN・EAN: 9784103912040
作品紹介・あらすじ
死神の刃の下で駒を凝視する男の行方は――。圧倒的引力で読ませる将棋ミステリ。――負けました。これをいうのは人生で何度目だろう。将棋に魅入られ、頂点を目指し、深みへ潜った男は鳩森神社で不詰めの図式を拾って姿を消した。彼の行方を追う旅が始まったが……。北海道の廃坑、幻の「棋道会」、美しい女流二段、地下神殿の対局、盤上の磐、そして将棋指しの呪い。前代未聞の将棋エンタテインメント。
感想・レビュー・書評
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将棋界を舞台にしたミステリー。
『ミステリー』らしい『ミステリー』だった。
将棋を舞台にした小説といえば柚木裕子先生の傑作『盤上の向日葵』がまず挙げられるだろうか。
はっきりいって正直、本書はあそこまでのレベルには到達していない。
しかし、芥川賞作家が書いた純文学的ミステリーという観点から見たら非常に興味深い作品である。
将棋ということで将棋の知識がないと面白くないかもしれないが「にわか将棋ファン」であっても十分に楽しめる。
僕も将棋は打たないが、『3月のライオン』を全巻揃えている程度の知識はある(笑)。
羽生善治先生や現役棋士の名前が本書にはバンバン出てくるのでそういった部分だけでも楽しい。
一風変わったミステリーであるが、将棋の裏の世界に取り込まれてしまった男女の悲哀が十分に堪能できる良作であると思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
これは、古色ゆかしい「探偵小説」と呼びたくなる話だった。
一時、古い探偵小説、昭和から平成の時代にかけてさえ骨董品扱いされてるような古い小説や雑誌を読み漁っていたことがあったけど、その頃のことを思い出させるような小説だった。
現実に起きた事件を追いかけるうちに幻想(妄想?)の世界に入り込み、そのうち現実と幻想の境目が曖昧になって、その中をさ迷い続けるというのは、本格推理小説の中で一つの潮流だった時があったと思う。
(純文学趣味というか、文藝趣味の強い本格推理小説を「変格」推理小説と呼んでありがたがっていた時代があったな、というのは昔の雑誌を拾い読みしていた頃に感じたこと)
特に奥泉光は曖昧模糊とした不安の中をさ迷う世界を描くのがうまくて、一気に引き込まれてしまった。
ただ、現実と幻想(妄想?)の世界が交互に出てくるんだけど、両者が距離がありすぎるというか、2つがうまく結びついているようには思えなかった。
現実の世界の中では幻想(妄想?)は忘れ去られて、幻想(妄想?)の世界に入ると現実との接点がどんどんなくなっていく。
うまく2つの世界が結びついて新しい世界を広げるという感じはなくて、2つの小説をザッピングで読んでるような感じがずっと付き纏った。
あと、現実のほうに着地点を用意するなら、そこまでの流れはもう少しきちんとしたほうがいいと思う。正直、一回り萎んで畳んだなという気がしないでもない。
奥泉光の語りに飲み込まれる心地よさが好きな人には堪らない小説かな。 -
2011年5月、かつてプロ棋士を目指していたが、夢破れ今は将棋ライターをしている北沢は、後輩棋士の夏尾が偶然手に入れた奇妙な「図式」を目にする。詰将棋の図式だがそれはけして解けない「不詰め」の図式で、夏尾はそれが将棋会館の近くの神社で弓矢に結ばれていたのを見つけたという。その日から夏尾は失踪。北沢は、彼と同じくプロ棋士になれずに将棋ライターになった先輩の天谷から、22年前に十河(とごう)という天谷の後輩棋士が、やはり弓矢に結ばれていた不詰めの図式のせいで同じように失踪した事件について聞かされる。
22年前の1989年、十河の行方を捜した天谷は、棋道会という怪しい組織に辿り着く。それは戦前から賭け将棋などと結びついた団体だったが、磐城澄人という北海道の炭鉱で儲けた男が起こした金剛龍神教という新興宗教と結びつき、磐城は教祖として君臨、炭鉱の坑道に神殿を作り、彼が神から授かったという龍神棋という将棋を通じて、奇妙な哲学体系を作り上げていた。磐城は戦争直前に天皇に対する不敬罪で逮捕され、のち坑道の神殿で爆破自殺をしたという。その坑道は戦時中に軍が接収し、大陸から持ち込んだ秘密物資を隠匿したと言われていた。
北沢は、失踪した夏尾が22年前の十河と同じように北海道のかつての棋道会の本拠地であった場所へ行ったと推測、夏尾と同郷の女流棋士・玖村麻里奈と共に北海道へむかう。夏尾の足跡を追い、坑道に足を踏み入れた北沢は、そこに金剛龍神教の神殿と、奇妙な将棋のパノラマ、そして自ら駒となって龍神棋を戦う幻覚に陥り…。
基本的には将棋ミステリなのだけど、ちりばめられた伏線がどうにもオカルトで大変私好みでした。北沢がみる夢とも現実ともつかない神殿やまるで3Dのような龍神棋の場面が圧巻。弓矢に結ばれた解けない図式、あやしい新興宗教、秘密結社めいた組織、戦時中に軍が隠した物資や阿片。北沢が見る生者も死者も入り乱れた幻想。将棋盤のむこうに広がる無限の別世界。
しかしオチはなんとも現実的というか、いっそ下世話なくらいで、あんなにふりまわされたのはなんだったんだと愕然としてしまった。でもその落差が、この作品の醍醐味かもしれない。実は一人のとても身勝手な女のために大勢の男たちが犠牲になっただけの話だったのだけれど、意図しないところでその男たちは将棋の真理、世界の裏側をのぞき、あちら側に行ってしまった。それはそれで彼らは幸福だったのかもしれない。 -
プロだけでなくそれを目指す奨励会の棋士にとっても、一戦一戦の勝敗は単なる星取りではなく、負けは死に等しく、対局中には誰もが背後に死神を抱え、投了と同時に振り下ろされる大鎌の存在を感じている。
探偵役に棋士を配しため、捜査の過程も将棋の局面になぞらえて面白い。"棋勢は不利でも投了にはまだ早い"とか、推理も、詰みを確信し読み筋の奥へ奥へと分け入っていくなど、これぞ将棋ミステリという展開。
本作が、今年の"このミス"や"文春"のランキングで『透明人間は密室に潜む』より下っていうのは、意外。全然納得がいかないなぁ。
最後の最後であっと驚くような、それまでの読み筋がひっくり返るような仕掛けが用意されているが、ミステリ読みの支持を集めなかったのは、奇想・幻想小説っぽいところにあるのかもしれない。
ただ将棋指しにとって、読みが深くなればなるほど、後戻りできない狂気の世界に知らぬ間に踏み込んでしまうのは、ある面で必然とも言え、そういう意味では紛れもない将棋ミステリだと思う。
ただ本当言うと、別のストーリーもあり得たかなと、少し残念な気持ちも。
第1章のほぼすべて、12ページから79ページにわたって、銀座の酒場で天谷の告白が語られるのだが、読んでいてゾクゾクした。
どう見ても不詰めの将棋が、あるはずのない駒が効くことで詰むという図式。
本物の将棋の道を塞ぐ磐をどけて、盤の枡目の底に潜っていくと、表とは異なる別の将棋、無限の世界が広がるという可能性。
宗教的で、陰謀史観的な展開ではなく、テッド・チャンのようなSFや哲学的な、隠された真理を追い求めるという展開を期待していたが、その後で人気女流棋士登場となってガッカリした。 -
オカルトかと思いきやちゃんと現実世界でのミステリに仕上がってて、この作りはさすが。将棋を全く知らないから読み取れていない部分もあるかも知れないなと思いながら読んだ。海外物のチェスやキリスト教をベースにした話を読むときと同じで、自分の知識量の不足が悔しい。
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奥泉さんの真骨頂。卑小な拘りから無限の彼方、下世話な欲求から神域への道程、と縦横無尽に往き来する物語の流れに翻弄される。一人称の感覚の中では現実も夢幻も等価であるが、しかしそれを越えるときに憶える浮遊感がここにある。二転三転どころではない謎解きごっこと、一見現実的な解明のように見えて、結局はすべてが藪の中へと帰すかのような終わり方はこの世の迷宮の余韻を残す。
将棋、棋士への愛と尊敬に溢れた小説。盤上の奥に繰り広げられる崇高な世界の発想と描写が素晴らしい。
芳醇な言葉たち、類を見ない比喩、いくつもの句読点でつながれたひとつの文節が内包する情報量。奥泉さんの小説は、何がすごいといって、その文章力がすごい。この本でもそれが満喫できた。本当にすごい。 -
終盤の、悪の底が抜けていく感じがなんともぞっとする展開。
なるほど、将棋とミステリというのは相性が良いのだなと改めて実感。というのも、将棋は勝ち負けの世界であり、極限まで自分を追い詰める先に狂気の道が開かれている。だから納得の設定。
ただ、まあ、エンタメだからいいんだろうけど、また、『小説新潮』連載ということで読者層の年齢も高めだからいいのかもしれないけど、実際の将棋界の現状と照らし合わせてみると、ちょっとジェンダー的にきわどいんじゃないの、と思ったりもした。