ほっこり感を求めて最新刊を手にとってみたけれども、いまひとつ。
「困っている」事が若だんなのところへ一話ごとに持ち込まれるのだけれども、その「困っている」事が、以前の作品にあったような切実さを感じられない。全体に何かお気楽な空気が漂っている。
白粉屋の娘が白塗り仮面になってしまうまで白粉を塗らずにいられない苦しみや、勤め先の井戸に毒を放り込みそうになるまで追い詰められてそれでも乗り越えてまっとうに生きようとしている、そんな市井の人々の姿や内面がさっぱり描かれていない。
このシリーズの肝は、病弱な若だんながどうにもならないものを抱えながらもまっすぐに生きよう、周りの人々も助けよう、誠実に自分の命を生き抜こうとする姿勢、人間が生きるというのはどういう事なのかというとても重たいテーマに、そういった事とは無縁の妖怪たちの能天気でそれゆえ時に恐ろしい性質が対比となって生まれる味わいにある。
数作前あたりから、妖怪の可愛さ面白さに重点が移ってきていて、寄りかかってきている印象があったけれども、今作ではすっかり寄っかかってしまっている。
妖怪の可愛さ(とくに鳴家)、面白さを前面に出せばもしかすると「売れやすい」のかもしれないけれども、物語としての力は薄まる。折角のこの世界観をみすみす勿体無い事を、とファンとしては惜しむばかり。
前述の、井戸に毒を放り込みかけた松之助を若だんなのビイドロが救ったエピソード。読むたびに、いや思い出すだけでも心が満たされ自分も救われた心持になれる。ビイドロの青い色、月の光、松之助が抱えてきた孤独感、それを包む若だんなのあたたかさ。全てがひしひしと伝わってくる。
これだけの力のある物語を生み出せたシリーズがなぜこうなってしまったのか。本当に、心の底から残念でならない。