ある明治人の生活史 (中公新書 714)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121007148

感想・レビュー・書評

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  • 本作を読んだのは、2005年になります。
    当時の私の年齢は44歳。
    いやあ、若いですねえ。。

    まず、著者の小木新造さん、どのような方かというと、ウィキペディアには、次のように書かれています。

    ---引用開始

    小木 新造(おぎ しんぞう、1924年1月31日 - 2007年7月12日)は、文化史学者。

    ---引用終了



    で、本作に登場する、相沢菊太郎さんは、ウィキペディアに、次のように書かれています。

    ---引用開始

    相沢 菊太郎(あいざわ きくたろう、1866年5月28日(慶応2年4月14日) - 1962年(昭和37年)4月26日)は、明治から大正期の日本の政治家、神奈川県高座郡相原村村長。

    ---引用終了


    で、本作の読後感ですが、某所に私が書いたものを転載しておきます。(一部変更)
    今から、18年位前のものですけどね。

    それは、以下のとおり。


    【この本からの引用】
    相沢菊太郎満21歳の春、友人をさそって三人旅に出かけた。
    江の島、横須賀、横浜、東京見物の4泊5日の小旅行である。

    【私の感想】
    この旅行は明治20年の記録です。
    今なら日帰りできる距離ですが、当時は4泊5日の旅行になってしまうのには、時の流れを感じます。
    当時の交通機関は、船、汽車、馬車でしたが、相模原から藤沢、江の島、金沢八景あたりまでは徒歩でした。
    横須賀から横浜までは船を利用、横浜から東京までは汽車を利用、東京から八王子までは馬車を利用。

    ざっとこんな具合ですが、これでは相当な体力が必要ですね。


    【この本からの引用】
    政府は日露戦争に際し、平和回復の翌年までという期限付きで、地租など11科目の税率を増徴した。
    それは毛織物・石油消費税の創設などと合わせて、明治37年度中に、すでに総額12億6100万円ぼ増収をはかっている。

    【私の感想】
    戦争には増税と物価騰貴がつきものですが、この点を私は理解していませんでした。

    それを思うと、例えば、日比谷焼き打ち事件の発生原因の最たるものが、増税と物価騰貴による国民の継続的な不満であったと思われます。

    「日清戦争を契機に飛躍的に上昇した物価はその後は(日露戦争後も)低下せず」とのことなので、慢性的物価高に対する国民の不満の爆発でしょうか。

  • 古本で購入。

    神奈川県高座郡橋本村(明治22年、相原村)の地主、相沢菊太郎。
    彼が78年間の永きにわたり書き続けた日記を元に、当時の生活や経済、戦争や震災に対する生の反応を見ていく。

    「庶民の暮らし」という地べたの歴史は、地味だけどおもしろい。
    あまりに詳細な日記があったからとは言え、「生活・景観の復元」っていうのはこういうことなんだろうな。

    しかし19歳の明治18年(1885)から、昭和37年(1962)に96歳で亡くなる10日前まで書き続けたというから、生半可じゃない。
    筆まめとか律儀とかを通り越えてる気がする。「家に残す」というくらいの歴史意識は最低限持っていたんだろう。それが今や歴史研究の一級史料になる。

    日々の出納についても、66年間にも及ぶ「金銀出入帳」が。これがまた実に細かい。
    その時々の物価の動きが見て取れる、というのはすごい。

    自ら畑に出て耕作に精を出すとともに、英語や最新の農業技術を学ぶ。
    村長として地主として親として、皆が幸せに暮らせるよう心を砕く。
    その人間的な端正さが、志ある明治人の気風なのかなぁ。

    真面目一徹ガチガチの道学先生的な人物ではなく、酒を嗜み芝居に興じ、時には子煩悩丸出しになるあたりも人間くさくていい。

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