巣鴨プリズン: 教誨師花山信勝と死刑戦犯の記録 (中公新書 1459)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (392ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121014597

作品紹介・あらすじ

敗戦直後、連合国軍によって巣鴨プリズンと名づけられた巣鴨拘置所に、数多くの人々が「戦争犯罪人」として収容された。ここの初代戦犯教誨師となった花山信勝は、彼らと接し、三四名の死刑囚の最期を看とった。東条英機、広田弘毅、そして若いBC級戦犯たちを見送る懊悩の日々の中、彼はこの過酷な任務をいかにとらえ、戦争犯罪をどううけとめて教導活動にあたったのか。回想をもとに心の軌跡を辿り、太平洋戦争について考える。

感想・レビュー・書評

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  •  第二次大戦後、連合国軍によつて戦犯とされた人々が収容された「巣鴨プリズン」。この施設で多くの死刑囚を看取つた、初代戦犯教誨師の花山信勝の視点から、戦犯たちの心の軌跡を辿る一冊であります。

     1945(昭和20)年、GHQに接収された巣鴨拘置所が巣鴨プリズンと改称され、東条英機・広田弘毅らA級とBC級と称される戦犯たちが強制収容されるのであります。翌昭和21年1月の天皇人間宣言を経て、2月に東大助教授(のち教授)の花山信勝が巣鴨プリズン教誨師に就任します。かかる経験は過去に例がないので、花山教誨師は迷ひ戸惑ひ、苦悩の日々を送りました。どんな講話をすればいいのか、死刑台に向かふ囚人に、何と伝へるべきなのか。

     花山教誨師は、BC級の尾家刢(おいえ・さとし)といふ元陸軍大佐の遺書に衝撃を受け、爾後死刑囚との面談時にそれを朗読する事にしました。特段に立派な内容ではなく、むしろ嘗ての部下を中傷する内容があるなど、通俗的で生への未練を感じされるものなのに、花山教誨師はそれを朗読することで自分の意を伝へんとしたのです。
     即ちこの東京裁判が、あくまでも戦勝国側による一方的な内容である事。それなら恨みつらみがあるのは当然である、凡夫でいいのだと。そして尾家の遺書には「軍人無常」「戦争無用」の思想が感じられ、遺書を朗読する事でそれを伝へたいとの思ひがあつたさうです。

     彼はプリズン内での事象を他言できませんので、黙して語らずの人だつたやうです。自分の発言が政治利用されるのを警戒したとも言はれてをります。ゆゑに、受刑者たちの間では「冷たい」「親身ぢやない」などと思はれ、評判は今一つだつたらしい。
     花山の後を継いだ二代目教誨師の田嶋隆純といふ人は、受刑者と共に涙し、減刑の嘆願運動をした事で人気があつたので、比較され余計に評価を落とした面もあるでせう。
     
     元元花山教誨師は、仏教学者であり浄土真宗本願寺派の僧侶ですので(学者としての側面が強いが)、本書でも仏教関係の記述に多く割かれてゐます。専門用語が多く、無知なわたくしは理解するのに些か時間がかかつてしまひました。本書の目的は巣鴨プリズンの歴史でも東京裁判の記述でもなく、先述の通り教誨師と戦犯たちの心の軌跡を辿る書物ですので致し方ありません。
     花山教誨師については、色色と毀誉褒貶あるやうですので、他の図書も覗いてみたく存じます。

  • 東京都豊島区東池袋の複合商業施設サンシャイン60。開業したのは
    子供の頃だったので、以前、この場所に拘置所があったことを知らな
    かった。

    覚えているのは開業を伝えるテレビニュースを見ていた祖母が、テレ
    ビ画面に向かって手を合わせていた姿だ。その姿を、きっと私は不思
    議そうに見ていたのだろう。後に祖母は戦犯が処刑された巣鴨プリズ
    ン跡地であることを教えてくれた。

    本書は巣鴨プリズンの初代教誨師となった花山信勝と、敗戦後に
    戦犯とされ巣鴨プリズンに収容されていた人物を中心に、戦勝国に
    よって裁かれ管理された巣鴨プリズンの全容を浮き彫りにしている。

    死刑問題に関連した作品には教誨師がよく登場する。ただ、現代の
    拘置所で罪人に接する教誨師と、戦犯とされた人々にGHQの管理下で
    接する教誨師とでは立ち位置はかなりの違いがあるのだろう。

    否、死を受け入れることを説くのは同じかもしれない。犯罪という個人
    の責任と、戦争という国家全体の責任では明らかな相違がある。

    時の首相であった東条英機だけが悪いのかと問われればそうではい
    と言いたい。ならば、誰が悪いのかと問われれば特定の人物ではない
    と答えるしかないんだが。

    本書では収容者にどのように接すればいいか迷いながらも、死へ赴く
    人たちに真摯に向き合った花山信勝の人物像が見えて来る。

    ただただ、切ない。初代教誨師とあって手探りで任にあたった人だけ
    に批判も多くあったようだ。戦犯たちの助命嘆願運動に力を入れた後任
    教誨師と比較し、「アメリカ寄りだ」と言われたこともあった。

    自分への批判を知っても花山信勝は反論することはなかった。A級戦犯
    7人をはじめ、自身が見送った人々のことは取材攻勢をかけるマスコミに
    も漏らさず、胸の奥深くにしまい、遺族へ届けたのだろう。

    巣鴨プリズン内での収容者への待遇や花山信勝の戦争に対する考え等、
    どれも興味深く読んだのだが、一番気になったのは「A級処刑と新聞報道」
    と題された章だ。

    戦時中は大本営発表を垂れ流し、戦意高揚のお先棒を担いだ新聞。それ
    が敗戦ともなると手のひらを返したように国の指導者であった者たちを
    叩きまくる。まるで自分たちはこれまでも戦争反対を唱えていたように。

    時の首相・東条英機がA級戦犯として裁かれるのであれば、新聞各社も
    多大な罪を背負っているはずなんだけどな。この章を読んでいる間は
    切なさよりも新聞各社への憤りが大きかったわ。

    GHQ管理下の巣鴨プリズンで唯一の日本人として、処刑された戦犯を
    見送った花山信勝。彼が実家の金沢の寺に残したメモや日記は貴重
    な資料だと思う。これが広く公開されたらいいのに。

  • 【目次】
    はじめに [i-iii]
    目次 [iv-v]
    写真(昭和23年11月に撮影された巣鴨プリズン) [vi]

    第一章 混乱と糾弾 003
    第二章 つのる収容者のいらだち 053
    第三章 教誨師の決断 095
    第四章 懊悩の日々なおも 141
    第五章 遺書の朗読 195
    第六章 A級処刑と新聞報道 257
    第七章 きょうも人が死ぬ日にて候 287
    終章 孤独の影 323

    あとがき(一九九八年秋 小林弘忠) [378-381]
    巣鴨プリズン関連年表 [382-386]
    参考文献 [387-392]

  • 刑死した戦犯を教誨する立場にあった花山氏の足跡、巣鴨プリズンでの受刑者の様子などをレビューしたもの。東条英機が妻に残した「巣鴨プリズンに来て宗教を味得できて本当によかった」という言葉が気になり、また、戦犯の様子を知りたくて本書を紐解く。死に誠実に向き合い、教誨続けてきた花山氏の真摯な態度が胸を打つ。そして、これを生む母体となったB級戦犯の言動は、死を前にした人の深みと宗教が真に持つ役割を訴えかけるのに十分だ。もっとも、刑死したA級戦犯の様子を知るには、やや分量が足りず、他書で補う必要があろうか。
    本書では参考文献も付されており、花山氏の書籍は紐解いてみたい。なお、軍人が、戦後直後から変貌を遂げたマスコミや国民を批判するのは、どうにも納得しがたい。情報統制を敷き、情報の非対称状態を作り出したのは政府・軍部である。そして、真実の情報を知れば、国民の態度や見解が変わるのは普通のことで、異を唱えるべきものとはいえない。さらに、マスコミに対しても、真に報道したい情報の報道を許していなかったのであるから、その統制がはずれれば、記事内容に変遷が生じるのも、理の当然であるし、批判しうるものではなかろう。

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著者プロフィール

 1937年、東京都生まれ。毎日新聞社に入社、社会部、地方版編集長、メディア編成本部長などをつとめ、定年退職後ノンフィクションの著作活動をつづけている。2006年刊行の『逃亡』(毎日新聞社)で第54回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。
 主な著書に『新聞報道と顔写真』『巣鴨プリズン』(ともに中公新書)、『金の船ものがたり』『天に問う手紙』(ともに毎日新聞社)、『ニュース記事にみる日本語の近代』(日本エディタースクール出版部)、『江戸川柳で現代を読む』『熟年介護日誌』(ともにNHK出版)、『私の戦後は終わらない』(紀伊國屋書店)など。

「2017年 『満州開拓団の真実』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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