毒にも薬にもなる話 (中公文庫 よ 33-1)

著者 :
  • 中央公論新社
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感想 : 5
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  • Amazon.co.jp ・本 (321ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122037496

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  • 著者がさまざまなところで発表したエッセイをまとめた本です。

    中国、都市、学問、歴史、死など、テーマは多岐にわたっていますが、著者の根本的な主張は一貫しています。簡単に整理してみると、各人はそれぞれの考え方にしたがって現実を理解しており、その考え方に入ってこないものは理解できない、ということになるでしょうか。

    さらに乱暴にまとめてしまうと、われわれは経験のなかに筋道を通すことができれば理解することができる、筋道が通らないものは理解できない、ということになるように思われます。理解できるものとはそれぞれの「学問」であり、理解できないものとは「自然」あるいは「現実」です。そして、都市ではすべてが理解できるようなものとして設計されているので、都市化に住む現代人は死の問題にどう対処してよいのかわからなくなっていると著者は述べています。

    著者の考えは、内田樹が随所で語っている議論とかさなるところが多いように感じます。ただし内田の議論が、「構造」から「他者」へと進んでいくのに対して、著者は徹底して実在論的な立場に立ちます。つまり、われわれの「構造」は「脳」であり、「意識」はその「機能」だと主張しています。これは素朴な自然科学的還元主義ではなく、われわれの理解は脳が作り出しているからこそ、われわれに理解できることは理解できるし、理解できないことは理解できない、という著者の「唯脳論」にもとづくものです。

    本書の後半で展開される「臨床諸学」の試みは、まさにそうした主張になっています。素朴な自然科学的還元主義は、人間の意識を脳の機能だと考えますが、そのように考える本人の脳を対象にすることはないと著者は指摘します。そこに、脳の理解を脳によって説明する「臨床諸学」が提唱されなければならない理由があります。

  • 「毒にも薬にもなる話」3

    著者 養老孟司
    出版 中央公論社

    p45より引用
    “しかし都市が都市のみで立ちはしないことは、
    それこそ鴨長明だって知っていたのである。”

    解剖学者である著者による、
    世界の出来事を独自の視点で分析した時評等をまとめた一冊。
    いじめの問題から未来についてまで、
    解剖学者らしく一つ一つ細かく分析・解説しておられます。

    上記の引用は、
    田舎は消えたと題する章の中の一文。
    今の状況を見ていると、
    身につまされる思いがします。
    今までの日常がいかに周囲の人たちに支えられているか、
    世界は持ちつ持たれつなんだなぁと改めて思います。
    その他の同著者の作品と比べて、
    文章が少し硬く感じられ読むのに疲れを感じました。
    特に後半の著者が提唱する臨床諸学の章は、
    論文みたいになっているので、
    より好みが分かれるのではないでしょうか。

    ーーーーー

  • 前半2章は社会時評。後半2章は「唯脳論」の敷衍になっている。社会時評は、出来事そのものは十数年前のことになってしまったが、述べられている意見はまだ古びていない。後半の「型を喪失した日本人」「臨床緒学の提唱」は必読。臨床と云っても患者が対象なのではなく、諸々の学問が対象になっている。歴史学を臨床的に扱うのが「臨床歴史学」になる。

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著者プロフィール

養老 孟司(ようろう・たけし):1937年神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士(解剖学)。『からだの見方』でサントリー学芸賞受賞。『バカの壁』(新潮社)で毎日出版文化賞特別賞受賞。同書は450万部を超えるベストセラー。対談、共著、講演録を含め、著書は200冊近い。近著に『養老先生、病院へ行く』『養老先生、再び病院へ行く』(中川恵一共著、エクスナレッジ)『〈自分〉を知りたい君たちへ 読書の壁』(毎日新聞出版)、『ものがわかるということ』(祥伝社)など。

「2023年 『ヒトの幸福とはなにか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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