鴎外の恋人―百二十年後の真実

著者 :
  • 日本放送出版協会
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感想 : 7
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784140814420

作品紹介・あらすじ

文豪・森鴎外の処女作にして最高傑作『舞姫』。主人公が打ち捨てた美少女エリスの実像については謎が多かった。鴎外が遺した「埋もれた遺品」をはじめとする新たな物証をもとに、今まで知られていなかった人物像に迫る。それは百二十年前の儚い恋をたどる旅となった…。

感想・レビュー・書評

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  • 先日読んだ「鴎外の恋」に続いてエリス探求本。どちらも「本の雑誌」で風野春樹さんが紹介してくれていた。風野さんの評通り、エリス探しに関しては六草さんに軍配が上がるだろう。

    いくつかの点で今野説には無理があるように思った。今野さんは、アンナ・ベルタ・ルイーゼ・ヴィーゲルトという女性がエリスだとしている。鴎外の遺品にあった刺繍用のモノグラム型金の一部の模様が、その頭文字を表してるというのだが、うーん、その写真を見る限り、何とでも読めそうな感じ。

    今野さんは、当時ベルリンに実際にその名前の女性がいたことを突き止め、お孫さんにも会っているのだが、彼女が「エリス」だとすると、来日時15歳という年齢がどうにも引っかかる。一等船室の料金が払えるほど豊かだった父が、15の一人娘をたった一人で異国も異国、極東の島国へ送り出すだろうか。何よりも弱いのはじゃあなぜ乗船名簿には「エリーゼ・ヴィーゲルト」とあるのか、という点だろう。今野さんはこれは鴎外とルイーゼとの間で使われていた愛称だとしているが、それを乗船名簿に書くものだろうか。やっぱりこれが本名と考えるのが自然ではないか。

    風野さんの評では、主に後半で述べられている、鴎外の漢詩の読み解きや、エリスが来日してから帰国するまでの関係者の動きについてが読みどころだとあった。確かに、特に漢詩についてはまったく知らなかったことも色々あり、興味深かった。ただ、実際の関係者の記録(日記や手記)と見分けにくい形で、著者の想像が書かれており、混乱するし、強引な感じもするのがたいそう残念。

    全体に「鴎外好き」向きだ。私は「舞姫好き」なので、その意味でも六草本に肩入れしたい。六草本では、「舞姫」の舞台となったベルリンの街についても多くの記述がされていて、そこが良かった。それにしてもわからないのは「何を思って鴎外は『舞姫』を書いたのか」ということ。なるほど、と思う説を見たことがない。謎だ。

  •  
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/414081442X
    ── 今野 勉《鴎外の恋人 百二十年後の真実 20101120 日本放送出版協会》
     

  • 図書館より。

    著者の方の熱意や力量の伝わってくる力作であると感じました。

    ノンフィクションなので仕方ないこととはいえ、取材からの考察部分が長いので少し中だるみしてしまったかなという印象もあります。

    とはいえ舞姫は自伝的な小説だと思っていたので、そこから思い描いていた森鴎外の人物像とはまた違う人物像が浮かび上がってきていろいろな発見の多い一冊でもありました。

  • ドイツから帰国する鴎外を追いかけてきた恋人の存在について、今まで分からないことが多かった。処女作「舞姫」の謎を解き明かすNHKドキュメントは、著者の丁寧かつ直観力により、著者流の解明がなされていく。
    これが真実・・なのどうかはさておき、鴎外と恋人の置かれた時代背景、帰国した鴎外をめぐる周囲の環境、ことに家族との軋轢の中で、築地のホテルに滞在した恋人との別離に至る物語と、「舞姫」著作の心理を深く綴っていく力量は納得。

    鴎外が終生身近に置いていた「刺繍をするためモノグラム」。
    この中に潜む森林太郎(MとR)、そして恋人の名の頭文字が謎をとくカギであった。

    人は語らずとも「モノ」は、二人だけの記憶をとどめる秘密の照明なのだ。モノをめぐる「価値」について深く想いをめぐらせた。

  • 森鷗外といえば、医者で「雁」「舞姫」を書いた人という程度の知識しかなかったが、本当に優秀な人だったんだな、というのが第一の感想。
    しかも、なんだかエリート。

    そんな人にこんな情熱的な恋の話があったと知り驚いたのと、その恋に破れた後の行動、新婚早々に別れた恋人への贖罪の小説「舞姫」を書く、子どもにその恋人の名にちなんだ名前をつける、悔恨と慙愧をもって漢詩をつくるなどなど、何と一途な、人間臭い人だったのかと感じ入ってしまった。
    自分の死の直前に、彼女との手紙を燃やさせたり、彼女が作った刺繍のための型金を生涯大切にしたりと、あたかもドイツ留学後の人生は、彼女との思い出に生きたかのようだ。

  • 読み終わってしばらく興奮状態が続いた。

    120年前『舞姫』のモデルと目される女性が、鷗外を追って来日したという事件があった。妹の記録には「誰も誰も大切に思ってい居るお兄様にさしたる障もなく済んだのは家中の喜びでした」と書かれていて、事件をなんとか収めた安堵感がうかがえる。

    『舞姫』は、(国)仕事を取るか(個人)愛を取るかという選択の極みで前者を選択した物語と理解されるので、エリスの処遇をめぐって大田豊太郎が取った優柔不断な態度は、許し難い、不実なものとの印象が強く残る。それなのになぜ鷗外はこの作品を書いたのか、長く腑に落ちなかった。

    著者はNHKの番組制作に関わった人で、鷗外が残した刺繍の金型に目を向けて120年前の真実を掘り起こしていく。

    『舞姫』のエリスと実際の鷗外の恋人とは境遇が全然違っていた。来日は真実の愛を貫くためであって「エリス」の独断ではなかった、など。

    考証がしっかりしていて説得力がある。鷗外への評価ががらりと変わる1冊。

  • (2010.12.09読了)(2010.12.07借入)
    鴎外の「舞姫」エリスは、いったい誰だったのか?という謎を追った本です。
    今年2010年は、「舞姫」が発表されて120年になるそうですが、その記念すべき年に、謎が解明された感じです。ここに書かれていることがきっと正解ではないだろうかと思わせるだけのことが書かれています。
    ノンフィクションの面白さを満喫できる内容の本でした。

    森鴎外がドイツ留学から帰国した際、数日遅れで日本に付いたドイツ人女性がいた。鴎外を追ってきたらしい。しばらく滞在の後、ドイツに帰って行った。
    後に、鴎外は、「舞姫」を発表した。留学生と貧しい踊り子の恋物語だった。小説の形になっているけど、どこまでが事実で、どこからが虚構なのか興味深いところです。
    色んな人が、ドイツ人女性は誰だったのか、どんな素姓の人だったのか、どうして日本までやって来たのか、を明らかにしようとしてきたようです。
    この本は、鴎外の遺品のモノグラムの型金を手掛かりに「鴎外の恋人」を明らかにしようとしたものです。「モノグラムとは、人名のアルファベットの頭文字(イニシャル)を組み合わせて図案化したもの」です。(5頁)

    ●モノグラムの意味(21頁)
    モノグラムを彫り込んだ型金は、布地にモノグラムを刺繍するための道具だ。
    ドイツの古い家庭では、男女が婚約した時、女性が男性にモノグラムを贈る風習があった。
    モノグラムを贈る、とは、その図案を具体化して贈る。例えば、何枚ものハンカチに、相手の男性のモノグラムを刺繍して贈るということなのである。
    (モノグラムの型金の上部中央に二人のイニシャルを組み合わせて模様のようにしたものを著者は見つけ、森林太郎のMとRの他に、WとBとを読みとった。恋人の名は、WとBが含まれていると予想した。)
    ●鴎外の恋人とは誰かを問う意味(30頁)
    鴎外の恋人とは誰か。それはその名や素性を明らかにして済むことではない。ひとり海を越えて、恋人鴎外のいる日本にやってきたその女性の精神のありようを考えることこそが、鴎外の恋人とは誰か、と問うことの意味なのだ
    ●鴎外を愛し、鴎外を信じたから来た(32頁)
    「エリス」は森林太郎を愛した。森林太郎を愛し、森林太郎を信じたから来た。令嬢ともあれば、男子の名誉をかけた結婚の誓いの言葉の一言もなしには、遠く地球の裏側の日本にまで来ることなどとは決してありえない。
    ●森林太郎は天才(44頁)
    森林太郎は希にみる天才だった。医学を専修しながら、ドイツ語に、漢籍に、日本の文芸に、その素養と表現力において、19歳とは思えない豊かさと深さをもっていた。
    ●鴎外の次女・小堀杏奴が母から聞いた話(60頁)
    二人は最初からある期間を限って同棲すると言ふ約束のもとに成立した関係であるが、女は父を諦めきれず、たうとう後を追って日本へ尋ねて来た。父は友人に頼んで、女が船からあがらぬ中に金を与へて帰って貰ったさうです。此の女とは其の後長い間文通だけは絶えずにゐて、父は女の写真と手紙を全部一纏めにして死ぬ前自分の眼前で母に焼却させたと言ふ
    ●恋人の名前は、エリーゼ・ウィーゲルト(68頁)
    1981年5月26日、朝日新聞夕刊に鴎外の後を追ってきた女性の名前がわかったことが報じられた。横浜で発行されていた英字新聞に横浜港への出入港者の名簿が載っておりその中にあった。Miss Elise Wiegert だった。Wが入っていたけど、Bはなかった。
    ●恋人の名前は、アンナ・ベルタ・ルイーゼ・ヴィーゲルト(76頁)
    2000年4月、「新説鴎外の恋人エリス」植木哲著、が出版された。
    エリスの正体は、アンナ・ベルタ・ルイーゼ・ヴィーゲルトというベルリン出身の16歳の女性だった。(BとWが入っていた。)(1872年12月16日生まれ)
    1888年のベルリンの住所録を調べたら、ウィーゲルトは一世帯しかなかった。
    (エリーゼ・ヴィーゲルトとアンナ・ベルタ・ルイーゼ・ヴィーゲルトは、同一人物なのか?という問題が残った。)
    ●「森、最も罪多し」(142頁)
    森林太郎がつきあっている女性は、良家の娘である。二人は、相思相愛である。それでも時がくれば、別れなければならない。
    ●村山槐多の名付け親(169頁)
    鴎外の実家の女中をしていた山本たまと森家の教育掛として出入りしていた村山谷助が結婚した。二人の最初の子供の名付け親は、鴎外であった。鴎外がつけた名は、槐多。

    アンナ・ベルタ・ルイーゼ・ヴィーゲルトの父は、仕立物師だった。(86頁)「舞姫」エリスと同じだった。名前は、フェルデディナンド・ヴィルヘルム・グスタフ・ウィーゲルトで、妻のルイーゼ(旧姓クニッペル)は、8歳のヴィルヘルムと5歳のアンナを残して1878年に死亡している。(101頁)
    アンナの父は、遺産相続で、アパートの所有者になったらしい。仕立物師をしながら、家賃収入があったとすれば、アンナが日本へ向かうための船賃も出せただろう、と著者は推測しています。アンナは、一等船室を使用していたこともわかっています。
    「舞姫」エリスは、ユダヤ人と言う説がありますが、著者の調査によれば、アンナの父は、カトリック教徒で、母は、プロテスタントであった。(104頁)
    アンナの子孫が見つかったので、訪ねてみると、アンナ・ベルタと言うのは聞いたことがない。祖母は、ルイーゼです。と言うことだった。(114頁)
    戸籍上の名前は、アンナ・ベルタ・ルイーゼ・ヴィーゲルトだったが、本人は、ルイーゼと名乗っていた。
    アンナが、日本へ来たのは、鴎外が同意の上できたものと思われる。アンナの乗船する船の手続きをしたのも、鴎外と思われる。アンナの父も同意して、送り出していると思われる。アンナがドイツへ戻らざるを得なかったのは、鴎外の母が反対したためであろう、と著者は推測している。
    ルイーゼ・ヴィーゲルトとエリーゼ・ヴィーゲルトとは、同一人物なのか?
    著者は、エリーゼは、鴎外とルイーゼの二人だけで決めた呼び名だろうと結論づけています。裏づけとしては、「舞姫」にエリス・ワイゲルトと言う名前を使っていること、ルイーゼがドイツで結婚して生まれた子供にリスベットと言う名前を付けていること、をあげている。また、鴎外の子供に、「杏奴(あんぬ)」、「類(るい)」と言う名前が付いているのは、アンナ・ベルタ・ルイーゼの「アンナ」と「ルイーゼ」を意識したものであることも間違いない、と著者は言っています。

    ☆森鴎外の本(既読)
    「雁」森鴎外著、新潮文庫、1948.12.05
    「青年」森鴎外著、新潮文庫、1948.12.15
    「ヰタ・セクスアリス」森鴎外著、新潮文庫、1949.11.30
    「阿部一族」森鴎外著、新潮文庫、1950.07.31
    「阿部一族・舞姫」森鴎外著、新潮文庫、1968.04.20
    (2010年12月17日・記)

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著者プロフィール

演出家、テレビマンユニオン最高顧問。放送文化の分野で初の文化功労者。

「2023年 『テレビマン伊丹十三の冒険』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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