- Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
- / ISBN・EAN: 9784140912263
作品紹介・あらすじ
日本各地で、暴れ川の岸辺に「禹」の顕彰碑が立っている。中国最初の王朝・夏の創始者がなぜ、日本で祀られてきたのか。禹王は『古事記』の序文に登場して以来、今日まで日本人の生き方に深い影響を与えてきた。千年の時を越えて庶民に親しまれる君主とは?指導者や詩人たちが尊崇してきた理想の統治者とは?日中の古典、伝承、美術からその人物像を多面的に描き出し、両国に共通する「教養のデータベース」の存在を指摘して漢字がつなぐ文化圏の実相を甦らせる挑戦的な試み。
感想・レビュー・書評
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数千年前の古代から連綿と受け継がれてきた偉人としての禹という人物の、中国と日本、朝鮮などの各文化圏での受容の差異を紹介している。日本では儒教である朱子学が普及した江戸時代から禹の治水に関する業績がクローズアップされ庶民にも広まったことによって、儒教の聖人・古代英雄ではなく治水の神と祀られるようになったという。禹の例を見ることによって、差異こそあれ共通するものも多いアジアの文化のこれからの交流が期待されるとしている。
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水
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日本で治水神になった禹王を調査することで、東アジアの特に漢字文化圏の重要性を提唱する。古事記序文に登場してから中世までは聖君の代表の一人という捉え方だったが、江戸になり中国から伝えられた印刷技術と絵入りの本が流行。和漢三才図会などで庶民にも広まった。また儒学を通じてでも理想とする君主像として武士階級に浸透していく。さらに江戸幕府は大規模な新田開発と治水事業を行う。その中で、黄河の治水事業を成し遂げた部分にスポットがあたり、庶民には縁遠い理想の君主から治水神となってわかりやすく解釈されて祀られるようになる。中国、朝鮮、日本は基本的教養を中国古典に求め、それを整理し体系立てた儒学に国家統治の理想とした。朝鮮は儒学を中国や日本より厳密に守った。日本は島国故のファジーな受容をしている。都合のいいところを選び都合のいいように解釈していく。だが100年前まで根っこが共通だったのは間違いない。