- Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
- / ISBN・EAN: 9784150310530
感想・レビュー・書評
-
「リリエンタールの末裔」、「マグネフィオ」、「ナイト・ブルーの記録」、「幻のクロノメーター」の4篇収録。いずれも秀作だった。甲乙つけがたいな。主人公の身近な女性が語り手となって昔を振り返る「ナイト・ブルーの記録」や「幻のクロノメーター」の形式も良かった!
「リリエンタールの末裔」
背中に第2の腕〈鉤腕〉を持つ高地の民の少年チャムは、"空を飛びたい" という夢を叶えるため、海上都市に出稼ぎに出て、差別を受けながらもひたすら働き続ける。「魚舟・獣舟」や「華竜の宮」と同じ世界の物語。
「マグネフィオ」
社員旅行中の事故で脳を損傷し、相貌失認になった和也は、同じ事故で意識不明となった親友・修介を健気に介護する妻・菜月から相談を受けた。修介の心の動きを立体視する装置を作りたいのだという。菜月を想い続ける和也は協力を惜しまなかったが…。
「ナイト・ブルーの記録」
海洋無人探査機のオペレータ・霧島は、深く機械と神経接続していたため、やがて「操作している機械を完全に自分の体と同一視し、あるはずのない刺激を〈実感〉してしまう」"ヒト機械同化症候群" に罹ってしまう。
「幻のクロノメーター」
18世紀のロンドン、時計作りの第1人者ハリソンは、航海時に経度を測定するための高精度な時計クロノメーターの作製に身を捧げていた。ある時、部品の一部として手に入れた黒い石を紛失してしまったが、石はいつの間にか時計に組み込まれ時計を正確に動かしていた。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
久しぶりにSFを読みました。かつ、上田さんの作品は初めてです。
裏表紙の解説に載っているように、人間と科学技術の関係性、在り方について書かれた短編集で、考えさせられました。どの作品も論理的に組み立てられていて読みやすかったです。登場人物も、技術やモノづくりに熱心に関わっており、興味深く面白い作品集でした。
次は表題作「リリエンタールの末裔」の舞台となった長編『華竜の宮』を読んでみたいと思います。 -
異形物と独特の世界観が融合してる、作者の持っている一つの世界がここにある感じ。真似のできない独創性という言葉がとても似合う
-
―――彼は空への憧れを決して忘れなかった。
長篇『華竜の宮』の世界の片隅で夢を叶えようとした少年の信念と勇気を描く表題作ほか
18世紀ロンドンにて航海用時計の開発に挑むジョン・ハリソンの周囲に起きた不思議を描く書き下ろし中篇「幻のクロノメーター」など
人間と技術の関係を問い直す傑作SF4篇。
長編SF「華龍の宮」を書いた上田 早夕里の短編集
表題作の爽やかな雰囲気好きやなー読んでて澄みきった空気吸ってるような感じやった。
人の心を「見る」装置にまつわる「マグネフィオ」は一転切ない雰囲気やったな。
白乙一が好きな人にはいい感じやと思う。話の構成とかアイデアが似てる。
人と機械が深くつながる未来を描いた「ナイト・ブルーの記録」は描写が詩的で非常に鮮やかやった。
伝記のようなSFのような「幻のクロノメーター」もなかなか素敵。
実在の人物を取り入れつつ、仕掛けもうまく機能してる
世界全体が降ってくるんです。私の上に。 -
大規模海面上昇以後、リ・クリティシャス。睡蓮の花が水面の上でまるで咲いているように構築された海上都市、ノトゥン・フル。その上空を風を探し、上空気流に乗り、グライダーで自由を摑んだ鳥のように大空に向かい両翼を広げ滑空する様は、青年チャムの信念と勇気がどこまでもどこまでも続いている青という青の中で尊厳であり美麗である。
大空に憧れを抱く者、大空に思いを馳せる者、全てリリエンタールの末裔である -
テーマは可視化、ないしは具現化かな、と、読みしなにはおもっていた。
民族の誇りを内包した背中の鉤腕をフルに利用した飛翔。脳の機能障害を補完するためにうみだされた、水盤上に脳波で描かれる磁石の花を見せる装置。無人探査機の触覚と感覚を超えて身体的にシンクロした科学者。天体と同レベルの精度でときを刻む時計を世に送り出す職人の生涯。
繊細で美しい機械を媒介に、感情や思い、願いを増幅させる人間たち。その具現化がここで追い求められたテーマであり、その中心を担うのが人間の叡智たる科学でありマシンであろう、そんなふうに読み進めていた。
すべてを読み終えて振り返ると、それら、物語のど真ん中に据えられたはずのマシンたちは実は一様に脇役であることに気づく。実際にマシンで実現したいものは、対人間であればいともたやすく日々のなかに埋没される感覚だったり、人間が創り出した虚栄心や競争だったり。マシンで補強してまで希求する人間の欠乏感が、すべての根っこなのかもしれないと。
喪うから、求める。
喪うことができるのはそもそも存在していたからであるが、関係や感情、思いを元に戻し得るかの問いは物理と違って常に質量保存の法則が及ぶべくもない。しいていえば可塑性・可逆性の問題であるはずなのだ。だがここにでてくる登場人物たちはみな一様に、とにかく足りないパーツを埋めればなんとかなる、と、単純な足し算を律儀に繰り返す。あるものはひたすらに時計を作り、あるものは死にゆくものを触り、という具合に。
科学をベースにしながらも上田作品が繊細でしなやかなのはおそらくは、そのせいであろう。優美に詳細に生み出された科学の粋を尽くしたマシンたちは、あえて人への随意性を要件とされずに、人に柔らかにおもねる。
さいごの短編は、ことさらに丁寧に読んでいただきたい。実際の人知と科学に、人とのつながりとファンタジーを詰め込んだ、まさに白眉。
硬質な骨組みにしなやかな肉をまとった、優しいマシンたち。
そうか科学はこんなにも、甘やかでいとおしい、あたしたちの隣人、だったんだ。 -
全編が技術をテーマにしている作品です。
表題の「リリエンタールの末裔」では、主人公は多くの理不尽な困難にあう立場にあるものの、それでも悩みながら苦しみながら、でも最後には笑って進むだろうと感じた作品でした。
爽やかな読後感のもののほか、テーマである技術に対して考えさせられるものもあるのでぜひ読んでみてください。