リリエンタールの末裔 (ハヤカワ文庫JA)

著者 :
  • 早川書房
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感想 : 84
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  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150310530

感想・レビュー・書評

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  • 「リリエンタールの末裔」、「マグネフィオ」、「ナイト・ブルーの記録」、「幻のクロノメーター」の4篇収録。いずれも秀作だった。甲乙つけがたいな。主人公の身近な女性が語り手となって昔を振り返る「ナイト・ブルーの記録」や「幻のクロノメーター」の形式も良かった!

    「リリエンタールの末裔」
    背中に第2の腕〈鉤腕〉を持つ高地の民の少年チャムは、"空を飛びたい" という夢を叶えるため、海上都市に出稼ぎに出て、差別を受けながらもひたすら働き続ける。「魚舟・獣舟」や「華竜の宮」と同じ世界の物語。

    「マグネフィオ」
    社員旅行中の事故で脳を損傷し、相貌失認になった和也は、同じ事故で意識不明となった親友・修介を健気に介護する妻・菜月から相談を受けた。修介の心の動きを立体視する装置を作りたいのだという。菜月を想い続ける和也は協力を惜しまなかったが…。

    「ナイト・ブルーの記録」
    海洋無人探査機のオペレータ・霧島は、深く機械と神経接続していたため、やがて「操作している機械を完全に自分の体と同一視し、あるはずのない刺激を〈実感〉してしまう」"ヒト機械同化症候群" に罹ってしまう。

    「幻のクロノメーター」
    18世紀のロンドン、時計作りの第1人者ハリソンは、航海時に経度を測定するための高精度な時計クロノメーターの作製に身を捧げていた。ある時、部品の一部として手に入れた黒い石を紛失してしまったが、石はいつの間にか時計に組み込まれ時計を正確に動かしていた。

  • 久しぶりにSFを読みました。かつ、上田さんの作品は初めてです。

    裏表紙の解説に載っているように、人間と科学技術の関係性、在り方について書かれた短編集で、考えさせられました。どの作品も論理的に組み立てられていて読みやすかったです。登場人物も、技術やモノづくりに熱心に関わっており、興味深く面白い作品集でした。

    次は表題作「リリエンタールの末裔」の舞台となった長編『華竜の宮』を読んでみたいと思います。

  • 異形物と独特の世界観が融合してる、作者の持っている一つの世界がここにある感じ。真似のできない独創性という言葉がとても似合う

  • ―――彼は空への憧れを決して忘れなかった。
    長篇『華竜の宮』の世界の片隅で夢を叶えようとした少年の信念と勇気を描く表題作ほか
    18世紀ロンドンにて航海用時計の開発に挑むジョン・ハリソンの周囲に起きた不思議を描く書き下ろし中篇「幻のクロノメーター」など
    人間と技術の関係を問い直す傑作SF4篇。


    長編SF「華龍の宮」を書いた上田 早夕里の短編集

    表題作の爽やかな雰囲気好きやなー読んでて澄みきった空気吸ってるような感じやった。

    人の心を「見る」装置にまつわる「マグネフィオ」は一転切ない雰囲気やったな。
    白乙一が好きな人にはいい感じやと思う。話の構成とかアイデアが似てる。

    人と機械が深くつながる未来を描いた「ナイト・ブルーの記録」は描写が詩的で非常に鮮やかやった。

    伝記のようなSFのような「幻のクロノメーター」もなかなか素敵。
    実在の人物を取り入れつつ、仕掛けもうまく機能してる




    世界全体が降ってくるんです。私の上に。

  • 大規模海面上昇以後、リ・クリティシャス。睡蓮の花が水面の上でまるで咲いているように構築された海上都市、ノトゥン・フル。その上空を風を探し、上空気流に乗り、グライダーで自由を摑んだ鳥のように大空に向かい両翼を広げ滑空する様は、青年チャムの信念と勇気がどこまでもどこまでも続いている青という青の中で尊厳であり美麗である。
    大空に憧れを抱く者、大空に思いを馳せる者、全てリリエンタールの末裔である

  • 文句なしに、読書の快楽を味わわせてくれた中編集でした!感想長いぞ!

    表題作「リリエンタールの末裔」は、至福の長編「華竜の宮」の前日譚。半生をかけて、翼を手に入れることを望んだ青年は、いつか宇宙へゆく技術の一端を担うことになるのか。彼の人生の先には大きな災厄が待っているのだけれど、まだその予兆は遠く、希望の予感を残す好編。

    「マグネフィオ」。なんだか梶尾真治のクロノスを思い出した。SFと恋愛って、なかなか相性が難しいと思うんだけど、クロノスも本作も成功例のひとつだと思う(最高傑作は当然「夏への扉」) 。
    恋した女性は自分の親友を選び、決して自分を選びなおすことはなかった…。まあそれだけの話なんだけど、ここに副脳と感覚データのデバイス化を突っ込んでくるのが、上田早夕里の凄いところ。で、この世界の延長には「華竜の宮」が…?

    「ナイト•ブルーの記憶」。ダイバーの自分には、うらやましい限りの共感覚現象。ギンガメアジとバラクーダのトルネードが、その無数の鰭が水を掻く音を、肌で聴く快感…うおー、味わってみたい‼︎ …で、海の粘着物被害が広がりつつあるこの世界も、やがては「華竜の宮」へと…?

    「幻のクロノメーター」。ひとりの英国人女性が、自分の半生を航海用時計の開発秘話にからめて語る、魅力的な中編。ところどころに挟みこまれる未来的な描写が、私たちの生きる時代より先の物語だと思わせるのに、読み終えてみればなんと19世紀!というパラレルワールドストーリー。

    「自分たちが作りあげたものが、まるで命を持った生き物のように動き出すーあの瞬間の感動を知る生物である限り、私たちはいろんなものを作り続けることをやめないでしょう。安全なものも危険なものも、見境なしに作り続ける。それは人間の罪であり、同時に素晴らしさでもあると思うわ」
    「いつの時代だって技術自体に罪はない。悪い使い方しかできないのだとすれば、それは人間が愚かだというだけのことよ。圧倒的な技術力を誇りながら、それを社会の幸せのために使えず、自分たちが滅びる方向にしか使えないのならー大勢の人間を苦しめ、不幸にし、ただのひとつも解決法を見出せないならばーそれは、ただただ、人間がそれまでの存在だというだけのことでしょう」

    いちエンジニアとして、エリーの述懐も、理学と工学の相入れなさもよくわかるわー。ものを作り出すことって、ヒトにとって快楽なんだよね。知識欲って底なしで、個人としても種としても、求めずにはいられない。いつかそれが人類を滅ぼしちゃう日が来るんだろうか…もう来てたりして。

  • 短篇集。

    * リリエンタールの末裔
    空を飛ぶことを夢見て、たくさん働いてお金を貯めてグライダーを買うお話。裏のテーマは差別とかそういう感じのもの。リリエンタールとはハンググライダーの考案者。

    * マグネフィオ
    事故でなくなった人の心の動きを可視化したいという話。恋愛もの。ちょっと純粋すぎるかも。別に磁性化流体を使わなくてもディスプレイでも良いじゃんと思わないこともない。

    * ナイト・ブルーの記録
    海洋無人探査機を脳インタフェースで操縦しますよ。探査機を使っていたら、自分の手足のように感じてきましたよ。という話。

    * 幻のクロノメーター
    天文学と時計職人の話。途中から宇宙生物?らしきものが現れる。

  • 頭の中にサッと青いイメージが広がるSF短編集。

    1本目は、差別が黙認される窮屈な社会の中まっすぐに空を目指し、力強く未来の希望を見つめる表題作。最初はファンタジー色が強いのかな?と思い、取っつきづらく感じたけれど、世界観に明確なビジョンがあってすんなりと話に入り込めた。

    2本目は、人工感覚データの取引も目前となった時代、主観的感覚の価値が揺らぎ始めることが予感されるからこそ、苦しみも悲しみも全て手放すまいとする話。登場人物はみんな、自分の思うとおりに生きて、十分に欲張って…それなのに全然満たされていないように見えるのが、辛かった。
    そんな感覚でさえも、かけがえのない大切なものとして抱きしめる姿は切ない。

    3本目は、拡張した感覚で受け取る「海の手触り」の美しさと、感覚に付随する意識の変容、そして“人間性に縛られる人間”の姿がもどかしくも愛おしく描かれる話。これがすごく好き。
    感覚の増幅って、こわいけど、すごく魅力的だ。人間はどこまで行けるんだろうと、ワクワクする。

    4本目は、航海用の精密な時計づくりに人生をかけた男…を、見守り続けてきた観測者のお話。
    実際の話に、ちょっと突飛にさえ感じるファンタジー要素を組み入れた不思議な話だった。
    技術を磨き続ける人間の格好良さが、じわじわと胸に迫ってくる。

    全編通して、「技術と共に生きる人間」が、確かなディテールで感じられて、読み応えがあった。こういうSF読みたいなあ、と思っていたんだ。

  • テーマは可視化、ないしは具現化かな、と、読みしなにはおもっていた。

    民族の誇りを内包した背中の鉤腕をフルに利用した飛翔。脳の機能障害を補完するためにうみだされた、水盤上に脳波で描かれる磁石の花を見せる装置。無人探査機の触覚と感覚を超えて身体的にシンクロした科学者。天体と同レベルの精度でときを刻む時計を世に送り出す職人の生涯。

    繊細で美しい機械を媒介に、感情や思い、願いを増幅させる人間たち。その具現化がここで追い求められたテーマであり、その中心を担うのが人間の叡智たる科学でありマシンであろう、そんなふうに読み進めていた。

    すべてを読み終えて振り返ると、それら、物語のど真ん中に据えられたはずのマシンたちは実は一様に脇役であることに気づく。実際にマシンで実現したいものは、対人間であればいともたやすく日々のなかに埋没される感覚だったり、人間が創り出した虚栄心や競争だったり。マシンで補強してまで希求する人間の欠乏感が、すべての根っこなのかもしれないと。

    喪うから、求める。

    喪うことができるのはそもそも存在していたからであるが、関係や感情、思いを元に戻し得るかの問いは物理と違って常に質量保存の法則が及ぶべくもない。しいていえば可塑性・可逆性の問題であるはずなのだ。だがここにでてくる登場人物たちはみな一様に、とにかく足りないパーツを埋めればなんとかなる、と、単純な足し算を律儀に繰り返す。あるものはひたすらに時計を作り、あるものは死にゆくものを触り、という具合に。

    科学をベースにしながらも上田作品が繊細でしなやかなのはおそらくは、そのせいであろう。優美に詳細に生み出された科学の粋を尽くしたマシンたちは、あえて人への随意性を要件とされずに、人に柔らかにおもねる。

    さいごの短編は、ことさらに丁寧に読んでいただきたい。実際の人知と科学に、人とのつながりとファンタジーを詰め込んだ、まさに白眉。


    硬質な骨組みにしなやかな肉をまとった、優しいマシンたち。

    そうか科学はこんなにも、甘やかでいとおしい、あたしたちの隣人、だったんだ。

  • 全編が技術をテーマにしている作品です。
    表題の「リリエンタールの末裔」では、主人公は多くの理不尽な困難にあう立場にあるものの、それでも悩みながら苦しみながら、でも最後には笑って進むだろうと感じた作品でした。
    爽やかな読後感のもののほか、テーマである技術に対して考えさせられるものもあるのでぜひ読んでみてください。

著者プロフィール

兵庫県生まれ。2003年『火星ダーク・バラード』で第4回小松左京賞を受賞し、デビュー。11年『華竜の宮』で第32回日本SF大賞を受賞。18年『破滅の王』で第159回直木賞の候補となる。SF以外のジャンルも執筆し、幅広い創作活動を行っている。『魚舟・獣舟』『リリエンタールの末裔』『深紅の碑文』『薫香のカナピウム』『夢みる葦笛』『ヘーゼルの密書』『播磨国妖綺譚』など著書多数。

「2022年 『リラと戦禍の風』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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