胸の中にて鳴る音あり

著者 :
  • 文藝春秋
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感想 : 7
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  • Amazon.co.jp ・本 (253ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163696300

感想・レビュー・書評

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  • 【壁一枚むこうのリアル】
    私はノンフィクション作品が好きだ。
    とくにアントレプレナーやイノベーターとよばれる人たちの。
    しかし、このノンフィクション作品に登場する人たちは、それとは少し違う。

    ~胸の中にて鳴る音あり~ 上原隆 著
    21編のコラム・ノンフィクション。

    著者が話を聴きたいと思った人と行動をともにし、取材をする。
    取材対象者。
    それは普通の人たち。


    本著におさめられた21のコラムは、普通の人たちの21のドラマ。
    どのコラムも私の胸をザワザワさせた。

    そのなかでも、とくに私の琴線にふれたコラムを以下に紹介したい。


    『東大の時計屋』
    東京大学地下の時計屋で、七十年間ずっと時計の修理をしてきた八十八歳の職人さん。
    四年前に奥さんを亡くし、今はひとり暮らし。
    趣味もなく、友達もなく、あるのは時計修理の仕事のみ。
    喜びも悲しみも悩みもない。
    そのことをべつに淋しいとも感じない職人さん。
    年を取って『何もない』ということは、何か良くないことだと思っていた私。
    家族と友達に囲まれ、充実した日々を感じながら人生を終えていく。
    それが幸せなゴールであり、そこに近づけていくのが良いと思っていた。
    けれど、このコラムを読んで、それが正解だなんて言えないと感じた。

    人生の終わりに近づくにつれ、いろいろ『なくなっていく』ことが自然でもあり、『何もないこと』に良いとか悪いとかという括りはできないんじゃなかろうか。

    『ひとりだけの男を』
    18歳で初めて付き合った人と結婚。その後夫の浮気、娘の引きこもりなど困難を乗り越えた55歳の奥さま。
    コラムの中で『一見円満そうに見える夫婦でも、内実はそれぞれ困難を抱えている』との一節。
    この一節に、なぜか心臓の鼓動が早まり、家族のために夕食を作ってくれている妻を意味深げに見てしまった。
    ある意味、夫婦関係の真理みたいなものなのだろうか。

    『不倫のメリット』
    社内で妻子ある男性と不倫している二十六歳女性。
    責任や束縛が少なくて楽という不倫のメリット。
    けれど、感情が深まるにつれて、楽じゃなくなり不倫がデメリットになる。
    そのメリットとデメリットの間で苦しむ女性。
    このコラムから私は、不倫に『感情のブレーキとアクセルを同時に踏む』ような息苦しさを感じた。
    個人的にはこんな息苦しさ味わいたくない。
    まあ、私に不倫できるほどの器用さはないのだか。



    『つらいもまた良し』
    他のコラムとは異なり、著者・上原隆氏の考えが語られたコラム。
    この本の『芯』といえるコラムなんじゃないかと思う。

    「人がつらい時に、人がどうやって自分を支えるのかを知りたくて、私は人と会い、話をきき、行動をともにして、私の心にグッときたら、その感情が人にも伝わるようにと思って文章にしてきた。」
    この言葉どおり、この本から感情が伝わってくるのを感じた。

    誰もがもっている唯一無二の愛おしいドラマ。
    それが『安い記事』になるか『心を打つ物語』になるかは書き手次第なのだろう。



    すべてのコラムを読み終えて、今自分が置かれている環境に改めて感謝するとともに、いくつかのコラムの内容に少なからず哀れみを感じてしまった自分になんだか嫌悪感。
    けれど、この『環境に感謝し、他人を哀れみ、自分に嫌悪感』という感情をもう少し掘り下げてみたくなった。

    発見も多かった一冊。
    遠い世界・遠い時代のリアルではなく、壁一枚むこうの見えないが近くのリアル。
    ビジョン、ミッション、イノベーション・・・・、その手の話もいいけれど、近くのリアルに目を向けることもいいものだよと、この本に言われた気がした。

  • いい題名。そのものという感じ。丁寧に描かれたルポ。短いストーリーの中にそれぞれの人生が滲み出る。

  • いろんな人の日常を知ることができた

    その後が気になったりして

  • 誰かの人生を少しづつ切り取って、崩れないようにそのまま文章にした本。感動的な表現などのない簡素さが却って心に沁みる。

  • 20/1/30

  • 年をまたいで読み終えた一冊。普通の人々のそれぞれのドラマを掬い取る上原氏の文章はどこか切なさも含んでいて、印象的です。今、朝日新聞の夕刊でも連載が続いていますが、いずれ本にまとまるのでしょう。この本では「ひとりの男だけを」「日曜日はいつも」が、特に心に残りました。

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著者プロフィール

1949年、神奈川県横浜市生まれ。立命館大学文学部哲学科卒。エッセイスト、コラムニスト。記録映画制作会社勤務のかたわら、雑誌「思想の科学」の編集委員として執筆活動をはじめる。その後、市井の人々を丹念に取材し、生き方をつづったノンフィクション・コラム『友がみな我よりえらく見える日は』がベストセラーとなる。他の著書に思想エッセイ『「普通の人」の哲学』『上野千鶴子なんかこわくない』『君たちはどう生きるかの哲学』、ノンフィクション・コラム『喜びは悲しみのあとに』『雨にぬれても』『胸の中にて鳴る音あり』『にじんだ星をかぞえて』『こころが折れそうになったとき』『こころ傷んでたえがたき日に』などがある。

「2021年 『晴れた日にかなしみの一つ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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