- Amazon.co.jp ・本 (326ページ)
- / ISBN・EAN: 9784163910529
感想・レビュー・書評
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主人公は大阪で与力の跡取りとして生まれながら、家が明治維新で没落したため幼いころより商家に丁稚奉公に出された錬一郎。周囲の人間から「へぼ侍」と揶揄されても、士族の誇りを失わず棒きれを使って剣術の真似事などをして心身を鍛えていた。1877年、西南戦争が勃発すると官軍は元士族を「壮兵」として徴募、武功をたてれば仕官の道も開けると考えた錬一郎は意気込んでそれに参加する。しかし、彼を待っていたのは、料理の達人、元銀行員、博打好きの荒くれなど、賊軍出身者や異色の経歴の持ち主ばかりの落ちこぼれ部隊だった――。
【感想】
薩摩生まれなので、西南戦争を題材にした小説となれば読まずにはいられない。しかも26回松本清張賞受賞だったら尚更だ。
官軍側から書かれてあるが実際は「勝てば官軍、負ければ賊軍」の世界だった。「壮兵」には同郷の薩摩や、旧幕府方で戦った元武士ら。それに西南戦争最中に西郷が解散令を下した直後、壮兵に加わった者もいる。戦(たたかい)視点より、戦場となった熊本や宮崎の村民が官軍と西郷軍の板挟みに苦しみ被害を被ったことが紙面を割いていたように思えた。
本作は、そんな中で16歳の錬一郎が武の虚しさを知り次へと進む道を探していくビルドゥングスロマン(成長物語)だろう。
錬一郎は年上の30歳代の沢良木、三木、傭兵稼業の松岡らを統率する分隊長に指名される。錬一郎はひと回り上の彼らと共に九州の地を踏む。新政府ができ侍の時代が終わっても刀と威光を捨てられず武功を挙げようともがく彼らは、官軍と賊軍の名前は違っても同じ穴の狢に思える。糊口をしのぐために壮兵となる人たちもいた。
沢良木は料理人だった腕を生かし、畑に実る見慣れない九州の野菜を取り入れ隊員たちの食事を賄う。三木は隊の帳簿を任される。一方で兄貴分の気の良い松岡は結局戦い無くしては生きていけない。
一夜の西郷との邂逅エピソードが印象深かった。
自身の身分を隠して現れた西郷は錬一郎を見て「おはん、良か目をしちょっど」と云う。若い頃に竹馬の友と己の夢を追って、鹿児島から京都、大阪、江戸と駆けずり回ったと振り返る。「何事か為さん、何者かにならんと泳ぐようにとあがいていた」と若い記憶を思い出して焼酎を錬一郎に注ぐ。たぶん史実にはない挿話だろうが、本文に語られた西郷の心境を言い当てているように思えた。西郷さんに関する本を幾冊か読んで私も同じように推察していたから。
西南の役が終わると、錬一郎は道場を引き継がずに除隊し学問を目指す。進学資金の工面に西郷とのエピソードが関わっている。錬一郎が薬問屋で10年間丁稚奉公をしていたノウハウが生かされている。彼はなかなか商才に長けた人物だった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
松本清張賞受賞のデビュー作というのだが、文章もこなれているし、キャラクターは良く書けているし、実在の人物をうまく絡めているし、テンポよく読めるしで、何も言うことはない。
次回作も構想中とのことなので、楽しみだ。 -
2019年松本清張賞受賞作。
作者は天狼院書店小説家養成ゼミの受講生坂上泉さん。
読まないわけにはいかないでしょう。
個人的に歴史小説は苦手な部類ですが、最初から最後まで楽しく読めた、というのが素直な感想。
江戸時代から明治時代に移った後、『元』武士だった家系の男、錬一郎。
商人として育てられながらも侍になる夢を諦めきれない。
そんな折に勃発した西南戦争。
時代が変われば幸せの定義も変わる。
主人号の錬一郎がその時代に合った成長を遂げていく様は読んでいて清々しささえ覚えます。
夢を求めて邁進した先はまったく違う運命だった。
しかし、それは決して不幸ではない。
新たな希望の始まり。
昭和から令和に移ったいまだからこそ読んでおくべき作品です。 -
2021.12 登場人物がイキイキしている小説。
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西南戦争を違う角度から捉えて面白く読ませて頂きました。
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すずちゃん大好き
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★きちんとした時代エンタメ★登場人物のキャラを立て、明治初期の匂いを伝え、誰でもが知る後の著名人の若かりしころとも絡ませる。エンタメの作法をしっかりと踏まえつつ、時代物をきちんと書けるのは強い。
時代にもまれた博打好きの荒くれ者の行方は分からないままなのは、ここだけ予定調和を外しているのがいい。「パアスエイド」と、賭ける未来をしっかりと示しているのが青春小説としても爽快感がある。 -
大坂士族でありながら商家の丁稚奉公にならざるをえなかった「へぼ侍」青年が、一旗あげてお家再興目的で参戦した西南役での体験と見聞から大きく成長する痛快物語。本当に有り得たかもしれない同時代人との出会いを軸に、徴兵制を機に武士という職業が成立しなくなる環境変化を、商才と柔軟な思考力を新たな武器として犬養毅に感化されたであろう「persuade」を人生の拠り所としていく様を、メリハリのある明瞭な文体で活劇風に描いた秀作。「インビジブル」を先に読み、本作を読んで著者がただならぬ作家であることを確信しました。次回作も楽しみ。
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ヘボ侍のまわりにいい人たちがいてよかった。鈴ちゃん。
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官軍側の話は珍しい。
パアスエイド!