イーロン・マスク 上

  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (480ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163917306

作品紹介・あらすじ

世界的ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』評伝作家だからこそ描けた。
  いま、世界で最も魅力的で、かつ、世界で最も論議の的となるイノベーターの赤裸々な等身大ストーリー­。彼はルールにとらわれないビジョナリーで、電気自動車、民間宇宙開発、人工知能の時代へと世界を導いた。そして、つい先日ツイッターを買収したばかりだ。

  イーロン・マスクは、南アフリカにいた子ども時代、よくいじめられていた。よってたかってコンクリートの階段に押さえつけられ頭を蹴られ、顔が腫れ上がってしまったこともある。このときは1週間も入院した。
だがそれほどの傷も、父エロール・マスクから受けた心の傷に比べればたいしたことはない。エンジニアの父親は身勝手な空想に溺れる性悪で、まっとうとは言いがたい。いまなおイーロンにとって頭痛の種だ。このときも、病院から戻ったイーロンを1時間も立たせ、大ばかだ、ろくでなしだとさんざどやしつけたという。
 この父親の影響から、マスクは逃れられずにいる。そして、たくましいのに傷つきやすく、子どものような言動をくり返す男に成長し、ふつうでは考えられないほどのリスクを平気で取ったり、波乱を求めてしまったりするようになった。さらには、地球を救い、宇宙を旅する種に我々人類を進化させようと壮大なミッションまでをも抱き、冷淡だと言われたり、ときには破滅的であったりする常軌を逸した集中力でそのミッションに邁進するようになった。
 スペースXが31回もロケットを軌道まで打ち上げ、テスラが100万台も売れ、自身も世界一の金持ちになった年が終わり2022年が始まったとき、マスクは、騒動をつい引き起こしてしまう自身の性格をなんとかしたいと語った。「危機対応モードをなんとかしないといけません。14年もずっと危機対応モードですからね。いや、生まれてこのかたほぼずっとと言ってもいいかもしれません」
 これは悩みの吐露であって、新年の誓いではない。こう言うはしから、世界一の遊び場、ツイッターの株をひそかに買い集めていたのだから。暗いところに入ると、昔、遊び場でいじめられたことを思いだす——そんなマスクに、遊び場を我が物とするチャンスが巡ってきたわけだ。 
 2年の長きにわたり、アイザックソンは影のようにマスクと行動を共にした。打ち合わせに同席し、工場を一緒に歩き回った。また、彼自身から何時間も話を聞いたし、その家族、友だち、仕事仲間、さらには敵対する人々からもずいぶんと話を聞いた。そして、驚くような勝利と混乱に満ちた、いままで語られたことのないストーリーを描き出すことに成功した。本書は、深遠なる疑問に正面から取り組むものだとも言える。すなわち、マスクと同じように悪魔に突き動かされなければ、イノベーションや進歩を実現することはできないのか、という問いである。

感想・レビュー・書評

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  • 【感想】
    世界をまたにかけるお騒がせ男、イーロン・マスク。最近はTwitterの買収と運営で朝令暮改のゴタゴタを起こしている彼だが、本書はそんなお騒がせ男初の「公式伝記」となっている。上巻は子ども時代、スペースX設立、テスラでの自動車開発がメインのお話で、2019年頃までの様子が語られる。下巻はスターリンク開発とTwitter買収の2本柱といったところだ。
    イーロン・マスクと聞いて私が想像したのが、天才的なイノベーターでありながら人格に問題を抱えており、奇抜なアイデアと誇大妄想を次々と繰り出すカリスマ、という人物像なのだが、本書ではまさにそのとおりのエピソードが次々と語られていく。その破天荒な内容が面白すぎて、あっという間に読み終えてしまった。ぜひ下巻も読み進めていきたい。

    下巻の感想
    https://booklog.jp/users/suibyoalche/archives/1/4163917314


    ●子ども時代
    イーロンは幼少期を南アフリカで過ごしているが、治安の悪さも相まって、殴り殴られの壮絶な時代を過ごした。

    12歳のとき、ベルドスクールという荒野のサバイバルキャンプに放り込まれている。配給される水も食料も少ないが、人の分を奪うのは自由であり、むしろそうしろと勧められていた。かつて死人が出たこともある危険なキャンプで、自分より体の大きい子どもをぶん殴って何とか生き延びたという。
    イーロンの幼少期は暴力の連続だった。学校では誕生日の関係からクラスで一番幼く、体も一番小さかった。さらに、人間関係をうまくこなすことができなかった。共感は苦手だし、ほかの人に好かれたいとかも思わないし、気に入られようとすることもない。だから、どこに行ってもいじめられ、顔を殴られた。イーロンいわく、「殴られると人生がどう変わるのかは、殴られたことがある人でないとわからないでしょう」と語っている。
    しかも、父親のエロール・マスクはそれ以上にイーロンの心を痛めつける存在で、同級生に殴られて病院送りになったイーロンに対して「大馬鹿野郎、ろくでなし」と罵りまくり、殴った方の肩を持った。こうした経験から、イーロンは幼い頃から恐れや喜び、共感といった感情を遮断するすべを学んだと言う。

    イーロンは、自身がアスペルガーであることをおおっぴらに語っており、母親もそれを認めている。
    母「子ども時代、実際にそう診断されたわけではないのですが、でもアスペルガーなんだと本人も言っていますし、まちがいなくそうだと私も思います」
    だが、感情の琴線が壊れている彼だからこそ、普通では考えられないほどのリスクを平気で取れるし、ひたすら冷静に計算し、熱い情熱をもって突き進むことができる。その性格のおかげで、私たちも大きな夢を見ることができるのだ。

    多くの天才の例に洩れず、イーロンも、放っておくとどこまでも好き勝手し続ける子どもだったという。当然周囲と仲良くやっていけるわけがなく、10歳になるまで友達がいなかった。反面ビデオゲームや読書が大好きで、父が持っていた百科事典2セットを通読したというエピソードを持っている。そのうちダンジョン&ドラゴンズやコンピューターゲームにのめり込み、プログラミングを学んでいった。18歳で南アフリカを出てカナダに渡り、クイーンズ大学、ペンシルバニア大学で学んだ後、地図ソフトウェアを開発する会社を立ち上げた。事業は成功し、3億7000万ドルで会社が買収され、イーロン自身は27歳にして2200万ドルを手に入れている。


    ●スペースXの設立から成功まで
    マスクは小さい頃からロケットと電気自動車に情熱を燃やしていた。ペイパルCEOを解任された後の集まりで、「火星を開拓する。人類を複数惑星にまたがる文明にすることを人生の目標にしたんだ」と語り、仲間から「頭のおかしいやつだ」と思われていたらしい。

    そもそも、何故火星なのか?イーロンは過去のインタビューでその理由をいくつか挙げている。
    一つは、か弱い地球になにかがあっても、ほかの惑星に住むようになっていれば人類の文明と意識は生き残れると思っているからだ。小惑星がぶつかるとか、核戦争で気候が大きく変わるとかで、地球が住めなくなることも十分に考えられる。
    「他の惑星に行けたほうが、人類意識の寿命はずっと長くなるはずです」
    もう一つは、精神的な動機だ。
    「米国というところは、文字どおり、純粋に探検の精神の国なんです。冒険者の地ですよ」「宇宙に出ていく以上に壮大な冒険はちょっと思いつきません。火星に基地を作るのはものすごく難しいでしょうし、おそらくは途中で死ぬ人だって出てしまうでしょう。米国に移民してきた時代と同じように、です。それでも、火星に行くと想像しただけで元気になれますし、いま、世界はそういうことを必要としているのです」
    要は、新時代を切り開くべき意欲が人間には必要で、そこから逆算して「火星移住」というミッションが適する、ということらしい。荒唐無稽さはあるが、こうしたビジョンを堂々と語り実現に走れるのがイーロンの強さだ。

    イーロンは2002年にスペースXを立ち上げ、ロケット開発に着手していく。
    ロケット開発では、イーロンの仕事のやり方を象徴するエピソードがいくつも語られる。
    そのうちの一つが「スケジュール感」だ。マーリンエンジンを開発していたとき、エンジン部門のリーダーが期間を半分にして持ってきたスケジュールを「なんでこんなに時間がかかるんだ?もう半分にしろ」と言った。当然反論すると、イーロンは「今後もエンジン部門のリーダーでいたいか?」と問いた。もちろんと答えると、「じゃあ、やれと言われたらやれ」と冷たい命令が返ってきた。
    だが、結局イーロンの言う通りには短縮できなかった。これ以外にも彼はことあるごとに非現実的な期日を設定してきたという。その他、「とにかくやってから言え」「無理と言うな」「なんとかしろ」などと、ボスという立場を悪用したパワープレイで周囲を振り回すのだが、実際に上手くいくことも多い。

    初のロケット「ファルコン1」の打ち上げは失敗に終わった。2回目の挑戦は宇宙にこそ到達したが軌道に達することはなかった。そして3回目も失敗。イーロンの資産はほとんど残ってなかった。
    イーロンは打ち上げ失敗のわずか1、2時間後に声明を出した。「スペースXはあわてることなく前に進み続けます。スペースXは軌道に到達するという目標を達成します。そこに疑問が入り込む余地はありません。私はあきらめません。絶対に」
    イーロンのカリスマ的資質が存分に発揮された場面だ。ここで社内の雰囲気が「失敗だ、もうだめだ」から「やってやるぞ」に一気に変わったという。

    そして運命の4回目。テスラでの事業不振のこともあり、資金は底を尽きている。正真正銘のラストチャンス。これを、イーロンは見事やってのけた。ファルコン1は民間が独自開発したロケットとして初めて、地上から打ち上げて軌道に到達したのだ。イーロン以下、わずかに500人で一から設計し、製造もすべて自分たちでやってのけた。


    ●テスラでの(地獄の)電気自動車生産
    イーロンが創業資金を投資したテスラだが、当初の彼の立ち位置は一投資家にすぎなかった。しかし、設計や技術判断に深く関わるようになると、イーロンの影響力がどんどん大きくなっていく。根本的な設計以外――見た目や軽微な変更にもガンガン意見し、そして反対意見を聞こうとはしない。変更を繰り返すにつれて設計が複雑になっていき、各国にある工場の生産が遅れ、キャッシュがどんどん飛んでいった。
    テスラ初の製品であるロードスターの生産を前に、財務状況は悪化するばかりであった。生産の第1ラウンドに必要な材料は1台あたり11万ドルで、キャッシュは数週間で底をつきそうだった。
    2008年秋には状況がさらに悪化し、友だちや家族からお金を借りないと給料が払えないほどになった。このころイーロンは、毎晩、ぶつぶつぶつぶつ独り言を言っており、手足を振り回して叫ぶこともあった。それを見るのはとても怖かったとタルラ(2人目の妻)は言う。
    「心臓発作でも起こすんじゃないかと心配で心配で。夜驚症と言うんでしょうか、寝ているのに突然叫びだし、私にしがみついてきたりするんです。恐怖ですよ。彼は追いつめられていて、私はびくびくでした」「内臓に来てしまって、叫んでは吐いてました。私はトイレで横から彼の頭を支えてあげました」

    その後スペースXの成功もありキャッシュフローは改善、2012年6月に、モデルSのラインオフが行われた。
    イーロンはテスラでも「設計と製造の一体化」を推し進めている。イーロンは、技術者のキュービクルを組立ラインの脇に置いた。こうすれば、設計上の問題で組立がうまくいかなかったとき、文句の声も聞こえるし、火花が飛んだら見えるからだ。技術者を集め、一緒に組立ラインを見て歩くのもよくした。組立ラインを巡りながら、この部品はなくせないのか、小さくできないのかと、幹部でも組立ラインの溶接工でも、全員に同じメッセージを送った。こうすることで日々、改善のアイデアが得られるからだ。

    イーロンはフリーモントの組立工場にデスマーチを強いた。モデル3が週に2000台しか生産できていない現状から、2ヶ月後の6月末までに週5000台まで増やす。狂気の改善作業の始まりである。
    イーロンが工場内をうろつき、赤ランプを見ると突進する。なにが問題なんだ?部品が1個行方不明なんです。その部品、責任者はだれだ?そいつをここへ呼べ。センサーのひとつが誤報続きで。制御卓を開けられるヤツを探してこい。設定は調整できないのか?そもそも、そんなセンサーがなぜ必要なんだ?
    こんな調子で、1日に100回は指揮官決定を下したと言う。スペースXの現場では、「エンジンの始動やエンジンの爆発防止など、絶対に必要なもの以外、センサーはなくせ」と技術陣にメールで指示。「今後、エンジンにセンサー(など)を取り付けた者は、それがまちがいなく必要でないかぎり、クビになるものと覚悟しろ」と脅迫している。

    当然、そんな独裁体制を築いていれば、反対する者も出てくる。「生産スピードを上げるために安全性や品質を犠牲にしている」と。生産品質のシニアディレクターは退職。CNBCのテレビ番組では、「モデル3に設けられている強気の生産目標を達成するため、手抜きを強いられている」という現職員と元職員の言葉が紹介された。プラスチック製ブラケットが割れていたら絶縁テープで補修するなど、おざなりな対応を求められるという言葉もあった。ニューヨークタイムズ紙も、1日10時間働けと圧力をかけられているという作業員の声を報じた。「常に『何台できた?』と問われるんです。とにかく作れ、もっと作れ、なんですよ」
    これらの報道にも一片の真実がある。テスラの負傷率は業界平均の30%増しだったのだ。

    結果的に、2018年5月末には週に3500台を生産できた。そして6月末には、公約通り5000台を達成したのだった。


    ●イーロンの性格
    本書ではイーロンの人間性について多くが語られるのだが、端的に言えば「共感性のない自己中」である。彼自身、「チームメンバーに愛してもらうことなど仕事ではない。そんなのは百害あって一利なしだ」と、のちにスペースX経営陣を集めた会議で語っているくらいだ。
    マスクは何日も徹夜して仕事を続ける仕事中毒者なのだが、厄介なことにそれを他人にも強いる。感謝祭までにXドットコム(ペイパルの前身)を公開すると発表したときは、11月末までの数週間、イーロンはいらついた様子で毎日事務所をうろつき、みんなをいらつかせた。もちろん、ほぼ毎晩、机の下で寝て泊まり込みだ。感謝祭当日も仕事で、真夜中の2時に退勤したエンジニアを11時には電話で呼び戻したりしている。
    テスラのバッテリー工場では、「モデル3を週に5000台作る。作れなければ会社が死ぬ」と社員に発破をかけた。その時工場は週に1800個のバッテリーしか作れなかった。ラインの増設には1年かかる、と幹部が抗弁すると、その幹部をクビにし、言うことを聞く人間を指揮官に任命したという。

    そんな状態だと、当然人間関係はさんざんである。会議中に開発者に人格攻撃を行い空気をめちゃくちゃにする。テスラでは開発中の車の原価を聞くなりブチ切れて、責任者のエバーハードを解任し、後に名誉毀損で訴えられている。元妻のジャスティンはストレスから精神薬を飲んでおり、結婚生活は破綻していた。ショットウェルというマスクと20年以上も一緒に仕事をしてきた女性は、「イーロンはくそ野郎じゃないんですが、でも、おりおり、そう思われてもしかたがないことを言ったりします。自分の言葉が相手にどう受け取られるのかを考えないからです。ミッションを成功させたい、それしか頭にないんです」と語っている。

    テスラの元CEOマイケル・マークスは、イーロンの性格について次のように答えている。
    「マスクはスティーブ・ジョブズと同じタイプだと思っているんです。とにかくクソなヤツはいるものだ、と。ところが、ふたりともすごい成果をあげています。で、つい、考えてしまうわけです。もしかして、あの性格と成果はセットなのか?と」
    ――セットであればマスクの言動は許されるのか?
    「これほどの業績に対して世界が払わなければならない対価が、くそ野郎でなければ達成できないなのであれば、そうですね、たぶん、それだけの価値はあると言えるのではないでしょうか。私はそう思うようになりました」「でも私自身がああなりたいとは思いませんね」

    また、イーロンはリスク大好き人間である。「船に火をかけて、ほかの人々の逃げ道をなくす」と称されているとおり、向こう見ずな賭けをガンガン行う。
    例えば、2010年にスペースXが無人宇宙船を打ち上げたときの出来事。打ち上げは年内を予定していたが、最終検査で2段目エンジンのスカート部に小さな亀裂がふたつ見つかった。
    「NASAの関係者は、みんな、何週間か延期になるなと思いました」とガーバーは言う。「ふつうならエンジン全体を交換する話ですから」
    「スカートを切ったらどうだろう」と、イーロンが技術陣に問うた。「文字どおり、ぐるっと一周切ってしまうんだ」
    亀裂2カ所が入ったところを切り落とせばいいんじゃないかというわけだ。スカートを短くすると推力が落ちてしまうとの指摘もあったが、今回のミッションに十分な推力は得られるはずだとマスクは計算した。結論は1時間足らずで出た。大きなはさみでスカートを少し切り落とし、翌日の大事なミッションは予定どおり進める、である。
    NASAはもうイーロンの決断を受け入れるしかなかった。信じられないという顔だった。
    そして、宣言どおり打ち上げを成功させたのだ。


    ●仕事の流儀
    イーロンの哲学の一つに、「独立のエンジニアリング部門をなくし、エンジニアは製品マネージャーと同じチームにする」というものがある。設計と製造の分離は機能障害をもたらすというのだ。一理あるが、加えて、チームは製品マネージャーよりエンジニアに率いらせるほうがいいとも考えている。この哲学はロケット開発では通用したが、ツイッターでは通用しなかった。
    ロケットを作る工場の間取りでも、設計、エンジニアリング、製造を一箇所にまとめている。イーロンはこのとき「組立ラインの人間が設計者や技術者の首根っこをつかまえて、なにを考えてこんなことにしたんだと言えるべきなんだ」と説明している。

    また、イーロン流ルールは「コスト削減」において最大限発揮される。彼はとにかくコスト削減にうるさい。というのも、ロケットに使う部品と自動車で使う部品の材料はほぼ同じなのに、ロケット部品を買おうとすると10倍の値段がかかるからだ。
    そのため、ロケット業界や自動車業界で部品はサプライヤーから買うのが普通だが、イーロンは、できるかぎり内製しようとした。上段エンジンのノズルを制御するアクチュエーター1基に12万ドルと言われたとき、イーロンは、「そんなに難しいものじゃない、せいぜいガレージのドアオープナー並みだ、5000ドルで作れ」と技術者に命じた。結局、洗車機で液体の混合に使われているバルブを改造して流用し、上手くいったという。

    イーロンは「要件はすべて疑え」と口を酸っぱくして言う。「要件」だからしなければならない、「要件」だからこうなっている、という理屈が大嫌いで、それを口にした瞬間全て突っ込まれると言う。そして次に「部品や工程はできる限り減らしてシンプルにしろ」と言い、口答えは許さない。
    テスラSを開発するとき、国の規制で貼らなければならない、エアバッグに関する警告のラベルを「これはばかやろうだ」と言って取っ払ったことがある。当然国はそれを認めず、何年もの間リコール警告を食らい続けているという。ここまで来ると法を無視した暴走だ。

    しかし不思議なのは、イーロンが雑に「〇〇にしろ」と言うとき、決して当てずっぽうで言っているわけではないことだ。例えばテスラのモデルSのバッテリーパックを開発する際、航続距離の目標を達成するには何個のバッテリーセルが必要かとイーロンが聞いた。責任者は「8400セルです」と答えたが、「だめだ、7200セルでやれ」と一蹴された。いつものイーロン流改善案だ。しかし、やってみたらピタリと7200セルでうまく行ったという。こうしたイーロンの「予言」が正解を示すケースは少なくない。恐らく、彼自身CEOでありながら、設計・開発のありとあらゆることを熟知するまで首を突っ込み、現場と一体になって会社を回していく「プレイヤー」だからだろう。

    イーロンが好きな言葉に「本気」がある。モデルSの生産ラインが順調に動きはじめたころ、この信念をいかにもな電子メールにしたためて従業員に送っている。題名は「超本気」だ。
    「いままでほとんどだれも経験したことがないほど密度の高い仕事をする心づもりをしておくこと。弱い心では業界に革新をもたらすなどできるはずがない」

  • 半生が綴られた前編(2019年まで)

    予想はしていたが、内容がぶっ飛びすぎて自身の参考にはならず、ただただ楽しく読ませてもらいました。

    ストレスには無縁の人かと思いましたがテスラ、スペースXが崖っぷちの時は夜中に起きて叫んだり、トイレで吐くなどの苦悩があったのは意外で新たな一面が見られたのは共感深いです。

    彼の考え方で凄い事は如何なる規則、常識も疑い続ける姿勢。
    これ、自己啓発書で良く書いていますけど、普通はできませんよね〜

    これが凡人との違いですか。。。

  • アスペルガーで双極性障害もち。思い通りにいかないと癇癪を起こし、そうかと思うとまるで子どものように遊びに夢中になる。
    おかしいな…。私も似たような特性の持ち主なのに(奥さん大変!)、手元にEVスポーツカーもなければSNSもスペースシャトルも衛星ネットワークもない。おかしい。

    その違いを垣間見たのが、イーロン・マスクはリスクを恐れないということ。いや、恐れていても乗り越えるためには枠組みすら破壊することを躊躇しない。「当たり前」を壊すという傑出した突破力。

    たまたまモデルSを一度分解したことがある。バッテリーが切れていたので四苦八苦して給電口を探しあて(テールランプの下とは!)、さて充電できたと思ったらドアノブが飛び出してきた。マジか。室内はデカいディスプレイが1つあるだけ。スイッチ類もない。どこから工具入れるんだよ…。
    これらがイーロン本人のこだわり抜いた点だったとは。


    こだわりのびっくり箱を作っているテスラ工場のスローガンがまた面白い。

    ─技術系管理職は必ず実践経験をつまなければならない。そうしなければ馬に乗れない騎兵隊長。剣の使えない将軍になってしまう
    ─仲間意識は危ない。相手の仕事に疑問を投げかけにくくなる
    ─間違うのは構わない。ただし、自信を持った状態で間違うのだけはやめよう
    ─自分がやりたくないことを部下にやらせてはならない
    ─解決しなければならない課題に直面したら、管理職に伝えて終わりにしないこと。階級を飛ばし管理職の下の人間と直接会うこと
    ─採用では心構えを重視すべし。スキルは教えられる。性根を正すには脳移植が必要だ
    ─気が狂いそうな切迫感を持って仕事をしろ

    (作者註)規則と言えるのは物理法則に規定されるものだけだ。それ以外は勧告である。


    確かに内側にうったえかけてくるような内容。気違いのように相手の仕事に疑問を投げかける、なんてやりたくないし、やられたくないなぁ〜と素で思ってしまう。

    それくらいでないと、当たり前という人間の壁は壊せないのか。さて、始祖の巨人になる準備をして下巻Audibleリリースまで待つ。

  • 自分のことをアスペルガーだと公言し、だから共感性が欠如している、だから集中力がずば抜けている、だからスペースXやテスラの成功があったのだと言う。悪魔モードに入ったイーロンは手も付けられず、平気で相手を攻撃する。イーロン自体も幼少期、豹変する父親に怯え現在もその影に悩まされているのに同じことをしてるなんて。癇癪を抑えられないからすぐにクビにするし、仕事では成果以上の成果を当たり前のように求める。天才なのかもしれないけど、Xを買収したあたりから取り返しのつかないことに進んでいっている気がして。下巻へ。

  • これほどスゴイ人だったとは!
    我儘で傲慢で奇っ怪なのに頭脳明晰、時には
    子どものようにやんちゃにもなるし。
    人間の一生は時間に限りがあるというのにどうしてマスク氏は縦横無尽に動き廻れるのだろう。
    伝記を読むということ、久しぶりだけれど生きることの指針なり展望なりいただけると思ってはいけない、この本に限っては。

  • <代>
    いろんな有名人の伝記と云うか半生記と云うか,そういうのを得意とするプロのライターが書いた本を割と沢山読んで来た。
    今までは その有名人たちが僕よりかなり年配の人達だった。アップル社 i-Foneを作ったスティーブ・ジョブス,Walmartの創業者サム・ウォルトン,マイクロソフトwindowsの生みの親ビル・ゲイツ,そしてAmzonの親分ジェフ・ベゾスなど。

    ところが時代がとうとう僕より年下の有名人の本を読む事になってしまった。イーロンマスクの誕生は1971年。なんと僕より一回り近く若いのだ。自分達世代はいつまでも現役で 僕だっていつかは 先に名前を挙げたスティーブ・ジョブスの様な偉業を成し遂げてやるぜ!と勘違いにしても思っていた僕らの世代はとっくに終わっていたのであった。やれやれ。

    あ,またもや本の内容には触れずに自分自身の話題に偏っているがいいんだこれで。その本を読んだ時に何を思ったか 感じたか が一番大事な事で それを書き留めておくのがこういう読書コミュの役目だと僕は思っている。荒筋書いたり登場人物を羅列したり場合によっては短編作の場合は全作の題名書いてみたり・・・は僕も昔はやった事あるが 後から読み直すととてもむなしい気分になるもんなぁ。今書いているこういう文章ならあとで読んでも結構面白いのだ。すまぬ。

    この本は沢山の小さな章に区切られている。つまりお話が長くなく小気味良く休憩を挟みながら読めて行く って感じ。しかも写真が多用されていて字ばかりの本に比べると格段に気持ちが和む。名前だけ登場して見た目どんな人物なのかが分からないまま読み進めなければならないのとは大違いだ。特にマスクの父母含めて従弟などの親族の写真はイーロンの物語を僕の頭で描いていく上でとても役に立った。気が付くと今まで僕が読んだこの手の伝記本のなかで一番早く読み進めていのだった。

    本書の著者 ウォルター・アイザックソン は数年前に僕が読んだ「スティーブ・ジョブズ」の作者でもあるらしい。日本人の訳者もジョブズと同じ人。でも本の内容はこのイーロンの方がずっと面白い。スティーブの時は読み進めるのに結構胆力が必要だった記憶があるが このイーロン・マスクはスイスイ読める。とても良いことだ。他の欧米の偉人/有名人たちのもこういう風に書いてくれるとかなり嬉しいなぁ。

    僕自身が驚いている事は,ほとんど何も知らないつもりだったイーロンに関する出来事を上辺だけだとはいえ割と知っていた事。それは考えてみれば当たり前かもしれなくて これだけネットにばかり触れて生活しているとイーロン・マスクに関するニュース情報と云うのは嫌でも目に留まってしまうのだなぁ,とこの本読んであらためて思った。まあ僕も多分に漏れず普段はテレビを全く観ないのでことさらネットに触れる機会が多いのだ。見るのはスマホ i-Fone とデスクトップPC だけよw。

    それにしてもこの作者はスティーブ・ジョブズのことがとても好きみたいだなぁ。何かにつけてジョブズを話に登場させる。有る時は ジョブズの大ファンであるイーロンはこう言っていた・・・みたいのはまだ良いが,勝手にイーロンとジョブズの行動や結果を比較して書いてるところがとても多い。まあ良く分かる様な気がするから僕としては良いのだが,どうだろう。

    非常に興味のある言い回しが複数回登場していたので 転記しておく。「トイレトレーニングの終わっていないミニチュアダックスフントといっしょに暮らして・・・」これは実はいにしえの僕ん家と同じなのだった。そうか,でそれがどうかしましたか? まあトイレのしつけが出来ていない犬を室内で飼うとそりゃーあ大変です。いや別にそれだけの事なのですが・・・すまぬ。

    後半 非常に不審な記述を見つけたので そらみろ と云う勢いで書いて置く。別にマスクのせいではないと思う。たぶん著者が勝手に間違えたのだ。自動運転車でおきた死亡事故について本文359ページに「交通事故では年間130万人もが死んでいるのに自動運転で起きた一件の事故をなざ騒ぎ立てるのだ・・・」という主旨の事が書いてある。そんな馬鹿なと ググると 米国の年間の交通事故死者数は4万人強とすぐに分かった。そこからどういう思惑があれば130万人までふ増やせるのだ。130万人って米国の年間全死者数だろう!?

    先にも書いたが 本書は随分と細かい ”章” に別れている。この上巻だけで全部で51章もあるのだ。当然各章は割と短い。ページ数の少ない章は5ページくらいだったりする。でも各章の扉のページには必ず写真が載っていてしかもそれが人物でマスク本人だったりとっかえひっかえの恋人だったり いとこ や 親せきだったりと実に興味深く見せてくれる。 ところが第41章「ザ・ボーリング・カンパニー」にだけ写真が無い。

    道路が混雑する空港へ向かって車の通れるトンネルを自前で掘ってしまおう,という会社を作った時のエピソードだ。おそらく載せられる写真が一枚も無かったのであろう。その扉ページは上半分がタイトル以外白紙のままである。もったいない。僕に言わせれば無駄になった一台5000万ドルもしたボーリングマシンの写真でも載せればよかったのに,と思うが ともかく負の出来事らしいのでそう云う案も却下されたのであろう。ではなぜ書いたのか。謎である。笑う。

    テスラで「モデル3」用の電池工場を立ち上げた時のエピソードが語られている。採算を合わせて黒字にする為には一日に5000セット(台)の電池モジュールを作る必要がある,とマスク はこの章の のっけで宣言している。キチンとマスクが計算するとそうなるらしい。ところがその生産ラインを(マスクの指令により)設計した技術者との現場論争の中で その技術者は「1800台が限度だ,そういう設計をしたんだ(それはあんたの指示だろ)」という主旨の事をイーロン相手にしゃべっている。

    おいおい そこおかしくないか。5000台必要な事は一体いつ分かったんだい。最終的に駐車場にバカでかいテントまで建てて工場にして やっと5000台を達成したらしいが,そんな5000台必要だ なんて最初からわからなかったのか。馬鹿か君たちは。それともそういう 【演出】をイーロン・マスクが行ったのか。技術者たちを欺いて。この バカにしやがってイロンめ・・・で事項以下に続く。

    で さて そのネバダの電池ギガファクトリー:2018年の話。実は僕はこの超巨大プロジェクトの引き合いに関わったことがある。もちろん仕事上で。結果は失注してしまったのだが,今は関われなくて良かったよ と思っている。電池セルーテスラが後工程で組み立てるバッテリ-パックに使う電池そのもの。単三電池くらいの姿形をしている。たしか18650という規格型番で これは太さ寸法18mm, 長さ65mmの円筒形だという規格。

    この電池セルを何千本も集めて床下へ収納できるパッケージとして組み立てる。この電池セル工場をPanasonicがそのギガファクトリー内に,テスラ社が自ら組み立て/パッケージングする後工程に直結する前工程として立ち上げた。家の会社がそのPanasonicのとある一部設備の納入引き合いをもらい エンジアリングの仕事をした。確か百億円単位の仕事だったと記憶する。結果は競合他社に敗れて失注した。いま一度言う。受注出来なくてよかった。受注したら本書の章タイトルの様に地獄を見ていただろう。やれやれ。

    この本がすこぶる面白いのは,基本的には マスクが1971年に生まれてからの出来事を時系列を追って書いてあるのだが,ずいぶん昔にマスクが起こしたいろんな会社や出来事がその後どうなったかを2023年にまで進んでその章の中にいちいち書いてある事だ。僕の様なタイプの読者は それで一旦納得するとともに下巻ではいったいどういう展開に持ってゆくのだろうとワクワクするのだ。

    さて,深呼吸して落ち着いて下巻へ移ろう。あまり興奮すると血圧が上がるからw。ふう。

    • ryoukentさん
      (すまん,いくら何でもこりゃ長すぎた。すわ最長記録かw)
      (すまん,いくら何でもこりゃ長すぎた。すわ最長記録かw)
      2024/02/09
  • 父親からの虐待と学校でのいじめ。自閉症であることで幼少期から現在までも苦労することになるが、それこそが行動力の源であると思う。
    幾つになっても興味があることを調べ尽くす姿勢に影響を受けた。
    世の中を変える人の人生は波瀾万丈で、とても自分には真似できないと思いながら、圧倒されながらあっという間に読み終えた。

  • 今や世界的に有名なイーロン氏。本書では彼が起こした問題や周囲からの人物評価が書かれており、たしかに素晴らしい評伝なのだが2015年に発行された「イーロンマスク未来を創る男(アシュリー・バンス著)」を読んだ者としては少し寂しい気持ちがした。ウォルター氏の本にはイーロン氏が幼少期に吃音症だったことは書かれていない。またイーロン氏は本気で人類を救おうとしていたはずだったが、その熱意が本書からは感じられない。自動車、地球温暖化の問題を解決して、人類を惑星間で活躍できることを目指して突き進み続けていたはずなのに、それよりも突飛な行動ばかりが目立つような書き方をしているように感じる。同じ人物を対象にしても、書き手によってこうも印象が変わるのかと、また一つ勉強になった。

  • アイザックソンがイーロン・マスクを描くことの期待値のさらに上にいく作品でした。これだけ激しい起業家の話しは知らない。映画にしてもよいのではないかと。
    マスクの今を形成したのは、彼が幼少期にSF読んだことの影響が大きいのだろう。それ以上にマスクの父親の規格外の破天荒さ、訳のわからなさが影響しているのかもしれない。同時に自立した母親の存在も。いろんな女性と子供を産んでもいるが血の濃さについて考えさせられる。
    彼の下で働きたいと思う人は少ないだろう。それでも人は集まり、彼の理不尽な要求に応える社員が出てくる。いわゆるブラック企業と安易に括ることの危うさも感じた。
    他の起業家と比べておもしろいと思った点。彼はテックのギークでありながら、恐ろしく現場のコスト管理に口出しする。いや、口出しではなく彼が主導する。これって日本企業がかつて強かった分野でなかった?と感じた。

  • 圧倒的に面白い。間違いなく私の今年ベスト本。

    イーロン・マスク本人や関係者からの聞き取りを通じて、イーロンの半生を描いた一冊。

    彼の人格形成に大きな影響を及ぼした幼少期から始まり、スペースXやテスラの経営を通じてどのように世界を変えてきたのかを、臨場感を持ちながら読み進めることができる。

    また、イーロンの人柄に関する解像度もかなり上がり、成功した理由も敵が多い理由もよくわかった。

    ところどころ挟まれる小さなエピソードもクスッと笑えて面白い(スペースX立ち上げの際、友人が開いた会のエピソードが個人的には好き)。

    下巻を早く読み進めたい。

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著者プロフィール

ウォルター・アイザックソン【著者】Walter Isaacson
1952年生まれ。ハーバード大学で歴史と文学の学位を取得後、オックスフォード大学に進んで哲学、政治学、経済学の修士号を取得。英国『サンデー・タイムズ』紙、米国『TIME』誌編集長を経て、2001年にCNNのCEOに就任。ジャーナリストであるとともに伝記作家でもある。2003年よりアスペン研究所特別研究員。著書に世界的ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』1・2、『レオナルド・ダ・ヴィンチ』上下、『ベンジャミン・フランクリン伝』『アインシュタイン伝』『キッシンジャー伝』などがある。テュレーン大学歴史学教授。


「2019年 『イノベーターズ2 天才、ハッカー、ギークがおりなすデジタル革命史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

ウォルター・アイザックソンの作品

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