常識の世界地図 (文春新書 196)

制作 : 21世紀研究会 
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (278ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784166601967

感想・レビュー・書評

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  • それぞれの国や民族は、それぞれの風習や文化、そしてそれらを踏まえた常識を持っている。
    それらは健康上など理由があるものや、理論的な理由はないけれどその人たちの中では共通認識されているものもあり、全く違う国や民族からは風変わりに見えたり、場合によったらバカバカしいと思えたりすることもある。
    だがたとえ理解できなくても、その常識がその国や民族の日常生活を秩序立ててきたということを知る必要はある。
    違う文化を持つ人たちと正しくコミュニケーションを取ろうとしたら、相手の風習や常識を知っておくことは必要だ。相手が不快に思うことを押し付けるようなことは失礼にあたり、「知らなかった」で済まないこともある。
    国や民族の文化や常識には優劣などなく、相手とコミュニケーションを取るために相手の常識を知ったり、自分にとっては理解できないことでも相手にとっては常識なのだとしたらお互いに受け入れ合う必要があるだろう。

    常識の違いは、風土や宗教による違いもあれば、体の違いもある。欧米人のやるような、片眉を上げるとか、自然なウィンクは、日本人には難しいと思うのだが、これは筋肉機能の違いもあるのだろう。さらに発音する言語により顔立ちも変わるというので、その国に長く住み言語を使っていたら顔立ちも似てきてジェスチャーも自然に身につくということもあるようだ。

    同じ唯一神論の宗教でも、食の禁忌は何を元にするかで違っている。
    イスラム教は豚を汚れとして、食べないし、「テロリストは豚と一緒に葬るぞ」と脅しでテロをやめさせようとするくらいに豚はいけない。
    ユダヤ教は、旧約聖書のレビ記と申命記を元にして「反芻し、ヒヅメが分かれている獣類や、ヒレと鱗のある水中生物は食べても良い」
    キリスト教は、創世記を元にして「神がノアとその息子たちを祝福し、地のすべての獣と空のすべての鳥、地を這うすべてのものと、海のすべての魚、動いている命あるものすべて食料にするが良いといった」ということで、そこまで食事に厳しくはない。

    こちらの本では、身振りやマナー、食事や数や色のことなど、多方面から国や宗教によっての違いを紹介している。
    これ全てを覚えることはとてもできないし、あれはダメこれはダメでコミュニケーションが取れなくなっても本末転倒。まずは相手を不快にさせないようにする心構えは必要かなと思う。相手だって本当に自分を馬鹿にしてやっているのか、知らないだけで悪気がないのかはわかるだろうしね。
    近年は差別問題やハラスメント問題がニュースを騒がせて、「知らなかった」「言論の自由」という反論があるが、でもニュース越しであっても相手への敬意があるのか、バカにしているのかってなんとなくわかるんですよね。
    また相手の常識を知って、自分と真逆でもその国ではそうなんだ、と理解できればよいのだが、むしろ反対に直接国や民族を差別できないから、その国の常識をバカしていると感じることもある。〇〇を食べる奴らは野蛮、〇〇をするのは人間として理解できない…などは、直接バカにすると問題だから間接的に表現しているだけなような。
    さらにやってはいけないことがむしろやったら格好いいと思っているのかなと感じることもある。今では日本人でもよく知る、欧米でやってはいけないジェスチャーに拳を握って中指を突き立てるというものがある。これは握り拳は睾丸、中指は男性器を表すもので、アメリカだけでなく様々な国で性的侮辱のサインとして使われる。従来日本人も「あのサインは絶対ダメ」と認識していたと思うのだが、こんにちでは日本人でも、人とぶつかりそうになったら、すでに離れた相手対して中指突き立てる、芸能人がそのジェスチャーをする、という感じでわりと日常的になってしまったように思う。私も町中で数回見かけて非常に不快なんだけど、このように、タブーだよ、ということだけを先に知り、なぜだめなのか、それをしたらどうなるのかをわからないでいると、なんか軽くなると言うか、タブーを破ることが格好いいみたいになるのかな?

    このように国、民族、宗教により、他の人たちには理解できない”常識”があるけれど、その人たちなりの理由があったりするので、互いを尊重しあってゆければよいですよね。

  • 面白くてためになる!
    自身の体験として、米国でソファを買って、お届け時間も決めて家で待っていたことがあります。まず、時間にルーズ、3時間も遅れて謝りもせず、さらに土足で入ってきたので「脱いでくれ」と注意すると、「脱がない」「だったら、このまま帰る」と言われたことがある。本書でも、欧米では靴を脱ぐという行為が、屈辱的で人前で下着を脱ぐようなものとの記載がある。
    タイでは国旗を踏みつけると不敬罪で逮捕されるが、これは国家を象徴するものが毀損されればその国民が侮辱されたのと同じ、そして今また話題になっている反日プロパガンダ「表現の不自由展」などでは、日本の天皇制に対する侮辱以外のなにものでもなく、不愉快千万、芸術という名を借りたヘイト、それを公金を使ってやらせるという暴挙は許しがたい。
    ラテン系の国ではくしゃみをすると「サルー(健康)」2回目は「アモール(愛)」、3回目は「デネロ(お金)」というおまじないを返されるらしい、もちろん米国では「ブレス・ユー」です。
    欧米でのゲップはおなら以上のマナー違反。
    イスラム教徒もユダヤ教徒もブタは穢れたものとして食べない、ヒンドゥー教徒は神聖だからという理由で牛を食べない。
    偶像崇拝禁止という名目でポケモンはイスラム圏では禁止。
    13日の金曜日の由来は、蛇に誘惑されたイブがアダムに知恵の実を食べさせた日、ノアの箱舟の大洪水の日、バベルの塔をつくり言葉が通じなくなった日、イスラエルの神殿がエジプト軍に破壊された日・・らしい。そう言えば、雑誌「13日の金曜日」もとい「週刊金曜日」も災いを撒き散らす。
    全体を通して、その国の人と付き合うにはやはり文化的・宗教的な背景を理解しておくことは最低限のエチケットだということです。
    本書は2001年の出版ですので、最新版を早く出してほしいものです。

  • 2001年のデータで少し古いため、現在とは異なる点があるものの、世界各国の文化の違いを分かりやすく解説してくれている本書。

    特にどこかの地域や国に集中するのでなく、万遍なく各国を扱っているのが良い。

    書いてある内容も挨拶・マナーに始まり、冠婚葬祭や忌避について。そして生活に深く根差す宗教などと幅広い。

    ある国に行くときや、ゲストをもてなすときは一度読んでおくとよいかもと思った。

    特に忌避や制約の少ない日本人として生きると、これぐらいのこと~と思う事で相手を激怒させたり、場合によっては生死の問題に発展するという事があるというのは知っておいた方がいい。

  • 世界でみるマナー・エチケットブック。
    欧米中心、アラブ圏も多少、アジア・南アメリカは少し、アフリカ・オセアニアはほぼなし。
    文化比較に興味があって読んだので物足りなかったが、善悪優劣でなく単純に文化の差だよ、という視点に徹底しているのは気持ちよかった。

  • 「こんなの誰でも知ってるよ~」という常識レベルから「え、そうだったの?」というレベルまで、さまざまな「常識」が学べて良かったです。
    国際社会が謳われている今、必要な知識だと思います。忘れないうちにメモしておかなきゃ。
    でもこうした細かい常識を学ぶよりも一番大事なのはやっぱり人間性なのでは、と思う場面も多々。
    他の国の常識もそうですが、その前に自国の常識や文化をしっかり学ぶべきだと改めて思いました。

  • 本の帯に並ぶ日本と世界の文化の違いに心惹かれて買いました。

    食事の作法、挨拶、成人の慣習、数字や色のイメージetc...よく知られたものからマイナーなものまで幅広く紹介されています。多様性を学ぶ上で役に立ちました。
    特に宗教慣習などが多い印象でした。
    こんなおかしな文化があるのかぁと思わず思ってしまいましたが、他国から見れば日本の文化も十分おかしい部分があるのでしょうね。
    むしろ一様に同じよりは、あそこは〇〇、こちらは☐☐と差異がある方が面白味があると感じます。便利さと関心度は反比例の関係になるのかもしれないです。

  • 以下引用。

     ちなみに、イギリスでfuckingにあたる言葉はbloody(血だらけ)である。また、意外なことかもしれないが、イギリスなどでは、女性がOh, my God!とかJesus!と言うことさえ、無教養のあかしとされてしまうのだ。(p.34)

     では、どうして靴を脱ぐことへの意識がこんなにも違ってしまったのだろう。
     まず、日本伝統の履き物を思い出していただきたい。通常は草履、下駄である。(中略)これは日本の風土が、欧米に比べて、雨が多く湿度が高かったからだろう。靴のようなものだと、どうしても不快感があるし、それを寝るまではいているのはとても我慢できない。そのため、スーツに身を固め、ブランドものの靴で通勤する人も、オフィスではサンダルにはき替えるということになってしまうのではないか。(中略)
     一方、ニューヨークのビジネスマンたちは、通勤時には、とにかく歩きやすいものをはく。ときには、スニーカーもめずらしくない。ところが、オフィスに入れば、高級な靴、女性ならヒールのある靴にはき替えるのだ。日本とは考え方が逆である。
     とにかくニューヨーカーたちは、戦場であるオフィスでは、いい靴にはき直して気を引き締めるというのだから、靴をサンダルにはき替えてほっとする日本人とは、根本的に考え方が違うのだろう。(p.61~62)

     ユダヤ教では食べてもよいものはコーシェル(清浄)、それ以外はトレイフ(不浄)とよばれる。
     しかも、コーシェルかトレイフかは、食物として許された動物の種類によって分けられるだけではない。食べることにふさわしいとされたものも、決められた畜殺方法によらなかったものはコーシェルではなくなってしまうのだ。
     たとえば、動物を殺す場合は、一気にその喉を切り裂かなければならない。(中略)
     ユダヤ教では、食材だけでなう、調理法にも細かい規定がある。
     たとえば、肉とその乳製品とを一つの鍋・釜で煮炊きしてはいけない。獣類とそれが産出したものは親子関係にあるとされているために、牛肉と牛乳あるいはチーズ、バターといった乳製品が、一つの料理の材料として同時に使われることは禁じているのだ。
     そのため、敬虔なユダヤ教徒は、牛肉と牛乳を一つの冷蔵庫に入れず、食材ごとに仕様する調理器具を区別するという。(p.88~89)

    「お父さんの箸」とか「お母さんの茶碗」といった食器の個人所有も、日本独特の考え方だと言えよう。ほかの国では、箸も茶碗も、洗ってしまえば次は誰が使うか分からない。使いまわしをするのが普通であり、気にするようなことではないのだ。割り箸が日本で発明され、普及したのは、日本人の潔癖症によるところが大きいのだろう。(p.103)

     西洋料理のレストランでは、きれいに折り畳まれたテーブル・ナプキンがセットされている。
     一見、テーブルマナーの長く厳しい歴史を感じさせるようなこのテーブル・ナプキンも、実は、フィンガーボールとともに、ヨーローッパで十七世紀頃まで続いていた手づかみの食事に由来するものだという。
     ビザンツ帝国からイタリアへはじめてフォークが伝わったのが十一世紀。カトリーヌ・ド・メディシスがイタリアからフランスにフォークを持ち込んだのが十六世紀半ば。日本に箸が普及したのが奈良時代(八世紀)だということを考えると、ヨーロッパ人は実に長い間、手づかみの食事を続けていたことになる。(p.107)

     西洋のテーブルマナーの一つに、食事中は、いつも、テーブルの上に両手を出しておくという決まりがあるが、これはもともとは毒を盛るようなことはしません、というしるしだったと言われている。また、ワインのテイスティングも、毒味に由来するという説があるなど、毒殺とテーブルマナーのかかわりは意外に深そうだ。(p.108)

     イギリスでは、一七世紀に入ってからも、なお、フォークへの抵抗を続けていた。世界ではじめて絹の靴下をはいたほどおしゃれに贅を尽したエリザベス一世も、食卓では、肉を手づかみで食べていたのだ。今日のテーブルマナーでは、果物でさえナイフとフォークを使うということを考えれば、隔世の感があるが、テーブルマナーをうるさくいく欧米も、ほんの二、三百年前はそんな状態だったのだ。(p.108)

  • まさにタイトルの通り、世界各地の「常識」について比較文化史のようなスタイルで書かれている。

    なかには、左側通行、右側通行の起源などの一説もあって、興味深い。

    本書を読むと、「常識」というのは、地域や人種の組み合わせでできた様々な領域の中での、一つの「多数派的価値観」に過ぎないことがよくわかる。
    反対に、「非常識」ということも、上記に然り。

    とすると、人それぞれの価値観というものは、構造主義的強制の上に成り立っているに過ぎないと思ってしまうのは考え過ぎかしらん。

    いずれにせよ、情報過多の昨今、あまり一般常識などというものにまどわされず、その根底を流れる己の倫理に一本びしっと筋を通した方がよさそうだ。

  • 世界各国の常識の違いをまとめた本。
    挨拶からマナー、食生活、ジェスチャーなど、国によって異なる解釈をされるものを紹介する。

    食生活や礼拝地でのマナーは特に、人間関係に亀裂が入るどころの問題ではない。
    特にヒンドゥー今日やイスラム教の戒律は厳しく、彼らのマナーを破った外国人観光客が殺されるという事件も起こっているらしい。海外に出かけるときはきちんと調べていこう。

    でも香港に住むヒンドゥー教の人たちは、豚の丸焼きとか見てどう思うのかしら…
    ショックで倒れそうだね。

  • いろいろな本からの寄せ集めのようだが、海外と接点のある人にはやくにたつとおもう。
    基本的に国内では情報が少なく、目からウロコのはなしもおおく、自分がかかわりそうなことなら参考文献からさらに深堀りすれば良い。
    危なそうなことを知っておくにはたいせつなポイントも多く、昨今では少ないお役立ち本。

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