木戸幸一 内大臣の太平洋戦争 (文春新書 1253)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (387ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784166612536

作品紹介・あらすじ

なぜ日本政治は軍部に引きずられたのか?昭和史最大の謎を解く鍵を握る人物が木戸幸一だ。昭和日本の運命を決する重大な岐路には、必ず彼の姿があった。開戦時から終戦時まで内大臣をつとめ、東条内閣の生みの親。木戸孝允の子孫、昭和天皇最側近のひとりにして、昭和史の基本文献として知られる『木戸日記』を書いた木戸だが、彼がいかなる政治認識を持ち、重要な局面で何を行ったか、正面から論じた著作は少ない。満州事変、二・二六事件から終戦まで、昭和の岐路に立ち続けた木戸を通して、昭和前期、日本が直面した難局が浮かび上がる。ロングセラー『昭和陸軍全史』をはじめ、永田鉄山、石原莞爾、浜口雄幸などの評伝で定評がある著者が描く昭和史のキーパーソン初の本格的評伝。【内容】満州事変 内大臣秘書官としていち早く陸軍情報を入手陸軍最高の戦略家・永田鉄山との交流二・二六事件 反乱軍鎮圧を上申日中戦争 トラウトマン工作に反対「軍部と右翼に厳しすぎる」昭和天皇に抱いた不満三国同盟と日米諒解案は両立できると考えていた独ソ開戦という大誤算日米戦回避のためにあえて東条英機を首相に「聖断」の演出者として ほか

感想・レビュー・書評

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  • 著者川田稔氏は、昭和陸軍研究で有名な方。特に統制派に詳しく、これまでの著作は非常に参考になった。しかしながら、この木戸についてはやや不完全燃焼の感がある。これは木戸に関する資料が少ないという要因が大きいだろう。このためなのか、陸軍側資料を多用している。致し方ないとはいえ、やや残念ではある。とはいえ、内容は非常に興味深い。

  •  内大臣・木戸幸一を通して昭和史を考察する本書。

     読み終わって改めて思ったのが、当時の日本が思い上がり、のぼせ上っていたのだという点。特に指導者層やエリート、軍部、上流階級といった上層部の思い上がりは甚だしい。
     こういう時に出る、国民もという論法ではとても希釈できない体たらくである。

     明治の第一世代、本当に国(藩、幕府)が滅びる事はどういう事かと肌身で感じていた世代が交代すると、ここまで視野が狭くなる(劣化する)かと忸怩たる思いを抱く。

     本書の木戸幸一もその点では同罪であり、トップクラスの人物である。

     勿論、終戦時の根回しなど功績に値する部分はある。それでもマッチポンプが酷すぎて、功が霞んで霞んで仕方ない。盛大なしっぺ返しを食らっているようにも見える。

     例えば、反英(米)、反政党のあまり軍部に同調するのみならず、軍部を「善導」しようという思いあがった姿勢。「善導」するならば何か独自の国家戦略なり構想なりを考えていたかというと、それに関しては軍部の構想に全乗っかりというお粗末さ。

     総理大臣任命の際、昭和天皇から訓示される憲法尊重、対米英協調、財界を動揺させずの3カ条の内、近衛からの要請で前2カ条を削った事を本書で初めて知ったが、本当にこの近衛一党(同じ穴の狢)は碌な事をしないとつくづく思った。

     別に思想が反英米でも構わない。当時の欧米列強の植民地支配は酷いものだし、健全な感性ならそれに反感を覚えるのもある種当然の部分がある。

     しかし、国家の要職にあるものの優先順位一番は、所属する国家の生き残りであろう。それが木戸をはじめとする近衛たちには欠けていると言わざるを得ない(勿論、軍部やアジア主義者などは言わずもがなであり、左翼は元々欠けている)。

     言う事はいかにも立派なのだが、中身がなく、しかも粘り強く泥臭く実現しようとする姿勢もない。官僚的で貴族的な悪い部分がもろに出ている(その点、岩倉具視や三条実美はバランサーとしての役目も含めて偉大だった)。

     木戸については、終戦前後の侍従長・藤田尚徳が「あまりにも人間的に弱く、君側にあって百難を排しても正しきを貫く気力に欠けた一貴族の姿がある」と述べたらしいが、近衛も含めてとても腑に落ちる見解である。

  • 2020/11/30木戸幸一 川田稔 ☆☆☆
    太平洋戦争の傑作本 これまでの歴史書にはない明晰さ
    「昭和天皇の日本国敗戦記」というほうが適切と思う
    日本はなぜ日米戦争に突き進んだのか 
    「失敗の本質」が本書でかなりクリアーになった
    これまでの歴史書を凌駕する

    380116近衛「爾後国民政府を相手にせず」
    400827近衛「新体制運動」 天皇に対する「幕府」との批判で頓挫
    400927近衛「三国同盟締結」 米国の欧州参戦を牽制(ヒトラー)
    4011  近衛「南京の汪兆銘政権を承認」重慶蒋介石との和平絶望
    410413「日ソ中立条約」 米国を牽制 南方武力行使=対英開戦へ
    410414「日米諒解案」 米国の対独参戦
    410622独ソ開戦 バルバロッサ作戦 なぜ?→過信

  • 天皇を「常侍輔弼」する内大臣を太平洋戦争期に務めた木戸幸一の要を得た評伝。重要なキーパーソンであった木戸を通して、太平洋戦争の開戦から敗戦に至る昭和戦前政治史についての理解が深まった。
    なんとなくのイメージで木戸も西園寺公望などと同じく根はリベラルと思い込んでいたが、実際の木戸は元来政党政治に反感を持ち、外交でも対米英協調路線からの脱却を模索する陸軍の伴奏者的存在だったというのは目から鱗だった。木戸と近衛文麿とがずっと二人三脚で歩んできたということも改めて確認できた。
    太平洋戦争の開戦から敗戦に至るまでに、独ソ戦など木戸等のアクターにとっての誤算が重なり、かつ、適切な判断ができずにずるずるといってしまったということが理解できた。

  • 副題に「内大臣の太平洋戦争」とあるように、本書は木戸幸一を通して見た満州事変から太平洋戦争開戦に至る過程を詳細に分析したものである。同著者の『昭和陸軍全史』(全三巻、講談社現代新書)も併せて読むことをお勧めしたい。

    読者の問題関心は日本はどうしてあのような無謀な戦争に突入してしまったのかという点に集中するように思われる。満州事変や五・一五事件、二・二六事件、近衛内閣の成立と日中戦争の泥沼化、三国同盟締結、北進・南進政策をめぐっての意見対立、独ソ開戦、日米首脳会談挫折、東條英機内閣の成立、そして開戦してからはどのタイミングで戦争を止め得たのか……すべて昭和戦前・戦中期のターニングポイントであり、そのいずれも木戸幸一は天皇側近として重要な役割を担っていた。

    最後の元老・西園寺の側近としてスタートし、西園寺亡き後は内大臣として首相選定の事実上最大有力者となった木戸の考え方は、近衛に非常に近く、議会主義、英米協調路線の否定という点で一致していた。陸軍の先手を打ち(近衛)、善導する(木戸)という方策は、結果として2人を陸軍の考え方に近いものとしていった。

    結局のところ、近衛や木戸は独自の政治基盤を持たず、政党政治が崩壊する中で唯一国家戦略足りうるヴィジョンを持ち得た陸軍の同調者とならざるを得なかった。それは日本にとって非常に危うい選択肢しか残されていなかったということであった。それを念頭に置くと、やはり昭和恐慌という経済的危機の中での政党政治の行き詰まり感が重要なポイントであるように思う。実際には高橋財政の成功により経済は回復に向かうのだが、一般には(そして近衛や木戸にも)政党政治、英米協調主義ではもうダメだという意識を強めていったのであろう。

    ところで木戸は経済官僚(農商務省から商工省)として自らのキャリアをスタートさせている。その際に欧米の産業合理化運動を9ヶ月半にわたって視察しているのだが、経済的自由主義から合理化運動(統制主義)への移行をどのように見ていたのだろうか。本書の大筋とは関係ないが気になった。

  •  木戸幸一というと「聖断」周りの印象が強いのでリベラルなイメージを持っていた。他方で本書では、早い時期には政党政治に否定的で、「自由主義的で平和主義的」な天皇に不満。西園寺には「右傾のところがある」とされている。日中戦争拡大に同調し日本を独伊との提携に導いたことや、自らのイニシアティブで東条首相を奏薦し結果的に太平洋戦争開戦の責任者の一人となったことも負の面として挙げ、評価は両面からなされるべき、とされている。思想の変遷は武藤章に似ていると言えようか。
     その時ごとの木戸自身の思想は紹介されているが、実際に木戸が存在感を持つのは、「『聖断』の演出者」を中心に、他には東条首相奏薦の重臣会議(と言っても出席者9人中に反対意見はなく、木戸自身を含め4人が賛成なので、著者が言うほど木戸個人のイニシアティブだったのか)、宮中での2.26事件への対処方針決め、近衛内閣発足時の天皇の言葉、程度だ。内大臣又は内大臣秘書官長だから当然なのだが、いずれも天皇周辺の事象である。すなわち木戸の存在感は、天皇個人の意思の存在感と表裏一体と言えないか。
     400頁近い新書であり、木戸個人を超えてこの時期の通史ともなっている。独ソ開戦により、松岡を中心とした日独伊ソ提携案が崩れる、米の対日石油全面禁輸、とこの時期の欧州情勢と日本は密接に関係していた。南部仏印進駐前には既に陸海軍とも米英不可分論に転換していたのになぜ進駐して米の石油全面禁輸を招いたのか疑問に思ったが、米にとって南部仏印進駐はあくまで「機」で、石油禁輸の目的は日本を更に南方に向かわせ対ソ攻撃を抑止するため、というのが本書の解釈だ。

  • 【昭和史のキーパーソン本格評伝】東条内閣の生みの親、木戸幸一。二・二六事件から終戦まで、日本の岐路で重大な役割を果たした政治家の生涯を追う。

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著者プロフィール

1947年生まれ。名古屋大学大学院法学研究科博士課程単位取得。現在、日本福祉大学教授、名古屋大学名誉教授。法学博士。専門は政治外交史、政治思想史。『原敬 転換期の構造』(未来社)、『浜口雄幸』(ミネルヴァ書房)、『浜口雄幸と永田鉄山』、『満州事変と政党政治』(ともに講談社選書メチエ)、『昭和陸軍全史1~3』(講談社現代新書)、『石原莞爾の世界戦略構想』(祥伝社新書)など著書多数。

「2017年 『永田鉄山軍事戦略論集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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