- Amazon.co.jp ・本 (281ページ)
- / ISBN・EAN: 9784167277017
感想・レビュー・書評
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はじめての向田邦子です。
この歳になってようやく向き合い、じっくり読ませていただきました。
とにかくとっても文章が「綺麗」です。
それから構成が絶妙。
この本に出会ってはじめて、これからというときに
逝ってしまったことも知りました。
沢木耕太郎さんの解説ならびに、引用していた「ねずみ花火」が、私にも印象的です。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
読み終えるまでに何ヶ月もかかった。それだけこの世界観に浸っていたい、終わってほしくないと願ってしまったのだ(実際は長い放置期間を挟んだ)。彼女の目や心を通して観る昭和初期の風景、家族の営みが、決して派手ではないけれどささやかなユーモアに満ち満ちている。断片的なのにしっかりテーマとリンクした思い出の数々は、時々ゾッとするものもありつつ、けれどそれらを見つめる眼差しはあたたかい。彼女のような文章を書けるようになりたいと素直に思う。そして彼女にとって大切な、身も心も移り変わる時期を過ごした鹿児島が、わたしにとっても「転」の地であることを誇りに感じた。
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面白かったり泣けたり。
昭和の家庭では、当然のように父親が一番強くて、特別だった。
怖くて、時に理不尽な存在だった。
先生に叩かれることだって、あった。
それでも、そこにはしっかりと愛情が通っていた。
そんな風景が広がる本。
しかし、よくこんなにいろんなエピソードを持っているなあ、と感心する。
物事をしっかりと感じて捉えて生きてきた人なんだなあ、と、そのさっぱりとした文体から垣間見える人柄に魅かれる。
2006.11.25
私は本を読むのが遅いので、なかなか読み進まなかった。が、それはこの本が面白くなかったということではない。エッセイを読むと、その人の人生に同化するような気がする。経験を共有する、というか。ものを違った角度で見ることができる、というか。向田さんの人柄がにじみ出ているのであろう。とても愉快で、温かい本だった。いばる父と、その父をあたたかく支える母とおばあちゃん。その生活が見えた気がした。 -
秀逸なエッセイ。思わず笑みも溢れる。でも、すっと寂しさもよぎる読後感。
個人的には黒柳さんのエピソードが盛り込まれていた「お辞儀」が面白かった。そのなかでも、母を香港旅行に送り出した飛行機の下りの描写が、その後の向田邦子さんの最期につながるようで、なんとも言えない気持ちに見舞われた。 -
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https://opc.kinjo-u.ac.jp/ -
すごい。読み進むうち、目の前に、昭和の生活が生き生きと再現され、路地裏の音が、生活の匂いが、さては、戦時中の光景までが、浮かんでくるようです。まさに生活の昭和史と言っていいのでしょう。
昔のことなんですが、読んでいて、全然違和感なく、引き込まれていくのは、いかに向田邦子氏が、すごい作家であったことの証なんでしょう。 -
幾つかの違う記憶がタイトルに収束され、最後の数行で一つの作品として立ちあがる様が、ホントに素晴らしい。記憶にどっぷりと浸かりたくなる。自分自身の忘れているささやかな記憶を、なんとか思い出して愛でたくなる。
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庶民の日常史の一つというところでしょうか?正直に言って現実感が持てないのですが、時代は大きく変わっているということの証かと。それこそこんなの今だったらニュースになりそうな話もあるけれども(まぁニュースになること自体おかしいというレベルの話もありますけれども)。
それにしてもどのエッセイにも死の影が漂うのは意図したものなのか、はたまたこの作家の個性なのか、判断しかねるところですが、凄みは間違いなくあります。簡単に読める読み物ではなく、ゆっくり味わい、余韻に浸るエッセイかと思われ。 -
著者の人生を振り返っての、些細なそれでいて多彩な出来事が綴られていきます。
本当にその多彩さには驚く。
著者の記憶力と表現力、感受性の豊かさには感嘆するばかりです。
そして、これは明らかに家族の幸福な思い出を綴ったものでもある。
関川夏央がこのエッセイ集をモチーフの一番手として「家族の昭和」を書こうとしたことに深く共感することができます。
数ある魅力的なエピソードの中で個人的にもっとも印象的だったのは「お辞儀」。
年老いて心臓を病み入院した母を姉弟4人が見舞いに訪れた見送り際、エレベーターの扉が閉まる向こうで深々とお辞儀をする母。
その姿を笑いながら涙ぐむ姉弟たち。
家族の深い深い絆を感じないわけにはいきません。
向田家の父は貧しい出自から叩き上げで大保険会社の支店長を務めるまでになった人物。
向田家はけっして金持ちではないが貧乏でもない。
父の厳格さ横暴ぶりには苦労させられるが、けっしてギスギスした雰囲気の家庭ではない。
そういう家庭環境の中で著者の魅力的なパーソナリティが育まれたことは想像するに難くありません。
著者は自身を評して「行き遅れ」「甲斐性なし」「オールドミス」「テレビのシナリオ書きなどというやくざな商売」などと卑下する言葉が連発されます。
また、鼻が低くて丸いことなどを取り上げ、器量もいまいちだと云う。
しかも食べ物の大きい小さいがついつい気になってしまうような貧乏臭さが抜けないことなども書き連ねます。
その一方で、少女時代から勘が鋭く目立つ子供であり、この時代の女性としてはかなりアクティブであったとも思われ、また、その器量(写真をみれば本人の卑下に反して明らかに美人である)と利発さから特に年上の大人の男性から好意をもたれることが多かったことをほのめかすようなエピソードも散見されるなど、その庶民性と才女ぶりという両面を持ち合わせていることが、著者の魅力なのだと思う。
この本には、飛行機事故を心配する場面が2か所も出てくる。
一か所は母と妹が海外旅行に旅立つ飛行機を見送りながら「どうか落ちませんように」と祈る場面。
もう一か所は著者自身が友人とペルーに旅行し、アマゾン行きの飛行機に乗る場面。
飛行機事故に遭う可能性が限りなく低いことは広く知られていることなのにもかかわらず、このような場面を描いていた著者が、これを書いた数年後に飛行機事故で生涯を閉じることになった皮肉。
著者の勘の鋭さがこんなところにも不幸にして現れてしまったのかも…などと今となってはふと考えてしまいます。 -
2017.2.1