『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて 黒澤明VS.ハリウッド (文春文庫 た 76-1)
- 文藝春秋 (2010年3月10日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (585ページ)
- / ISBN・EAN: 9784167773533
作品紹介・あらすじ
黒澤明監督による日米共同製作映画『トラ・トラ・トラ!』。1968年12月、撮影開始直後、なぜクロサワは解任されたのか。この日本映画界最大の謎に迫った、ノンフィクションの金字塔。本書は、大宅壮一ノンフィクション賞、講談社ノンフィクション賞、大佛次郎賞、芸術選奨文部科学大臣賞の史上初4冠受賞作。
感想・レビュー・書評
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映画トラ・トラ・トラ 黒澤監督降板事件の全貌を
明らかにするノンフィクション。
すごい情報量。
この降板劇は致し方ないと思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
黒澤明、ハリウッド進出の大きな足がかり(となったはずの)日米合作大作「トラ!トラ!トラ」で、クロサワが込めたかったメッセージとは?そして、監督解任の真相とは?特徴的なのは、できるだけ主観を排して「ヘルメット事件」とかおもしろおかしく語られがちな黒澤明の“奇行”を、日誌ベースで冷静に分析しているところ。(逆にいうと、冷静さが読み進めるのに、ちょっと時間がかかったところもあり…)映画の制作が、誤解がすれ違う真珠湾攻撃とどことなくシンクロするところが、因縁めいていておもしろかったです。
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田草川弘さんというこの本を書いた方は、1934年生まれ。
ウィキペディアによると2013年現在存命のはず。79歳ということですね。
この本の出版が2006年だそうなので、そのとき72歳ですね。
この本のあとがき的な記述と、ウィキペディアによると、30歳過ぎの頃に、「暴走機関車」「トラ!トラ!トラ!」の脚本の翻訳にかかわっていらっしゃいます。
本業は別にあったとおっしゃってるのと、NHK記者~AP記者であったということなので、そういう本業があったんでしょう。
さて、この本は。
日米合作、と言いながら実質的にハリウッド制作の大作映画「トラ!トラ!トラ!」の日本側の監督に黒澤明が起用され、そして解雇されるまで、のお話です。
年代的には1966~1968年くらいの間に起こった出来事ですね。
面白かったのは。
①黒澤プロダクションという制作会社が、あまりにも杜撰な運営経営によって飛行していたこと。
②1960年代時点で、ハリウットのメジャー会社がどのように映画制作をしていたのか、という仕組み的な内幕。
③そして、何より、
「トラ!トラ!トラ!」の黒澤組撮影、というのが、1ヶ月くらいあった訳です。
その間に、黒澤明さんは、ハッキリ言ってキチガイのヒットラーのような横暴かつ傲慢かつ常軌を逸した振る舞いだった、という噂は知っていたのですが、
その詳細が具体的に描かれていること。
この三点、ほんとに面白いですね。
ぐいぐいと引き込まれて、全くダレずに読了しました。
やっぱり、下世話ながらスキャンダルですから。オモシロイ。
ただ、そこにドラマがあります。なんとかしようと奮闘した情熱がありますね。
事実上、プロデューサーのエルモ・ウィリアムズが主人公ぽいんですけどね。
プロジェクトXの、逆。裏サイド。
こういうのは、面白いですね。
それに、取材もかっちりしているところは、かっちりしている。
浅いレベルの本じゃない。
この年のノンフィクション本が取れる賞を大量受賞したそうですね。
一方で、いくつか不満が残ります。
①取材対象が全方位的ではないような感触もある。
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そんなに昔の話ではないので、映画のスタッフ、出演者等、もっと現場を知っていて話を聞ける人はいるんと思うんですけどね。
また、後任監督やそのスタッフから観た角度も分からない。
青柳さんというプロデューサーがかなり大事な役割を負うのですが、その人や関係者の角度もない。
それが何故なかったのかという記述もない。
②黒澤明がやろうとしたこと、に焦点をあてているが、その部分に関しては黒澤明の仕事への崇拝が強すぎる。
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相当なページ数が、黒澤明の書いた幻の脚本やコンテの分析に充てられます。
で、それは全て「ああ、なんてすばらしい」っていう結論なんですけど、正直、別にそう思えないところも多々(笑)。
それに、文章で映画のイメージを語る、ということで言うと、淀川さんほど簡明ではないので、わかりづらい。
そこのところ、なんで必要なのか分からない。愛なのか。
筆者はこの本について、
A:何があったのか。
B:黒澤明が描きたかったものとは?
という2点が本の目的だ、と書いていらっしゃるんですけど、正直、1点目の部分が面白い。
Bの部分は、果たされていませんね。
「真珠湾攻撃は、山本五十六の悲劇として捉えたい」
「山本五十六という人間に惚れていて、人間を描きたい」
ということしかわかりません。
それに、前者は歴史解釈の問題になる。じゃあ黒澤明の持っていた歴史感が見える本なのか、というと、全然そうじゃない。
むしろ実際としては、
C:プロデューサーのエルモ・ウィリアムスという人間の苦闘を通して、誠意ある有能なプロデューサーの物語をドラマチックに描く。
という内容になっています。それは、面白い。インタビューもできているし。
だから、「やりたいと考えていること」と「やれていること」の乖離がありますね。
③全体に、勿体付けが多い。ちょっと長い。
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この辺は意識的に飛ばし気味に読んじゃうから、いいんですけどね(笑)
でも、これについては僕が過剰に厳しいのかも知れませんけど。
でも・・・これ、100ページは簡単に短くなります。
えっと、正直に言うと、取材する、編集する、そしてドラマ撮影現場、というのが、僕が経験があるから、
どうしても、映像業界人ではない人が書くこの手の本には、ケチをつけたくなる底意地の悪さが自分にあると思います。
だからまあそこはさっぴくとして、十分に力のある本だったと思います。
ただ、逆にそういう自分だから面白いと思ったかも知れないんですけどね。 -
映画『パール・ハーバー』を観ていたとき、日本軍の爆撃シーンに、観たことがあるな、と思わせるシーンがあった。それからしばらくして『トラ・トラ・トラ!』を見直して、やっぱりと思った。全くのフィクションではないから、事実に基づいた部分の演出はよく似たものになるのかもしれない。その『パール・ハーバー』が散々な悪評を得たものだから、逆に株が上がったのが同じ真珠湾攻撃を描いた1970年の日米合作映画『トラ・トラ・トラ!』である。
その『トラ・トラ・トラ!』だが、制作発表時には日本側の監督はあの黒澤明だった。それが、実際に上映された時点では、舛田利雄・深作欣二に替わっていた。そればかりではない。キャストにも大幅に変更があった。海軍軍人出身者の素人で固めた山本五十六をはじめとする連合艦隊総司令部も、プロの俳優陣に交代している。この交代劇の裏にいったい何があったのだろうか。その舞台裏の葛藤を、新しく発見された資料を駆使して、関係者が語る37年ぶりの真実とは。
一番の原因は、日本側の脚本・監督を引き受けた黒澤明の東映・太秦撮影所で行われる撮影が、いっこうにはかどらなかったことにある。ここで、疑問を感じた向きもあろう。なぜ東宝ではないのか、と。実は、その前年、黒澤は東宝を離れ、独立プロを興していた。その経緯もあり東宝で撮るわけにはいかなかった。おまけに同じ頃、東宝では『日本のいちばん長い日』の成功を受けて8.15をシリーズ化しようとしており、第二作『連合艦隊』を企画中であった。
黒澤はどこで撮るのも同じと考えていたらしいが、気心の知れた砧の黒澤組ではない。東映京都には太秦の気風というものがあった。完璧主義で知られる黒澤のやり方は組合意識の強いスタッフとの間に軋轢を生む。それに輪をかけたのが、素人俳優の演技であった。いくら相貌が似ていたとしてもプロの俳優に混じって満足のいく演技ができるわけがない。自分が決めたキャスティングである。引っ込みのつかない黒澤は激昂し、奇矯ともとれる行動を取るようになる。
アメリカ側の指揮を執っていたのがダリル・F・ザナック監督と『史上最大の作戦』を制作したエルモ・ウィリアムズ。映画化権を取ったダリルに黒澤を推薦したのがエルモであった。エルモは、ダリルと黒澤の間に立って、様々な障碍を乗り越えていく。映画制作の仕事というものがいかに大変なものか。この本を読んでいちばん伝わってくるのは、このエルモの私心を廃した働きぶりかもしれない。しかし、黒澤はそのエルモによって解雇を通知されてしまうのである。理由は「四週間の休暇治療が必要」という医師の診断であった。
黒澤に頼まれ、日本語の脚本を英文に翻訳する仕事をしていた筆者は、多くの場面に同席し、この間の事情に詳しい。事実上黒澤側に位置する筆者の目から見ても、当時の黒澤の取った行動は奇妙なものが多い。旗艦長門の長官公室の壁を一度撮影しているにもかかわらず塗り直しを命じる「壁塗り直し事件」を筆頭に、神棚事件、屏風事件と、異常なこだわりを見せる命令が次々と下され現場は混乱を極めている。
撮影クルーとの間を取り持つ人材の不足、総監督という肩書きに固執する黒澤に対して、あくまでも日本側監督であるという認識のエルモたちフォックス側、と契約にまつわる黒澤プロの代理人への不信も相俟って、食い違いが食い違いを生み、二進も三進もいかなくなっていたというのが真実のところ。黒澤は一睡もできず深酒の臭いを漂わせて撮影所入りを続けていたという。
芸術家肌の黒澤は撮影に入ると登場人物が乗り移るのだと常々語っていた。この頃の黒澤の背中には山本五十六が貼りつき、アメリカ側と戦っていたと思われるふしがある。勝てるはずもないが、負けるわけにはいかない絶望的な戦いである。黒澤が脚本を書き、撮ろうとしていた映画『虎・虎・虎』は、黒澤自身の言葉を借りれば「誤解の積み重ねによる、能力とエネルギーの浪費の記録」であり、運命的な「悲劇」である。黒澤がハリウッドとの戦いに敗れた映画『トラ・トラ・トラ!』監督降板の顛末こそ、まさにその言葉通りであった。
ついに撮られることのなかった黒澤の『虎・虎・虎』の中では、山本五十六は剽軽なところもある魅力的な人物として描かれるはずだったとか。黒澤の作品では『椿三十郎』がいちばん好きな者としては、いかにも司令長官然とした山村聡の山本でなく、人間的な山本が観てみたかった。黒澤得意の絵コンテや、当時の脚本が随所に引用され、幻の映画を立体的に再構成しようという試みも見える。黒澤ファンならずとも、映画好きには一読をお薦めしたい力作である。 -
黒澤監督が日米合作映画「トラトラトラ」に参加して一ヶ月足らずで解任されるまでを詳しく取材した本。映画制作の準備・計画・撮影が具体的に描写していてそこに恐れいった。とてもじゃないがこういうのをやれる人間ってのは余程の実力がいるなと。そして名作と評価されるってのはバケモノだと。監督と現場と米国側との誤解と軋轢は息が詰まる。しかし黒澤監督の頑固さというか完璧主義には神話さえも感じさせるわ。
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黒澤とは関係なく、日本の映画が何故ダメか、という問に対するヒントがこの本には色々と隠されていると思うんですよ。円谷さんが特撮やってた当時は技術的には世界をリードしていたんだけど、今は良くも悪くもCGの時代、そういう技術革新を拒む土壌が、言い換えれば悪い意味での職人気質が日本の映画界にはあってそれが結果的に自分で自分の首を絞めているわけです。
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(欲しい!)/文庫
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2010年3月23日読了。面白かった!幻の映画に隠された悲劇、というだけでも面白い。日米ビジネスの違いという点も興味深い。
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監督の途中解任というスキャンダラスな事件を扱いながら、解任する側、された側の双方の言い分をきちんと伝えている点が好ましい。ノンフィクションの見本。