くちなし (文春文庫 あ 82-1)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167914714

感想・レビュー・書評

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  • 『蛇になる女はそれほど珍しくない… 異形になった女たちは、夜が明ける前のまだ動きの鈍い男たちのところへ向かい、愛する者を捕らえて頭からばりばりと食べてしまう』

    (*˙ᵕ˙*)え?

    この世には”むかしむかし”から始まる数多の物語があります。そんな物語もよくよく考えてみるとなんだかとっても奇妙です。罠にかかった鶴を助けた翁、助けられた鶴は人間の女に姿を変え、翁に恩返しをします。なんと動物が人間に姿を変えるという摩訶不思議な物語がそこにあります。翁から見ると、その女は人間であってその行動はあくまで人間の行動です。しかし、障子の向こうでは鶴が機を織っていたというオチがついた瞬間、そこには違和感が付き纏います。そこには、動物が機を織るようなことはないという前提があるからだと思います。

    一方で、意地悪な猿が蟹に柿をぶつけて殺してしまうというお話がありました。殺された蟹の子供は蜂、栗、そして臼を味方に猿に仕返しをします。親の仇を討つ痛快劇ですが、そこにはそもそも人が登場する余地はありません。人が鶴になって、あくまで人間世界を描くかに見せる前者の物語に対して、最初から最後まで”非”人間、しかも”臼”という無生物まで登場させる大胆さを見せる物語。古の世から伝えられてきた昔話を創作された昔の人たちの想像力の豊かさに驚きます。そしてまた、人にあらざる者に人の姿を垣間見る中に、そこに恩返しや仇討ちといった人と同じ感情を持つ”非”人間の存在を感じることにもなります。改めて考えると昔話というものもよくできたものだと思います。何百年もの間、人々を魅了し、後世に伝わってきた理由を感じもします。

    さてここに、『蛇になる女はそれほど珍しくない』、『三回の産卵を果たした女は大抵力尽きて死んでしまう』、そして『女は硬い殻を何度も脱ぎ捨てることで大きくなる』といった摩訶不思議な世界を描く物語があります。人のようでいて、人ではない主人公たちを描くこの作品。七つの短編それぞれに異なる不思議世界が顔を見せるこの作品。そしてそれは、彩瀬まるさんが描く、日常から少しずれた異世界の不思議を見る物語です。

    『もうだめなんだ、とアツタさんに言われ』、『両目からだらしなく涙をあふれ』させるのは主人公のユマ。『どうしても?』と訊くユマに『うん、妻がね』と返すアツタは、『ユマちゃんには悪いけど、暮らしは困らないようにするから』と答えます。『奥さんとお子さんのことをとても愛している』アツタからは『離婚はしないともう何年も前に言われて』いたユマ。『初めて会ったとき、私は芸能事務所に所属する女優志望の十八歳』だったと十年前を振り返るユマは、『数あるスポンサー企業の一社の社長だった』アツタと連絡先を交換したことから関係が始まりました。そして、『私より一回りは年上の、四十代半ばに差しかかる』アツタから『とにかくなにか贈らせてくれよ。なんでもいいから』と言われ、『じゃあ、腕がいい』と返すユマ。『腕?俺の?』と訊くアツタに『うん。寝るときに撫でてもらうの好きだった』と返すユマ。それに『いい。いいよ。もちろん』と返すアツタは、『じゃあ、左腕な。うん、義手もいいのが出てるし、そんなに仕事で困ることもないだろう。いいよあげる。十年だもんな。ずいぶん世話になったし』と言うと、『右手を左肩へ当て』ると『くっ、くっ』と操作し、『慎重にちぎり取ってい』きます。『はい、どうぞ。大事にしてね』と『渡された温かい腕を素肌の太腿に乗せ』たユマは、『嬉しい』と喜びます。それに、『そりゃよかった。幸せになるんだよ。俺も、ユマちゃんと一緒にいて楽しかったよ』と続け、『ぎこちなく片腕だけで服を着たアツタさんはホテルの部屋から出て行』きました。残されたユマは『チェックアウトの時間ぎりぎりにホテルを出』、『帰りにデパートで人体パーツ用の点滴セットを買』うと、『電車でも町中でも、私は自分の腰に巻き付かせた腕とコートの内側でずっと手をつないで』帰ります。そして、『うちになじんでくれるか心配だったけれど、始めてしまえば腕との暮らしはとても快適だった』と始まった日々の中で、『男の腕』を『日中は、窓辺に置いたクッションの上で日光浴をさせ』、帰宅すると『抱き上げて一緒に風呂に入り、指の一本一本、手の甲のしわ、爪の間まで丁寧に洗い上げ』ます。『清潔で温かく、いい匂いのする男の腕を抱きしめているだけで、一日の疲れが抜けていくのを感じた』というユマは、『アツタさんの腕』が『充分に私を褒め、いたわり、甘やかしてくれ』ると感じます。そんなある休日、『呼び鈴が鳴』ります。『扉を開ける』と、『アツタです』と切り出す女の姿がありました。『こんにちは、とよく響く声で返』すユマに、口をつぐむ妻は、『主人の腕を返してください』、『腕を返して。そうしたらすぐにいなくなるから』と詰め寄る妻に『返してもなにも、あれは私がもらったものです』と返すユマ。ともに一歩も引かない二人のやり取りの中で、ユマはこう告げます。『じゃあ、代わりにあなたの腕をちょうだい…』。それに『いいわ』と答える妻は…。分かるようで意味不明な状況の中に、緊迫していく不思議感あふれる物語が描かれていきます…という最初の短編〈くちなし〉。一筋縄ではいかないこの作品の有り様を示してくれる好編でした。

    “別れた男の片腕と暮らす女。幻想的な愛の世界を繊細かつリアルに描き絶賛を受けた、直木賞候補作にして第五回高校生直木賞受賞作”と内容紹介にうたわれるこの作品。「別冊文藝春秋」に掲載された作品六つと、書き下ろし一つの七つの短編から構成された短編集です。それぞれの短編間に関連はありませんが、なんとも摩訶不思議な世界がそこには広がっています。では、七つの短編の中から私が気に入った三つの短編をご紹介しましょう。

    ・〈けだものたち〉: 『私はたくさんの男、というものを見たことがない』というのは主人公の『私』。『一人となかなか関係を続けられず、大抵は三ヶ月もしないうちに大喧嘩をして別れてしまう』という『独り身』のスグリと話す『私』は、『二人の娘に恵まれ』ています。そんな『私』に『他の女と関係をもっ』た恋人のことを話すスグリは、やがて『胴回りが一抱えほどもある巨大な白蛇に』姿を変えます。そして、座敷から出て行ったスグリを見て『きっと、恋人を食べに行ったのだ』と思う『私』は、『蛇になる女はそれほど珍しくない…愛する者を捕らえて頭からばりばりと食べてしまう』とこの世界のことを思います。そして…。

    ・〈薄布〉: 『白壁の』ホテルへと入り、『香辛料を受け取りに来ました』、『シナモンで』と受付で申し出るのは主人公のアザミ。カードキーを受け取り『三階へ上る』アザミが、『三〇五号室』へと入ると、そこには『ハーブの匂いが立ちこめてい』ます。そして、『部屋の中央に鎮座する』『大きな寝台』には、『白いシャツに黒い半ズボンを合わせた少年がうつむきがちに座ってい』ます。『少年、なのだろうか。青年、とも言えない』と思うアザミは『人形、とこの遊びを勧めてくれた友人の言葉を思い出し』ます。『北の子と一緒に遊べる場所があるの…時間内だったらなにしてもいいの…』。そして、アザミは『そうだ、抱きしめてみよう』と彼の肩に触れます…。

    ・〈山の同窓会〉: 『クラスでまだ一回も卵を作ってないのは、ニウラを入れて三人だって』と連絡をくれたコトちゃんに言われ、前日になっても『同窓会』の『出欠の連絡を入れられずにい』るのは主人公のニウラ。そんなニウラは『居心地の悪い会になること』はわかってはいるものの、一方で『クラスの半数近くの女の子たちがもう三回目の妊娠を果たし、お腹に卵を抱えていた』という現況を思い『三回の産卵を果たした女は大抵力尽きて死んでしまう』こともあって『これが、彼女らにお別れを言える最後の機会になるかもしれない』と戸惑いの中にいました。そして『迷った末』、会へ赴いたニウラは『お腹の卵は順調?』『うん、はちきれそう…』と挨拶を交わします。

    三つの短編をご紹介させていただきましたがいかがでしょうか?『巨大な白蛇に』姿を変える?、ホテルの部屋へ『人形』『遊び』に少年を訪ねる主人公?、そして『お腹に卵を抱えていた』?と、全くもって意味不明な内容がそこに描かれていることがわかります。冒頭をご紹介した表題作〈くちなし〉もそれは同じです。『腕を返して』、『あなたの腕をちょうだい』といったやりとりも全くもって意味不明です。このような意味不明な世界が展開するとはよもや思わない中、冒頭の〈くちなし〉は、一瞬、身体に障害がある方を描いているのかと感じさせます。冒頭の抜粋だけではそのような理解をされたとしても決しておかしくはないと思います。しかし、そうではないのです。短編ですので、その先まで書いてしまうのは避けますが、さらに困惑するような物語がそこには描かれています。そして、それは他の短編も同様です。七つの短編はこの摩訶不思議な雰囲気感を共通としていますが、その設定はそれぞれに異なります。そのため、それぞれの作品世界の設定を理解するのにまず時間がかかります。そして、理解できても拭えない違和感が漂い続けます。それこそが、これは、なんだろう?という強烈な違和感です。そんな困惑の中から抜け出せない読者に手を差し伸べてくださるのが、〈解説〉の千早茜さんです。千早さんは、こんな一言をもって読者のモヤモヤを一気に晴らしてくださいます。

    “人のかたちをしている。人だ、と思うとぞくっとする”

    なるほど、そういうことか!というくらいにこの説明は説得力を持っています。

    “愛人に片腕をねだったり、くるぶしに花を咲かせたり、大蛇になって愛する男を吞み込んだり、命がけで卵を産んだりと、人の習性にはないことをする”

    それぞれの短編に登場する一見”人のかたち”をした”人ではない”主人公たち。私たちが小説を読む時、そこに感情移入先としての主人公の存在を期待します。そして、そんな存在は当然に人間であることが求められます。しかし、小説は想像力の無限の飛翔力の先の世界を見せてくれるものでもあります。そんな不思議世界を見せてくるこの作品に描かれるのは、そんな”人のようで人ではない”存在たちが愛を求める姿を描く物語です。”人だ、と思うとぞくっとする”存在にとっての愛のかたちとはどんなものか、なかなかにかっ飛んだ物語の中にさまざまな感情が渦巻くのを見せていただきました。

    “描かれる感情は覚えのあるものばかり”

    それぞれの主人公たちの内面を見る物語の中に、それでいて、人ではない存在が登場する物語がここには描かれていました。次から次へと展開する不思議な世界に感覚が麻痺しそうにもなるこの作品。人ではないという割り切り感の先に、違う世界が見えてもくるこの作品。

    現実から少しだけずれた不思議世界が展開する物語の中に、誰かを愛するという感情は変わらないことを確認もした、そんな摩訶不思議な作品でした。

  • 恋愛小説と言っても、普通ではない。愛人から片腕をもらったり、くるぶしに花を咲かせたり、蛇になって男をたべたり、命がけで卵を産んだり。一体どこの世界の話なのか?という短編7つを収録。ファンタジーより、ちょっとグロテスクな印象。不思議な読後感。

  • 全7編の短編集。
    1話目読み出して、あ〜、なんか奇妙な世界に引きずり込まれていく〜と思った笑

    そんな1話目「くちなし」は、長く不倫関係にあった彼と別れる際に、最後の贈り物に何が欲しい?と聞かれ、彼の左腕をねだるとこから始まる。
    もぎ取ってもらった左腕を慈しみ、いい関係で過ごしていたが、ある日奥さんが訪ねてきて彼の腕を返して欲しいと言う、、

    7編のうち2編は普通の設定だったけど、後は全部、現実的ではない不思議な感じ。
    どの話でも感じたのは、男性と女性の感性の違いかな〜

    1番印象に残ったのは「花虫」
    奇妙だけど、繊細で美しい空気が漂ってて凄く好きだったな〜
    あと「愛のスカート」「茄子とゴーヤ」の2編は不思議世界ではなかったけどとても好きだった。

    彩瀬さんまだ2冊だけど相性良さそう♡

  • 「妻がね」そう言って別れを決めてしまったアツタさん。「何かさせてくれ。貴金属でもお金でも。10年も世話になったんだから」そんなアツタさんに私は言う。「腕をちょうだい」
    … …くちなし

    蛇になる女は珍しくない。異形になった女たちは、愛するものを頭からバリバリと食べてしまう。
    … …けだものたち

    ※と言うような奇譚集ということでもなく

    人に褒められたり喜ばれることをつい頑張ってしまう私。好きな男が自分ではない人妻への想いにも、その喜ぶ顔がみたくて手助けしてしまう不器用な私。
    … …愛のスカート

    夫が不倫相手と共に事故死したのち、無気力に過ごしていたツグミと、妻に出ていかれた無口なオウミさんとのハートフルな再生物語。
    … …茄子とゴーヤ

    ※嗜好がバラバラな短編集。

    他3遍

    奇譚話は好きなほうだけど、彩瀬さんのはハートフルな方が好きかな。
    感想というより、ただの作品紹介になってしまった。
    あまりグッとくるものはなかったかな…。

    今年の12冊目
    2022.2.17

  • 「くちなし」
    長年つきあった愛人に別れを切り出された女性は、お金はいらないから腕をちょうだいとねだる。あっさりと腕は与えられ、腕と暮らしている女性の部屋に、しかし男の妻が現れて「夫の腕を返して」と要求し・・・。

    「腕もの」というジャンルがあるとしたら、もちろんその筆頭は川端康成「片腕」でしょう。少し前に怪談アンソロジーで読んだ舟崎克彦「手」も面白かった。そこにこの「くちなし」を加えたら、腕ものアンソロジーを編めそうだわ。とはいえ、この作品の怖さは、腕よりもむしろタイトルになっている「くちなし」のほう。身体の部分を簡単に取り外せる世界で、夫の浮気に苦しむ独占欲の強い妻が最終的に執着する部位はもちろん・・・。

    「花虫」
    運命の相手と出会うと、互いの体のどこかに咲く花が見えるという。主人公は夫と互いに花が見えて結婚し今も幸せだが、その花の正体が実は人間に寄生する虫だという研究が発表され・・・。たとえ寄生者による幻覚であっても幸福な生死を選ぶか、それとも自分自身の意思で困難な人生を生きるか。難しいところだ。

    「愛のスカート」
    ここまで奇妙は話が続いたので、今度は何が起こるかとドキドキしていたら、ちょっと変な人が出てくるだけで特に幻想的なことは起こらない作品だった。かつて自分を振った男が、別の女性に熱を上げているのに、適切なアドバイスをついてしてあげてしまう主人公。個人的には幻想的な作品が好きでこの本を手に取ったのだけど、彩瀬まるはやっぱりこういう男女の日常的な心理の機微を描くほうが圧倒的に上手いと思ってしまった。

    「けだものたち」
    弱々しい男たちは昼間働き夜は眠る。昼間寝て夜働く女たちは、感情が高ぶると何らかの「けだもの」(蛇が多い)に変身し、恋人を食べてしまったりする世界。男女の役割が、部分的に逆転しているのが面白い。乱暴な男性に「このケダモノ!」と女性が罵倒するのが現在の男女の関係性だが、この世界では女性が文字通りの「けだもの」となり、男性を襲いバリバリ食べてしまう。

    「薄布」
    北、と呼ばれる国から白い肌に青い目の美しい難民を受け入れている日本。経済的に困窮した難民の少年少女を「買う」主婦たち。こちらは男女逆転というよりは、常に男性より下に見られている女性が、さらに自分より下の階層の者(難民)が現れたときにどうするか、という着眼点。主人公はモラハラ夫とその夫をお手本にしている息子に召使のように扱われてきたが、同じように難民に加害することはできない。

    横暴な息子のことを主人公は「自分が当たり前だと思っている生活が、私を虐げるものであることを知らない」と思い、主婦友達の一人は夫たちのことを「他人を使って気持ちよくなるのが上手」と評する。鋭い。

    「茄子とゴーヤ」
    こちらも日常的な作品。夫が愛人を助手席に乗せて交通事故死。一人になった50才女性は、茄子の色に髪を染めようと思いつき・・・。

    「山の同窓会」
    女性たちは卵を産むことを生きがいとし、三人も産めばすっかり老いて30才前で死ぬのが当たり前の世界。主人公はどうしても繁殖の欲求がなく、独身を貫いている。独身女性は稀に「乳母」の役割になるために繁殖しないものがいるが、彼女はそうではない。ある日同窓会に参加し、来ていなかった独身男性クラスメートの部屋を訪問するが、彼は海にいる天敵から仲間を守り闘う「海獣」と呼ばれるものに変化していたのだった・・・。

    収録作の中で、これが一番好きだった。何かの暗喩とか考える前に、心が動かされた。

  • 「とにかくなにか贈らせてくれよ。なんでもいいから」「じゃあ、腕がいい」
    なんじゃ~この世界観! それから貪り読んだ7編。今まで自分の身を固めてきた鎧兜を一つひとつ引き剥がされていく感覚...。
    「けだものたち」が好み。他作品も読んでみたくなる一冊。

  • やがて海へと続く。からの、とても不思議な話が続き、文章がとても綺麗で、でもイメージが違うけどと、自分の中で噛み砕く途中で、これがデビュー作なのを気付いた。もう才能の宝庫です高校生に思い付くとか。心の中を表現出来るって凄い。花虫が1番印象を受けたかな。物事を受け入れる人と受け入れない人、でもお互い愛してる。終わり方は哀しみだけだが、夢のある物語だったよ

  • 本能や、そこに含まれる狂気や嫉妬や支配欲みたいなものが美しく描かれている。茄子とゴーヤは少しテイストが違う感じがして、これまたいい。

  • ひとは、ひとではない、いろんな姿を飼っているのかもしれないと思った短編集だった。

    「くちなし」は、不倫相手の妻の腕と一緒に暮らすお話。そこには美があって、愛は醜の側にいた。
    川端康成の「片腕」を彷彿とさせたのだけど、大切な人をパーツ化すると腕なのが面白い。

    そして「けだものたち」「山の同窓会」の、人が人ならざる姿と化しちゃう二編も、良かった。
    女が蛇になったり、男が海獣になったりする中で、社会的な役割と、ひととしての役割のことを考えていた。

    たとえば、女としての社会的役割を果たせなかったなら、ひととしての役割も果たしていないことになるんだろうか。
    なんか、そんなこと言ってた政治家がいたなぁ。

    誰に申し訳なさを感じ、誰に認めて欲しいのか。

    「薄布」では、そんな、妻や母親の役割から逸脱して外の国からやってきた、貧しくて美しい児と戯れる女の姿が描かれる。
    そこに欲望はなくても、逸脱したことの後戻りも出来ない。

    そんな、よく分からない不穏さを密かに抱える夜の国の女が描かれている。

  • めちゃくちゃ上等な「世にも奇妙な物語」みたいでした。

    少し不思議なファンタジーテイストの作品が主ですが、全7編の内、ファンタジーテイストになっていない「愛のスカート」と「茄子とゴーヤ」が特に良い。
    思いが報われることだけが恋愛のハッピーエンドじゃなくていい。こんな距離感、こんな着地点があってもいい、ということを、均整のとれた美しい文章で描いてくれます。
    ゴテゴテした比喩がなく、無駄のない文章は、読者に無理に共感を迫ることがなく、読みやすいです。

    どんな立ち位置だっていい。自分を卑下しすぎることなく現実と向き合う上記2編の主人公が愛しくてたまらなくなりました。

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著者プロフィール

1986年千葉県生まれ。2010年「花に眩む」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞しデビュー。16年『やがて海へと届く』で野間文芸新人賞候補、17年『くちなし』で直木賞候補、19年『森があふれる』で織田作之助賞候補に。著書に『あのひとは蜘蛛を潰せない』『骨を彩る』『川のほとりで羽化するぼくら』『新しい星』『かんむり』など。

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