ガーデン (文春文庫 ち 8-3)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167915407

作品紹介・あらすじ

放っておいて欲しい。それが僕が他人に求める唯一のこと――ファッション誌編集者の羽野は、花と緑を偏愛する独身男性。帰国子女だが、そのことをことさらに言われるのを嫌い、隠している。女性にはもてはやされるが、深い関係を築くことはない。羽野と、彼をとりまく女性たちとの関係性を描きながら、著者がテーマとしてきた「異質」であることに正面から取り組んだ意欲作。匂い立つ植物の描写、そして、それぞれに異なる顔を見せる女性たち。美しく強き生物に囲まれた主人公は、どのような人生を選び取るのか――。

感想・レビュー・書評

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  • あなたは彼に『部屋の植物たちが心配なので、僕は滅多に旅行には行かない。出張もなるべく日帰りにする』と言われたらどう思うでしょうか?
    
    私たちは会社で、学校で、そして街中で、日々数多くの人と接しています。親しい関係から、単なる行きすがりの人までその関係性はさまざまです。ただ、一見関係が深いからといってその相手の全てを知っているかと言われればそんなことはないものです。たまたま見えているその人の横顔がその人の全てでもないでしょう。そんな横顔からは決して見えないその人本来の素顔が隠されていることだってあるかもしれません。人を理解するということはそう簡単なことではないはずです。

    人の世を生きていく限りは、どんな素顔を持つ人も、他人との関わりなくして生きていくことはできません。

    『放っておいて欲しい』

    誰にだってそんな気分になる時もあるでしょう。しかし、そればかりでは人の世を渡っていくことはできません。私たち人間は人と関わらないで生きていくことなどできないからです。

    さて、ここに『放っておいて欲しい』、『それが、僕が他人に求める唯一のこと』という思いの中に生きてきた一人の男性が主人公となる物語があります。『不幸も幸福も個人の中にしかない。理解や共感には限界がある』という強い思いの中に生きるその男性。この作品はそんな男性が『自分以外の人間の気配のない空間で植物に静かに触れたい』と願う物語。そんな男性が『仕事も性欲も家には持ち帰りたくない』という部屋で、『植物』たちに『待たせたね、と心の中で呟』き、そんな『緑の庭で眠る』物語。そしてそれは、そんな男性が『僕に関わった女性たちはみな消えていく』という現実に目を向けることになる物語です。

    『ターニングポイント』と『ふいに投げかけられた言葉に』顔を上げ、『デザイナーの江上』を見るのは主人公の羽野(はの)。『俺さ、この間、入籍したんだよね』、『相手に子供ができちゃってさ』という説明に『それでターニングポイントか』と『合点がい』った羽野。少し会話を続けた後、部屋をあとにした羽野は『派手なターニングポイントはなくても、節目というものは誰の人生にもある気がする』と思い『僕の人生の節目。それは、小学校六年生の時だ』と、『父親の仕事の関係で』『小学校六年生の時に帰』るまで海外で暮らした時のことを思います。『「帰国子女」というラベル』を貼られ『なるべく目立たないようにし』、『自分の立ち位置を慎重にはかりながら学生時代を過ごし』、『放っておいて欲しい』、『それが、僕が他人に求める唯一のこと』と思う羽野。そんな羽野は『小さい頃』『貧しい国』の中で『敷地内には畑と使用人の家、そして小さな果樹園までもがあった』という家で暮らし、『広大な庭の隅々までを知り尽くし』ていました。『あの頃、僕の世界は庭だけだった』という羽野。そして、今の羽野は『ミドルエイジを対象とした生活デザイン雑誌「Calyx」を刊行』する編集部で働いています。そんな雑誌も先週校了となり季節柄花見に誘われた羽野は『飲み会の開始時間を過ぎるまで仕事をして』『一時間遅れで店につ』きました。結婚の話題となり『わかるわかると際限ない共感大会』になるのにうんざりする羽野。そんな中、『羽野くん、女性に興味ないもの』、『女性より植物の方が好きなんだって』と、『同期のタナハシ』の話題に巻き込まれた羽野について『草食系って感じがする』と『誰かが大きな声で言』ったことで『みんながきゃっきゃと笑』います。しかし、『人の趣味がそんなに可笑しいことですか?』とアルバイトのミカミが言ったことで場が静まります。そして、少ししてミカミと場を後にした羽野は、一人マンションへと帰りつきました。『採光に恵まれた角部屋は、緑に覆われている』、『ベッド。オーディオセットと趣味用の本棚以外は植物しかない』という羽野の部屋。『蛇のように絡まりあうガジュマル、三つ編みのような幹のパキラ、つやつやの葉のブラッサイア』…と夥しい植物に囲まれた暮らし。『この部屋では僕だけが異質だ。異質な僕の存在を取り囲み、彼らは沈黙したまま呼吸を繰り返す』と植物たちのことを思う羽野。かつて暮らした異国での体験に心囚われ、植物に囲まれながら日々を生きる羽野の日常が描かれていきます。

    “放っておいて欲しい。それが僕が他人に求める唯一のこと。羽野と、彼をとりまく女性たちとの関係性を描きながら、著者がテーマとしてきた「異質」であることに正面から取り組んだ意欲作”と内容紹介に語られるこの作品。漆黒の背景に真紅の花が一輪強い存在感をもって迫る表紙が読者の目を惹きつけます。花をモチーフに展開されている写真家・中村早さんの「flower」というシリーズから選ばれた写真を使ったというその表紙。そんな表紙の印象は物語を読み進めるにつれ、『花』のみに止まることなく、『植物』が強い存在感をもって迫ってきます。

    まずは、これは小説なの?それとも『植物』を説明する本なの?というくらいに読者を圧倒する『植物』の表現を見てみたいと思います。

    ・『たくさんの切れ込みのある大きな葉のモンステラ、枝がぐにゃりと曲がったフィカス・アルテシマ… どれも一メートル以上の大きさに育っている』。

    ・『本棚から垂れ下がるポトスとアイビー、天井からチェーンで吊るしたビカクシダ』。

    ・『壁に取りつけた棚にはぷくぷくとした多肉植物が十三種類、並んでいる』。

    他にも『ブラッサイア』、『コルディリネ』などいかにも南国?を思わせる『植物』の名前が次から次へと紹介されていきます。『ポトスとアイビー』は知っていますが、他の名前は私には全く未知の世界です。せっかくなのでインターネット様のお力をお借りしてそれぞれの『植物』の写真を見てみましたが、『数々の濃い緑の葉が部屋を縁取り』…と描かれていく羽野の部屋はもうジャングルなのではないかと想像してもしまいます。しかも、『植物』は葉っぱものだけではありません。

    ・『デンドロビウムの花は満開だ。花芯をうっすら黄に染め、紫と白の花びらを広げて、鈴なりに咲く様は華やかで可愛らしい』。

    そんな風に花をつける『植物』についても語られていきます。そして、そんな『花』を愛でる羽野の姿をこんな風に表現します。

    ・『月のよく冴えた晩にベッドに寝そべりながらぼんやりと光る花々を眺めていると、黒々とした森の上に浮かんでいる気分になる』。

    まさしく趣味の世界に没入する人物をそこに見る表現です。

    ・『見つめていると、花の温度のない美しさがしんしんと迫ってきて眩暈に似た恍惚を覚える』。

    そんな表現まで登場すると、妖しい雰囲気感までもが漂ってきます。しかし、それはどこまでいっても羽野の心の内であり、上記で触れた『人の趣味がそんなに可笑しいことですか?』というミカミの正論の前では、余計なお世話的な感情でしかありません。物語では、『植物』に魅せられた羽野が見せる姿がこれでもかと描かれていきます。千早茜さんには「透明な夜の香り」で香りにとことんこだわった世界を見せていただきました。あの感覚に魅せられた方には是非おすすめしたい作品だと思いました。

    そんな羽野の現在に至る原点は『僕は日本で生まれ、父親の仕事の関係で海外で育ち、小学校六年生の時に帰ってきた』という生い立ちにあります。『もとは「発展途上国帰国子女」という短編』だったものを編集者の進言で長編にしたというこの作品成立までの経緯を語る千早さん。そう、この作品はそんな短編タイトルが表す通り、『途上国』から帰国した主人公のさまざまな思いが土台に流れています。このレビューをお読みになられている方にも『帰国子女』と呼ばれた過去を過ごされた方もいらっしゃるかもしれません。

    『属する集団と少しでも違うことをすれば、「やっぱり帰国子女だからかな」と微妙な笑顔を浮かべながら線をひかれる』。

    帰国後の苦難の日々、『口をつぐみ気配を殺してなるべく目立たないように』『自分の立ち位置を慎重にはかりながら学生時代を過ごした』という羽野。『帰国子女』と呼ばれた過去をお持ちの皆さんにはそんな羽野の思いに共感するところが多々あると思います。そんな羽野は、現地では『治安が悪かったせいで自由に外出することもでき』ず『学校と家との往復の』日々を過ごしていました。そんな中に『手入れの行き届いた庭』に居場所を見つけた羽野。『僕は庭の中にあり、同時に庭は僕の中にあった』という日々を過ごします。

    『あの頃、僕の世界は庭だけだった』

    そんな思いの先に『植物』に囲まれる今を生きる羽野の存在は強い説得力をもって読者の前にその姿を確かなものとします。

    人によって好きなものは千差万別です。このレビューを読んでくださっている方の部屋の飾りがバラバラなように、そして誰もそのことをとやかく言う権利などないように、小説世界とは言え、羽野がどんな部屋に暮らそうがそれは自由です。この作品の主人公である羽野は、『植物』との暮らしの中でこんな感情を抱いていました。

    『放っておいて欲しい』、『それが、僕が他人に求める唯一のこと』

    『植物が好きというより植物に覆われた場所が好き』で、『自分以外の人間の気配のない空間で植物に静かに触れたい』と『植物』の存在を強く意識する羽野は、リアルな人間社会の中で浮いた存在ともなっていきます。彼のことを思い、彼と共に生きたいと願う女性たちにもそんな彼の感覚は関係が深くなればなるほどに伝わってもいきます。そんな中でも羽野の心を支配する『植物』の存在は揺らぎません。

    『僕だけを待っている植物たち。僕が部屋に帰れなくなったら都会の片隅で朽ちていくだけのものたち。僕にしがみつく彼女たちによって僕は生かされている』。

    そんな思いの中に生きる羽野が一つの気づきを得る瞬間の到来。『どうして僕は誰も幸せにすることができないのか』という羽野の深い悩みを見る物語。全編に渡る『植物』の強烈な存在感に圧倒される中にそんな物語は終わりを告げました。

    『あの頃、僕の世界は庭だけだった』

    幼き日々の異国での生活の先に、『植物』に囲まれ、『植物』と暮らす主人公・羽野の日常を描くこの作品。そこには、『部屋の植物たちが心配なので、僕は滅多に旅行には行かない』と、『植物』を中心とした生活を生きる羽野の日常が描かれていました。『植物』を全編にわたって描いていくこの作品。そんな『植物』への羽野の強い想いに少し怖いものを感じさせもするこの作品。

    言葉を発しない『植物』の不気味な静けさが背景となる物語の中に、冷んやりとした独特な世界観が癖になりそうな作品でした。

    • さてさてさん
      ベルガモットさん、こんにちは!
      こちらこそありがとうございます。
      千早さんの作品、独特な世界の中に入っていくものが多いように思います。こ...
      ベルガモットさん、こんにちは!
      こちらこそありがとうございます。
      千早さんの作品、独特な世界の中に入っていくものが多いように思います。このさくひんはそんな中でも代表格かもしれません。怖いわけでは決してありません。ただ、狂気に近い世界が見え隠れするところに引き込まれていきますね。オススメします!
      2023/06/27
    • ☆ベルガモット☆さん
      さてさてさん、アドバイスありがとうございます!
      さてさてさんのおかげで知ることができた作家さんです。
      どの作品も人気があって、「しろがね...
      さてさてさん、アドバイスありがとうございます!
      さてさてさんのおかげで知ることができた作家さんです。
      どの作品も人気があって、「しろがねの葉」は170名以上待ちなんですが
      こちらの作品はすぐ取り寄せできそうです。
      狂気に近い世界だなんて、ビビりの私にはドキドキしますが、読んでみたいと思います。ありがとうございます。これからもレビュー楽しみにしていまーす。
      2023/06/27
    • さてさてさん
      ベルガモットさん、
      「しろがねの葉」、170名待ちなんですか!ものすごい数ですね。やはり直木賞の力は凄いです。この作品もとても素晴らしいと...
      ベルガモットさん、
      「しろがねの葉」、170名待ちなんですか!ものすごい数ですね。やはり直木賞の力は凄いです。この作品もとても素晴らしいと思います。ああ、千早さんの作品をまた読みたくなってきました。
      どうぞよろしくお願いいたします。
      2023/06/27
  • 昨日の夜は嵐のように雨が吹き荒れていましたが今は小雨になってきました。ベランダの観葉植物を部屋に入れて避難。植物たちの安心したような呼吸が聞こえてくるよう。県内の少し離れた地域では線状降水帯となったところがあり、皆さんが無事で過ごせることを願っています。
    こちらの本はさてさてさんのレビューで気になってお取り寄せ。千早茜さんの作品を知るきっかけを作ってくださりありがとうございます。
    主人公の羽野は、海外滞在した経験のある、雑誌の編集勤務で、3,4カ月先の季節を追いかけて取材という毎日。「季節なんて人間が勝手に区切るものかもしれない」自宅はそんな人間関係からの壁を作るように観葉植物にあふれた空間。
    「同じ社会に属しているからって、どうして頭の中まで共有しなきゃいけないんだと思う」
    同僚ミカミさんのことを「心の底に何か得体のしれないものを抱えていそう」
    「「ひとり」に過剰に敬称をつけると、「お殿さま」に似た小馬鹿にしたニュアンスがただよう気がする」
    「見えない台本は人と人との間には必ずある。仕事でもプライベートでも」
    「会社にいると、どんどん毛穴が塞がれていくようで、廊下に出る度に深呼吸をしてしまう」
    人間関係のわずらわしさ、違和感を抱えつつ上手に距離を置いて生活しているつもりの主人公。
    「しばらく苔といっしょになって木漏れ日を浴びた。木々や草花にあふれているわけでもないのに、どこまでも緑が満ちていた」作中に出てくる京都の苔寺は実際に訪れたことがあるので追体験できて贅沢な気分。
    タナハシさんの部屋から救出した苔玉が回復しますように。居心地の良い庭から飛び出して、赤い唇の彼女に会いたい気持ちを確かめるような結末が晴れ間を見せる空のようでした。
    いくつもの観葉植物、時々気になって検索。チュベローズ、ユーパトリウムの本物を見てみたい。

    • さてさてさん
      ベルガモットさん、
      アンスリウムですか。熱帯植物感があって、それでいて花のような苞がなんだか可愛いですね。私も買いたくなってきました。癒し...
      ベルガモットさん、
      アンスリウムですか。熱帯植物感があって、それでいて花のような苞がなんだか可愛いですね。私も買いたくなってきました。癒しが欲しいです。
      「透明な夜の香り」もおすすめです。目で読んでいるのに鼻から匂いがしてくるような作品です。続編の「赤い月の香り」が出たので再読してから読もうか迷っています。
      千早さんの作品、独特な味があって好きですね。
      2023/07/01
    • ☆ベルガモット☆さん
      さてさてさん
      観葉植物は癒しです。去年から仲間入りのハイビスカス赤と黄色もそろそろ蕾が大きくなってきました♪
      次は「透明な夜の香り」にし...
      さてさてさん
      観葉植物は癒しです。去年から仲間入りのハイビスカス赤と黄色もそろそろ蕾が大きくなってきました♪
      次は「透明な夜の香り」にします!こちらも人気の予約19名待ちです。
      美しい距離は読了しましたが不完全燃焼なレビューだったので、さてさてさんの視点の描き方に対する鋭いご指摘で、確かに!と思いました。
      山崎ナオコーラさんも大好きなのであとの2冊のレビューが楽しみです♪
      2023/07/02
    • さてさてさん
      ベルガモットさん、
      千早さんの「透明な夜の香り」は続編が出てブクログでも再び人気が出てきたようにも思います。山崎さんの「美しい距離」、レビ...
      ベルガモットさん、
      千早さんの「透明な夜の香り」は続編が出てブクログでも再び人気が出てきたようにも思います。山崎さんの「美しい距離」、レビューお読みいただきありがとうございました。この作品は個人的にも大きな影響を受けた作品になりました。『がん』に対する考え方がゴロッと変わりました。独特な言葉のこだわりのある方だとも思います。はい、月曜、水曜にあと二冊レビューさせていただきます。この方もコンプリートしたい作家さんですね。
      2023/07/02
  • 主人公は帰国子女の羽野くん。
    植物(観葉植物や南国の草花)を愛し、自宅では沢山のそれらに囲まれて暮らしている。
    編集という仕事柄か周りには沢山の女性たちが居るが、華々しい彼女たちとはいつも、一定の距離感を保っている。
    いや、女性たちだけでなく、羽野は他者と深く関わらないように生きているように思える。
    決して人付き合いが下手なわけではないけれど、
    口先だけの褒め言葉や、信念を曲げてまでの軽口はたたかない。
    スマートと言えばスマートなのだけど。。。

    その場で口にするかは別にして、言いたいことがズバズバとト書きで書かれるのはちょっぴり清々しい。
    また、植物の描き方が美しい。
    濃密で、こちらにまでむんとする緑の匂いや花の香りが伝わってきそうだ。

    けれど、この作品は苦手だった。
    以前別のレビューで書かせていただいたことがあるが、私も沢山の植物を育てている。
    私がハマっているのは山野草とクレマチスだが、狭いベランダに山ほど同居している。
    彼らは正直だ。
    弱いようでいて強く、羽野くんの家にある観葉植物や蘭ほど派手さや力強さはないけれど、楚々とした風情のある姿が可愛らしい。
    世話をするほど花を咲かせて返してくれる。
    それに、植物を沢山育てている方は経験がおありかもしれないが、外出している時でさえ、彼らは私と共に居る。
    おかしな感覚だけれど、常に私自身の周りに彼らを感じる。
    その点でいうと、羽野くんの感覚に近いのかもしれない。

    だから本作で植物描写が事細かにされるほどに、人間が生々し過ぎて、女たちが痛くて、面倒で、苦手に思えたのだ。
    自分も女なのにね。
    女性特有の、自分自身でも嫌だな…と思う部分が多く描かれていて、なんだか不快感を感じた。
    自分も含まれるだろう嫌な部分が際立って感じられて、それなのに物語は淡々としていて、
    なんだろ………とにかく苦手だった。
    植物が"生"に対して純粋に清潔に描かれている分、余計にそれらを感じることとなった。

    でも、それだけ生々しく感じたということは、やはり千早茜さんの作家としての力量なんだろうな。
    益々我が家の植物たちが愛おしくなった 笑
    それでもラストシーン、あれは羽野くんの僅かな変化を描いているのかしら。。。
    羽野くん、植物と生身の人間は違って当然だよ。自身を180°変える必要はないけれど、植物とは違う人間の温度を、少しでも安らぎと捉えられるようになれたらいいね。

  • 何より誰より、植物たちを愛でる主人公羽野。たち、複数形だ。寝室ではなく、リビングルームの中央にはベッド、周りは濃厚な緑色のあふれる観葉植物、今が盛りと咲く花々。植物にならおしみなく与えられるのに女性(人)には与えることができない。仕事も人間関係も表面的にはそつなくこなすが、掴みどころがない人。
    それは、発展途上国で幼少期を過ごした体験が理由。としてるけど、それは言い訳にしか聞こえなかった。自分が足りないものを何かのせいにしている。(と言いつつ、それは自分にも向かった言葉だ。)
    傷つくのが怖いから人に強く踏み込まない、人を傷つけるのも嫌。
    主人公よりも、植物に生命力を感じたストーリーだった。後半に向かって、羽野の個性は薄らいでゆく。いっそのこと貫いてほしい。植物を。
    羽野の冷めた人間観察の描写が面白い。
    的を得る言葉を発した緋奈は何者か。そもそも緋奈は実在しているのか。

    自分の中にも、植物、花が怖い、という感覚があるのに気づいた。知らないうちに咲いたり枯れたり、伸たり増えたりする。植物は目に見える成長をする。静かに、確かに。そこに不気味さを感じていたのだ。
    読んでいる今、彼岸花が満開だ。群生している様を、血飛沫と例えている。
    美しさと恐ろしさは似ている。
    羽野のような男性は苦手だ。と言いながら、自分も羽野の分かる部分もありズキズキ複雑だった。

  • 千早茜『ガーデン』文春文庫。

    羽野という不思議な男性を主人公にした物語。主人公の成長或いは気持ちの移り変わりを描いた物語かと思えば、そうでもなく、ふわふわした雰囲気の中で結末を迎えてしまった。

    主人公の羽野は他人と関わることで自分が傷付くことと相手を傷付けることを極端に恐れているのだろう。ある意味、卑怯な生き方だと思う。

    花と緑を偏愛する独身男性のファッション誌編集者の羽野は他人とは距離を置き、甘い孤独を享受する毎日を送る。羽野に近付く女性は多いのだが、羽野はそんな女性たちをも拒否し、ひたすら距離を置く。

    こんな生き方は楽しいかね。まるで、現代の草食系男子の象徴のような羽野……

    本体価格630円
    ★★★

  • 主人公が帰国子女ということを知って、自分も帰国子女なので、これはぜひ読んでみたい!と思った本。
    大切な人を亡くしたとかではないけど、前まで住んでいた場所を離れて、感じる喪失感を誰かに説明するのは難しいっていうところはすごい分かる。
    今まで当たり前のように、悪目立ちすることなく使っていた言語も、環境が変わると使う場面もめっきり減って、自分の個性の一部を一時的に強制的に失っている感覚--これも喪失感かな?

    人を理解することが難しいから、理解してもらえるようなことを人には望まない。
    この本の主人公の考え方や人との距離の置き方を知ってちょっと安心した。一緒だ〜って思った。(笑)
    主人公にとっては、植物は管理がしやすいけど、人って求めるものがその時々によって違うし、変わるし、複雑でおもしろい。主人公の心が変化するところ読むのが楽しかったです。
    心をかき乱されるようなことがあるって素敵なことだし、もっと人から影響を受けて人生楽しもうよ!っていわれているような物語に思いました。

  • あぁ、読中に感じていた忌避...。読後に突き付けられる。自分の中でひた隠しにしていたものが露わになる...。所々にひっそりと咲く、何気ない表現にふと感じ入る。上手いなぁ…。またいつか再読したい作品です。

  • 他人との距離感を考えた1冊。場面が映像として容易に思い浮かびました。
    他人と深く関わらないことで、他人を傷つけず、自分のテリトリー(ガーデン)も汚されない。そんな主人公の心情は、私自身にも通ずるところがあるので分かる。卑怯かもしれないけど、知らなければよかったってことを自分から知って傷つくならいっそのこと関わりたくないと思う時があるし、羽野のように徹底できたら楽だと思う。一方では否が応でも他人との距離感を繊細に感じ取れることもあり、それはそれで寂しいし、「あっ、いま離されてる」って思った時は何とも言えず、肩に重い岩がのしかかったような気分になる。しかも、羽野は達観しておきながら他人に正論をぶつけるのはずるい。
    最後は意外な展開だった。羽野が自分のガーデンを壊した瞬間。
    「欲しいのは気のきいた返事でも、優しい嘘でも、不確かな約束でもないの。その瞬間の自分を分かってもらいたいだけ」最近同じようなことをよく言っている気がする。

  • 主人公の羽野のように、他人に自分の陣地に踏み込まれたくなくて、一定の距離感で接するというのはちょっとわかるなぁと思いました。
    ただ羽野は自分というものを囲い過ぎていて、関わる周囲の女性たちにそのことを気付かされていきます。
    この女性たちの言葉がかなり的を得ている。
    特にグッときたのが、
    「そういう時、男は必ず間違えるから」
    というセリフ。男性が女性に対して、気の利いた返事や行動を取ろうとすると、その判断は大抵間違えているということ。
    千早さん、さすがです。男女の心の機微を描いた作品です。

  • ひと言で言うと、この物語が好き。
    コントロール出来ているはずの美しい世界、そこから新しい世界への扉を開ける。
    美しくもあり、時に残酷で気持ち悪くもある。

    登場する女性たちは脆さを持ちながらも、強い。
    そんな強さが私も欲しいと思った。

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著者プロフィール

1979年北海道生まれ。2008年『魚神』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。09年に同作で泉鏡花文学賞を、13年『あとかた』で島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で渡辺淳一賞を受賞。他の著書に『からまる』『眠りの庭』『男ともだち』『クローゼット』『正しい女たち』『犬も食わない』(尾崎世界観と共著)『鳥籠の小娘』(絵・宇野亞喜良)、エッセイに『わるい食べもの』などがある。

「2021年 『ひきなみ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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