夏物語 (文春文庫 か 51-5)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (656ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167917333

作品紹介・あらすじ

大阪の下町で生まれ小説家を目指し上京した夏子。38歳の頃、自分の子どもに会いたいと思い始める。子どもを産むこと、持つことへの周囲の様々な声。そんな中、精子提供で生まれ、本当の父を探す逢沢と出会い心を寄せていく。生命の意味をめぐる真摯な問いを切ない詩情と泣き笑いの筆致で描く、全世界が認める至高の物語。

感想・レビュー・書評

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  • 明日からまた仕事か、っていう気分で眠りにつこうとした、お盆休み最終日のこと。
    この作品を、3分の2くらい読み終えた時だった。
    主人公と重ねすぎたわたしは、久々に、一睡も出来ないっていうレベルで、眠れなくなった。
    ここまで、「子どもを産む」ということに、ぐぐぐ、とフォーカスしていく作品だなんて思わなかった。
    皮肉にも、わたし自身がその問題に、意図せずともぐぐぐ、とフォーカスしていた瞬間だったのだ。

    『夏物語』というタイトルのこの作品。単行本で出版された時から本棚登録をしていた。待望の文庫化。なぜだか、どうしても、この夏に読みたかった。

    プライベートで、ひょんなことから(ひょん、というには重たすぎたけれど)自分がこれまで子どもがほしくないと言ってきたことに対して、その実「子どもを育てることが怖いのでは」というのを、予想しない形で知ることになって、そのタイミングで読んでいたのがこの作品だったものだから、その偶然への畏れと、これから主人公が直面していく「子どもを持つかどうか」問題と、わたしの恐怖と不安が、「眠れない」という形で表出したんだと思う。
    自分が「子ども」(それは仕事で会う子どもではなく、自分が出産した「子ども」)に対して持っている感情が、抑えきれずに溢れてきてしまってたんだろう。そのイメージが、今まで具体的にはしてこなかったその姿が、どんどん具体化されて、溢れてきてしまってたんだろう。そして、怖くなったんだろう。
    早く読み進めたい気持ちと、これから自分の中に起こるであろう感情と、それらの狭間で、揺れ動く。

    『子どもがほしい』、誰かからそれを聞いた時に、「なぜ?」とは聞かないけれど、『子どもがほしくない』と言えば、人は理由を聞く。
    なぜ、子どもがほしいことに理由はいらなくて、子どもがほしくないことには理由が必要なんだろう。

    例えばわたしがこのまま何らかの病気で死んでしまったとして、誰がわたしのほんとうを知っているんだろう。30代独身で、パートタイマーで、ちょっとメンタル危うくて、感染症が蔓延している社会の中で。職場の人は家まで来ることはしないだろうし、友人や親族だって、毎日連絡を取っているわけじゃない。だけど何より、自分自身のために。
    今の時点で、2021年8月22日時点でわたしが思っているほんとうの部分、つまり、わたしが根っこに抱いている感情そのものを、ここに残しておこうと思った。

    読み終わった後も、言葉にならないもやもやとしたものや、正論と、正論だけでは片付けられない感情的なもの、全てがフルボリュームで存在し、鳴り合っていて、脳の中がうるさい。結局わたしはどうすることもできない。
    その中で叫ばれる声―
    ・一人で産み育てるということの大変さの現実味
    ・子どもがいる、という人生に対する想像力
    ・親としての責任を果たしていないのでは?では親としての責任てなに?
    ・孤独を感じる時に過る「子ども」の存在、ただ寂しいから子どもをほしがったのではないか
    ・今後子どもが大きくなった時に直面する、なぜ生んだのか問題への答え
    ・自分の親が誰であるかを子どもが知っていることの重要性、そしてなんでそれがそんなに大切なのか
    ・親がどんな思いで自分を産んだのか、どうやって産まれてきたのかを知ることの大切さ、それを知る子どもの気持ちとは?

    米津玄師の曲に「アイネクライネ」という曲がある。
    その中の歌詞にこうある。
    「産まれてきたその瞬間にあたし 『消えてしまいたい』って泣き喚いたんだ」
    子どもが生まれた時にあげる「ふんぎゃあ」という泣き声。
    誰がその声に、祝福の意味を与えたのだろうか。その子が産まれた瞬間どう感じたのかを、誰かが勝手に決めつけることは許されるのだろうか。
    この作品では、「善百合子」という女性が、この歌詞の部分と同様の立場にいる。わたしも彼女の言葉に、強く惹きつけられた。

    仕事をとおして、無責任な親を含め、いろんな親を見てきたからこそ聴こえる、様々な声。
    自分の感覚と、仕事の中で、社会の中で培ってきた感覚。それらが一気に爆発する。
    子どもを産む、ということを、はっきり言って本当に何も考えていない人っていて、そして何も考えずに産んで、何も考えずに育てて、あるところでそれを突然放棄する人っていうのもいて、たぶん児童福祉の仕事をしていなかったら知ることのできなかったことをいくつか目撃・経験してきたわたしにとって、やはり「子ども産む」ことにつきまとうあれこれはやはり簡単に消化できることじゃない。どうしても幸福の意味合いよりも怒りに近い感情を先に持ってしまうし、自分の親に対する怒りや、楽しくなかった幼少期の、嫌な思い出がふつふつと沸きあがってくるばかり。そんな思い出しか浮かんでこない自己嫌悪で涙があふれてくる。「子どもが産まれる」ことの周辺には、決して幸福ばかりだけがあるようには、わたしには思えない。そして、こんなことを考えてしまうことに対して、短い人生しか生きられなかった友人たちに、懺悔をする。育ててくれた親族への罪悪感が、みしみしと音を立てる。

    妊娠すること/出産すること/育てること
    「子どもを産む」ときに見つめるみっつのこと。
    わたしはこれまで「子どもがほしくない」と、そんな風にいろんな人に話してきて、でも、わたしが抱えている問題は、本当にその一言だけで済むものなんだろうか。
    なぜわたしは「子どもがほしくない」のか。
    別に「ほしくない」わけじゃない。
    この人となら、という人と一緒に生活して、その生活の中でいろんなことをすり合わせながら、お互いに変容した価値観を受け止め合ったりしながら、生きていくうちに、いつか子どもがほしいと思うことがあるかもしれない。
    その時は徹底的に話し合って相談して、決断をしたいと思ってる。

    でも、こんなかっこいいこと言ってみたけど、ほんとはそうじゃない。
    ただただ、怖いだけなの。
    妊娠も、出産も、育てることも。そもそも、誰かと生きていくことすら覚悟ができていないくらい、臆病者なの。怖くて、怖くて、仕方ないの。妊娠も出産ももちろん怖いのだけれど、何より一番怖いのは、育てること。
    どんな障害を持っていても、どんな子どもでも、育っていく中で悪いことをしても、わたしはそれを受け入れて向き合っていくことができるのだろうか。
    人との関わりとか、その時大切にしなきゃいけないこととか、わたしがきちんと身に着けたのはたぶん、福祉の現場だった。だからそれはかけがえのないわたしだけの体験。もちろん、もともとの自分の感受性もあったかもしれないけれど、それは鎧であって、仕事をする時だけ身に着けてればいいもの。仕事が終わったら脱いでしまえばいい。でも、その鎧を脱いでしまったら。その鎧なしの姿で、不安定なその姿で自分自身の価値観でもって自分の子どもと向き合ったら、酷い罵り合いをして子どもの人権を侵害するかもしれないし、無意識に子どもを支配してしまうかもしれないし、予想だにしない出来事に向き合うことができないかもしれない。わからない。例えばの話。そんなわたしを誰かが止めてくれるのかな。止めてくれたとしても、だとしても子どもはその時点で確実に不幸な思いをしている。
    わたしは「人との関わり」を教えてくれた社会に、福祉の現場に感謝をしている。だから、職業人としてのわたしは前よりもずっと自信を持つことが出来た。職業人としてのわたしだったら、例えばの話をしたわたしにちゃんと向き合って、子どもの人権を守ることができると思う。
    だけどその「職業人としてのわたし」がずっと理想の自分として君臨し続けていて、同時に苦しくもある。
    仕事以外の時間も全部、職業人としてのわたしに支配をされていて、だから「子どもがほしい」なんて思おうものなら職業人としてのわたしが金属バット持ってこれでもかってくらいわたし(のその思考)をぼっこぼこにして、最後に「次に子ども産もうなんて思ったらマジでぶっ殺すからな」って吐き捨てていく。そんな映像が浮かんできてしまって、怖くて怖くてたまらないの。やっぱりわたしは子どもを持っちゃいけない。わたしがやっていいのは職業人としての子育てであって、自分の子どもの子育てには手を出しちゃいけない。何かあったらすぐに産んだ自分を責めて、子どもが泣き止まなかったら泣いてる子どもの気持ちを理解できない自分を責めて、子どもが笑ったら一緒に笑えない自分を責めて、そんな状況下で笑っている子どもを憎んでしまう。そんなことがあったらどうしよう。怖い。起きていないことに脅えることほど馬鹿らしいことはない。何もかも、やってみないと分からない。でも、職業人のわたしはきっと、子どもを産んだわたしにこう言うの、「なんでそんなこと想像できなかったの」「そんなこと産む前からわかっていたでしょ」「あなたは様々な現実を、仕事を通して見てきたでしょ、今まで何を見て何を感じてきたの」って。責めてくるの。だから、やっぱり、わたしが悪いの。子ども産もうとちょっとでも考えたわたしが、悪いの。だからね、今は、今の段階では、子どもがほしい、って、思ってもいいけど、口に出してはいけない気がするの。口に出したら、一気に現実的になってしまう。そんな現実、怖くて怖くてたまらない。だからわたしは、とても簡単な言葉で済ませてきてしまった。「子どもほしくない」って。だけど、そんな簡単な言葉で済ませられるものじゃないの。わたしはわたしの気持ちに嘘をついてた。「産みたい」も違う、「産みたくない」も違う。怖いの。何もかも。妊娠した瞬間から、その子の命があるまでの間、ずっと、怖いの。向き合っていく自信が、ないの。

    • アールグレイさん
      naonaona16gさん♭♪
      おはようございます!
      naonaoさん、深く考えないで下さいね!
      案ずるより産むが易し、といいます。私は昔か...
      naonaona16gさん♭♪
      おはようございます!
      naonaoさん、深く考えないで下さいね!
      案ずるより産むが易し、といいます。私は昔からこの言葉を信じて帝王切開をしました。今おばさんのゆうママは、いつも息子にそう言っています。
      沢山悩んで下さい。おのずと結果は出てきます。
      気に障ることを書いたら謝ります。
      では、このお話はこれでおしまい。
      good luck♪
      2021/08/25
    • ミオナさん
      naoさん、レビュー拝見しました。

      夏子を自分に重ねすぎて、自分の中で思うことがぐるぐると巡って、眠れなくなってしまうの分かります。

      こ...
      naoさん、レビュー拝見しました。

      夏子を自分に重ねすぎて、自分の中で思うことがぐるぐると巡って、眠れなくなってしまうの分かります。

      このレビューでnaoさん自身の事が知れて、良かったです。
      naoさん自身の怖さについては共感する部分があるものの、結局私も怖いと思いながら子どもを産んで育てているので「わかる」なんて軽々しく言えない部分もあります。

      少なくとも、こうやって字数の制限なく自分の思いを吐き出せる、そして限られた人にだけ気持ちをひっそりと伝えられる場があって良かったと思います。

      ここは大切な表現の場ですね。

      またレビュー楽しみにしています!
      2021/08/30
    • naonaonao16gさん
      ミオナさん

      コメントありがとうございます!

      人生何事も経験!とは言いますが、命ばかりは取り返しがつきません…
      それが怖くてならないんです...
      ミオナさん

      コメントありがとうございます!

      人生何事も経験!とは言いますが、命ばかりは取り返しがつきません…
      それが怖くてならないんですよね…
      だから、出産を経験されたミオナさんは本当に素晴らしいです!!そこに向きあったんですから!!

      時々、ここまで悩みすぎなければ、スっと結婚して普通に子どもも持っていたんじゃないかなと思うこともありますけどね…

      字数制限ないのいいですよね!
      長ったらしいレビューを読んでくださり、本当にありがとうございました^^

      よかったら、また遊びにいらしてくださいね!
      2021/08/30
  •  この本を読んで本当に良かった。
     AID(非配偶者間人工授精)について詳しいことは何も知らなかったが、日本ではそれを病院で“治療”として行ってもらうには、夫婦間または事実婚の夫婦に限られていて、同性愛者カップルやその他、何らかの事情で単身である女性にはその治療を受ける資格がないというらしい。また、もう一つ欧米と異なる点は、欧米では(国によるだろうが)、たとえ病院の治療でなく、個人的な“精子提供サイト”経由による提供であっても、提供者の名前やその他諸々について明らかにされ、子供が“父親”について知りたいときは何時でも知ることが出来るのに対し、日本では“匿名”が原則で、その方法によって産まれたということは子供に“隠すべきこと”とされてきたということだ。
     この小説を読むまで、この問題に関心がなく、欧米か日本かどちらが正しいか考えてもみなかった。ましてや、病院での治療でなく、どこの誰か分からない人の精子を闇サイトみたいな所で提供してもらって、東急ハンズなどで売っているシリングという器具を使って自分で注入して妊娠する女性のことなど、全く理解出来なかった。
     こういう今まであまり目を向けられなかった分野に斬り込んでいく文学って、何となく文章も鋭利でドライで私の苦手なタイプではないかと思っていたが、川上未映子さんの筆致は繊細で、熱く、姉御のように強く、優しく、大阪人らしい笑いと人情に溢れ、深い洞察力があり、そして世界に通用する最先端の思考力を感じられ、ぐいぐい引き込まれた。まず冒頭の「その人が、どれくらいの貧乏だったかを知りたいときは、育った家の窓の数を尋ねるのがてっとりばやい。」という一文で、「姉さん、付いていきますよ。最後まで。姉さんの考えが正しくても正しくなくても。」と思ってしまった。
     主人公の夏子は小説家を目指す30代の女性。生まれた家は、大阪の南港あたりの小さなビルの二階の狭い部屋で、働かず、寝てばかり、家族に暴力ばかりふるう父親と母と姉の四人暮らしだったが、ある日父親が帰らなくなり、その後、借金の取立てがきて、三人で夜逃げして、大阪の笑橋(京橋がモデル?)というところに住むコミばあ(母の母)のところに転がりこんだ。母はホステスとして働き、姉と夏子は同じ店で皿洗いなどをして生活を立てた。貧しいながらも、女四人、楽しく、温かい生活だったが、夏子が13歳のときに母親が癌で亡くなり、その2年後、コミばあも亡くなった。その後は、9歳年上の姉、巻子と二人、肩を寄せ合って生きてきた。そして、巻子は結婚して、一女、緑子をもうけるが、早々に離婚し、笑橋で、ホステスを続けながら、女手一つで、緑子を育てていた。夏子は小説家を志して二十歳で状況した。
     第一部は2008年、38歳になった巻子が緑子を連れて、東京に来て、久々に夏子に会う所から始まる。相変わらず活気があるけれど、ストレスなのか病気なのかガリガリに痩せている巻子。なのに、上京の目的が「銀座のクリニックで、豊胸手術を受ける」という訳の分からない巻子。思春期ということもあり、そんな母親に反感を感じ、巻子と口を利くことを拒否し、一切を筆談で伝える緑子。そんな難しい二人の間に入り、姪っ子の心を開き、姉のグチを優しく聞いてあげる夏子。結局、巻子は豊胸手術は受けられなかったのか?夜遅くにグデングデンに酔っ払って帰ってくるのだが、そこで、緑子が爆発し、母、巻子に思いのたけをぶちまける。嵐が去り、巻子と緑子は大阪に帰って行くのだが、夏子はこの一件で、コミばあと母と暮していた頃から巻子とはずっと姉妹の温かい絆で繋がっていて、それが緑子にも繋がっているということをしみじみ確認したのだった。
     第二部は8年後、2016年、夏子は38歳になり、その間に一つの小説が売れて、次の小説に取り組んでいるところだった。夏子を励ましてくれる仲の良い女性編集者や女性小説家友達も出来、巻子は相変わらず、大阪でホステスをしていたが、8年前より元気そうになり、緑子も大学生になって彼氏もいて、順調だった。そんな中、夏子は小説の完成以外にも一つ大きな関心事があった。それは「自分の子供に会ってみたい」ということ。そのために「結婚したい」でも「パートナーがほしい」でもなく、「子供に会いたい」。何故なら、夏子は高校時代から長く付き合った彼氏はいたのだけれど、相手のことをどんなに好きでも心と体は一緒になれず、子供を作るようなことは無理だったのだ。だから別れ、これからもそういうことは無理だった。病院でのAID治療もそもそも夏子のような単身者には無理だった。そして、インターネットの“精子提供サイト”で、誰か分からない人の精子提供を受けることも真剣に考え始める。
     その過程で、色々な文献を読んだり人と合ったりして考える。
     “精子提供サイト”から匿名の精子提供を受け、妊娠、出産した女性の「本当にやって良かった。自分の子供に会えて良かった」という声。本当の血の繋がった家族でも子供のことより、絶対父権主義の横暴な夫のことを重視する母親の元に育ち、自分自身は結婚後、鬱病の夫と気の合わない夫の両親との同居を強いられるそんなループから抜け出せないバイト仲間。早々に離婚し、シングルになっても子供を愛し、立派に育てる作家仲間や姉、巻子。実の父でありながら家族に暴力をふるい続けて捨てた自分の父親。その後、肩を寄せ合って生きてきた祖母、母、姉との絆。AIDで産まれ、父親から性的虐待を受け続け、生まれてきたことを肯定できないという女性。父親だと思っていた人が亡くなってから、その人が本当の父親でなかったと知った子供たちの苦しみ。「子供ができない」ということが世間体が悪いとされる古い家族制度の中でAIDで出産させ、周りにも本人にもそのことは隠した日本の数々の事例。
    夏子は考える。第三者の精子提供を受けて出産することが、そんなに悪いことなのか、ひとりで子供を産み、育てることがそんなに悪いことなのかと。大切なのはちゃんと向き合うということなのではないかと。本当の親子でも子供を大事にしない親もいるけれど、そうでない親子でもちゃんと向き合って、初めから子供に事実を伝え、「それでもあなたのことを大切に思っている」ということを伝えていくことが大事なのではないかと。
     逢田潤という夏子と同い年の男性に巡り合う。きっかけはAIDで産まれた子供たちのことを調べているうちに、彼がその当事者のひとりで、育ての父親が亡くなってから事実を知り、「自分は育ての親と異なり一重瞼で、背が高く、小さいころから長距離走が得意だった。どなたかお心あたりのかる方いらっしゃいませんか。」とその会報誌に書いていたのだった。そのことに興味を持ち、夏子は逢沢潤と出会い、逢沢も育ての親が小説を書いていたこともあって夏子に興味をもつ。二人は惹かれあい、その間に逢沢はあることに気づく。「自分は本当の父親に会えないのがショックだったのではなく、大好きだった育ての父親に「あなたが本当の父親でなくても私はあなたのことが大好きでした」と言えなかったことがショックだったのだ」と。
     最後は、ハッピーエンド。けれど、私が思っていたような普通のハッピーエンドではなかった。前向きな新しい生き方を選ぶ女性のハッピーエンド。
     夏子が小さい時から大好きだった葡萄の房のように、ギュッと詰まってて、キュッとくっついてて、時々ポロポロ落ちてしまうような危うさのある、キュートで、優して魅力的な小説だった。
     

  • 「その人がどれくらい貧乏だったかを知りたいときは育った家の窓の数を尋ねるのが手っ取り早い…」という面白い書き出しから始まるこの作品。

    かなさんからおすすめされて、ついに手に取ることができました。
    ありがとうございました。

    本作の構成も面白いです。
    「乳と卵」という作品がリメイクされ、第1部に入っています。
    そして第2部は夏子を主人公にして、物語が続いていく形でした。
    大阪の下町に生まれ貧乏で父親にも愛情を感じられずに、とても苦労して過ごしそれから上京した夏子は、38歳になり小説家として何とか本を出したりできるようになってきました。
    そして夏子は悩みを持つようになります。「自分の子供に会ってみたい…でも、相手もおらんのにどうやって??」いうことが。

    夏子は通常の方法で、妊娠することが難しいいわゆる無性愛者であり、それで苦しんでいました。
    パートナー無しの出産を模索する夏子は、「精子提供」で生まれ実の父親を探している
    逢沢潤という人と出会います。
    そして彼の恋人の、善百合子という人とも
    交流を深めます。
    そうして様々な人との交流を通じて最後に夏子がどういう道にたどり着いたのか…という内容の本でした。

    私は、非配偶者間人工受精(AID)ということも、そして「精子提供」で子供を授かるということについても、この本を読むまで…
    知りませんでした。

    夏子も、TVのニュースで、AIDによる「精子提供サイト」があるということを知ります。

    そして、AIDで自らが出生して、現在父親を探している三十代の医師の、逢沢を知ります。そして同じくAIDで出生した百合子にも、相談をしていきます。
    百合子は父だと思っていた男に、性虐待などをされていた辛い経験を持っていました。
    その百合子から、夏子に投げかけられる言葉は、ひとつひとつ、私の心にもグサグサと、突き刺さってきました。

    『親は子供を持つというそれだけで幸せなのかもしれない。だけど、子供の幸せは別のものである。
    子供を産むこと自体が 親側のエゴ なのではないか?
    子供にも、幸せになってほしいという 賭け を、しているのではないか?
    子供は、自ら望んで生まれてくるわけではないのだ!…』

    などと、あまりにも辛い生き方を強いられてきた百合子の口から語られるこれらの言葉には、私としても返す言葉がないように思えました。

    今、少子化という社会問題がありながらも、その一方で、子供をほしいと思ってもなかなか持てない、という現状はあると思います。

    そして、同性愛者カップルや、夏子のような無性愛者においては、なおさら難しいのも現状としてあります。
    精子提供という道も、制度が確立されていないこともあり、生命倫理という観点からも
    その他にも難しいことがたくさんあります。

    私は、これまで生きてきて命が生まれるということは、素晴らしいこと幸せなことだと、当たり前のように、単純に…思ってきました。
    でも、この本を読んで、「そうじゃない!」と思う人もいるんだなと「自分は生まれて来なければ良かった!」と思ってしまう人も
    確かにいるんだなということが、悲しいけれど、痛いほどにわかりました。

    芥川賞作家である川上未映子さんが、とても深刻な問題となっているこの重たいテーマを選ばれて、思いを込めて書き上げた
    この500頁を越える力作。

    テンポの良いリズムある大阪弁も入ることで軽やかに読めて、細やかな情景や心理描写なども素晴らしいなと感じました。

    また、時々、衝撃を受けるほどの言葉選びもあり、それは圧倒されてしまいました。
    正直、読むのが辛い部分も多くありました。

    私にとって、とても難しく理解が及ばないとは思いましたが、この本は読むだけで価値のある本なのではないかとも思えました。
    ラストはとても感動しました。
    そして、登場人物の百合子も、これから幸せになってほしいなという気持ちになって
    本を閉じました。

    • チーニャ、ピーナッツが好きさん
      紅蓮館の殺人、体育館の殺人が、良いよと、ミステリー好きの、友達から、ききました。私は未読ですが。かなさんに、合う本だと良いと思いました。私も...
      紅蓮館の殺人、体育館の殺人が、良いよと、ミステリー好きの、友達から、ききました。私は未読ですが。かなさんに、合う本だと良いと思いました。私もあとで読むつもりです。また、よろしくお願いします~(^o^)
      2022/09/06
    • かなさん
      チーニャ、ピーナッツが好きさん、おはようございます。
      紅蓮館の殺人、体育館の殺人、読んでみますね♪
      (ちょっと、読むのが遅くなるかもしれ...
      チーニャ、ピーナッツが好きさん、おはようございます。
      紅蓮館の殺人、体育館の殺人、読んでみますね♪
      (ちょっと、読むのが遅くなるかもしれないけど…)
      ご紹介ありがとうございます(^^)
      2022/09/07
    • チーニャ、ピーナッツが好きさん
      かなさん、おはようございます!
      あくまでも、本選び参考までにご紹介しましたので。読んでも、読まなくても大丈夫ですし、読む時期も、ほんとうにい...
      かなさん、おはようございます!
      あくまでも、本選び参考までにご紹介しましたので。読んでも、読まなくても大丈夫ですし、読む時期も、ほんとうにいつでも、大丈夫ですから、お気になさらずにね(^^)
      私などは、定番のミステリーから読むつもりなので、かなりすごく遅くなると思います
      2022/09/07
  • 出産する意味について、こんな深く思いを巡らしたことはなかった。
    長い長い物語で、鬱屈とした部分、辛い出来事もたくさん潜り抜けてたどり着く、幸せが溢れる最終章は、本当にあたたかい気持ちになった。

    考えさせられる部分もたくさんあった。
    善百合子の長台詞は、この小説で1番印象的だった。
    「愛とか、意味とか、人は自分が信じたいことを信じるためなら、他人の痛みや苦しみなんて、いくらでもないことにできる」って、すごい言葉。子供が幸せになるかもわからないのに、賭けをするかのように産むことは、あなたのエゴだ、と突きつけてくるようだ。

    善百合子と逢沢は、生まれてきたことをよかったと思っているか、悪かったと思っているかの考え方が決定的に違って別れてしまったと思うけど、生まれてきたことを肯定できない人は、じゃあどうやって幸せになればいいんだろう。
    結局、人は同程度の辛さを味わったことのある人にしか、理解したり惹かれたりできないのではないかという気もする。

    あと、逢沢が大阪まで夏目に会いに来るシーン、すごく好きで、二人ともの愛情を感じたのだけど、お互い好感を持っているのに、一緒に子供を育てるという選択にならなかったのはなぜなんだろう。
    自分が育ったような環境でも、子供は幸せになれると証明したかったのかな。やっぱり男は信用できなかったのかな。
    逢沢はそれでいいのかな?とにかく夏目の気持ちを尊重したということ?

  • 大阪の下町で、父親のいない女だけの家庭で身を寄せ合って生きてきた二人の姉妹。
    姉の巻子はわたし(夏子)よりも九歳年上で、緑子という娘をひとりで育てている。
    大阪のスナックで働いている、いわゆるシングルマザーだ。
    一緒に暮らしていた母も祖母もすでに病気で亡くなり、思春期の娘緑子と母巻子との葛藤や、夏子が小さい頃に抱いていたやり場のない思いや何もかもがぐちゃぐちゃに詰め込まれていて、文章全体に血が通っているというか、どくどくと脈打っているような、生々しいぬくもりがあって、読んでいくうちにすべてが愛おしくなってくる。

    小説家を目指して20歳で上京した夏子も、今は38歳。文筆の仕事で何とか暮らしている。
    夏子は、結婚もせず、パートナーも持たず、妊娠出産して子どもを持ちたいと考える。
    そんな中、精子提供で生まれてきて、本当の父親を探している逢沢潤という人物と出会い、彼の関わるイベントやシンポジウムに出向いていく。

    この物語は、精子提供という難しい問題を読者に突き付けているだけではなかったような気がする。
    それが良いとか悪いとか、方法とか、結果とか、私が知らないことがたくさんあって、ほんとうに難しくて、考えさせられる事柄なのだけれど、夏子が自分でたどり着いた答えが最高に素晴らしくて、この本は、私にとって、忘れられない一冊になりそうです。

  • 初めて読んだ川上未映子さんの小説。妊娠を切望する女性作家の心情と生い立ちがつらつらと綴られていく。
    内なる声がこと細かく流れるような文章で描かれ、自分が主人公に憑依したような感覚に。
    心で感じたことを言葉にするのが、作家という職業だと思うが、これだけすべてを言葉にできると、作家自身の浄化作用のようだ。

  • 夏子さんが、登場人物が魅力的だった。当初出て来るどうしようもない父親でさえ興味深い不思議な存在だった。けして否定から入らない作者の物の見方が物語に深みを感じさせる。様々なテーマを持った一冊。

  • 私の記憶違いでなければ、結婚前の川上さんは、「産んだ瞬間から『その子供の人生』が始まってしまうわけで、そんな壮大なこと、自分の願望やら何やらで『できちゃった』というふうに私はできない」というようなことを言っていたと思うのですが(子供を持つことを諦めていた私は、その姿勢にひっそりと励まされていました)、結婚発表時にはすでに妊娠していて、子供を持つに至った理由をパートナーに子供を持つことの素晴らしさを説かれたからだと答えており、その当時何となく鼻白んだ気持ちになったのを覚えています。裏切られたような、なぜか傷ついた気持ちになったのです。本当に勝手ですよね。けれど、あんなに「一人の人間の人生をスタートさせてしまうことに慎重であるべき」と言っていた人に、どういった心境の変化があったのだろうとずっと心に引っかかっていました。この夏物語はそれに対するアンサーとなる内容だと(これまた勝手に)感じました。

    巻子と緑子にまた会えたことが嬉しかったなぁ。そして12歳の緑子の巻子に対する切ない気持ちに、自分の思春期を思い出して、やっぱり胸がギューッとなりました。
    そのほかにも、ぶどう狩りのエピソードとか、九ちゃんの思い出とか、ぼこされた女の子の話とか、コミばあとのやりとりとか……ちょっと涙なしには読めなかったです。

    また、この作品は、産むを肯定するだけでなく、「生まれなければ味わわなかった苦痛」に直面せざるを得なかった善百合子のような人を、どう私たちが、社会が包み込めるだろうかということも合わせて考え続けなければいけないと伝えていると思いました。少なくとも私はそういうふうに受け止めました。

  • 小説を書く仕事をしている夏目夏子さんという女性の物語です。
    上京してからのお話がメインですが、母、祖母、姉と過ごした大阪での幼少時代のことも彼女の視点から描かれており、どんなことを考えながら歳を重ねてきたのかがよく分かります。

    どこに住むか、誰と暮らすか、何の仕事をするか、結婚するのか、子供を産むのか、、、
    生きていく上で人は、たくさんの選択をしなければなりません。
    本作では、自分の子供に会いたいという気持ちを抑えられなくなった主人公が、「子供を産む」ことについて深く思案し、未婚のままひとりで子供を授かるためのある決断をします。
    この決断が良かったのか悪かったのか、どんな未来に繋がるのか、現時点では誰にも分かりません。
    それでも、一人の女性が人生を懸けて選んだ道が、希望あふれる明るいものであることを信じたいです。

  • 相手が家族でも友人知人でも、それが自分では無い誰か他の人であれば、その人の心なんて決して理解出来るものでは無いはずなのに、どこか自分の中にあるわかっているという思い上がりを指摘されたような気が…

    今回も圧倒的だった。
    特に最後は圧巻で涙が溢れました…

    • スツールで読む本さん
      ちょうどこういった本を読みたいと思っていました。参考にさせていただきます。
      ちょうどこういった本を読みたいと思っていました。参考にさせていただきます。
      2023/09/14
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著者プロフィール

大阪府生まれ。2007年、デビュー小説『わたくし率イン 歯ー、または世界』で第1回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞受賞。2008年、『乳と卵』で第138回芥川賞を受賞。2009年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で第14回中原中也賞受賞。2010年、『ヘヴン』で平成21年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、第20回紫式部文学賞受賞。2013年、詩集『水瓶』で第43回高見順賞受賞。短編集『愛の夢とか』で第49回谷崎潤一郎賞受賞。2016年、『あこがれ』で渡辺淳一文学賞受賞。「マリーの愛の証明」にてGranta Best of Young Japanese Novelists 2016に選出。2019年、長編『夏物語』で第73回毎日出版文化賞受賞。他に『すべて真夜中の恋人たち』や村上春樹との共著『みみずくは黄昏に飛びたつ』など著書多数。その作品は世界40カ国以上で刊行されている。

「2021年 『水瓶』 で使われていた紹介文から引用しています。」

川上未映子の作品

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