傑作はまだ (文春文庫 せ 8-4)

著者 :
  • 文藝春秋
3.95
  • (238)
  • (395)
  • (228)
  • (21)
  • (4)
本棚登録 : 4286
感想 : 319
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167918712

作品紹介・あらすじ

「永原智です。はじめまして」そこそこ売れている50歳の引きこもり作家の元に、生まれてから一度も会ったことのない25歳の息子が、突然やってきた。孤独に慣れ切った世間知らずな加賀野と、人付き合いも要領もよい智。血の繋がりしか接点のない二人の同居生活が始まる――。明日への希望に満ちたハートフルストーリー。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 2024.1.10 読了 8.6/10.0


    新年最初の読書記録です、遅ればせながら明けましておめでとうございます!
    いつも私の拙いレビューを読んでくださる方々、ありがとうございます^_^
    今年もたくさんの良き本に、豊かで素敵な時間に出逢えますように


    さて、今回は瀬尾まいこさんの『傑作はまだ』です。
    前回読んだ『卵の緒』のレビューでも僭越ながら書かせていただきましたが、彼女の作品はちょっと複雑な家族関係を、重くならずに優しく、そして時にユーモラスに、だけどちょっぴり切なく描いているなぁ、と実感します。


    「家族」という言葉ひとつとっても、さまざまな形があります。家族というのは、人と人との結びつきの形、その呼称にすぎません。だとしたら、いろんな家族が、いろんな結びつき方が、あってもいいはずです。


    厳しい現実もあるけど、明るさや幸せもたくさんある。明日はもっと素晴らしい、そんなメッセージ性が瀬尾作品にはあります。

    そして本作には、瀬尾さん自身の作品に対する向き合い方や読書というものへの考え方が随所に垣間見えます。


    「小説を読むことは、人間の生きることや真実を見せてくれる。」
    「本を読めば読むほど自分の中を掘り下げていけるようで、一つ文字を体にいれるごとに自分に深みがますように思えた。」
    「生きるとは何か。人間とは何か。自分とは何か。書き方や話の内容は違っても、小説の根底に流れるのはそういうことではないだろうか。」
    などなど、読書とは何かについての言葉が心に刺さります。


    数えたことはないけれど今まで500冊以上は本を読んだ自分ですが、自分はそこまで深まったのか。人生が何か変わったのか。時々問いかけます。

    実際のところ、さほど変わってないのかもしれません。
    しかし、自分の知らない世界や仕事、価値観、生き方を知れましたし、何より感動と豊かな時間を味わうことがたくさんできました。
    そんな自分の読書ライフを振り返りながら読み進めた作品でした。

  • たけさんが「おっさんの成長物語が、こんなにも美しいのは奇跡的」だとレビューしていた。確かに、青年が成長する話ならば巷に満ち溢れている。おっさんは成長しない、できないだろう。そう、紛れもないおっさんの私は思っていた。思っていたので、これは読むべき本だと思い紐解いた。

    そういえば、「25年間編集者と会う以外はコンビニに行くぐらいしか家を出たことがない」というこのおっさん同様、私もからあげクン食べたこともなければ、スタバラテて何なの?の男ではある(←ホントです)。女子高生が、スタバでおどおどしているおばあさんのために大声で注文している。智くんは「後ろのためにやり方を示しているんだよ、そんなの普通だよ」という。この説明に心底驚いた。今時の若者は、人との距離の取り方が違うだけで、心根の優しい者はいくらでもいるのだ、きっと。私が驚くぐらいだから、おっさんはもっと驚いただろう。次第とおっさんの心境に変化が訪れるのは理の当然だと思う。

    というわけで、こんな引きこもり男で世間知らずのおっさんが、既に30冊も本をモノにしている小説家になっているという。その彼に25年間一度も会ったことのない25歳の息子が一カ月居候をすると言ってやってきた。30冊て、小説舐めるな、違和感ありありだ、というレビューが続出しているかと思いきや、異様に少ない。読者は みんな素直に受け入れている。別におっさんの味方ではないのだけど、私としては「おそらく経験よりも万巻の読書体験のバリエーションで「なんとか」してきたんだろう。」と、わざわざ彼を擁護する言い訳を用意していたのだけど、肩透かしだ。今時の若者は案外素直なのだろうか。

    智くんは何故、今になっておっさんのところにやってきたのだろうか?
    最大の疑問はこれだ。
    私はずっと推理していた。
    最後の方になって、やっと智くんから種明かしがされる。

    「おっさんの小説だったらどう?」
    と俺の顔を見つめた。
    「小説?」
    「作家だとさ、どんなふうにこの状況を結末にもってくの?」(169p)

    ……結局、おっさんは3つぐらい設定を言ってみるも、息子から全部反駁されて仕舞う。
    でも、私は3つ目の「自分が余命1ヶ月だと知った息子が父親に会いに行った」という設定をその前にに考えていたのである。智くんからは「病院をそれで抜け出せるってどれだけセキュリティの甘い病院?しかもどれだけパワフルな身体なんだ。病気ってそんな身軽に動けるもんじゃないんだぜ」と批判されてしまう。でも、と私は思う。1ヶ月じゃなかったらどうなんだろう。半年だったら?もっと自由効くんじゃないか?それで、智くんが3つ目の設定にムキになったことも、途中病気でアルバイトをおっさんに気づかれないように休んでいたことも説明がつく。そうだ、それに違いない。この直後、智くんはきちんと種明かしをするけど、それは小説的フェイントだ、私は最後の1行まで「どんでん返し」があるのではないかと疑っていた、‥‥ことを告白しよう。

    最初のおっさんの考えた1番目の設定は智くんから「ホラーだ」と言われ智くん自身のキャラと合わないと言って却下されるのだけど、確かに瀬尾まいこの小説キャラには合わないからこの反駁には説得力あったけど、明るく始まってホラーで終わらせることのできる小説家は幾人かはいる(若竹七海とか)。‥‥いや話があちこち行こうとしているけど、そんなこんなとは関係なく結局真実は、ほんわか感動ものでした!いい意味で!

    でも「傑作」はやはり次の作品だよね。
    このおっさん成長できたんだろか?
    できたような、できていないような‥‥。
    おっさんとしては頑張るしかない(←何が?)。

    • たけさん
      Kumaさん、おはようございます!
      確かに成長しないのがおっさんだから笑、「おっさんの成長物語」は言い過ぎだったかもしれませんね。
      でも、小...
      Kumaさん、おはようございます!
      確かに成長しないのがおっさんだから笑、「おっさんの成長物語」は言い過ぎだったかもしれませんね。
      でも、小説としての傑作は結局「まだ」かもしれないけれど、自らの人生が実は「傑作」だったことがわかった。そこにおっさんとしては希望を感じたものです。んで、僕も頑張ろうと思いました。
      2023/08/21
    • kuma0504さん
      たけさん、
      滅多に流行小説に手を出さない私に読ませたという点だけでも「奇跡」です(^ ^;)。
      もう、自分と比べながら読んだので、「成長が美...
      たけさん、
      滅多に流行小説に手を出さない私に読ませたという点だけでも「奇跡」です(^ ^;)。
      もう、自分と比べながら読んだので、「成長が美しくない」と感じるのは理の当然ですよね。客観的には、少しは「美しい」場面はあったと思います。
      紹介ありがとうございました♪
      2023/08/21
  • 50歳引きこもりぎみな作家のオジサンの所に
    生まれてから25年会っていない息子がいきなり現れるお話。

    人との繋がりを面倒に感じる親
    人との繋がりを作るのが得意な息子

    普通、立場が逆な感じですが(若い子の方が人との繋がり面倒くさがる?…)

    この2人関係が最初から最後まで、強引に価値観を押し付ける訳でもないのに歩み寄って行く感じが心地良い。

    大人になりきれていないお父さん
    同年代の人達より大人な息子

    自分の考え、自分の目線だけで生きてると
    どれだけ良く見てるつもりでも
    結構 見落としてると気づかされる作品ですね♪

  • ハートフルストーリー!まさにそれ。
    さらっと涙が出たり、ほんわかと温かい気持ちになれたり。
    ものすごく心を揺さぶる訳ではないんだけど、人の温かさや登場人物のちょっとした気持ちの揺れや高まりがすーっと心に入ってくる。これぞ瀬尾まいこ作品なんだなぁ。
    加賀野さんが智くんに大福を買う場面が特に好き。それに対する智くんの対応も好感が持てた。

    加賀野さんの小説、読んでみたくなった。
    智くんに話したアイデア(別人格案?)が面白そうだった。
    心温まって油断してたので余計、そこだけドキッとした。

  • 生まれてから一度もあったことのない、25才になった息子がやってくる。50才の父親を変えていく生活が始まる……とこのように瀬尾さんの作品では冒頭から「えっ、何々?」と引き付けてきます。
    この作品には瀬尾さんの、作家としての作品との向かい合いかたが折々に顔を覗かせます。小説には人となりが自然とでると本書にもありますので。
    厳しい現実もあるけど、明るさや幸せもたくさんある。明日はもっと素晴らしい、そんなメッセージ性が瀬尾作品にはあります。

    さて、50才の正吉ですがこれがすごい。作家として成功しているもののほぼ引きこもり状態。一人でも全く気にならないという性格上の特性を持っています。研究者に近いんじゃないかと思えます。他人に興味がないのに小説って書けるのか疑問になるほどです。
    それが社会性豊かな真逆の息子、智と暮らし始めることで変わっていきます。
    人と繋がり、様々なところに出掛け、ついには身近にある幸せに気付きます。
    あっさり読めて読後感が良かったです。

    「小説を読むことは、人間の生きることや真実を見せてくれる。」
    「本を読めば読むほど自分の中を掘り下げていけるようで、一つ文字を体にいれるごとに自分に深みがますように思えた。」
    「生きるとは何か。人間とは何か。自分とは何か。書き方や話の内容は違っても、小説の根底に流れるのはそういうことではないだろうか。」
    など読書とは何かについての言葉が心に刺さります。
    仕事の専門書を除いて、千冊くらい本を読んだけど自分はそこまで深まったのか。何か変わったのか。時々問いかけます。
    実際のところ大して変わってないのかもしれません。
    しかし、自分の知らない世界や仕事、そして生き方を垣間見ることがたくさんできました。
    そんな自分の読者ライフを振り返りながら読み進めた作品でした。大人になって司馬遼太郎とノンフィクションばかり読んでいたのですがこれからも、フォロワーさんのレビューからいろんな作家さんの小説を読み続けようと思っています。


  • 50歳の作家加賀野正吉は、編集者と会う以外は人と関わることをせず、ほとんど引きこもりのような生活をしている。
    そんな加賀野の元に、永原智という青年が突然訪ねてくる。
    加賀野は、智の母親に養育費を払うたびに送られてくる写真を見るだけで25年間一度も会ったことのなかった息子と、いきなり同居することになる。

    加賀野と智の嚙み合わない親子の会話が滑稽で、どこかもの悲しさも感じるのですが、明るく活発な智に影響されて、加賀野も次第に自治会の人たちと関わることを覚えて、人の温もりを知るようになります。

    瀬尾さんの描く家族の物語は、個性的だけどいつも温かい。
    誰かと一緒にいられる日常は、あたりまえじゃなく、有り難いこと。
    傷つくことを恐れて一人きりで暮らしてきた加賀野が変わると、作風にも変化が現れます。

    これから始まる家族との時間がとても楽しみで、読んでいる私たちにも希望を運んでくれるようです。

  • 「そして、バトンは渡された」が良かったので、他の作品も、と手に取った本作。

    50歳一人暮らし、作家業の男性のところに、生まれてから一度も会ったことのない息子が突然居候にやってくる、という話。

    「そして、バトンは渡された」は、血のつながりなんてなんのその、という感じのハートウォーミングだったのに対して、こちらは血のつながりをガチガチに意識するもの。

    登場人物に悪い人が全然いなくて、みんな穏やかで優しくて、こちらもほのぼのと心温まる話ではある。だけど、なんかしっくりこない。地に足が着いていないようなふわふわした感じがずーっとあって、そのまま終わってしまった。

    小説だからこんなこと言っても、と思うけど、設定から「ん?」と首をかしげてしまうような、現実味がないものだったからかも。
    「あなたの子だ」と言われ、毎月養育費は払うけど、一度も会おうとか何か行動を起こしたことがない。その息子が突然やってきてなんだかんだうまく一緒に過ごした。ずっと帰ってなかった実家に帰ってみると、息子とその母親は実家の両親と仲良くやっていた。主人公はそれをずっと知らなかった。かつて「なんだ中身のない女」だと思った息子の母親に再会し、定期的に3人で会うようになる。

    あれ、25年の歳月ってこんなに軽かったっけ?と思ってしまった。
    いやいや、小説なんだから、どんなに奇天烈な設定でもいいのだけれど、その現実味のない設定すらをも超えて、こう、ぐっと来てほしかった。(←私の語彙力のなさ、表現力のなさよ。)

    主人公は息子が来てくれたおかげで、引きこもりに近かった生活が一転、近所の人とも交流するようになって、やはり基本的に人は人と接して暮らすべきなんだなぁ、と思った。その他にも息子の突然の登場は主人公にプラスの影響を与えていて、それは自分の作品に関するところにまで及んでくる。これまで自分の小説は「人間の本質に迫るものを描いていて、それには深い闇の部分も書かなくてはいけない」と暗く重い作品ばかり書いていたのが、そこに疑問を抱き、作品の色も変わっていきそうな気配を残して本作は終わった。

    暗く重い話を避けたいときには、ピッタリの心温まるストーリーだとは思うけれど、やはり私は「そして、バトンは渡された」の方が断然好きだった。

  • 作家である主人公は、人との接触は最小限、孤独に生きてきた。
    そんな中、生まれて25年、はじめて会う息子と突然同居することに。思ったことはハッキリ言う清々しい息子智。
    ドギマギするスタートだったが、息子と接する中で戸惑いながらも起こる父の変化が面白い。
    一番印象に残ったのは母美月。いろんな感情はあっても、それを超えて息子を育て、人とつながり、主人公を陰ながら応援するってすごいな。智の振る舞いを見てより思う。最後3人のつながりは温かい気持ちになれた。
    人とのつながりはしんどい事もあるが、温もりもある。一歩踏み出せれば。

  • 瀬尾まいこ(2019年3月単行本、2022年5月文庫本)。手にする初めての作家さん。誰も死なないし、ほっこりする話なんだけど、決してそんなことにはならないよなというような、主人公にとって都合良過ぎる結末の物語だ。

    秋らしくなってきた10月10日の午後、50歳の引きこもりの作家の家に、一度も会ったことのない25歳の息子が突然やって来る。作家の名前は加賀野正吉、息子の名前は永原智。息子の母親は永原美月47歳。26年前、加賀野が大学を出て2年目の秋に友達に誘われた合コンで、短大を出て不動産会社で働いている21歳の美月と出会った。そして酔った勢いでそのあと関係を持ってしまい、3ヶ月後に妊娠したことがわかる。話し合って、お互いに結婚する相手ではないということを認識して、「子供は産むが美月が一人で育てる、養育費として加賀野は毎月10万円送る」ということで決着した。生まれてから25年間一度も会っていない。

    毎月10万円を送ると美月から受取りの連絡に添えて1枚の智の写真が送られてきた。智が20歳になると養育費の受取りは辞退したので、20年間でその数、241枚になっていた。幼少期の可愛い盛りの写真、小学校や中学校、高校の入学式、卒業式の写真、泥まみれの写真、松葉杖をついた写真、どれも息子の智の成長の記録だ。にも関わらず加賀野は一切関心を示さず無視していた。父親が息子に対する愛情を持っていないのか、世間と一切関わらず生きてきたので息子との関わり方がわからないのか、10万円の養育費も増やすことも考えが及ばず、一度も息子に会いに行こうともしなかった。智は父親から完全に捨てられたと思っていたはずだ。そんな息子が何故突然会いに来たのか、それが一番の謎であった。
    その理由と言うのが「加賀野の最近の小説で主人公が最後必ず死ぬ結末になっているのが気になり、加賀野が自殺するのではないか」と美月と智で話して心配になり様子を見に来たと言う。まあこれは全くの杞憂に終わるのだが、25年間全く音信不通の相手なのに何故心配するのかは、あとで加賀野は両親からその謎を聞かされることになる。

    加賀野は大学4年の時に小説で新人賞を取り、卒業しても書くことが仕事になっていた。小さい頃から読書が好きで中学、高校時代は日に数冊読み切るくらいになっていて、読書以外何もしていない日々だった。それが大学に入ると読むだけでは飽き足らなく、自分で小説をかくようになったのだ。
    20年前、30歳の時に郊外に家を現金一括で買った。一人住まいなのにかなり大きな家で、周りの家もどれもそれなりに大きな家だった。小説はそれなりに売れており、印税も生活に困らないくらいには入っていた。しかし引きこもり作家故の生活パターンにより、20年間も近所付き合いはせず自治会にも入らずコミュニティーからの孤立を自ら選択していた。

    突然現れた息子の智はフリーターでローソンで店員をしている。それが25歳のフリーターとは思えないほどしっかり者で気遣いの出来る、年寄りにも子供にも優しく接することが出来る若者だ。
    その息子の智が加賀野の孤立生活を覆してしまう。隣近所に挨拶に回り、自治会会長の家に行き、自治会費を納めてしまうのだ。息子との同居生活で、加賀野の地域社会との交流と新しい自分への挑戦が50歳にしてはじまる。
    徐々に不器用ながらも智に支えられて加賀野は近所付き合いに喜びを感じるようになって来たところで、智が新しいローソンの店に変わるので母親の元に帰ると言って、1ヶ月余りで11月16日加賀野の家を出て行ってしまう。

    思い起こすと加賀野は実家にも28年間帰らず、連絡も取っていなかった。思い立った加賀野は11月19日、28年振りに実家に帰ると80歳の父親と78歳の母親が元気に昔と変わらない歓迎をしてくれる。聞くと智が5歳の頃から美月は智を連れて毎月来ていたと言う。加賀野のこともよく話していたので28年振りという気がしないと言う。智の父親がどんな人か知るにはお爺ちゃんお婆ちゃんに会うのがわかりやすい、そして美月は智にお爺ちゃんお婆ちゃんのいる普通の家庭の子として育てたかったのだろう。そして加賀野との縁を繋いでおきたかったのかも知れない。また人としての自己中心的な加賀野には冷めていても、小説のファンだったのは昔も今も変わっていない。加賀野の父親母親に加賀野の小説は全て持って来てあらすじを話していったと言う。
    加賀野と美月の26年前の出会いは、不幸にも行きずりの男女の関係だけで終わったが、どうも加賀野は美月のことを思い違いをしていたみたいだ。まあ美月はマイペースな加賀野の本性を見抜いてはいたが、ちゃんとした出会いであれば十分修正できたかも知れない。

    智も加賀野と同じように本好きで、大学を出て中学の国語教師になったと言う。しかし担任を受け持ったクラスの生徒が病気で亡くなった。智は教師を辞めて引きこもり状態になったが、ようやく1年くらい前から少しずつバイトを始めるようになったと言う。

    加賀野は美月のことも智のことも何もわかっていなかった。美月は加賀野の父親に智の名前は加賀野の小説から付けたと言った。しかしどの小説にも智という人物は登場しない。加賀野の小説の2作目のタイトルは「きみを知る日」。智が気に入ってると言った小説だ。タイトルの字を見て気がついた加賀野は、すぐに行かなくてはと飛んで実家を後にする。

    二週間後、智は美月と一緒に加賀野の家にやって来る。美月を見て、話した加賀野は25年前の自分の浅はかさを知る。加賀野は美月に「何かさせてほしい」と言う。美月は「何も困ってないんだよね」と却下。そして小説だけは変わらず読み続けていると聞いて「書いたものを一番に二人に見せる」という取り決めが出来た。
    すると原稿を送った後の日曜日に二人で加賀野の家を訪れ、原稿を返し、一緒に食事するようになる。
    そんなことが続いて4月28日、二人の訪問は4回目になっていた。二人の空白の25年間の空白を埋めるにはまだまだ時間が足りない、永遠に話が続くように思えた。

    加賀野に失いたくないものができ、嫌われたくないこともでき、認めて貰いたいものもできた。以前のように気楽で自由で自分のためだけに気持ちを使えばよかった時から手放したくないものができて加賀野は変わった。

    美月の25年間の話はこれからもずっと続くのだろう。
    『智にまつわる話も、俺たちの話も、結末はない。明日も明後日も。これからの俺の日々が、“きみを知る日だ“』という結びで物語は終わる。
    ちょっと虫のいい話すぎないかとは思うが、ハッピーエンドは気持ち良く、何となく幸せな気分になっている自分がいた。

  •  人との関わり…。面倒なことも多いけれど、これがあるからこそ人としての喜び・希望・価値などを見出し、前向きな気持ちになるんだなぁ、と思わせてくれる温かな物語だった。
     五十歳、一人暮らしの小説家男のもとへ、一度も会ったことのない二十五歳の息子が現れて…。互いに「おっさん」「君」と呼び、息子の明るさ・社交性に戸惑いながら、五十男が次第に変容していく様子が楽しい。
     最後には、両親、妻、息子のこれまでが明らかになり…。実際にはあり得ないよと思うものの、人の繋がりの温かさと明日への希望を与えてくれる、よい物語だった。

    • やまさん
      NO Book & Coffee NO LIFEさん♪おはようございます(^-^)
      本棚を見たら、埜納タオさんの「夜明けの図書館」を登録し...
      NO Book & Coffee NO LIFEさん♪おはようございます(^-^)
      本棚を見たら、埜納タオさんの「夜明けの図書館」を登録したのを見ました。
      この本は、お勧めです。
      暁月市立図書館に採用された司書・葵ひなこさんが、明るく、楽しく、解りやすく図書館を紹介してくれます。この本を読んでから図書館を見る観方が変わりました。
      感想を楽しみにしています(*^_^*)
      やま
      2022/05/18
    • NO Book & Coffee  NO LIFEさん
      やまさん ありがとうございます。

      実は今読み進めている途中で、夜には7巻まとめた感想を書き込みたいと思います。
      ご丁寧に教えてくださり、感...
      やまさん ありがとうございます。

      実は今読み進めている途中で、夜には7巻まとめた感想を書き込みたいと思います。
      ご丁寧に教えてくださり、感謝します。

            NO Book & Coffee NO LIFE
      2022/05/18
全319件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1974年大阪府生まれ。大谷女子大学文学部国文学科卒業。2001年『卵の緒』で「坊っちゃん文学賞大賞」を受賞。翌年、単行本『卵の緒』で作家デビューする。05年『幸福な食卓』で「吉川英治文学新人賞」、08年『戸村飯店 青春100連発』で「坪田譲治文学賞」、19年『そして、バトンは渡された』で「本屋大賞」を受賞する。その他著書に、『あと少し、もう少し』『春、戻る』『傑作はまだ』『夜明けのすべて』『その扉をたたく音』『夏の体温』等がある。

瀬尾まいこの作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×