雲を紡ぐ (文春文庫 い 102-2)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (432ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167919320

作品紹介・あらすじ

壊れかけた家族は、もう一度、一つになれるのか?
第8回高校生直木賞(2021)受賞作!

羊毛を手仕事で染め、紡ぎ、織りあげられた「時を越える布・ホームスパン」をめぐる親子三代の「心の糸」の物語。
いじめが原因で学校に行けなくなった高校2年生・美緒の唯一の心のよりどころは、祖父母がくれた赤いホームスパンのショール。
ところが、このショールをめぐって母と口論になり、美緒は岩手県盛岡市の祖父の元へ行ってしまう。
美緒は、祖父とともに働くことで、職人たちの思いの尊さを知る。
一方、美緒が不在となった東京では、父と母の間にも離婚話が持ち上がり……。

「時代の流れに古びていくのではなく、熟成し、育っていくホームスパン。
その様子が人の生き方や、家族が織りなす関係に重なり、『雲を紡ぐ』を書きました」と著者が語るように、読む人の心を優しく包んでくれる1冊。

文庫版特典として、スピンオフ短編「風切羽の色」(「いわてダ・ヴィンチ」掲載)を巻末に収録。

文庫解説・北上次郎

感想・レビュー・書評

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  • 「複数の色の羊毛を混ぜてひとつの色を作ると、遠目には一色に見えても、糸に潜むさまざまな色の毛が、奥行きや味わい、光を布にもたらすものです」
    美緒のおじいちゃん、山崎紘治郎の経営する山崎工藝舎では、羊毛を洗い、染め、糸を紡ぎ、その糸で布を織って製品を作る。
    そして、求める色の布を織るには、初めから染料の段階でその色を作るのではなく、何色かに分けて染めた羊毛を混ぜて糸を紡ぐのだ。
    どんな色の糸をどの染料で染めた羊毛を何パーセントずつ混ぜて作るかを研究した「色彩設計書」。祖父は宮沢賢治の文学や外国の絵本や鉱物の収集など幅広い趣味と知識からセンスを育み、「紘のホームスパン」として大人気の高級ウール製品を生み出してきた。
    東京の高校で友人関係に悩み、登校拒否になっていた美緒。両親もそれぞれ仕事のことで悩み、ギスギスした家庭環境の中、美緒は小さい時から大切にしていた父方のおばあちゃんの織った赤いショールにくるまってばかりいた。その姿を「逃げている」「甘えている」と見て許せない美緒の母は、ある日そのショールを取り上げてしまった。
    大切な祖母の形見のショールを取り上げた母を許せない美緒は家出をし、父方の祖父を訪ねて山崎工藝舎のある岩手に一人で行った。
    そして、汚い羊毛を何度も手洗いした後、染料で染め、糸を紡ぐところから初める手仕事に引かれ、自分でショールを織りあげるまでは東京に戻らないと美緒は決めた。
    「このままでは留年になる。美緒ちゃんの入った高校は名門校なんだから、卒業だけはしないと」と攻める母親と母方の祖母。だけど、ホームスパンを作る父方の祖父絋治郎は言ってくれた。
    「名門であろうとなかろうと、美緒が学校に行けなくなった理由を作った生徒がいる場所で美緒が楽しく過ごせますか」と。
    このまま、山崎工藝舎を継いで職人になるのか、東京に戻って高校に戻るのか、別の学校に行くのか答えが出せなくて、黙ってしまう美緒。
    そんな美緒に「逃げてはダメ。将来のことをちゃんと考えて。黙っていては分からない。自分の意見をちゃんと言って」と責め立てる、母と母方の祖母。
    だけど、父方の祖父絋治郎は言ってくれた。
    「そんなに自分を責め立てるな。「今は選べない」それも選択の一つだ」と。
    「本当に自分のことを知っているのか?何が好きだ?どんな色、どんな感触、どんな味や音、香りが好きなんだ?何をするとお前の心は喜ぶ?心からわくわくするものは何だ?」
    「自分はどんな「好き」で出来ているのか探して、身体の中も外もそれで満たしてみろ」
    「大事なもののための我慢は自分を磨く。ただ辛いだけの我慢は命が削られていくだけだ」

     汚い羊毛を手洗いして、染め、色を決め、色彩設計書にそって糸を紡ぎ、機を織る作業にはとてつもない工程があり、それぞれの工程で満足のいく技術を磨くのに、何年もかかる。それを家で作っていた時代の「ホームスパン」の仕事を代々している山崎工藝舎。
    受験戦争という線路に子供たちが時刻表どうりに乗っていく現代とは相反する。

    美緒の母はその母である祖母が早くに離婚して、男社会の中で闘ってきた人であったため「逃げるな」「男に負けるな」と言って育てられた。だから、何かあると何も言えなくて、父方の祖母の形見の赤いショールにくるまってばかりいる美緒のことが「甘えている」ように見えて許せないのだ。
    だけど、父方の祖父は黙っている美緒のことを「気持ちを上手く言葉に出来ず、あるいは人に言うのが辛くて何も言えないでいる。せきたてずにゆっくり見守ってやれば、あの子の言葉は自然にあふれてくる」と見守るように言ってくれた。

    一人っ子である私自身も特等席の切符をもらって親に敷いてもらった線路の上を走ってきた。もちろんそれなりに努力はしてきたけれど、何故だろう。形式上は卒業してきたのに、卒業してきた気がしない。
    「何かが違う」とずっと思い続けてきた。多分ガイドブックに載っている名所ばかりを手取り早く回れるように構成されたパック旅行のような人生を歩んできたからだと思う。
    だけど、私はそれしか知らないから、そういうルートに乗れなければ駄目だと思い、一番上の子のことは急き立てて育てた。
    「いつまでに何をしなければ駄目」
    「今この成績では駄目」
    「友達に負けては駄目」
    と、今から思ったら呆れるようなことばかりを言っていた。自分こそが「卒業」できていない大人だったのに。
    長女が私を「卒業」させるように離れて行った今、ナマケモノののようにゴロゴロしている末っ子を見て思う。いつも友達のすごいところばかり話していて、自分は負けて悔しいとか自分だけの何かを作ろうとかそんな気概のなさそうな子だけど、それもすごい長所だと。いつも周りをホッコリさせる空気を纏っている子。それだけでもすごい存在価値がある。ホームスパンの糸が色んな色に染められた羊毛を混ぜて個性豊かな色の糸を作っているように。

    歳を取るって悪いことでは無いですね。絋治郎さん。それを悟るために傷つけてしまった人もいるけれど。

    「親には親の旅が、子供には子供の旅がある。ようやくそれに気付いたの」

  • おじいちゃんがとても良かった。こんな風に、すっと入ってくるような言葉をかけられる人になりたい。心に留めておきたい言葉がいくつも出てきた。

    話の展開は何となく想像がついてしまうが、ホームスパンのあたたかさと豊かな自然の情景が浮かび、岩手での場面は美緒と一緒に心が癒された。

    この本でホームスパンというものを初めて知った。イギリスから伝わった岩手の伝統的な毛織物。実物に触れてみたくなった。

  • 伊吹さんの初読みになります!
    文庫版新作の棚にあり購入。
    (初読みキャンペーン継続中)

    これは、これは、素敵でした★
    不登校となった主人公が祖父の家で過ごしていく物語。森沢さんのエミリちゃん思い出しました。

    序盤から中盤が1番面白かった。
    P139.140の祖父の言葉印象残る。
    「学校に行こうとすると腹を壊す。繊細さがある。良いも悪いもない。駄目でもない。そういう性分が自分の中にある。ただ、それだけだ。それが許せないと責めるより、一度、丁寧に自分の全体を洗ってみて、その性分を活かす方法を考えたらどうだ?」

    「へこみとは、逆から見れば突出した場所だ。悪い所ばかり見ていないで、自分の良い点も探してみたらどうだ?」
    →逆かるみれば突出した場所、これ確かにー!

    「何をするとお前の心は喜ぶ?心の底からわくわくするものはなんだ?」
    →私もこれは自分に問いてみたが主人公同様にすぐにわからず、考えさせられた

    このページは、この本は、何かの機会に繰り返し再読したい!と思わされた!!

    一方で、母と母方の祖母の女のグチグチ感が、本当イライラしました、あんたのストレスの捌け口じゃないのよって、主人公の代わりに言い返したくなる中盤。

    語り手の主語が父からの部分も多々あり、
    色んな視点から色んなことを考える構成も面白い。
    そこからの終盤は色々起きるけど淡々と進む。
    岩手県盛岡市行ってみたくなります。
    新幹線やまびこで。

    ※高校生直木賞受賞作
    えー、高校生がこんな有名な物語書いたの??と、読み始める前に伊吹さんを調べたら1969年生まれとあり、え??じゃあ昔に書いた物語??
    いやいや、、、高校生直木賞を調べたら、そうゆうことか!!!高校生直木賞について学びました。
    伊吹さん大変失礼致しました。。
    これまた私はまだまだ初心者、、もっと読書を知りたい、知ろう〜。。

  • 去年の秋のなんなんさんのレビューに惹かれて「読みたい」に入れていた。

    いじめが原因で学校に行けなくなった高校生の美緒が、祖父母からもらって大切にしていた赤いホームスパンのショールを巡って母親と口論になり、そのまま盛岡近郊の祖父の元へ家出してしまう…という出だし。

    ひと月ほど前に、ニューヨーク・タイムズ紙が発表した「2023年に行くべき52カ所」に「盛岡市」が選ばれた、というニュースを見た。
    6年半前に訪れた時は競馬場に行くのが主目的だったので、1日だけ「でんでんむし」の一日フリー乗車券を買ってガイドブックに書いてあるところを巡っただけだったが、とても良い町でまた行ければなあと思っていたので、こちらも嬉しい気持ちになった。
    盛岡市のホームページには『中心市街地に歴史的な建物と川や公園などの自然があり、まちを歩いて楽しめるところや、コーヒー店、わんこそばのほか、書店、ジャズ喫茶などの文化が根付くまちであることが評価され』とあるが、この物語の中でもそうした町の良さが随所に描かれていてGood。
    町屋など行っていないところも多くあり、冷麺は食べたのだがじゃじゃ麺や福田パンも食べてみたい。「銀河鉄道の夜」も効果的に使われているし、やはりもう一度行ってみたいな。

    祖父が手掛ける「ホームスパン」は、羊毛を手仕事で染め、紡ぎ、織りあげるという“時を越える布”ということで、その手触りなど想像もつかないが、それを作るための複雑な工程も丁寧に描かれており、これにもまた興味を惹かれるものがあった。

    そうした町や織物の魅力に溢れた物語だが、最初のほうは、自分の考えを伝えることが出来ず勝手に落ち込んでいく美緒にも、仕事にも家庭にも疲れて妻と子の間でウロウロする父・広志にも、頑張ることだけが全てと自分たちの考え方を押し付けてくる母・真紀と祖母にも、登場人物の誰にもあまり共感できずに読んでいた。
    読み進む内に、それぞれの事情と心情が明らかになって来て、身内だからこそ許せない感情のもつれとそれを解きほぐすための少しずつ歩み寄りが描かれ、祖父の病気も絡んでくる展開に惹かれていった。
    岩手の名の由来になったともいわれる『言はで思ふぞ、言ふにまされる』という言葉に触れてからは、やはり男たちの、とりわけ父・広志の心情に近しいものを感じて、『人生の半ばを過ぎて、どきどき呆然とする。自分の人生は家のローンと、子どもに教育をつけるだけで終わるのかと。なのに、それすらもうまくいってない……』という気持ちには、しんみり。

    この本、働くとは何か、ものづくりとは何かということも問いかけているようで、広志が今の会社に入った動機に『日本の経済は、そういう誠実なものづくりで支えられていると思ったから』と語られているが、同じようなメーカーで働いていた者としてはそうなんだよなあという気持ち。

  •  不登校になった女子高生の主人公が祖父が営む羊毛の織物の仕事と出会ったことで、自分の生き方を見つめ直す物語。

     主人公である女子高生の壊れやすい心情が丁寧に描かれており、自分の娘と重ねつつ読み進めました。

     羊毛を織り込むホームスパンという布の不思議な魅力とともに、その織物に関わる人たちの心のつながりも強く感じることができました。

     そしてそれは横の人間関係の糸だけでなく、祖父や祖母から父、そして娘までの縦の糸を紡いでいくものなのだと強く思いました。

     読み終わった時にとても温かい読後感を味わうことができました。

     一歩を踏み出す勇気をもらいました。

     ぜひ娘にも読ませたいです。

  • 伊吹有喜さん初読み。東京の高校で同級生らからのいじめに遭い学校へ行けなくなってしまった17歳の美緒。疎遠だった父方の祖父のいる岩手県盛岡近郊の滝沢村へ一人で向かう。羊毛を紡いで織り上げてできる布「ホームスパン」を手がける祖父の下、その技術を学ぶだけでなく、家族との関係や自身の人生を見つめ直す物語。厳つい祖父の、孫を思う言動にとても心を打たれた。息が詰まりそうな東京の家以外に、美緒にこのような居場所があって本当に良かった。優しい祖父やホームスパンに携わる人々に触れ、徐々に自分らしさを取り戻す美緒。羊毛だけでなく、岩手の雄大な自然も美緒を癒してくれたのだと思う。何かに行き詰まった時、視野を広く持ち続けることはやはり大事だ。高評価の通り、美しい物語だが、私は読後、なんだか悲しさや淋しさの方が先行してしまった。

  • Na図書館本
    早くも今年読んだなかで一番かもしれない。

    涙、至る所で琴線に触れて涙。

    雲や光や自然の描写があまりに心にグッときて、美緒の気持ちと相まって、切なくなり涙。
    めっちゃかっこいい祖父の台詞や上野のシーンからの、、、でまた涙。
    繊細に描写された盛岡という街と、宮沢賢治に涙。
    美緒の両親の身になって涙。
    皆で肉食べるシーンで、それぞれの思いと、誰も何にもわるくないんだって涙。

    私も羊毛の雲に飛び込んで包まれたい。
    光を染め、風を織る布 ホームスパン。
    この一冊に出逢えて感謝。

  • 高校で虐められている女子高生が、疎遠となっている岩手の祖父を訪ねて、一緒に住むようになる。祖父は羊毛で伝統工芸品を作っている作家で、彼や工房で働く親戚たちの手伝いをしながら、自分の行きたい道や両親との関係修復について模索していく。

    いじめにあっている子供が祖父や祖母を訪ねる話はたまにあるが、これも素敵な話だった。
    おじいちゃまの言葉は少ないけど、相手を思う気持ちがしっかり伝わる表現は気持ちが温かくなるし、工房で働く先生や先生の息子も、彼女の気持ちを汲みながら時に厳しく時に優しく彼女の成長の手助けをする様子は、彼女にも信頼して頼れる大人が出来たような気がして、安心する。

    考えに考えて自分の道を選んだ彼女は、悩んだ末の結論に揺るぎはないだろうし、きっと苦しくても楽しみながら必死に努力すると思う。
    そんな道に出会えて幸せだろうと思う。それが人と少し違う道のりであったとしても。

    お母さんやおばあちゃまのズケズケと土足で入ってくるような言葉の嵐にはゲンナリしたが、彼女が自分の気持ちを伝え関係を修復出来たことは、彼女だけでなく母、祖母、父にも自分の言動を顧みるきっかけを与え、それが更にあの家族の関係を更に良くすることになったのだと思う。

    家族というのは1番近い存在な分、言いたい事を言えなかったり、余計な事を言ってしまったりする事がある。
    お互いの気持ちを尊重して、思いやりを大切にすることを、心に留めようと思った。

  • 家族のドロッとした部分と、やさしさに満ちたあたたかい部分が両面描かれている。主人公を中心にまわりの家族、親戚たちの心が豊かになっていく過程が良い。

  • 不登校の高校2年生の美緒。盛岡でホームスパン工房をしている祖父の元で工房を手伝い羊毛にふれながら心を回復させていく。

    ホームスパンの手作業による工程が本当に丁寧に描かれている。リアルすぎて、途中、ドキュメンタリーを読んでいるのかと軽く錯覚してしまうほど。

    時代の流れとともに熟成し、育っていくホームスパン。糸を紡ぐ際、ほんの少しの力加減ですぐに糸が切れてしまう繊細さ。でも、切れたらまたそこから糸をよって紡ぎ直す。

    「お互いに繋がりたいという意思があれば必ず繋がることができる。それは、人間関係や人の生き方と重なる部分がある。」そんな著者のメッセージをしっかりと感じることができました。

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著者プロフィール

1969年三重県生まれ。中央大学法学部卒。出版社勤務を経て、2008年「風待ちのひと」(「夏の終わりのトラヴィアータ」改題)でポプラ社小説大賞・特別賞を受賞してデビュー。第二作『四十九日のレシピ』が大きな話題となり、テレビドラマ・映画化。『ミッドナイト・バス』が第27回山本周五郎賞、第151回直木三十五賞候補になる。このほかの作品に『なでし子物語』『Bar追分』『今はちょっと、ついてないだけ』『カンパニー』など。あたたかな眼差しと、映像がありありと浮かぶような描写力で多くのファンを持つ。

「2020年 『文庫 彼方の友へ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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