武道初心集

  • 徳間書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (286ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784192430296

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  • 一、
    武士たらんものは日々夜々死を常に心にあつるを以て本意の第一とは仕るにて候。
    死をさへ常に心にあて候へば忠孝の二つの道にも相叶ひ万の悪事災難をも遁れ其身無病息災にして寿命長久に剰へ其人がら迄も宜く罷成其徳多き事に候。
    人間の命をば夕べの露あしたの霜になぞらへ随分はかなき物に致し置候。
    死を常に心にあつる時は人に物をいふも人の物云に返答を致すも武士の身にては一言の甲乙を大事と心得るを持て訳もなき口論などを仕らず勿論むさと致したる場所へは人が誘ても行ざる故不慮の首尾に出合べき様も之無く爰を以て万の悪事災難をも遁るゝとは申也。
    昼夜を限らず公私の諸用を仕回しばらくも身の暇ある心静なる時は死の一字を思ひ出し懈怠なく心にあてよと申事にて候。

    二、
    私宅をはなれて他所へ罷越には往還の道すがら其行たる先に於ても気違ひ酒狂人又はいか様の馬鹿者に出合て不慮の仕合に及ぶごとくの義も有る間敷にあらずとの心懸はなくて叶はず候。

    三、
    乱世の武士の文盲とあるには一通りの申わけも之有り治世の武士の無筆文盲の申わけは立兼申義也。但子供の義は幼弱の年齢なればさしてとがむべき様も無く候。偏に親々の油断不調法とならでは申されず候。畢竟子を愛するの道をしらざるが故也。

    四、
    武士道は本末を知て正しく致すを以て肝要と仕る事にて候。本末の弁へ薄くしては義理を存ずべき様之無し。義理を知らざるものを武士とは申難く候。

    五、
    武士たらんものは義不義の二つをとくと其心に得徳仕り専ら義をつとめて不義の行跡をつゝしむべきとさへ覚悟仕り候へば武士道は立申にて候。
    およそ人として善悪義不義の弁への無しと申事は之無く候へ共人に義を行ひ善にすゝむ事は窮屈にして太儀に思はれ不義を行ひ悪をなす事は面白く心易きを以てひたすら不義悪事の方へのみながれて義を行ひ善にすゝむ事はいやに罷成事にて候。

    六、
    武士道の学文と申は内心に道を修し外かたちに法をたもつといふより外の義は之無く候。

    八、
    武士道におゐてはたとひいか程心に忠孝の道を守り候ても形に礼儀を尽さずしては忠孝の道に全くかなひたるとは申されず候。
    主親の目通りを離れ陰うしろにおゐても聊疎略を致す事なく陰日向なきを以て武士の忠孝とは申にて候。

    九、
    主君を持奉公仕る武士は諸傍輩の身の上に悪事を見聞て陰噂を仕る間敷とある嗜肝要也。いかんとなれば我身とても聖人賢人にも之無き義なれば多き月日を渡る内には何ぞに付て致損じ心得違いなどもなくてかなふべからずとある遠慮のつゝしみ也。

    十一、
    武家の諸役義と申も大かた限り有る儀なれば其身無役の平士にて明暮只居のみを致して罷在る内にいつ何時如何様の役儀に相付可くも主君の思召ははかりしれぬ儀也と覚悟を致し諸役義の勤方を連々心に懸我縁者親類の中に役儀馴たる巧者など之有り候て参会の序ごとには無益の雑談を相止以来の心付にも罷成可きかと思ひ寄たる事共をば幾度も問尋て委細に聞覚へ或は古き控覚書絵図等の義もたとへ当分は入用之無く共かり集て披見いたし又は写置如く仕り其役義の勤方の大筋目を呑込居申候へば何時何役に成ても安き道理にて候。

    十ニ、
    忠節忠功の侍と申は心に忠節の信をさしはさみ然も又形に忠功の勤を励みてたとへば鞍二口の馬を見申如く成武士の事にて候。
    忠節一片忠功一片の武士とあるもあしきと申にては之無く候へ共忠節忠功のふたつ共に兼備りたる武士に合せては遥に劣りたる事にて候。

    十三、
    奉公いたす武士の上には主君の御威光をかると申義も之在り。又主君の御威を盗むと申義も之有る也。
    主君を持て奉公仕る武士は上の御念比深く御目をかけ成さるに付ては猶我身をへりくだり心のおごりを押へつゝしみとにもかくにも主君の御威光のてりかゞやくごとく致し度との願の外は之無きごとく覚悟仕る義肝要也。
    忠臣は君有る事を知て身ある事をしらずとやらん申古語も之有る由承り及び候。

    十四、
    大身小身共に武士たらんものは勝と云文字の道理を能心得べきもの也。
    何事の上に付ても人にすぐれんと存る心がけなくては人並程にも成難き道理也と心得て何事にも精をいれて相励申儀肝要也。

    十五、
    武士たらんものは大小上下をかぎらず第一の心懸たしなみと申は其身の果ぎわ一命の終る時の善悪にとゞまり申候。

    十六、
    数寄屋の義は世間の富貴栄耀をはなれ幽居閑栖の境界を楽むを以て肝要と仕る由也。

    十八、
    白むくの小袖と役人とはあたらしき内がよきと申習し候は軽き世話ながらも一段尤の至りと覚え候。
    人の心のせんたくと申は二六時中行住坐臥事々物々の上におゐて心を用るたびごとに或はもみ洗ひ又はふりすゝぎ油断透間もなくせんたく致し候ても又其跡からよごれやすくけがれ易きものにて候。
    其心にしみ付たる垢の様子によりて忠貞のたれあくにて落す垢も有り。又は節義のあくを以て落すあくも之有り候。猶又一つの秘伝有り。それをいかんと申に忠を以て洗ひ義を以てあらふといへ共其よごれつよくして落兼候時は勇猛のたれあくを少しさし加へて力を出し無二無三にもみ洗ひ候てさつぱりとすゝぎあげ申と之有り候。是武士の心のせんたくの仕様の口伝也。

    ニ十、
    たとひ不行跡と有て公義の御仕置などにあひたる人の上たり共我古主とある人の御噂ならばたとひ人は問尋る共とやかくといひまぎらはかして其悪事に於ては少しも演説仕らず候とあるは武士の正義也。

    ニ十一、
    侍たらん者は及ばぬ迄も古風の武士のかたぎをしたひ学ぶごとくあり度事にて候。
    たとへ鼻はまがりても息さへ出ればよきとある意地あひに罷成とあるは是非に及ざる仕合也。

    ニ十三、
    千金万金もかへ難き至て惜き物は一命なるに世に多き金銀をさへ義理にかへて遣ふ事をいやがり惜むごときのむさき心からはましてやふたつともなき取かへのなき大切なる一命などをおしげもなく捨る儀の罷成べき道理とては決して之無く候。

    ニ十四、
    奉公を勤る武士古参たるものゝ義は申に及ばずたとひ昨今の新参たりとも主君の御家の起り御先祖御代々の義或は御親類御縁者方の御続抔あるは申に及ばず家中におゐても世間の人にもしれたる名高き傍輩の噂などをば古老の者に尋問て委細に覚悟致し罷在る義尤也。

    ニ十五、
    奉公仕る武士は多き傍輩の中にても勇気有りて義理を正す事を好み知恵才覚有りて口をきく武士とは日頃入魂を致し内外心易く申合するごとく致し置義肝要也。

    ニ十六、
    たとひ治世の今とても武士を心懸る侍の義は居屋敷の家作などに種々の物数寄を尽し過分の物を入ひたすら常住の思ひをなすとあるもあまり宜き義とは申難く候。

    ニ十七、
    忠義勇の三徳を壱人に全く兼備へたる武士をさして上品の侍とは申にて候。
    忠義勇と三字につゞけて只一口に申せばいと心安きごとく候へ共此三つを心に得て身に行ひすますとあるは至て重き義也。

    ニ十九、
    惣じて奉公勤る武士の義は主君の御意に入度と存る心の毛頭程も差出ざる様にとある心得の慎を第一には仕るにて候。

    三十、
    大身の武士は申に及ばずたとへ小身たり共主君より相当の恩禄を申受既に一騎役をも相務る程の侍の義は此身をも命をもかりにも我物も心得候ては事済申ず候。

    三十二、
    武士たらんもの我が妻女などの身の上におゐて心にかなはざる儀も之有り候はゞ事の道理を言わけてよく合点を致ごとく申教て少々の義ならば思ひゆるし堪忍仕て差置ごとく尤也。
    猛き武士の嫌てせぬ事を好みて致すものをさして臆病とは申にて候。

    三十三、
    主君を持たる武士寸暇も之無き日参のけはしき奉公を仕るに付て第一の心得あり。
    其子細を申に必以て行末永き勤めと有るごとくの心の差出ざる様に只其日ぎりの奉公と覚悟尤也。
    先奉公は一日切とさへ覚悟仕れば物に退屈する事もなく諸事をなげやりにも仕らず何事も皆其日払と心得るを以て別して勤に精も出るを以ておのづから不念失念と申義も之無き道理也。

    三十七、
    古き武士の義は人に物をたのまれ候へば是は成可き筋の義と存ずるごとくの一義も其仕様仕方の筋道を思案致して後其義を慥と請負たのまれ申に付すでに請負候程の義は大かた相調ひ首尾合はざるの義とてはさのみ之無き物にて候。

    三十八、
    たとへ其身の仕合にて上の思召に叶ひ御取立に預り如何程の宜き役義に罷成候共小身の時の義を少しも心に忘れず人の幸と申ものは得がたくして失ひやすきと有る慎の心さへあればおのづから物におこたりなし。おこたりがなければ奢もつかず。おごりさへ致さねば其身にわざわひの来るべき様も之無し。然りといへ共十人が九人迄も其身の仕合がよくなればそれにつれて心迄高ぶり候と有るは古今の人情也。

    三十九、
    武士を心懸る輩の儀は大身は言ふに及ばずたとへ小身たり共一日なり共長生を仕り其身を全く致して時運の至るを待て是非一度は立身を遂先祖の家をも起し我誉をも永く子孫に残さん事を願ふを以て本意とは仕にて候。

    四十一、
    人間の富貴貧賤と有るは是皆天命による儀なれば愁へくるしむにたらずと有る覚悟を極めて非義の幸を求めず忽に飢こゞへて死る事を何共思はぬごとくの心にて口をきく士分上の身にてさへちとはなり兼る事にて候。

    四十三、
    奉公仕る武士の心懸の第一と申はたとへ世間静謐の時代たりとも何ぞに付ては大きに主君の御為になる儀にて大抵諸傍輩のうで先に回り兼るごとくの義もあらば是非一奉公と心に懸て及ばぬ迄も思案工夫を回らしみるとあるは武士の本意也。
    此旨能々思量致し敵味方の目前におゐて比類なき手柄をあらはし晴なる討死を仕り名を後世に残すべきものをと朝思暮練の工夫は是武士の正義也。

    四十四、
    惣じて武士を嗜むものはかり初にも仕形のまけをとらぬ様にとの心掛第一也。

    五十一、
    武士たらんものはたとへ小身たり共然る可き武者師をゑらびて兵法の伝授を致し軍法戦法の奥秘に至る迄をも委細に覚悟仕り罷在る義肝要也。

    五十四、
    主君の御為にさへなる事ならばと一筋に存入て是をつとめ働とあるは奉公を勤めて世を渡る武士の役義也。

    五十六、
    おろかなる筆のすさみも直かれと
    子をおもふ親のかたみとは見よ

  • 現代語訳や注釈があるので、分かりやすい。さすがに武士道の本を何冊か出している著者だけのことはあると思う。

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