第二次世界大戦の前、オーストラリアにいたブロウ・イデという日系人ラグビー選手という実在の人物にスポットを当てた伝記小説。
太平洋戦争が始まる以前から、日系人ということで差別、迫害を受けてきたブロウが、ラグビーで頭角を現し、戦時下、日本軍の捕虜になっても、収容所でラグビーというスポーツを通じて、No Sideの精神と、One for All、All for Oneを貫き通した人生を綴る感動作。
序盤、多少話がもたつくのは、アメリアはメンフィスにある運送会社スワロー・エクスプレス社が絡むから。その社長の若かりし頃のクリスマスのエピソードは、著者の昔の作品『サンタクロースに会いました』(2007)のプロットをそのまま持ち込んだからだろう。良い話ではあるが、整理したほうが良かった部分。
その他、1980年代後半の“現代”と、戦前戦時の話が前後することで、やや混乱するが、登場人物が出揃った中盤あたりから話は一気に進み、感動滂沱の物語となる。
戦場における、捕らえた側と収容捕虜との友情を描いた話は、過去にも枚挙に遑ないが、本作もその系列に属する物語。ブロウが収容所で出会った大石大尉が日本でのラグビー経験者であり、2人が意を通じて、命を奪い合う戦場で、一時の余暇に「サクラ軍」vs「ジャカランダ軍」という日豪混戦チームによる親善ラグビー試合を開催し、No Sideというラグビー精神の素晴らしさを見事に描き出す。
映画『勝利への脱出』を彷彿とさせたし、こうした歴史に埋もれたエピソードを、現代(=1980年代後半)からの視点で解き明かしていく手法も、すでに手垢だらけの手法ではあるが、まんまと涙誘われてしまう。
主人公のブロウがアボリジニの幼馴染のジムに言う。
「そういう時代が、もう直ぐやってくるよ。アボリジニが、白人と一緒になってラグビーをやる時代が」
彼らが語った1940年代からどれだけの齢月が経っただろうか。去年(2019)のRWCで、南ア代表スプリングボクスのシヤ・コリシが、初めての黒人主将だと話題になった。まだまだ、越えていかなければならない壁は、世界中の人の心に潜んでいる。
それでも ”未来は君たちのもの(Future is Yours)"という本書のテーマを胸に、明るく希望に満ちた世界の到来を信じていたい。
沼南島(シンガポール)で、小津安二郎が『風と共に去りぬ』を見て日本の敗戦を悟る。ブロウの婚約者のジーンが1987年に
「私が現在携わっている国連の部署に、オザワ・サダコさんという日本人女性がいます。」
と語るのは、緒方貞子氏をイメ―ジしてのことだろう(おそらくその時点では、まだ国連難民高等弁務官には就任していなかったので名前を変えた?)。
そんな小ネタも少し面白い。
巻末、参考文献のほか、参考映画が列記されているのも、面白い。著者が映画プロデューサー故か?
本作も、いずれの日か、映画化されることを願う。